099 人斬りの記憶 藤堂与右衛門高虎
藤田殿たちの姿が見えなくなってすぐに、俺や三介様の配下の者たちが駆けつけてきた。
『三介様、お怪我はありませんか⁉』
『藤堂様、遅くなりまして、申し訳ありません! 小一郎様は御無事ですか?』
「ああ、問題ない。奴らは結局、一発も発砲しなかったからな」
『す、すぐに追撃を──』
「いらん、放っておいていい。それより、阿古丸様たちを落ち着かせてあげてくれ」
そんな俺たちのやり取りから少し離れたところで、小一郎様と孫一殿は腕組みをしたまま、藤田殿たちが消えた方に目をやっていた。
「孫一、どう見る? あの様子だと、藤田殿はもうあきらめてくれたと思うんじゃが」
「あの男はまあ、心配ないだろう。だが、部下たちがどう思ってるかまではわからんな。しばらくは忍びにでも監視させといた方が良かねぇか?」
「うーん、忍びか。とりあえず新吉に後をつけさせとるが、あいつには傍におってもらわんと不便だしなぁ──」
小一郎様が首を捻って考え込み始める。
だが俺はふと、孫一が担いだままの鉄砲に目がいった。あれは──織田筒二式!?
そういえば先ほど、敵が現れてから火縄を用意する様子もなく、間髪入れずに発砲していた。
まさか──盗んだわけではあるまいな?
「孫一殿。その鉄砲はいったいどこから──?」
俺の言葉に、はっと気づいたように小一郎様が顔を上げる。
「ああ、これか。これはな──」
「孫一殿には、わしの予備の鉄砲を貸したのだ。万一のことに備えてな」
こちらに近づきながら、そう横合いから答えたのは三介様だ。
「三介様⁉ いや、それはさすがにマズいですろ。織田筒のことは家中でも重大な機密で──」
小一郎様が慌てて意を唱えたのを、三介様が身振りで制した。
「孫一殿が感づいておったのだ。たかだか大坂まで行くのに、わざわざ与右衛門殿ほどの豪の者を護衛につけるのだ、途中で襲われる可能性に心当たりがあるに違いない、と。
織田筒に火縄の用意が必要ない、素早く撃てるというのを、他の兵たちの会話から察したらしくてな。この旅の間だけでも貸してもらえないかと申し出てきたので、わしの判断で貸したのだ。
実際、役に立ったであろう?」
「い、いや、それはそうですが──」
「何か問題があった時は、お館様からのお叱りはわしが受ける。それに、今さら孫一殿が小一郎殿を裏切って敵方につくと思うか?」
「うーん──」
なかなか迷いを消せない小一郎様の横で、孫一殿がまじまじと織田筒を眺めまわしながら口を開く。
「まあ、心配するな。これほど従来の鉄砲と構造が違っていては、俺が雑賀の鉄砲鍛冶に伝えたところで、そう簡単には真似できんだろう」
そう言って孫一殿は、ちょっと空気を変えるようにおどけた口調で付け加えた。
「それに、お駒殿に神戸での女遊びのことが知られてしまったからなぁ。嫁に告げ口されると面倒なので、裏切るわけにはいかんのだ」
それを聞いた小一郎様の表情がようやく和らいだ。
「ふっ、そういえばそうじゃったなぁ。
お駒のやつ、『貸しは作れるときに作っておいて、きちんと回収する主義だ』とか言っておったぞ」
「うわ、おっかねぇ! あの借りを回収されてはかなわん!」
三介様もほっとしたように笑みを見せる。なるほど、こういう空気の変え方もあるのだな。俺には真似できそうにないが。
「──ああ、ところで、三介様。先ほどの者たちにもう危険がないか、しばらくは監視をつけておこうと思うんですが」
「ん? ああ、それは必要だろうな」
すると小一郎様の口から、思いもよらない者の名前が出て来たのだ。
「それでですな、三介様の近習の小平太をお借りしたいんですが」
──三介様が北近江にいた頃、見聞を広めるためによく村々を巡っていたのだが、面白がって子分よろしく後ろについてくる十人ほどの子供たちがいた。
