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縁はアイスと髪と深夜のコンビニにある(前篇)


   Round 1 縁はアイスと髪と深夜のコンビニにある



 私、御堂円みどうまどか、ただ今、本厄真っ最中の三十二歳。

 派遣された会社に正社員で雇われたと思ったら、一年で親会社の損益隠しが発覚して株価が暴落。そのあおりを受けて子会社だった自分の就職先があっさり倒産。賃金二カ月分と、夏のボーナス未払いで生活が金銭的に崖っぷち。

 新しく派遣登録したけれど、次の勤め先の直属上司がパワハラかつセクハラ野郎で、どうにも我慢が出来ずに相手を殴り飛ばして、二カ月で見事にクビ。

 問題を起こして辞めたものだから派遣会社とも揉めて、今は家の近所にあるコンビニと喫茶店でアルバイトをしながら、細々と新しい職場を探し中。

 そして四年間付き合った彼ともぎくしゃくしていたら、相手の浮気が発覚して別れたのがつい一週間前。もっとも、奴とは半年くらい前にちょっとした出来事があって、微妙に冷えた曖昧な関係だったんだけどね。

 そんなこんなで金欠生活で、手入れの行き届かない伸び放題になったプリンすら飛び越えた茶と黒のハーフ&ハーフな髪を一つに結び、コンタクトも買い替えが出来ずに激安メガネ屋のメガネをかけた、すっぴん姿でいつもアルバイトをしている。

 三十路過ぎの社会人女がこんな格好なんて、正直、あり得ないと思う。

 でも今のお給料ではメイク道具にお金をかけるどころか、生活がギリギリなんだから切り詰められる物から切り詰めなければいけない。

 腐っている暇があるなら、金を稼がないと家賃滞納しちゃうもの!大家さん、めっちゃ怖いから、滞納なんてしようものなら…想像するだけで恐ろしくて背筋が凍るわ。

 しかも、空気を吸っているだけで、人間はお腹が空くのよ!不運を嘆いて、立ち止っている暇なんて、今の私にはない!

 そんな私のささやかな楽しみは、給料日にハー●ンダッツを買って食べる事。

 ほら、美味しいけど高いじゃない?このメーカーのアイスクリーム。

 定職についている頃はよく買って食べていたんだけど、今は御給料日だけ。

 コンビニのバイトを終えて、私服でウキウキしながらアイスクリームの陳列されたガラス張りの扉の前に立つ。

 今日は絶対に、オペラを食べるって決めてたの!チョコレートの滑らかかつ艶やかな茶色の上に金箔が乗せられたあの贅沢感がそそるの!

 新発売されたばかりで結構売れ行きが良いから、仕事中気が気じゃなったんだけど、かろうじて今日、一個だけ残っていたそれをいそいそと手に取る。


「あっ!」


 私がアイスのカップを手に撮った瞬間、後ろで男の人の悲壮な声がした。

 振り返れば、タウンジャケットを羽織ったお洒落男子がそこに居た。

 ゆるいウェーブのかかったセミショートの黒髪に、お手入れされた眉毛。洋服のセンスも良い。ぱっと見、雑誌の読者モデルをやっていそうな感じで、イケメンだけど格好良いと言うよりは可愛い系なのかしら。

 眼はくりっと大きくて、身長も百七十㎝ちょっと足りないくらい。たぶん私より十歳は年下だから、余計にそう思うのかも。

 そんな彼が、私をじっと見つめ…いえ。私の手に持っているアイスクリームを凝視している。


「…何?」


 もしかして、このアイスクリームを狙っていたとか?


「…そのアイス、僕に譲ってくれませんか」


 案の定、このアイスクリームを狙っていた。しかも、譲れと来たもんだ。

 せっかく楽しみにして、最後の一個を手に取ったのに、譲れだなんて。いくらイケメンでも、この倹しい贅沢を簡単に諦めてあげないわよ?


