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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
29/222

第28話 不思議な娘について


 「きちんと手巾を持ったかい」


 持ちました。


 「お弁当は、忘れていないだろうね」


 しっかり雑嚢に入れました。


 「あまり水筒の水を、飲みすぎてはいけないよ」


 分かっています。

 

 「それと、お菓子は・・・」


 いい加減にしてください。




 かくも過保護な師匠に対して、私はうんざりしていた。

 ちょっと穴倉に入って帰ってくるだけなのに、なぜそんなに神経質になるのだろうか。

 初めての遠足に行く幼子でもあるまいし、いちいち気にかけてもらうことなどありはしない。


 「そうは言うがね。私としても心配なんだよ」


 師匠は腰を落として私の両肩に手を置いた。

 なんだか力がこもっていて、少し痛い。


 「いいかい、自分の信じた通りに行動しなさい」


 師匠はじっと私の目を見据えながら、そう言った。

 

 いったい何だというのか。

 今朝から師匠は、いちいち言うことが大げさである。

 

 君の将来を占う大切な儀式だだの、全力でやればきっとうまくいくだのと散々脅かしておきながら、結局やらされることは穴に入って戻ってくることだけである。


 まったくもって、意味が分からない。


 「とにかく、真剣にね」


 師匠のその言葉に送り出され、私は穴倉の扉を開いた。


 


 扉の先には、小部屋があった。


 岩をくりぬいて作ったようなその小部屋は、天井からの魔力光によってそれなりに照らされてはいたが、むき出しの岩肌と扉以外の外界とのつながりのなさから、少々不気味な雰囲気だった。


 私は扉を閉めて、小部屋の中央へと進み出た。

 

 小部屋には、ほかにも扉が三つあった。少しずつ離れて並んだ三つの扉は、いずれも入口の扉と同じ作りであった。


 この穴倉の、最奥を目指す。

 それが今日の鍛錬だ。


 成程、師匠が心配する理由が分かった。

 どうやらこの穴倉は、私の今まで培ってきた能力を試すためのものに違いない。


 私は静かに膝をつくと、三つの扉の前の地面を調べた。

 じっくりと見つめて、丁寧に手触りを確かめる。

 すると、一番すり減っているのは真ん中の扉の地面だということが分かった。


 楽勝である。


 私は立ち上がると、今度は扉をよくよく観察した。

 入口と同じ、観音開きである。

 罠の類はなさそうだった。


 ゆっくりと扉を開いてその先を見つめると、そこには思った通りに下へと続く階段があった。


 どうやら正解だったようだ。


 私はほくそ笑みつつも、慎重にその階段を下りて行った。










 まいったな、思ったよりも深いではないか。


 私は少なくなった水筒から水を一口飲み、これまでの道のりを振り返った。


 あれから何度か扉をくぐってきたが、一向に最奥にたどり着くことはできなかった。

 時計を持ってきていなかったが、体感ではおおよそ一時間が経過する頃だ。

 当然それ相応の距離を歩いてきた訳なので、この穴倉が地上からどれ程の深さまで続いているのか見当もつかない。

 

 すでに気疲れして、罠を警戒するのは止めてしまっていた。


 なにせ進むうちに、どんどん訳の分からないことになっていったのだ。


 十回目にくぐった扉の先には、『赤』、『白』、『金』と書かれた扉があった。

 その先には、『師匠』、『お菓子』、『お金』などと書かれた扉があったのだ。


 そこからずっと、意味不明な選択を強いられてきた。


 もう、まじめに考えるのが馬鹿馬鹿しい。


 そもそも剣や盾や鎧は不要と言われていたのだから、大した危険などないはずなのだ。


 帰り道のことを考えると気が滅入るが、途中で投げ出して師匠に叱られるのも嫌だった。

 まあ、ただ歩くだけで今日の鍛錬が終わると思えば、安いものかもしれない。


 そんなことを考えながら、ふと地面を見ると。

 丁度私の足の近くに、小さい赤色の花が咲いていた。


 こんな穴の中に、よくもまあ種が入ってきたものである。

 こんな魔力光だけで、健気に生き延びてきたのだろう。


 ちょっと感心しながら撫でてやると、心なしかしおれているようにも見えた。 

 