俺もよくご一緒していたので顔も覚えているが、中でも三人の孤児たちが特に三介様に懐き、南伊勢に戻る際には連れていって欲しいと懇願したのだ。
三介様はその三人を快く召し抱えたのだが、小平太は特に力が強かったため、予備の鉄砲二丁を担いでどこに行くにも同行しているという。
その小平太が──何と三介様の護衛につけられた忍びだったというのだ。
「えっ? では、わしを慕って仕官してくれたのではなかったのか」
「──あっ、誤解せんでください、三介様!」
少し寂しそうな色を見せる三介様に、途中から話に加わった小平太が慌てて弁明した。
「おいらは任務だからついて行ったんじゃないです。三介様が成長していく姿に感動してお支えしたいと思ったから、志願してついて行ったんです!」
「まあ、そういうことです」
小一郎様も苦笑いを浮かべて付け加える。
「正直言って、単独任務を任せるには少し早いとも思ったんですがな、小平太は自らの意思で三介様を生涯の主と定めたとまで言い切ったのです。
そこまでの決意なら、行かしてやらんわけにもいきますまい。──まあ、今でも治部左衛門たちとの連携は取り合っておりますが、もうわしの家臣とは言えません。
ほれ、先ほど小平太のことを『お借りしたい』と言いましたろ?」
「──なら今のお前はわしの家臣で、忠義もわしに向けられていると信じてよいのだな、小平太?」
「はっ、これからも身命を賭してお仕えいたします!」
「ならば良し、これからも頼むぞ。とりあえずは小一郎殿に手を貸してやれ」
「御意!」
三介様の顔に、ようやく明るさが戻った。
──以前、治部左衛門殿から『小一郎様は我らを道具ではなく人として扱ってくださる』と聞いていたが、こういうことなのか。まさか、自分以外の人に仕えたいという願いまで承諾するとは──呆れるほどのお人好しだ。
だが、こういう方だからこそ治部左衛門殿たちからの忠義を得られているのだろう。
俺も、いずれ多くの人を従える身を望むなら、下の者たちとどう向き合うか、よくよく考えてみねばなるまい。
「──小平太。新吉には入れ替わりでこちらに戻るよう言ってくれ。
それと、明智家に帰参しようとする者がおっても、無理に足止めしようなどとは考えるな。状況だけ知らせてくれれば、それでいい。
ええか、くれぐれも無茶はするな。三介様のもとに無事に戻るまでが仕事じゃきに」
「心得ました」
小一郎様が仕事の概要を説明し終わり、小平太が大きく頷くと、おもむろに孫一殿が小平太に向かって手を伸ばした。
「小平太殿。おぬしが担いでおった三介殿の予備の鉄砲、俺が代わりに担いでやろう」
「えっ、でも──」
「心配はいらん。俺も三介殿のことは大いに気に入っておるのだ。悪いようにはせん」
そう言って半ば無理やり鉄砲を受け取ると、元の鉄砲と合わせて三丁を軽々と肩に担いだ。
「──それにどうやら、小一郎と明智家のあいだに物騒な確執もあるようじゃないか。
その成り行きを見てみたいという野次馬根性もある。まあ、裏切って逃げたりはせんよ」
あっ、そうか。先ほどの小一郎様と藤田殿との会話から色々と推察していたのか。のほほんとしているようで、本当に抜け目ないな。
この分だと、孫一殿が自力で小一郎様の秘密に気づいてしまうのも時間の問題かもしれない。小一郎様も三介様も、あまり隠し事に向いている性格ではないからな。
それなら、むしろ早めに打ち明けてしまった方がいいのではないか。──そんなことを考えていると、三介様や小一郎様も同じ考えだったのか、少し苦い顔で頷き合っていた。
京の南の郊外、宇治槙島の町──。
我ら一行は、その後は特に大きな問題もなく、近江からこの槙島にたどり着いた。
まずは兵たちを町外れの目立たぬところに待機させて、主だった顔ぶれで以前から取引のある商家を訪ねる。さすがに普通の宿に泊まったのでは部外者との接点が多すぎるので、空いている屋敷を借りられるよう前もって頼んでおいたのだ。
