青年は純情に成り難く、暴走に陥り易し(中篇)
◆
「あ、お姉さん!」
買い物を済ませたはずの佐内青年は、またレジで会計をしていた。
お店にとっては神様みたいな散在っぷりで嬉しいんだけど…財布の紐が緩すぎでしょう?と、金欠な私はお節介にハラハラする訳よ。
佐内青年は、両手に持った肉まんの包みの片方を、近付いてきた私に差し出す。
「お仕事お疲れ様です。これ、どうぞ」
「…あ、ありがと」
あまりに自然に渡されたので、うっかりそう言って受け取ってしまった。
そうしたら、目の前の青年が子供みたいに破顔する。可愛い佐内青年の魅力が引き立つ良い笑顔で、つられるように笑ってしまう。
何がそんなに嬉しかったのだろう彼…。
「…悠里、レジ前で詐欺行為してんじゃねっての。さっさと出て行けよ」
カウンターを挟んだ先で、礼が苦々しい顔をして、手をひらひらさせてあっちに行けと追い払う。
詐欺行為ってどういう意味?
「客を追い出そうとするなんて…礼先輩、後で罰当てますよ?」
それを言うなら、罰が当たるでは?
とか、いろいろ突っ込んで聞きたい事もあったのに、佐内青年に腕を掴まれて、そのまま店の外に連れ出されてしまう。
自動ドアが開いた瞬間、凝縮された様な冷たい風が吹き込んで、それは私たちを包み込む。今日は一段と風冷えが酷くて、一気に身体の熱が奪われてしまいそう。
手に持っていた、佐内青年にもらった肉まんの温かさが、とてもありがたい。
とはいっても、私は手袋に帽子にマフラー、ダウンコートで厳重に寒さ対策をして、もっこもこに着膨れしているけど。
それに引き換え、佐内青年はおしゃれ優先なのか、今日はトレンチ風のコートだけで、そのほかにマフラーとかのオプションがない。
寒そうだなぁ…と、思わず見ていると、佐内青年は首をかしげる。
「なにか?」
「青年、これ、食べても良いかな?」
「どうぞ」
コンビニの明るい光がさす道路で、出来るだけ通行の邪魔にならないよう、建物側に寄った。帰り道が左右全く違うから、どちらかに歩く訳にもいかないし。此処でとどまって話をするのが無難と思ったの。
私はいただきますと小さく呟いてから、肉まんの包みを開ける。
其処には淡いオレンジ色の記事をしたピザまんが姿を現し、それを遠慮なく頬張る。
「ピザまんサイコー」
大好きなピザまんの美味しさと温かさに、空腹の胃が満たされて思わずにやけた瞬間、隣の佐内青年と目が合った。彼は、にこにこと笑っている。
「…君ね、人の食べてる所をじっと見るんじゃないわよ」
「お姉さんが、美味しそうに食べてるから」
「だって美味しいもの」
齧ったピザまんを相手に見える様に向けて見せれば、青年は何を思ったのか、その私の手を掴み、ピザまんにかぶりつく。
「!!!」
た、食べたよ、この子っ!聞きもしないで!
彼女でも家族でもない女の食べかけを、躊躇いもなく!
別に潔癖症ではないけれど、流石にこれは驚いたわ!
純情なふりして、実は意外に女性慣れしている!?って、疑惑を抱かずにはいられない。
「ん、初めて食べたけど、美味しいです」
満足そうに口の中のピザまんを飲み込んだ佐内青年は、屈託なく笑う。
そんな遊び人な真似を、誰がしろと言いましたか、青年!
恥ずかしくて顔が熱くなる。
思わず私は、相手の胸倉を片手でつかむと彼を揺さぶる。
「間接チューじゃないかぁ!」
動揺した私は、言いたかった事とは別の言葉を口走っていた。
その言葉を聞いて、佐内青年は固まって数回瞬きをしたあと、盛大に顔を朱に染めた。
「ご、ごごごごごごめんなさいっ!つい、いつもの癖で」
彼女か、彼女といつもこんないちゃこらしているのか、君はっ!
癖になる位、恒常的にだなんて、なんてラブ甘カップルだ!
しかも、天然でやらかしたのか、君は!
とんだとばっちり被害だよ私!
「こ、こっち、代わりに食べてください」
そう言って、佐内青年は私の手にあった食べかけのピザまんと、自分の手に持っていた手つかずの肉まんを、慌てて交換する。
そして、取り乱したまま、取り替えたピザまんにまた齧りついた。
「あ…」
思わず声が出た私を、佐内青年はびっくりしたように見る。
「な、なにか、また僕しました!?」
「何でもない…気にしないで」
取り替えた所で、結局君が食べたら間接チューのままなんだよ?って、教えてあげるべきだったんだけど…言えない。なんかもう、怯える様にびくびく私を見ているんだもの。
まるで、苛めているみたいじゃない?と、いうか、昔の癖が無意識に出て、怯えさせちゃったのかな…。
これでも結構、まるくなったんだけど…中学生の頃、ものすごく荒れてヤンチャが過ぎていたから、時々、それがペロッと出ちゃうのよね。
喧嘩っ早いし、ただでさえ元から眼つきが悪くて、黙っているだけで怖いとか言われるから、猫かぶってなるべく笑う様にして気を使っているんだけどね。
天然純情な佐内青年の前だと、どうも素が出やすくなると言うか…。
「…もしかして、肉まん嫌いでした?」
気付けば、かなり間近で可愛い顔がおどおどした表情を見せていて、発作的に相手に頭突きをかましそうになった。が、頭を後ろに振った所で思いとどまる。
危ない。無防備にしている所に至近距離まで来られると、反射的に攻撃する癖がついているのよ、私。それもこれも、破天荒な従兄弟の所為。