 私は軽く水筒を振った。

 もう、あと一口ほどしか残っていない。

 しばらく考えてから、私は頷いた。 


 どうせ、もうなくなってしまうのだ。

 それならいっそ、君にあげよう。

 

 私は残った水をすべて、名も知らぬ花に与えた。

 そして水筒の蓋をしめて雑嚢にしまうと、軽く手を振って歩き出した。


 帰りにまた会おう。

 師匠の髪と同じ色の花よ。



 そこからほんの一分ほど歩くと、またも扉が現れた。


 次こそ最後だといいなあ。

 でも、まだまだ続くんだろうなあ。


 そんな風に考えながら扉を開くと。


 「お久ぶりですね」


 扉の向こうの小部屋に立っていたのは、えらく質素な白装束に身を包んだ娘だった。


 私は想定外の事態に驚き、思わず固まってしまった。


 娘はそんな私を気遣うように、三つ編みを揺らしながら小走りに私のほうへと寄ってきた。

 その稲穂のように美しい金髪には、どこかで見覚えがあった。


 「まあ、覚えていて下さったんですね!」


 その娘は胸の前で両手を組むと、にっこりと微笑んだ。

 

 ああ、その無垢な笑顔。

 確かに見たことがある。


 「はい。またお会いできて、とてもうれしいです」


 私の目の前に確かに立っている光のような娘は、いつぞやの夢の中で私を助けてくれた人物だった。


 いや、そんな馬鹿なことがあるものか。

 ここは、確かに現実なのだ。

 夢の中の登場人物が、出てくるはずがない。


 「まあまあ、そう深く考えなくてもいいではないですか」


 輝くばかりの笑顔を浮かべる娘は、そう言って私の両手を握った。

 

 やはり、温かい。

 しっかりと、ここにいるのを感じる。


 「はい。私は、確かにこうして貴女と語らっております」


 娘はそのまま私を小部屋の中へと連れ込むと、扉を閉めた。

 この部屋には、もう扉がなかった。

 つまり、ここが最奥だ。


 しかしこんなところで、この娘はいったい何をしていたのだろうか?


 「ええと、そういえば。私がお教えした秘密の言葉。お役に立ちましたか?」


 なんだか急に話題を変えるようにして、娘は話を振ってきた。

 しかしながら、その件についてはぜひともお礼を言いたかったのだ。


 立ちましたとも! 

 あの時の師匠の顔ときたら!

 鳩が豆鉄砲を食ったようとは、まさにあのことだった!まことに痛快!

 ありがとう!


 「よかった。でも、あんまり何度も使わないでくださいね?あれでなかなか、気にする人なんです」


 娘は苦笑しながらそう言った。


 わかりました。

 それで、なんで貴女はこんなところにいるのだろうか?


 「うーんと、そういえば。あの人は、本当はお酒に弱い人だったんですよ」


 またも急に話題を変えるようにして、娘は話を振ってきた。

 しかしながら、なんとも興味をそそられる話であった。


 いったいどういうことなのだろうか!?

 師匠はすさまじい酒豪で、毎日毎日飲んでいるというのに。

 酔っ払う時だって、瓶を何十本も開けた後だ。


 「いいえ。本当は友人と飲み比べをして、いつも負けていたんです。これは、内緒ですからね?」


 娘は苦笑しながらそう言った。


 うーん、新情報だ。おっしゃる通りに内緒にしておこう。

 それで、なんで貴女はこんなところにいるのだろうか?


 「ああっと、そういえば。あの人は、昔はすっごい熱血漢だったんですよ」


 またまた急に話題を変えるようにして、娘は話を振ってきた。

 

 そんな馬鹿な。

 あんなむっつり不愛想が服を着て歩いているような男が、熱血漢だなんて。

 大体、今とは真逆ではないか。

 

 「いえいえ。本当なんですよ。今でこそ落ち着いて見えますが、本当はとっても元気のよい人なんです」


 娘は苦笑しながらそう言った。


 ううん、まったくもって想像がつかない。

 ・・・というか、なぜ師匠についてやたらと詳しいのだろうか。

 いやに親しげな様子で話すし、いったい師匠とはどういう関係なのだろうか。


 「あっ、いや、えっと、その・・・。そう!あなたをお助けするために来たのです!」


 私からの追及にたじろいだ娘は、急に両手を握りしめて大声を出した。

 

