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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第20話 祈りについて


 私は地面に、血まみれの愛剣を突き立てた。


 そして師匠の見よう見まねで、跪いて瞑目した。

 

 私は、信仰心などというものは欠片も持ち合わせてはいない。


 祈りの言葉の一句どころか、偉大な神々の御名ですらろくに知らない。


 だが、私は祈るべきだ。


 いや、祈らなければならないのだ。









 早朝からの、大捕り物である。


 以前私たちの大活躍によって捉えられた『銀の鷹団』の幹部は、貴重な情報をいくつも組合にもたらした。


 その一つが、私たちの眼前にある古い砦跡だ。


 そこには、麻薬や盗品など資金源となる密輸品が集積してあり、したがってゴロツキどもが大勢守りを固めていた。


 幹部が捕まったことで、それをどこかへ移動されることが考えられたので、迅速に作戦が立案され、実行に移された。

 そうして砦跡へと討ち入りする組合員たちの後詰をするというのが、今回の依頼であった。


 「今度は絶対に、後方にいて下さい」


 五体当地で師匠に懇願した組合員のゲドは、半泣きだった。


 今度は砦を報酬として要求されるとでも思ったのだろうか。心外である。


 「掃除が大変そうだし、頼まれても御免なんだがなぁ」


 そう言って首を傾げる師匠であった。

 全体、傍若無人に振舞う師匠に、中間管理職の悲哀や苦痛など分かりようがないだろうが。


 「なんにせよ、これで『銀のなんとか』には打撃を与えられるだろう。少しは街も平和になるだろうね」


 それはそれは、とても良い話だった。

 どうせなら、この依頼も平和の内に終わることを願うばかりだ。


 「緩んでは駄目だよ、君」


 腰を下ろして砦を眺めながら、師匠が言った。







 太陽が昇り始めた頃。

 すでに組合員が砦に突入してから、十分が経過していた。

 砦の入り口の方は組合の主力が固めており、私達二人は砦の裏手にある切り立った崖の方面に配置されていた。

 

 側面も他の組合員たちによって囲まれており、そもそもこちらに逃げてきても崖から飛び降りるしかないので、私たちが戦闘に参加することは無いだろう。


 飛行魔法を使える程の魔法士はいないとの話だったし、今回は楽ちんだ。


 「残念だが、そうはならないようだね」


 師匠がそう言って指差すと、砦の方から五人ほど、荷物を抱えてこちらに走ってくる影があった。


 朝日に照らされた彼らは、明らかに組合員とは異なる、顔や身体を隠すような、外套や頭巾などを身に着けていた。


 組合員に追い立てられ、少しでも敵の数が少なそうな場所に逃げてきたのだろうか。

 あるいは情報が間違っていて、強力な魔法の使い手が混じっているのだろうか。 


 「いや、手練れはいない。だが、無理に手加減をするな」


 師匠はゆっくりと、立ち上がった。

 やつらもこちらに気がついたようだった。戸惑うように、立ち止まった。


 面倒くさいが、承知の上である。

 そもそも、人を食い物にする犯罪者に手加減など無用だ。


 私は愛剣を抜き放った。


 向こうも戦闘の回避は不可能と判断したのか、手に手に武器を構えて突進してきた。


 「左端のを頼む」


 その言葉を残して、師匠は風のように覆面の集団へと飛び込んだ。

 

 徒手空拳のままに戦いを挑んでくる師匠に対して、男達は一斉に武器を向けた。


 直剣が。


 槍が。

 

 曲刀が。


 鉄槌が。


 次々に師匠に向かって繰り出されるが、師匠にはかすりもしなかった。

 逆に師匠は、男達の身体を盾にするようにして動き回り、上手くかく乱していた。


 おっと、見とれている場合ではなかった。


 私は正面を見やった。


 師匠が相手をしている連中よりも、少し小柄な男が剣を構えていた。

 首巻と頭巾で顔が隠れているが、はっきりと私を見据える両目があった。


 

