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ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~  作者: 草野猫彦
六章 ライブバンド

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93/93

93 ステージの後

 最後にノイジーガールをやったことで、思った以上の体力を使った。

 フロントガールズは楽屋で椅子に、燃え尽きたように座り込む。

 信吾と栄二さえもある程度の疲れは見えていて、俊もまたラストのドタバタで一気に疲れていた。

 だがそれでも、楽屋に来てくれたマスターには、詫びをいれなければいけない。

 当初の予定とセットリストが変わってしまったことである。

「まあ初めてのワンマンなら、あることだな」

 超過しすぎるよりはいいだろう、ということである。

 それに予定していたことは、ちゃんと全て伝えられたのだから。


 ただ反省すべき点は他にもあった。

 物販を頼んでいた友人が、早々に売切れてしまったことを伝えてきたのだ。

 300人のハコで、100枚が瞬時に完売。

「一人三枚までにすぐしたんだけど、三枚買っていく人多かったよ」

 なんでだ、というのが俊の感想である。

 通販でも販売すると言っているではないか。


 しかし栄二が当たり前のように推測する。

「ファーストアルバムも通販で売り切れてたし、転売目的なのかもな」

「完全にカバーアルバムなのに?」

「あとはチケットを取れなかった知り合いの分まで、頼まれていた人間がいたとか」

 それもあるのか。いや、それこそ通販があるのだが、やはり売り切れるのだろうか。

 ネットでの販売は、明日から開始である。

 その動きを見れば、新たな推測も出来るであろう。


 直販をどれだけ持っておくか、というのは確かに難しいのだ。

 シェヘラザードからたくさんもらったら、それを売るのは自分たちの力となる。

 売れ残ったら在庫を、最終的には処分しなければいけない。

 それに今回はレコーディング費用やジャケット作成なども、かなり自分たちでやっている。

 インディーズから出す方が、基本的にアーティストの取り分は多くなる。

 CDに限った場合であり、そもそもCDが売れなくなっているので、そこは困ったものだが。

 インディーズでも宣伝が強ければ、それは問題ない。宣伝に強いインディーズとは、という問題はあるが。


 今回の会場での収益は直販であるため、売上の75%にもなる計算である。

 これは既に著作権を引いて計算したものだ。

 3000円のアルバムが100枚売れて、その75%が儲けになる。

 ざっと225千円であり、これを六人で割ると37500円となる。

「たった一日で37500円!」

 千歳などは感激しているが、男性陣に加えて月子や暁も、難しい顔をする。

「準備するの少なすぎたね……」

 暁も少しは勉強しているのでそう言うし、月子もアイドル時代の活動で、CDの売上に関する知識は少しある。

「いや、しかしこれは……マーケティングに完全に失敗してるな」

 栄二がため息をつくが、信吾も難しい顔をする。

「かといって在庫を持つのは、それはそれでリスクだしな」

 この二人はメジャーデビューが目の前にあっただけに、余計に金を稼ぐ難しさを理解しているのだ。


 この問題については、ちゃんと教えなければいけないだろう。

「在庫はまだあるんだっけ?」

「20枚だけな。不良品との交換とか、あとは配布用に残しておいた」

 自分にはどうも、商売の才能はないのではないか、と思い始めている俊である。

 ただ他のメンバーも、もっと自分たちで売ろう、という意見は出していない。

 特に今回は、カバーアルバムであったのだから。




 反省点の多かったライブに、続いて反省点の多い物販の問題である。

 いや、自分の懐に、売れるかどうか分からないアルバムを、そう大量に置いておくことこそが怖いのだ。

 しかしクラウドファンディングのことを考えれば、もっとプレスしても良かったのか。

 ただあれは投資してくれた人間には、最優先で買える権利が回るようにはしてある。

 おかげでレコーディング費用を、自分たちで出す必要が全くなかったので、その分を売上からもらえることになっている。


 やはり、レーベルと事務所の力は必要なのか。

 そう悩んでいるところに、やってきたのは阿部香澄である。

 ライブが終わってからという話をしていたのに、すっかり忘れてしまっていた。

「ライブは大成功だったみたいだけど、何を落ち込んでるの?」

「いや~……メジャーレーベルの方に言っても」

「売り方が分からないんじゃない?」

 その通りである。


 中途半端に、業界のシステムは知っている。

 そして売るためには何を削ぎ落とすかも分かる。

 ギターと共に生きているような暁はともかく、まだ音楽に完全に身を置いていない千歳は、いなくてもそれなりにどうにかなる。

 また自分自身は、完全に打ち込みなどのエンジニアになる。

 そうした方が自由度も上がり、よりスピーディに進むだろう。

 だが自分の求める最強のためには、千歳を切るという選択はありえない。

 メジャーレーベルの事務所であれば、簡単にそれを求めてくる可能性が高い。


 今はもうインディーズとメジャーの垣根もなくなりつつある。

 だが音楽を売るために何が必要なのか、それは間違いなく宣伝であるのだ。

 もっとも今は、わざとらしい宣伝というのは、むしろイメージがマイナスになる。

 SNSなどによる、ある程度は信頼性のある筋からの口コミなどが、今は大きな効果を持つ。

 それでも広告会社の力は、いまだに強いと思われているのだが。


 ノイズのCDが売れているというのは、随分と奇妙なことであるのだ。