「これは羽柴様。ご無事の到着、何よりでございます」
「ああ、世話になるきに。それで、頼んでおいた屋敷の件じゃが──」
「はい、用意は出来ております。すぐ手代(使用人)に案内させます。ところで──」
そこで、主人が少し声を落として小一郎様にささやいた。
「実は、昨日からお客人が羽柴様をお待ちなのですが」
「客人──? 近衛殿下ではないのか?」
「いえ、関白殿下ではないのですが、高いご身分のお公家様でして。羽柴様に内密でお会いしたいとのことです」
あっ、これはもしかして──。
そのまま、そのお客人が待つという商家の離れに案内される。孫一殿と阿古丸様たちには先に屋敷に向かってもらって、同席するのは小一郎様の秘密を知る俺と三介様、新吉殿だけだ。
そこでひとり待っていたのは──小一郎様より少し若いくらいの、いかにもお公家様といった柔和そうな容貌のお方だった。ただ、そのお顔は憔悴しきったように生気がない。
「お待たせいたしました。初めてお目にかかります、羽柴小一郎秀長にございます」
「麿は武家伝奏右大弁、勧修寺晴豊におじゃります。近衛殿下から羽柴殿とここで落ち合うと聞きましてな、ぜひ一度お目にかかりたいと思いまして、ひとあし先にまかり越しました」
小一郎様の挨拶に鷹揚に返事をした勧修寺様は、ふと不安そうに眉をひそめた。
「その──羽柴殿、後ろの方々は──?」
「ああ、後ほど紹介いたしますが──ここにいるのは皆、わしのあの秘密を知っている者にございます。それゆえ、勧修寺様の秘密についても口外せぬことは保証いたします」
「そ、そうでおじゃるか」
勧修寺様が安堵の表情を見せる。しかし、何なのだろう、あのすがるような目は。
「それならば、話しても問題ないのじゃな? 羽柴殿には折り入って相談したきことがありますのや。
──羽柴殿。麿のこの記憶、何とか消し去ってしまうことは出来ませんのやろか?」
「──はぁ?」
それから堰を切ったように話し始めた勧修寺様の打ち明け話は、その、何とも哀れを誘うようなものだった。
勧修寺家は公家としては中程度の家格で、代々文官系の官職を務める家柄だ。武家伝奏という朝廷と武家の連絡をするお役目がら武家との付き合いは多いが、ご自身は武張ったこととは無縁の暮らしをしてこられたのだ。
虫も殺せぬような心優しきお公家様──その勧修寺様が受け継いだ記憶の持ち主というのが、どうやら相当に物騒なご仁らしいのだ。
「その、何というか──人を斬った時の何とも言えない嫌な手ごたえとか、断末魔の悲鳴だとか、そんなものばかりが次々と浮かんできよりましてなぁ。
何で、麿みたいな小心者のところに、そんな荒くれ者の記憶が来てしもうたのやら──。
このところは少し落ち着いてきましたが、今でも二日に一度は人を斬る夢にうなされて目が覚めてしまいますのや」
「ああ、お気持ちはお察しいたし──」
「なあ、何とかなりまへんやろか? このままでは麿は、気が狂うてしまいそうや。頼みます、羽柴殿、何とかしてくだされ!」
ああ、だいぶ取り乱しておられるなぁ。どうにかなる方法があるなら、小一郎様だって始めのうちにやっているだろうに。
「落ち着いてくだされ、勧修寺様。わしは何人か同じ境遇の者を知っておりますが、みな同じです。
特に、ある若者の場合、勧修寺様以上に悲惨でしてなぁ」
「な、何ですと? これ以上のことが──?」
「まだ二十歳にもならぬ若者なのですが、五十男の記憶を受け継いでしまいましてな。
何と、まだおなごも知らぬうちに、自分の母親よりも年上の女性とのアレの記憶を思い出してしまったようで──しばらく女性嫌いになったそうですぞ」
「へっ──!?」
深刻そうな顔で何を言ってるんだ小一郎様は。
勧修寺様もぽかんとした顔で絶句していたが──ようやく少し笑みをこぼした。
「そ、それは麿とは別の意味で──いや、ある意味、麿以上の悲劇でおじゃるなぁ。ほほほ」
