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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第29話 弟子に対する言及


 時折、ふとしたきっかけから考えてしまうことがある。


 あと、何人救えばいいのだろうか。

 

 あとどれだけの時間を過ごせば、私の罪は赦されて、楽になれるのだろうかと。


 もちろんそんな考えは、ほんの一瞬の泡沫にすぎない。

 しかしながら私の立場上、一瞬でさえ血迷うことは絶対に許されないのだ。


 


 

 私は目を開き、寝台から出た。

 いつもと同じような動作で、いつもと同じような服を着用し、いつもと同じように居間へと向かおうとすると、机の上の携帯型通話装置から無機質な音が流れ出した。

 何者かからの着信である。

 

 珍しいなと思いつつ、私は小さなその装置を持ち上げ、慎重に突起を押して操作をした。


 『やーやーディンさん!おはよーさん!グッモーニン!』

 「・・・なんだ、お前か」


 早朝からの通話相手は、グレンであった。

 一日の始まりから若干の頭痛を覚えつつ、私は応じた。


 『あのコ、どうなりましたー?無事に“聖選”できましたー?』

 「ああ。どうやら、お前の見立て通りだったようだ」


 先日の祠での聖選の結果、彼女は私と同じ主神を選んだ。

 

 世俗にまみれすぎているあの娘が、きちんと神々のどなたかとのお目通りがかなうのか、正直言って気が気ではなかった。

 よしんば拝謁の機会を得られたとして、あの無礼極まる娘のこと。粗相をしでかして懲罰の憂き目を見るのではないかと、やきもきしながら待ち続けたのだが。


 散々迷って時間をかけるだろうと考え、弁当まで準備してやったというのに、弟子はあっさりと成功させて戻ってきてしまった。

 私が思っていたよりも、弟子の性根は真っすぐに育っていたのかも知れない。


 『あっはは!よかったじゃないですかー!これで無事に後継者が育成できるってカンジー?』

 「・・・馬鹿を言うな」


 通話口の向こうの男に対して、私は若干語気を荒げた。


 あの娘に、いや他の誰であっても。

 このような苦しみを、いや大切な使命を押し付ける訳にはいかないのだ。


 『ん、さいですかー』


 私のそんな強い思いを感じ取ったのか、グレンは若干口調を落ち着かせた。

 いつもいつも軽薄な態度の男であるが、お互いのことはそれなりに分かっている。

 このような遊び人気取りの男であっても、心の底から私を揶揄しようとは思っていないのだ。


 『まー、今後ボクの力が入用なら、声かけてくださいよー。全力サポートしちゃいますんで!』

 「支援?ああ、必要な時は頼む」

 『でわでわー、バーイ!』


 グレンは口調を改めつつも、結局いつも通りの騒がしさのまま、別れの言葉を投げかけてきた。

 異界の言葉が端々に散りばめられており、なかなか聞き取りづらい会話であった。

 いちいち翻訳に頭を使うので、面倒くさいのだ。


 相手が確実に通話を終了したのをしっかりと確認してから、私は通話装置を顔から話した。

 

 まったく、朝から気分を悪くしてしまった。普通ならそうではないのだろうが、あの男の場合は付き合いが長い分、ずけずけと無遠慮に人の心に踏み込もうとしてくるのでたまらない。

 今度会ったら、母親ともども説教をしてやろう。

 

 私はため息をついて、また慎重に突起を操作してから通話装置を机上に置いた。

 思えば、この通話装置ともそれなりに長い付き合いだった。

 

 今の弟子よりも四つ前の弟子にせがまれてお揃いのものを購入したものだが、未だにその機能を十全に発揮させてやれていない。


 通話の他にも何やら多種多様な機能を備えているらしく、その弟子が懇切丁寧に解説してくれたのだが、結局通話以外をまともに使いこなせなかったのだ。

 全体、私の手の大きさにはこの装置の小ささが合わなかったというのも大きな理由だったが。


 その後も毎年のように新型をせがまれ言われるがままに購入してやっていたのだが、そもそもそれらの機能のほぼすべてを、あの弟子は優秀な魔法能力で再現することができた。


 『君ほどの娘に、そんな玩具は必要ないだろう』

 私の至極まともな意見に、天真爛漫な彼女は『そういう問題じゃないんですよ、師匠!』と笑顔で言ったものだ。


 学院の首長を拝命し、多くの学院生の他にも、優秀な三人の孫を魔法士として教育しきったその弟子は、最後までどういう問題だったのかを教えてくれなかった。


 『乙女心が分からない師匠ですね!』とは、彼女の口癖だったな。

 

