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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第99話 鉱人ポロポロの心情(あるいは、龍の寝殿事件?について 中)

何とか間に合った・・・


 今から大体一週間ほど前のことじゃった。


 『鉱人らよ、頼みがある』


 偉大なる銀龍様は、儂等の前で厳かに口を開いた。


 儂等鉱人にとっては、生ける伝説。

 この龍山に住まう超常の存在。


 かつて儂等の遠い父祖が見えたという伝承の通りに、それはそれは美しく強壮な体躯じゃった。


 『我が褥が曝された故、良しなに』


 それだけ述べて銀龍様は、雪をまき散らしながら鉱人の砦から飛び立って行かれた。

 

 儂等鉱人の各部族の主だった面々は、そろってそれを見送ったのじゃ。


 「何でこんな時に・・・」


 他の連中が感涙にむせいでいる中で、儂は独り言ちた。





 儂、ポロポロは、ホロホロという部族の長じゃ。


 否。

 長などと言っても代理で、未だ齢は二十歳を過ぎたばかりじゃ。


 というのも、本来の長は不在なのじゃ。

 どうもご近所にある“街”で仕事が忙しいらしく、長だけでなく年かさの連中は皆出稼ぎに行っておる。

 

 そんな時に、折悪く・・・

 

 おっと。

 こんなことを言っては、罰が当たるな。


 まあ残念なことに、部族を率いる力ある面々がそろって不在なこの時に、偉大なる銀龍様のお世話を仰せつかってしまったわけじゃ。


 「何でこんな時に・・・」


 儂は一向にまとまらない鉱人集会を中座して、備え付けの通話装置に語り掛けていた。

 

 『とにかく儂等は、もう二・三週間は戻れん。どうにかお前が権利を取るんじゃ』


 本来の部族長は、装置の向こうから言った。

 今すぐにでも飛んで帰ってきたいところなんじゃろうが、一度引き受けた仕事を反故にしたとあっては、鉱人の恥さらしとなってしまう。


 長の口調から感じ取れる苛立ちが、未だに銀龍様の寝殿を修復する権利を勝ち取ることができていない儂に向けられているのではないというのは、よく分かっておった。


 しかし。


 「無茶言うなっ!」


 この地上に生を受けて二十年ばかしだというのに、部族の命運が掛かっていると言っても過言ではない交渉を任されては、八つ当たりの一つでもしてやりたくなってしまうもんじゃ。


 通話装置を握りつぶしてしまってから、儂は己の不運を呪った。


 「どうせいっちゅうんじゃぁ・・・」


 儂は頭を抱えた。


 理由は単純明快じゃった。


 本来儂等ホロホロの部族が行うべき寝殿の修繕について、他の部族の連中がしゃしゃり出て来おったのじゃ。



 儂らの部族は、工事・建築に関しては他の部族よりも抜きんでておる。


 ただの一軒家から要塞、城、塔だのと、およそ人の住まうことのできる物ならなんでも造ることができる。それも、どんな奴らよりも強固に、柔軟に、そして美麗にじゃ。


 しかし、それ以外には何もない。


 格別に武芸に秀でている者はおらん。鉱人の代名詞たる火酒も、並みより下じゃとからかわれる。それでも街の“背高”共がこさえる“色付き水”よりは遥かにマシなんじゃがな。


 まあ、そんなことは大した問題ではないんじゃ。

 

 他部族の連中が儂らを馬鹿にするのも、多分にやっかんでのこと。


 なにせ儂の爺様の爺様の、そのまた爺様の・・・。要するに、今からざっと二千年程昔にも、同じ銀龍様のために寝殿を建てたという実績があるのじゃ。


 我らはその誇りを胸に、堂々と生きておる。


 故に此度も当然、我らホロホロが請け負うべきじゃった。


 それなのに。



 「おう、若いの。分かっとろうな?」

 「貴様らホロホロの出る幕ではないぞ?」

 「ちっとばかり家建てるのが上手いからと、調子に乗るなよ?」

 「今回は儂等に譲れよ、のう?」

 

 ルベツネ、ペテガリ、トヨニ、ニペソツの長共は、そろって儂の元にとんできよった。


 「何じゃ貴様ら!?談合でもしようってのか!?」


 オジン共に詰め寄られて、儂はたじろいだ。


 ぽっと出の部族とは言え、そこは長の貫禄か。

 儂を威圧するようなその眼付きには、いささか殺気が含まれておった。


 この四大部族のいちゃもんを皮切りにして、『銀龍様の寝殿修繕権』は連日連夜の怒号と乱闘を含んだ会議にかけられたんじゃ。


 勿論どの部族だって、できることなら自分たちでやりたいんじゃ。


 なにせ銀龍様のお世話をしたとあっては、向こう数千年にわたって全ての鉱人の憧れとなる。

 

