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ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~  作者: 草野猫彦
四章 ラストピース

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43 スパイラル・ダンス

 ライブ当日となる。

 セットとリハを行うために、俊はまたバンを出して、メンバーを回収する。

「現地集合でも良さそうだけどな」

「今はな。そういえば他に運転免許持ってるのは?」

「俺は仙台出る前に取った。アトミック・ハートではツアーもしてるし」

 他に年齢的には、月子も取っていておかしくはない。

「ちょっとわたしは学科が……」

「それじゃあもう、他の人間に運転させるぐらいに出世するしかないな」

 信吾はそう言って笑うが、月子は恐縮しきりである。


 世間が一般的に求めている学力というのは、案外高いものなのだなと、俊は最近良く感じる。

 自分が当たり前だと思っていても、世間では高いレベル。

 求めていたものが高すぎるものであったとは、分かるようになってきている。

 だからといって低いところに合わせてしまえば、高みに登ることは出来ない。

 月子のハンデは、他のメンバーでフォローする。

 それだけの価値が、彼女にはあるのだ。


 とびっきりの才能など、おそらく月子は必要ではなかった。

 両親を失い、厳しくも心配していた祖母を失い、そしてこれからおそらく、初めての仲間も失っていく。

(ただ天才を育てるだけのために、そんな環境を用意するものかね)