「悪いけど…」


 言いかけた所で携帯電話の着信音が聞こえる。今時の男の子が好きそうなアイドルの曲が聞こえ、相手が嫌な顔をして電話に出る。


「はい…いや、今来たけど売り切れで」


 瞬間、私にも届く大音量で、電話の先の女性の絶叫が聞こえる。


『あんた、マジでどんくさいのよ、バカ悠里ゆうり!絶対に見つけるまで、帰ってくんじゃないわよ!手ぶらだったら、締め上げるから覚悟しなさい!』


 ものすごい勢いで怒鳴った相手に、彼は耳を押さえながら電話を切る。


「マツコ煩い」


 随分と過激な彼女だなぁ…と、思いつつ、困った様に溜め息をついた彼がなんだか可哀想に思えてくる。

 この分だと、彼女の尻に敷かれて振り回されてるわ、この子。しかも、あんな事を言われながらも彼女と別れないなんて、相当、彼女に惚れこんでるのね。彼女が羨ましい気もするけど、振り回される彼は苦労するよね。

 私は、手に持っていたアイスクリームを相手の前に差し出す。


「譲るわ」


 青年は驚いた様に私を見る。


「ほら、早く持って。私の気が変わる前に」


 突き付ける様に相手に近付け、半ば強引にアイスクリームを相手に渡す。

 今日食べられなくても、数日後にまた入荷する予定があるから、私は数日を我慢すればいい。

それに、こんな深夜に彼をコンビニへたらい回しにさせるのも気が引けるし、アイス一つでも此処の売り上げが増えれば、店長も喜ぶだろうから。


「…お姉さん、いいの?」

「また入荷したら買えば良いし、君みたいに急いで買わないといけない訳でもないから。じゃあね」

「ありがとう」


 青年は接客業の鏡の様なグッドスマイルで頭を下げた。

 その笑顔に、胸がキュンとなる。

 この子、可愛いわ。マジで。

 年下過ぎて恋愛対象にはならないけど、可愛くて愛でたくなるタイプ。

 なんて、本格的に心までおばちゃんになりつつあるような事を考えながら、どうしようか迷ってコンビニの中をうろうろする。迷った挙句に、百円アイスの詰まった冷凍室を覗く。


「ん~、あった。これも美味しいのよねぇ」


 取り出したのはガリ●リ君の梨味。お値段リーズナブルなのに、しっかり梨の味がして美味しいのよね。厳しい中身の財布の救世主。

 今日は、これでいっか。

 ハー●ンダッツを買ったつもりで、ガリナシを三つ手に取る。

 ちゃっちゃとレジ済ませて、一つは帰り道に齧って帰ろうと決めた。

 レジの近くに立てば、おでんのコーナーで廃棄時間になりそうなおでんを回収している店長と目が合う。


「レジ、お願いします」


 少し髪の毛が寂しくなっちゃっている五十歳半ばの店長は、あたしが手に持っていたものを見て、不思議そうな顔をする。


「あれ、円ちゃん、いつもの買わないの?」


 此処にバイトに入る前から、此処の常連だった私がハー●ンダッツをよく買っている事を知っている店長は、そう言いつつ、レジに回って会計をしてくれる。


「今日は帰り道で食べたい気分だから、こっちなんです」

「こんなに寒い夜に?俺はおでんだなぁ…これ、どうせ廃棄になるから持って行くかい?」

「ありがとうございます。助かります」


 と、言いつつ、店長が廃棄寸前のおでんの具を入れた容器を別の袋に入れてくれる。

 別に腐っている訳じゃないのよ。既定の時間をオーバーしたおでんは回収して捨てるの。勿体ないけど、衛生上は仕方ないのよね。

 でもそのおかげで一食分、浮いちゃったから、ラッキー。

 支払いを済ませ、左手におでんの袋、右手のガリナシくんが入った袋を持ってコンビニの外に出ると、私は早速ガリナシくんの袋を開ける。

 寒い時に、あったかいコートを着てアイスを食べる。私、これ好きなんだよね。

 外の寒さなんだか、身体が冷えているのか分からないくらい寒くなって、この状態で熱いお風呂に入ると生き帰る気がするの。



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