少しは興奮も治まったようだ。うーん、やっぱり俺には真似できんな。
「──よろしいですか、勧修寺様。その記憶をすぐにどうこうすることは出来ません。
ですが、ご自分がしっかりとおのれを保っていれば、いずれその記憶は薄れていきます。
わしも最近は、思い出そうと意識しなければ龍馬の記憶を忘れているくらいでしてな」
「りょうま──? あ、やはり坂本龍馬殿の記憶でおじゃるか」
ああ、またぽろっと漏らしてしまってるし。ほんと、こういうところは危なっかしいな。
「なら、麿も記憶の持ち主を明かさねばなりませんなあ。──ただ、いきなり斬りつけるとかは勘弁してくだされ。ちょっと坂本龍馬殿とは因縁ある組織の者でしたので──」
そう言うと、勧修寺様は姿勢を正して少し緊張した面持ちで口を開いた。
「麿の中に入ってきた記憶の持ち主は、新選組隊長の──」
「えっ、まさか近藤勇ですか⁉」
「あ、いやいや、そないな大物ではあらしません。隊長とは言うても、土方(歳三)先生が戦死してから降伏するまでのわずか三日だけのことですので。
この記憶の持ち主──それは新選組最後の隊長、相馬主計という者です」
なるほど。名うての人斬り集団として恐れられたという新選組の一員ともなれば、それこそ無数の人を斬ったことだろう。その記憶が丸々蘇ったとあらば、荒事とは無縁のお公家様にはさぞお辛いことだろうな。
勧修寺様があまり記憶を思い出したくない様子だったので、おふたりはまず小一郎様の事情から話を始められた。小一郎様がこれまで進めてきたこと、他の『記憶持ち』たちのこと、無明殿との駆け引きのことなど──。
「いや、大したものでおじゃるなぁ。麿などはおろおろしているばかりなのに、記憶が蘇った直後からそれほど動き始められたとは──」
「兄者を絶対に不幸な天下人にならせてはいかんという、ただその一心でしたからな。
そのためには織田の天下にするのが一番近道だと、無我夢中で働いてきたまでで」
「いやいや、種痘や脚病の予防など、織田家のみならず天下万民の役に立つ施策も多かったではあらしゃいませんか。
それに、蒸気船まで造って、異国と交易を進めようとされておるとか。その辺りで、これは坂本龍馬殿の記憶持ちなのではないかと予想したのでおじゃるよ」
「まあ、異国との交易は龍馬の強い願いだったようですからな。ただ、それを抜きにしても、やはり鎖国政策は絶対にすべきではないと思ったのです。
そのための天下統一と富国強兵、そして海軍の創設。この辺りまでがわしのお手伝いすべき仕事ですろ。それが済んだら、わしゃ表舞台からは身を引いて、異国との交易をやろうかと思うちょります」
小一郎様がそう言うと、勧修寺様は溜息をついて、少し遠い目をされた。
「坂本殿も、そんなことを言っていたらしいですなぁ、新政府の役人にはならんと。
坂本殿が暗殺などされなければ、あるいは戊辰のいくさも避けられたかもしれませんのに──」
「あの、勧修寺様。その相馬殿という方はそのいくさに──」
「最後の最後まで加わっておりました。徳川の、そして武士の世が終わるその様を、しかとその目に焼き付けたのでおじゃるよ」
──そして、勧修寺様は少し重い口を開いて、小一郎様も知らないいくさについて語り始めた。
朝廷の後ろ盾を得て官軍となった新政府軍は、錦旗を押し立てて江戸へ進軍し、徳川家を滅ぼそうとしていた。しかし元将軍に争う意思がなかったため、無血での降伏となったのだ。
その後、新政府軍は攻撃の矛先を会津(現・福島県西部)に向けた。徳川の譜代である会津松平家がかつて京の治安維持を担当していて、倒幕側の不逞浪士を何人も斬ったことへの報復ではないか、とのことだ。
「会津公(松平容保)にも戦う意志などなかったんでおじゃる。始めから恭順の意を示していたにも関わらず新政府軍はそれを認めず、武力討伐の一辺倒でなぁ。