 



 やれる。


 数回の剣の打ち合いで、私は確信していた。


 相手は、素人に毛が生えた程度の実力だ。

 体格もそれ程良くはない。

 この程度なら、正面からでも私が勝つ。


 自惚れているわけではない。


 これは単なる事実であった。


 相手は恐らく、実戦経験が少ないのだろう。

 ちょっと私が逃げると直線的に追い回し、距離が縮まったと見れば無闇やたらと剣を振るう。


 自分の体力を把握しておらず、相手にいいようにあしらわれているなどという考えは浮かばない。


 剣を握り始めた頃の私と、まったく同じだ。

 師匠の下で、厳しい鍛錬を繰り返している私の敵ではない。


 案の定、男の限界はすぐに訪れた。


 剣を振るうのをやめて、肩を大きく上下させながら、じりじりと後じさり始めたのだ。

 攻めるのなら、今だ。


 私は、一転して攻勢に出た。

 そして、わざと狙いを上半身に絞って相手の防御を誘った。


 私自身が経験したから分かるが、剣を満足に振れないほどに消耗してる状態で相手の攻撃を防ぐのは、肉体的にも精神的にも凄まじい負担になる。


 師匠が言っていた。

 明らかに実力が格下の者が相手の場合、その一挙手一投足から考えを読むことができると。


 わたしは、口元を歪ませていた。



 重い剣を下ろしてしまいたいのだろう?

 

 防御しやすいように、大降りで攻撃してあげよう。


 もう足がまともに動かないのだろう?

 

 距離を目一杯に詰めてやる。


 満足に呼吸ができなくて、苦しいのだろう?


 休む暇など与えるものか。



 


 一応。

 念のために述べておくが、私は嗜虐的嗜好を持ってはいない。


 だが実戦で初めて、真正面から相手を一方的に攻め立てるという展開に、私は少しばかりの愉悦を感じてしまっていたのだ。


 相手が手のひらの上で、自分の意のままに転げまわっている。


 なんて素敵なんだ!






 心身ともに磨耗し、防戦一方になった小男の剣を弾き飛ばすなど、造作も無いことだった。


 私が攻勢に出てからほんの一分足らずで、終わりは訪れた。

 

 かっきいん。

 

 という軽快な音と共に剣が宙を舞い、小男は尻餅をついた。


 決着だ。


 だが、油断はしない。


 勝利が確定した瞬間にこそ、最大限の注意を払え。


 私が従う、数少ない師匠の教えだ!


 私は、男から目を離さずに、剣を高々と振り上げた。


 男の頭巾と首巻が外れて、その顔があらわになった。





 あ。


 



 私は、無意識の内に振り上げた剣を止めていた。


 振り下ろせなかった。


 今、まさに頭をかち割ってやろうとしていた男と目が合ったのだ。


 いや、男ではなかった。













 まだ、少年だった。









 




 恥ずかしながら、私には同年代の知り合いがほとんどいない。


 男の子の顔など、それ程記憶の中には無い。


 だから、目の前のまだ幼さを残す少年の恐怖に歪んだ表情から、連想してしまったのだ。








 つい先日。


 赤面しながら、私の手を握り返してくれた男の子。


 私に握りつぶされそうになった手を庇いながらも、笑顔でまた会おうと言ってくれた男の子。


 おそらく、もう二度と顔を合わせることはないであろう、異界の男の子。


 彼の顔が、脳裏をよぎったのだ。











 ほんの一秒。


 しかし、生死を分けるには十分すぎる時間だった。

 

 少年は仰向けになったまま、私の腹を力いっぱいに蹴り上げた。


 私は息を吐き出し、剣を構えたまま後ろへと倒れこんだ。

 そしてその勢いのままに、したたかに後頭部を地面にぶつけて、盛大に脳を揺らしてしまった。


 「リィル!」


 どこか遠くから響いてくるような師匠の声が、暗転しかかった私の意識を繋ぎ止めた。


 やられる!