 俊であれば望むところであったろう。

 しかし月子は、本来は普通の人間であったのだ。


 埋没することも出来ない。

 スターになるか、平均よりもずっと下の、ただ生きているだけの人生を送るか。

 本人はおそらく、それにまだ気づいていない。

 周囲の人間はどんどんと、気づいてしまっているのに。

「そういえばトリってことはアンコールがあったりするんですか?」

 今さらながら暁が質問してきたが、あるだろうなとは思う。

「この間のアトミック・ハートのライブではなかったけどな」

 信吾がそう苦笑するのは、その前の演奏でノイズが、客の心を持っていってしまったからである。


 トリ以外は普通は、アンコールなど出来ない。逆に言えばトリというのはアンコールが許されているバンドでもあるのだ。

「用意してないけど、どうするの?」

「ロビンソンかエリーでいいだろ。盛り上がったところを落ち着かせて、それで終わりだ」

 そのあたりはしっかり考えている俊である。

「他のバンドのレベルを考えると、むしろアンコールはないかもな」

 信吾はそう言うが、ノイズはこの短期間で一気に、人気を集めてきている。

 普通に歌うだろうな、とは用意している。




 スパイラル・ダンスに限ったことではないが、ライブハウスはオーナーの趣味で経営されているハコも少なくない。

 そういうライブハウスはおおよそ、チケットノルマが少なかったりする。

 ただ今回の場合は、逆に客の方がほしがっただろう。

 ノイズはおよそ100人は軽く集客出来るようになっている。

 しかも夏休みなのだ。本来はもっと大きなハコでやるようなバンドになっている。


「この若草バンドってのがアキの学校の」

「あ~、ギター教えるだけで、そのあたりも聞いてなかった」

「ひどいな。でもトリの前ってことは、マスターもそれなりに評価したのかな」

 初めてのライブ出演の人間もいるなら、二番手あたりが一番いいだろうに。


 セットとリハのために、他のバンドも到着している。

「若いな~。高校生っぽい」

「高校生がメンバーにいること、が条件ですからね」

 俊たちも若いが、28歳の西園が最年長ではないのだろうか。

 ヘルプで入っている人間もいるかもしれないが。


 セッティングのチェックとリハは、出演順に行われる。

 なので先に行っているのが、暁の学校の軽音部なのか。

「けっこう上手いギターボーカルだな」

「うん、上手いけどね」

 俊がマスターと話をしている間に、前のバンドのセットがされていくのを暁と信吾は見ていた。

 そしてリハで少し弾いたりしているのだが、確かに高校生にしては相当に上手い。


 高校生にしては、という程度である。

 これでもおそらく高校生向けのバンドコンテストなどに応募したら、それなりのところまではいけるだろう。

「高校時代の俺のギターよりは上手いな」

「信吾さんとはタイプが違うでしょ」

「まあ、上手くパフォーマンスしてるよな」

 そして信吾はふと思い至る。

「ひょっとして学校の友達とかが見に来るんじゃないかな?」

「友達はともかく、顔見知りは確かにいるかもしれないけど……」

 暁はきょろきょろと、周囲を見回す。

「誰か探してるのか?」

「ギター教えてあげた子がいないなって思って」

「初めてのライブの子か。遅れてるとしたら、リハも出来なくなるんじゃないか?」

「セッティングとか……どうするんだろ」

 他のバンドのことであるが、少し心配な暁である。

 数少ない、友達候補であるのだから。


 それはそれとして、信吾は気づく。

「高校の部活バンドなら、知り合いが見に来るんじゃないか?」

「あ……なんか変に絡まれそうな気配が」

「俺はそこまで高校時代、音楽にのめりこんでなかったからなあ」

 暁の場合は音楽と言うよりは、ほとんどギターが体の一部になっているとも言える。

 悩んではいるが、どうせ遠巻きにされているだけなのだ。




 次はノイズのセッティングなどの順番である。

 今回のライブはもう、ちょっと全力が出しにくいかな、と暁は思ってしまっている。

 表現というのは己を曝け出すもので、もちろん音楽もそうである。

 ノイズの中で弾いていると、楽しすぎて困る。

 後から自分の演奏画像を見ると、恥ずかしくて死にたくなる。

 それでも、もっと先を目指してしまうのであるが。


 今日の主役は一応、新しく加わった信吾となっている。

 選曲も彼の選んだものが二つある。

 ベースラインから始まるのが一曲、こちらは問題はなかった。

 ただもう一曲はギターが本来はもう一本必要なもので、俊が簡単な方を弾こうという話になっている。

 その片手間に他の楽器の音も鳴らすという、とても忙しい役割である。

 もっともリズム隊が強力になったので、そこのコントロールは楽になった。


 リズムギターがあると、やはり音に厚みが出る。

 今日は自分で弾くが、これはやはりシンセサイザーとPCの音源で補強する意味はあるだろう。

 ソロのパートがあると暁は、ちょっと困るほど激しい演奏をするのだ。

 ここ最近の練習では、それでも上手くこちらに合わせてきているが。

 上手い方が下手に合わせてしまうのは、やはりいいことではない。


 俊はマルチプレイヤーであるが、むしろ器用貧乏と言った方が正しい。

 コンポーザーとして曲を作る方が向いているのだと、最近は分かってきている。

 ただ今はまだ、ステージで厚みを出す役割が果たせる。

 六人目の謎が解けたら、その必要もなくなってしまうのかもしれないが。

(創立者が抜けるって、ローリングストーンズみたいだな)

 その後に死んでしまえば完璧である。


 さすがに死ぬのはごめんだが、自分はひょっとしてノイズのメンバーを集めるのが役割だったのでは、と思うこともある。

 プロデュースやマネジメントに関しては、この中で自分が一番合っている。

 もちろん信吾や西園のような、自分にはない経験をしている者から、助言は必要であろうが。

 それにEDMに詳しいのは、この中では自分だけである。

 プログラミングで、かなりの程度までは管楽器やストリングス系を再現することは出来る。

 そして本格的に売れるようにでもなれば、サポートメンバーとして加わってもらえばいい。

 もっともその、売れるようになるまでが一番大変なのだが。


 夏休み中も大学の設備は多くが使える。

 その間にレコーディングを済ませてしまおう。

 そして物販グッズも揃えた上で、どこかのフェスに出られないか。

(サマフェスの類は、さすがにもう間に合わないかな)

 キャンセルがあったとしても、ノイズより知名度の高いバンドなどは大量にあるだろう。

 ただ月子が言っているようなサイズのイベントなら、新人枠で出られるかもしれない。




 リハまで終えると、俊は色々と考えることがある。

 この先のノイズの展望である。

 当初のネットメインでの有名化、という路線からはずれてしまっている。

 もちろんこの先も、ネットは利用していく。

 しかしノイズはライブバンドになってしまった。

 すると今度は、月子の予定に縛られてしまう。


 西園がいない時は痛いが、それはいてくれる方が運がいいのだと考えるべきだ。

 信吾のベースが入ったことによって、フロントの役割を果たすボーカルとギターが、力を出すことが出来るようになった。

 ボーカル一人が紅一点の女子というのは、プロでもそれなりにあるものだ。

 だがギターまでが主力の女性というのは、かなり珍しいだろう。

 ガールズバンドならばともかく、普通のバンドではまだ少ない。

 もっとも大人気アニメの影響で、それなりにギター女子は増えたとも言われている。


 暁のギターの特徴というのは、まずテクニックが確かだということ。

 そしてしっかりとアンプやエフェクターの調整までして、音作りをしっかりとしていくということ。

 バラードに向いた透明感のある音も出せるし、早弾きも出来るということ。

 だが何より特徴的なのは、その音の体内にまで響いてくる重さであろうか。

 音を増やして、手数を増やして、音の圧力を上げていく。


 月子と彼女の相性は最高すぎた。

 それゆえに二人に任せていると、どこまでも突っ走ってしまう。

 逆に弱点になってしまうのだが、それでも表現力が高い。

(練習よりもライブの方がテンションが高いんだから、根っからのライブバンド向けなんだろうな)