 儂等ホロホロの部族の様に、銀龍様の寵愛を受けたいと思うのは、鉱人なら当たり前なのじゃ。

  

 しかしどいつもこいつも譲らないとあっては、決まるものも決まらない。

 当然そのまま時間が無駄に過ぎてゆけば、当の銀龍様も痺れを切らしてしまうという訳じゃ。


 そして今日、ついに銀龍様の使いを名乗る者がやってきた。


 「全権を委任されている。鉱人会議ではなく私の決定に従ってもらいたい」


 集会場に入ってくるなりそう宣言した折衝人は、なんと街に住む“背高”じゃった。

 燃えるような赤毛の背高は、“背高”でありながら儂等に劣らぬ見事な体躯の持ち主じゃった。

 しかしそのお供の小娘は、その真っ白な髪の色から枯れ枝みたいな細い腕まで真逆じゃった。


 どうにも奇妙な組み合わせ背高たちの登場に、当然各部族の長は色めき立った。

 なにせ部族の未来を決める一大事業じゃ。


 無関係の背高なんぞに横やりを入れられては堪ったもんじゃないからのう。


 「なんで背高なんぞが、銀龍様の使いなんじゃ!?」

 「お呼びじゃないんじゃ!とっとと帰れ!?」

 「ええ加減なことほざくと、頭カチ割るぞ!?」

 

 周囲から浴びせられる罵声を気にした風もなく、その赤毛男は眠そうな眼のまま集会場のど真ん中に歩み出た。

 下手すりゃ半殺しの目に遭うところだというのに、なかなか肝の据わった奴よな。


 「銀龍は、とにかく早く寝殿を直して欲しいとのことだった。だからこそ、あえて部外者である私の裁量にすべてを委ねたのだろうね」


 そう言って赤毛男は懐から革袋を取り出すと、それを逆さにして中身をぶちまけた。大量の銀色に輝く小片。“銀龍の鱗”じゃった。

 

 龍の鱗というものは易々とは手に入れることはできん。


 すなわち。


 龍からの信頼を得るか。


 はたまた、龍を打ち取るか。

 

 後は、大枚をはたいて買うか、じゃ。

  

 この赤毛男が持ってきたのは、ざっと五十枚はある、まごうことなき銀の龍の鱗じゃ。


 あの偉大なる銀龍を打倒せる背高が、この地上に存在する筈もなし。


 恐らく金貨千枚は下らない程の価値があるこれらを手にしているのならば、この眠たそうな男は間違いなく銀龍と近しい存在なのじゃろう。

 こんなものを突き付けられては、いくら相手が背高とは言え押し黙る他なかった。


 集会場がしんと静まり返ったのを確認すると、眠い目のまま満足げに頷いた赤毛男が口を開いた。


 「ところで。銀龍の件とは別に、頼みがあるのだが」


 何故か赤毛男は、声を潜めるようにして儂らに語り出した。


 後ろに控える今にも折れちまいそうな小娘に聞かれたくないようじゃった。まあ小娘の表情を見るに、おおよそ見当はついとるようじゃが。


 「絶品と名高い鉱人の火酒を、ぜひとも譲っていただきたいのだ。もちろん、代価は払う」


 その言葉に、他の部族の連中が眼の色を変えた。


 そこから先は、予想した通りじゃった。


 「おい、背高!コイツはお勧めだぞ!」

 「おお、かたじけない」

 「いやいや、背高!こっちの方がお勧めだ!」

 「うむむ、かたじけないな」

 「貴様らどけ!この背高は舌が肥えとる!ウチの秘蔵のヤツでなければ駄目だ!」

 「なにをっ!?」


 ルベツネ、ペテガリ、トヨニ、ニペソツの連中による、贈賄行為が始まったのじゃ。


 奴らは今でこそ鉱人の四大部族と呼ばれておるが、その実態はここ数百年でにわかに勢力を伸ばしてきた、いわば新参連中じゃ。


 建築技術に関しては儂等ホロホロの足元にも及ばん。

 しかしながら、酒造りの腕はすさまじいのじゃ。


 鉱人の間でのみ流通している火酒もそうじゃが、麦酒もうまい。

 恥知らずにも、奴らは街の背高や麓の森人連中にそれを卸て外貨を稼いでおるらしく、その収入でもって鉱人の中で勢力を拡大してきおったのじゃ。


 「いっくら酒造りが上手くとも、寝殿の修繕には関係なかろうに・・・」


 ふてくされる他の部族の連中に交じって、儂もうなだれておった。


 普通の鉱人ならば、自らの部族の伝統や歴史によって練り上げられた直伝の酒を、そう易々と部外者に飲ませたりはせん。

 