 インディーズでいきなり5000枚というのは、かなり異例のことであった。

 ただそれはメンバーに、信吾や栄二がいたということで、ある程度の売上が見込めたことと、インディーズの矜持というものでやや多めに見込んだと言えよう。

 そしてそれは多めどころか、早々に二度の再プレスをすることになった。

 シェヘラザードを失望させなかったことによって、二枚目のカバーアルバムが出せたということはあるのだ。


 ただシェヘラザードはあくまでも、CDを出すためのレーベルで、芸能事務所ではない。

 制作、流通とある程度の宣伝はしてくれるが、あくまでも企画を最初に出すのはアーティスト側である。

 同じインディーズでも、企画やマネジメントまでしてくれる、大手メジャーとあまり変わらないという事務所もある。

 しかしそういう場合はやはり、事務所の方針に従って、仕事をしなければいけない場合がある。

 事務所も利益を出す必要があるため、それは当然のことなのだ。


 俊は目標としては、やはりメジャーレーベルに所属しなければ、どうしようもない壁があるのだとは考えている。

 ただそれまでに実績を積み重ねて、より良い条件で大手と契約をしたい。

 実績は積み重なって、人気も出ていることは間違いない。

 だがあまり利益が出ていないのが問題なのだ。


 栄二はフリーでやっている部分があるため、音楽で食っているとは言える。

 そもそもドラマーの上手いのは、かなり貴重であるためだ。

 しかし信吾と月子は、まだある程度のアルバイトをして、生活を成立させている。

 家賃がなくなったと言っても、ある程度の食費と光熱費は負担させている。

 またバンドと自分の腕を維持するのに、それなりの金は必要になってくるのだ。

 スタジオ料金がかからないのと、俊が足を出すのだけで、大きく経済的には安定するようになった。

 多少は嗜好品を買えるようにもなったが、まだ音楽で食えているとは言えない。




 そういった社会人組三人の事情を、高校生組二人は理解出来ない。

 月子がアルバイトをしていることは、普通に誰もが知っているが。

「今度、うちでインディーズの新しいレーベルを立ち上げる企画があるのだけど」

 そこに阿部は、こういうことを言ってきたのだ。

「貴方たち、興味ない?」

「ありますね」

「え~、なんでメジャーレーベルがまたインディーズのレーベルまで立ち上げんの?」

 こういう基本的なことを聞いてくれると、俊としてもメリットなどを確認しやすい。

「それは貴方たちみたいなわがままなアーティストを、どうにか売り出して儲けたいと思ってるからでしょ」

 そういうことであるらしい。


 ノイズは既に実績がかなり積み重なってきている。

 夏のフェスと今日のワンマンを入れて、既に15回のライブをしている。

 七月からライブ活動を開始して、これだけの数というのは、ぞれなりに多い。

 もっとも栄二の他との兼ね合いもあるため、本当ならもっと予定を入れられるのだ。

 俊が新曲を作っていく暇がなくなってしまうが。


 6000枚のアルバムがほぼ売り切れたというのは、今の時代ではインディーズのデビューアルバムとしてはかなりすごい。

 またライブハウスのチケットが、ノイズの出る日であると、すぐに売り切れている。

 もっともこれに関しては、他のバンドとの兼ね合いで、問題も出てきている。

「自己プロデュースもいいけれど、売れ行きの見通しとかには失敗しているみたいだし」

 確かに今日のCDの売れ行きは、明らかにマーケティングが出来ていなかったと言うべきか。

「マルチタレントじゃないバンドだと、普通にインディーズが多いから、うちも改めて進出するの。その第一号に誘いにきたんだけど」

 これは、悪い話ではない。

 むしろいい話である。


 栄二がメジャーデビューした頃は、まだメジャーに対する憧れというものがあった。

 それこそ俊の父がプロデュースしていた時代は、大きな資本による宣伝が、何よりも重要であったのだ。

 だが時代は変わっていく。

 信吾がメジャーデビューしなかったというのも、音楽の方向性などの他に、金銭面の問題もあったのは確かだ。

 根本的な話として、ノイズは人数が多すぎる。

 作曲作詞の俊が、自分の分のアーティスト演奏料を他に回しても、五人のバンドとなっている。

 今なら五人でも、それなりに多いと思われることはある。




 いい話かもしれない、と俊は思っている。

 だが年末には既に、一つフェスの予定が入っている。

 1000人規模の有名なハコで行われるだけに、さらにインディーズのレーベルとの接触があるかもしれない。

 それに人脈を辿っていけば、ここで飛びつく必要もない。

「年末のフェスに参加するんで、まだちょっと考えられないですね」

 俊はもったいぶった後、こう続けた。

「考える余裕が出てきたら、一番最初に声をかけていただいたことは、しっかりと思い出します」

 この言葉で、阿部は頷くしかなかった。


 東京を既に拠点としていて、ライブ実績も積み、チケットも売り上げている。

 そもそもシェヘラザードのアルバムで大成功した時点で、もっと声がかかってもおかしくないのだ。

 それこそGDレコードだが、あそこは完全なメジャー路線であるか。

 彩もただのシンガーとしてではなく、タレント業もしていたはずだ。


 年末のフェスが終われば、さすがに考えていく必要がある。

 そして高校生組には、どれだけの活動を音楽に捧げることが出来るか。

 フェスが終われば、環境が変わっていく可能性があるのを、俊は感じていた。




  第六章 了

コンテストの終了に従って、こちらのサイトでの投稿は終了させていただきます。

他のサイトではまだまだ続きます。

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