おそらく、自分たちの力で世直しを成し遂げたと世に示したかったんじゃろうな」
そして、会津が長い籠城戦の末に降伏すると、その敗残兵や、降伏に納得できない徳川の旧臣たちは戦いながら北へと向かい、ついには蝦夷地(現・北海道)にまでたどり着いたのだとか。
「そこで独立国を作り、諸外国から存在を公認してもらって、少しずつ新政府との交渉を進めようとしたんでおじゃる。
上手くいくと思うてましたんや。徳川が異国から買った新式の軍艦を何隻も持って逃げましたからな、海軍力ではこちらが上や。
しかし、次々と冬の嵐で沈んだり遭難したりで──丸裸になったところを、数で圧倒的に勝る新政府軍に徐々に囲まれて、それで終いですわな」
事もなげな口調で淡々と語ってはいるが、内心には色々と複雑な思いもあるのだろう。勧修寺様の表情は暗い。
「軍艦がなければ始めから勝負にもなりません。蝦夷共和国軍は早々に降伏を決め、幹部たちもほとんどが生き延びました──ただふたりを除いて。
幹部たちは投獄や流罪になるものの、やがて赦免されて、多くが新政府に仕えることになりました。相馬殿もそうでしたが。
しかし、蝦夷地で戦死した者たちへの後ろめたさは、ずっと消えることがなく──相馬殿は後に自ら命を絶ってしまったのです」
「何てもったいないことを──」
思わずつぶやいた小一郎様に、勧修寺様が少し自嘲的な笑みを見せた。
「いえ、相馬などただの小者でおじゃるよ。土方先生こそが生き残るべきお方やったんですわ。
龍馬殿は京都時代の土方先生のことしか知らはらへんと思いますが、あのお方は日ノ本の陸軍全てを率いることが出来るほどの稀代の軍略家でしたんや。
中島殿もそうや。皆が降伏を決めた時もそれを拒み、最後まで戦って亡くなったそうじゃが、生き残っておれば海軍の中でもかなりの立場で──」
それを聞いたとたん、小一郎様ががばっと身を乗り出した。
「海軍の中島──!? それはもしや中島三郎助殿ですか⁉」
「は、はあ、そうでおじゃるが──知っておられますのか?」
「実は、先ほど話した若者が受け継いだ記憶が、その中島三郎助殿のものなのです」
「な、何と──」
そうか、中島三郎助殿とは(堀)次郎殿の記憶の持ち主だったか。
徳川幕府が倒れた後のことは語りたがらなかったと聞いていたが、──壮絶な最後を遂げたお人だったのだな。
「そうでおじゃるか。中島殿の記憶を、なぁ──。
のう、羽柴殿。その、麿のことはその若者には言わないでもらえまへんやろうか?」
「は? それはどういう──」
「武士として華々しく散った中島殿に、無様に生き延びた相馬がどうして顔向けなどできよう? 合わせる顔など──」
「それは違いますぞ」
勧修寺様の言葉を、小一郎様が鋭く遮った。
「そのように思うことこそ、相馬殿の記憶に囚われている証です。
勧修寺様は相馬殿ではないし、その若者も中島殿ではない。相馬殿の行いで勧修寺様が申し訳ないと思う必要など、全くないのです」
「そ、そうなのかのう?」
「無論です。もう少しおふたりの記憶が薄れるまでは黙っておきますが、いずれはぜひ会ってくだされ。
そして、亡くなった者たちを忍んで、酒でも酌み交わしてくだされ」
「──ふう、何だかけったいな話じゃなぁ」
ふいに三介様が、しんみりした空気を変えるようにのんびりとした声を上げた。
「亡くなった者を忍んでなどと言うが、考えてみたら、その者たちはまだ生まれてもおらんのだぞ?」
「──はは、確かに! まっこと、わけのわからん話じゃ!」
「────ほ、ほほほ。確かにおかしな話でおじゃるなぁ。ほほほ」
小一郎様に続いて、勧修寺様がようやく屈託のない笑い声を上げられた。三介様、お見事。
誠に勝手ながら、多忙につき来週の更新はお休みさせていただきます。
次回更新は11/15、朝のうちに必ずアップいたします。
今後もお付き合いいただければ幸いです。