 俊のような、計算して演奏する人間とは違う。


 そんな俊のところへ、一人の少女がやってきた。

「あの、ノイズのリーダーのサリエリさんですよね」

「はい。そちらは若草バンドの」

「三橋京子です。一つ前なんで、頑張って暖めますね」

「頼むよ。……そちらは四人?」

「いえ、本当は五人なんですけど、ちょっとギターの子が一人遅れてまして」

 暁の言っていた女子のことだろう。

 しかしリハもせずに大丈夫なのだろうか。


 バンドの最初のライブなど、大失敗でさえなければ充分に成功。

 ただ下手に失敗してしまうと、その最初の一歩で終わってしまう。

 おそらく一度だけで終わってしまう人間というのは、相当に多いのだ。

 実は才能があったとしても、一度の挫折で終わってしまう。

 そして未来では、あんなこともあったな、と思い返すのみ。

(まあこの場合は部活の一環だし、それぐらいは失敗でもないか)

 俊はそう考えて、少しだけ助け舟を出す。

「もしも間に合わないなら、うちのギター貸し出してあげるよ。一応メジャーから声がかかったやつだから、よほど難しい曲じゃないなら最低限合わす程度は出来るし」

 暁ではなく信吾のことである。

 こんなこともあろうかと、彼のギターも積んできてあったりする。


 勝手に言ってしまっているが、リハを見る限り、俊でもどうにかヘルプぐらいは出来そうな腕前であった。

「いえ、こういうのは本人に経験を積ませたいので。それにかなり友達を集客出来てるんで、そう大きな失敗にはならないかと」

「そうか、じゃあ頑張って」

 チケットノルマってあったなあ、と思い返す俊。

 ノイズは在京圏の人間だけで、100人の対バンのハコなら、簡単に集められるようになっている。

 それでも、もっと大きなハコでやってくれと言われている。

 あまりにも順調な集客である。


 本当ならもっとガンガン攻めていく状況なのだ。

 だが暁が高校生であったり、俊も大学があり、月子の事情が一番だが、大きな動きが出来ない。

(これだけ才能が揃っていても、まだドラマーがいないしなあ)

 月子と出会ってからの俊は「マンガか!」というぐらいにスムーズに話が展開している。

 それでも圧倒的な人気には至らない。

 ボカロPとしての活動などが、それなりに実を結んでいるのだが。




 着実に進んでいる。

 この進みは相当に早いし、注目もしっかりとされている。

 伝手もあるしコネもある。だが大きく飛躍できないのは、俊の慎重さというのもある。

 下手にメジャーデビューしてしまうと、動きが大きく制限される。

 だが食える確信が出来るまでは、月子をこちらに完全に引き込むことは出来ないし、西園を強く勧誘も出来ない。

 口にはしないが信吾も、メジャーデビューを蹴ってまで、こちらに加入しているのだ。


 才能が集まっているのに、舵を取る自分が、実は一番無能なのではないか。

 そう思うことは多々ある。

 なんだかんだ言いながら、彩は自分と同じ年には、もうとっくにデビューしていた。

 自分と違い彼女には、足踏みする余裕などなかった。


 このハコでの演奏の次は、CLIPでのライブが決まっている。

 夏休みの間に、上手く大きなハコ二つも出演が決まった。

 知名度はどんどん上がっていて、例えばメイプルカラーの方がフェスに出られるようになったのも、一つの成長ではある。

 しかしアイドルとして成功するほど、月子を引き抜くのは難しくなる。


 何か、小さいがとても重要な歯車が、まだ足りていないのか。

 それが夢の啓示の六人目というなら、やはりプレイヤーではなくマネージャーなりプロデューサーなのか。

 ただデビューするだけなら、今の戦力でも可能ではある。

 もっと上を目指すには、足りていないというだけで。


 おそらく本格的に走りだしたら、もう止められない。

 前のライブが始まりだして、他のメンバーは何人かそれを見にいっている。

 高校生バンドなど、まあ普通に演奏が出来れば充分だろう、と俊は見下している。

 だが前途有望な高校生と、まだアマチュアの自分たち。

 大局的に見れば、むしろあちらの方が現実的な活動であるのかもしれない。

「あの~、すみません」

 考え込んでしまっていた俊に、そう声がかけられる。

「ああ、若草バンドの」

「すみません、その、とても失礼だとは思うんですけど、お願いが……」

「うん?」

 高校生のやることならば、おおよそは許してやってもいい、とこのハコの常識から俊は考えている。

「遅れていた子がぎりぎりになりそうで、演奏の順番を代わってもらえないでしょうか」

「……うん?」

 この無茶な願いに、俊は少し考え込んでしまった。

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