 

 咄嗟に私は、剣を前に突き出した。

 それと同時に、腕に鈍い衝撃が走り、顔に熱い液体がぱたぱたと落ちてきた。


 「この、くそ餓鬼め・・・」



 






 「大失態だったね」


 師匠は腰に手をあてて、私をにらみつけた。

 いつもの無表情だったが、確かにその視線が冷ややかだったのだ。


 「散々遊んだ挙句、相手が子どもだからと躊躇するとは。君自身が子どもであることの証明だ」


 師匠の言葉が、心に突き刺さるようだった。


 相手を格下と侮り、その上で反撃を食らって死にかけるなど言語道断。


 私と同じ子どもとは言え、犯罪者集団の一員であれば同じこと。

 まして私を殺そうとした相手に対して、ほんの一瞬でも憐憫を感じるとは。





 ・・・憐憫だと?


 私は、この少年を憐れんだのか?



 師匠が昏倒させた男達の隣に横たわる少年を見ると、苦痛からか、あるいは無念からかなのか、歪んだ表情で息絶えていた。


 倒れた私にとどめをさそうと、小刀を片手に飛び掛ったが、偶然私が突き出した剣に飛び込んでしまったのだ。

 

 なぜ、こんな子どもが、犯罪者の一員として生きているのだろうか。


 「経緯は色々考えられる。構成員の身内だとか、拾われてきたとか」


 つまり、私と同じ境遇だったかもしれないのか。


 この少年は、あの異界の子ども達とほぼ同じ年齢のように思えた。

 異界の彼らは、学士になるための高度な教育を受けているのだと言う。


 なのに、この差は何だ?


 何故彼らは笑顔で私と別れ、何故この少年は私に呪いの言葉を吐いて死んでいったのだ?


 「君、どうしたんだ」


 師匠の言葉が、右から左へと通り過ぎていく。


 犯罪者とは言え、人を殺したことなど初めてではないのに、動悸が治まらない。

 

 そうだ。

 考えてみれば、私自身だっておかしいのではないか。


 十二歳とちょっとで、すでに両手どころか足の指を合わせた以上の数の命を奪っている私は、目の前の少年と何が違うのだ。


 


 


 師匠。


 「なんだい」


 もしも師匠に拾われたのが、私ではなくこの少年だったなら・・・


 「止めなさい」


 師匠が静かに、だが強く言い放った。

 いつもの無表情であったが、眉根が少しだけ上がっていた。


 「思考することは、知性あるものの義務だ。だが、君がしようとしているそれは、無益どころか有害だ」


 だが、考えずにはいられなかった。

 もしも、ほんの少しだけ運命の歯車が軋んでいたのならば、いま大地に転がっているのは私だったのではないだろうか、と。








 ・・・師匠。


 「なんだい」


 お祈りは、どのようにやればよいのだろうか。


 師匠の私を見つめる目が、細くなった。

 

 「片方の膝をついて、目を閉じなさい」


 血に塗れた愛剣を大地に突き立て、私は言われたとおりに左膝を地についた。


 祈りの言葉は?


 「必要ない」


 私の隣で同じように跪きつつ、師匠が言った。


 「君が思う通りでいい。その少年のために、祈ってあげなさい」


 師匠が呟き始めた祈りの言葉を聞きながら、私も私なりに祈ることにした。

 

 これは、偽善だ。


 命を奪っておきながら祈るだなんて、自分勝手もいいところだ。


 そうとも、これは私が殺した少年のためではない。

 

 私の心の安定のための祈りなのだ。





 

 でも、ああ、だからこそ・・・・・


 





 憐れな少年の魂よ。


 天上にて、安らかに眠りたまえ。












 「キョウちゃん、手紙がきた!」

 「手紙って、誰から?」

 「後輩からの、ラブレター!」

 「んがっ・・・」

 「ウソウソ!あの娘だよ、異世界のリィルって娘!」

 「・・・」

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