 それなのに、銀龍様の使いとは言え背高に媚びるためにそれを差し出すとは、鉱人の風上にも置けん奴らよ。

 儂等ホロホロが請け負うのでなくとも、この四大部族を嘯く下種共に銀龍様のお世話を任せたとあっては、全ての鉱人の恥じゃ。


 だというのに・・・


 「うむ、役得役得」


 偉大なる銀龍様の使いを仰せつかっておきながら、赤毛男は次々と差し出される酒瓶を傾けておった。その崇高な使命を、森人の耳の先っぽ程も理解しているとは思えん。


 やれやれ。

 どうやらこの赤毛の背高は、このまま奴らの火酒で“ころり”といっちまいそうじゃ。

 本当の実力でもって選定をしようなどと考えられないあたり、流石は背高と言うべきかのう。


 「なまぐさめ・・・」


 などと思っておると、儂のすぐ隣から聞きなれない声がした。

 そちらを見てみると、赤毛男の付き添いの真っ白け娘が座り込んでおるではないか。


 「おい、娘っ子。お前はいったい何じゃ?」

 

 最早あの赤毛男に正当な訴えをすることを諦めた儂は、この真っ白け娘に水を向けることにした。

 赤毛男が銀龍様の使いであることは分かったのじゃが、この娘のことはいまいち分からんかったからのう。


 「師匠のおとも」


 そう吐き捨てるように言った小娘の視線は、ずっと喧噪のただなかに向けられておった。

 その、中心におるのは・・・


 「師匠?ああ、あの赤毛男か・・・」


 次から次に、とっかえひっかえに酒瓶を傾ける赤毛男は、どうやらこの真っ白け娘の師であるらしい。

 

 「あんな男に師事するとは、お前も災難よなあ・・・」


 目の前の赤毛男の体たらくに、つい、儂はこぼしてしまった。

 しかしその一言に、娘は意外な反応を見せた。

 

 「・・・あんなおとこって?」


 ちっぽけな身体から奇妙な気配を立ち上らせながら、真っ白け娘は儂に視線を移した。

 その眼つきは、なんだか儂を睨んでいるような気がするのじゃが。


 「いや、その・・・。工事の実力とは無関係の酒で判断しそうな男、という意味でじゃな・・・」


 儂は面喰ったように、言いつくろった。 

 

 どうやらこの娘は、自分の師匠に対して悪態をつきつつも、それなりに信頼する思いがあるらしい。

 良く知りもしない者からの言葉に、憤ったのじゃろう。


 「すまんのう。このままだと儂等が銀龍様のお世話をすることは叶わんと思って、悪いことを言っちまったようじゃ」


 そう言って儂は、頭を下げた。

 いくら背高の小娘相手とは言え、無礼な振舞をしておいて謝罪の一つもしないのは、鉱人の名折れじゃ。


 すると真っ白け娘は、途端に相好を崩した。


 「だいじょうぶ!」

 「あん?」


 急な態度の軟化に戸惑っていると、真っ白け娘は拳を握りしめながら儂に詰め寄ってきた。

 髭に息がかかりそうなくらいの距離まで顔を近づけると、その小娘は必死に訴えてきた。


 「わたしの師匠は、こうへいなひとだから!だからきちんと、じつりょくでえらぶ!」

 「じつりょく?実力か・・・」


 なんとも舌ったらずなしゃべり方じゃったが、言いたいことは伝わってきた。

 

 この娘は、自分の師匠が侮蔑されるような人物ではないと訴えておるのじゃ。


 「そうか、そうか。それならば、問題はないな」


 公平。


 すでに火酒の瓶を六本も開けているあの背高が、そんな徳を持っているとは思えんかった。


 だが儂は、少しだけ信じてやろうという気になった。


 赤毛男ではなく、この真っ白け娘のことを。


 赤毛男は、どうやら酒に飲まれる愚か者のようじゃ。

 だがその弟子は、そうではないように思える。


 瞳にこもる力強い光は、この娘の心の強さを表しておるのじゃろう。

 自分の師匠を信じようとするその心根は、信じてやりたい気持ちになる。



 などと思っていると。


 「いや、申し訳ない。実はもう、寝殿の工事を任せる部族は決まっているのだ」


 その赤毛男の言葉に、集会場はしんと静まり返った。

 

 酒精の強さで知られる鉱人の火酒を飲んだというのに、その視線は少しも揺らいでおらん。

 まあ、眠そうではあったがのう。

 

 成程。

 真っ白け娘の言うとおりに、この赤毛男は意外と人格者なのかもしれんのう。


 だとすると・・・


 儂が淡い期待を込めて赤毛男を見つめていると、そいつは眠たそうな顔のまま口を開いた。


 「その部族は・・・」




でもきちんと推敲できていないので、後で直すかもしれません。

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