 「あなたが私を選んで下さった以上、全力でお力添えをいたします!」


 何やら鼻息も荒く宣言する娘に、今度は私がたじろいだ。

 何やら助力をしてくれると言うが、結局ここにいた理由も分からない。

 いったいこの娘は、何者なのだろうか。


 「私は・・・あっ!」


 言いかけたまま、突然娘は宙を仰いだ。

 そして、なんとも口惜しそうな表情とともに、私の顔を見つめた。


 「・・・もう少し貴女と語らいたかったのですが、時間のようです」


 娘はそう言うと、少し寂しそうに私の手を離した。

 

 なんだか分からないが、私としても残念である。

 色々と腑に落ちないこともあるが、同年代の女の子とおしゃべりができたのはとてもうれしかった。

 ぜひとも、またお会いしたいものである。


 「大丈夫です。これからは、いつでもお会いできますよ」


 娘はそう言って、後ろに下がった。

 

 本当に、楽しいひと時であった。

 しかし、これからあの長い道のりを戻るのかと思うと、げんなりしてしまう。 


 うなだれかかる私に、娘は優しく声をかけた。


 「大丈夫です。さあ、あなたの師匠の元にお戻りなさい」

 






 「ああ、無事に終わったか」


 私が扉を開くと、そこには師匠がいた。

 一瞬迎えに来てくれたのかと思ったが、違う。

 そこは、外だったのだ。


 訳が分からずに後ろを振り返ると、先ほどまで話していた娘はいなくなっていた。

 わが目を疑い部屋の中を見渡したが、どこにもその姿はなかった。

 

 そんな馬鹿な、いったいどこに消えてしまったのだ?

 転移魔法を使った気配は、なかったのに。


 「意外と時間がかからなかったね」


 そう言って師匠は、混乱している私の手を取り、しげしげと眺めた。

 その師匠の奇妙な行為によって、私の頭脳は混乱から立ち直り始めた。


 いったい何だろうか?

 そんなに真剣に見られては、手のひらとは言え、少し照れくさいではないか。


 「違うな。では、こっちかな」


 師匠は手を離すと、突然私の服の胸元をはだけた。


 回復しつつあった頭脳は凍り付いてしまい、何をされているのか理解できなかった私は、ぽかんとして師匠の行動を見守った。

 師匠はそんな私に構わず、服をつまみながらじっくりと胸元を観察した。


 「うーん。・・・ないな」


 それだけ言って、師匠は私の服を元に戻した。

 

 そこにきてようやく、私の頭に火がともった。

 

 な、な、な、何をしているのだ!?

 この変態親父は!?

 というか、ないとはなんだ!

 少しはある!


 私が抗議とともに反撃に出ようとすると、なんと師匠は私の上着をまくり上げた。

 当然その下に隠れていた、私のかわいらしいおへそがお日様の下にさらされてしまい、私は一層羞恥に身をよじった。


 ふざけるな!

 いったい何の真似なのだ!?


 「ちょっと、じっとしていなさい」


 師匠は顔を近づけて私のお腹周りをじっくりと観察した。

 なんだか鼻息が当たるような気がするし、その偏執的な行為には怖気が走るしでたまったものではない。

 

 いい加減にやめろ!

 この助平!


 私の放った平手打ちを交わして、師匠は私の服から手を離した。


 「すると、ああ、そうか・・・」


 師匠は憤る私には構わず、私の肩を押さえつけて背中の方へまわった。

 そして、暴れる私の首筋にかかる髪を、ゆっくりと払いのけた。


 うわわ。

 くすぐったい。

 でも、じんわりと温かくって気持ちがいい・・・

 というか、変なところを触るなと言うに!


 「あった。私と同じだ」


 しかし師匠は、私の抗議など耳に入っていないように、妙に感慨深げなため息をついた。


 「君も、彼女を選んだのだね」


 私を拘束していた手を放し、意味不明なことをつぶやきながら頷く師匠に対して。


 私は全力で後ろ回し蹴りを見舞った。


 私のつま先は見事に師匠の顎を捉え、卑劣漢への制裁を完了した。


 地面へとくずおれた師匠を足蹴にしながら、私は顔を真っ赤にして身なりを正した。


 










 

 


 「いったい、あのあなぐらはなんなんですか」

 「あれは、祠の一種だよ」

 「ほこら?」

 「そうとも。徳の高い人間の前に、神々が現れるんだ」

 「・・・」

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