 部屋の中を見渡せば、そういった品物がいくつもある。


 例えば壁にかけてある絵だ。

 子供が書きなぐったようなそれは、実際に五百三人目の弟子が小さいころに私の似顔絵として贈ってくれたものだ。成長してからは『恥ずかしいから外してくれ』とよく言っていたが、赤い髪と大きな鍋をしっかりと描いている。私の描く絵の真似事よりも、ずっと特徴を捉えているではないか。


 それに、机上にある鉛筆削り用の小刀だ。本当は千二百十一人目の弟子が、私のためにと打ってくれた大剣だったが、使っているうちに片手剣、包丁とやせ細ってしまった。『使えなくなったら捨ててくれて構いません』と言っていたが、お前からの贈り物だ。捨てられるはずがないだろう。


 他にもまだまだあるが、数えだすと昼までかかってしまいそうだ。


 見れば、それを私に贈ってくれた弟子達の顔が思い起こされる。

 撫でれば、その時の幸せな記憶が鮮明によみがえる。


 この部屋の中には、そういった私だけの宝物が満ち満ちているのだ。

 だがこれは、宝物であると同時に・・・。



 

 いや、止めよう。

 こんな思考は、無益だ。

 



 


 私が居間へと出ようと自室の扉を開けると、すぐ足元に何やら紙切れが落ちていた。

 どうやら何かのちらしのようだ。

 携帯型通話装置、新製品予約開始などと書いてあるが、いつの時代も同じことの繰り返しであるようだ。


 新聞の間に挟まっていたのだろうが、落としたのに気づかなかったのだろうか。

 昨日はそれほど飲んでいなかったのだが。


 少しだけ不思議に思いつつ、私はちらしを拾い上げて居間へと出た。

 そして卓の上にちらしを置くと、私はいつも通りに日課の準備を始めた。


 今日は、主神に問いたださねばならない。

 本当に、あの娘は貴女を選んだのか、と。


 

 あの祠は、聖職者が加護を受ける神を自ら選ぶ儀式の場である。


 本来は単なる小部屋だが、中に入ったものは様々な選択や行動を迫られ、無意識のうちに自らに近しい神の元へと至るのだそうだ。


 伝聞なのは、弟子たちしかそれを体験しえなかったからである。

 なぜだか私が入っても、ただの狭苦しい小部屋があるだけなのだ。


 ほんのひと時、地上へと降りてきた神の一柱と対面し、その加護を受けることができた者には、体のどこかに聖痕が現れる。


 それは手の平や甲だったり、胸元だったり、脇腹だったり、そして首筋だったりするのだ。


 あの時、あの娘の首筋には、確かに祠に入る前にはなかった筈の痕があった。

 私と同じ、深く鋭く引っかかれたような、大きな痕が。


 そして彼女は、祠の中で金髪の娘に出会ったと証言した。

 確かに握手までしたのに、消えていなくなってしまったとも。


 それならば、あの不肖の弟子が対面したのは、私の主神ということで間違いない。

 外見的な特徴も、一致する。





 となれば。


 あの娘は、私の主神に触れたのか。


 あの、絹のような肌に。


 ひょっとすると、美しい金色の髪に。


 私は、もう二度と、触れることができないというのに・・・






 気が付くと、背後に気配を感じた。


 振り返ってみると、そこには両手に紙切れを持った、弟子がいた。


 「おはよう」


 なかなか上手く気配を隠せるようになったものだと感心していると、弟子は両手の紙を私の眼前へと突き出してきた。


 どうやら、何かのちらしのようだ。

  携帯型通話装置、親子割引きでお得!だの、指定回線への契約で銀貨3枚払い戻し!だのと書かれていた。


 「まさか、君」


 私は弟子の真意を看破し、身構えた。


 しろすけ、引っ越し、受像機ときて、今度は通話装置ときたものだ。

 まったく欲深い娘である。


 いったい何を間違えたら、こんな俗物が私の主神にまみえることができたのだろうか。

 あるいは、世の中が間違っているのか。


 「買わないよ」

 

 私が冷たく言い放つと、弟子は頬を膨らませた。

 

 今度こそ、買ってはやらないのだ。

 私の主神に気安く触れるなど、例え主神が許しても、主神の剣である私が許してはおかないのだ。


 弟子はさらに頬を膨らませて、私にちらしを押し付けた。


 だから、その顔はやめておくれ。


 彼女にそっくりなのだから。



















 「かって!かって!わたしもほしい!」

 「駄目だよ。少しは我慢を覚えなさい」

 「ふんだ!それなら、ありしあっていうかみさまに、おねがいしてやる!」

 「う・・・。それは勘弁してくれ」

 「お?これは、あらたなじゃくてんはっけん!」

 「・・・」

 

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