098 妄執 原田新吉
小一郎様が藤吉郎様に全てを打ち明けた翌日。今日も城内は出陣の準備で大わらわだ。
一方、本願寺へ向かう我々一行の出立は、明日ということになった。
二日ほど予定が前倒しになるが、藤吉郎様率いる本隊の出陣の騒ぎに紛れて出立するのが一番目立たないだろう、という判断からだ。少し慌ただしいが仕方ないか。
まあ、俺たちは熱田を出るときから本願寺まで行く予定だったので、特に慌てて用意する必要もない。だが、大変そうなのは藤堂与右衛門殿だ。
本願寺までの同行が急に決まったので、色々とせねばならんこともあるだろうに、何せ三介様やお駒様が解放してくれない。何だかあのおふたりは、与右衛門殿の嫁取りのためにあの仏頂面をまず何とかしなければならないという、強い使命感に囚われてしまったらしいのだ。
「ほら、与右衛門。眉間にしわを寄せちゃ駄目だったら!」
「あ、いえ、おふたりとも、それがしはそろそろ旅の支度をせねば──」
「与衛門殿、ほれ、口元じゃ。両端を持ち上げるようにして、じゃな──」
俺は三介様に頼まれて与右衛門殿の噂を集めていたので、その流れでこの場に同席していたんだが、見ていて気の毒になってきた。四六時中、顔の表情のことを言われて気も休まらんだろうし、かと言って立場上、邪険にもできんだろうしなぁ。ああ、顔が引きつってる引きつってる。
ちなみに、始めはおね様も一緒になって色々と注文を付けていたのだ。だが、これは一朝一夕には無理だと見切りをつけたのか、おひとりだけ早々に立ち去ってしまった。
『ふたりとも、あまり無理を言っては駄目ですよ? 人には出来ることと出来ないことがあるんですから。
お駒殿だって、北畠の御隠居様に剣で勝てと言われても無理でしょ?』
──いや、そこまでの無理難題ではないんですけど。何気におね様が一番ひどいことを言ってるぞ。
まあ、与右衛門殿はふたりに百面相を強要されつつも、書類の束に目を通して、留守中の仕事の仕分けをさり気なく片付けている。それもじき終わりそうだし、そろそろ助け舟を出してあげた方がいいんだろうか。
そんなことを考えていると、部屋におね様が戻ってこられた。片腕で双葉姫様を抱きかかえ、もう片手で歩いている無双丸様の手を引いておられる。
「あらあら、まだやっていたんですか? そろそろ与右衛門殿を解放してあげないと──」
「あー、こまちゃ、さんすけちゃー、よえもーん」
皆を見て、おね様の腕の中から双葉様が屈託のない笑顔で手を振り、少し恥ずかしがり屋の無双丸様は、無言で走り寄って与右衛門殿のふところに飛び込んでしがみついた。おふたりの元気な姿を見ると、実になごむなぁ。
「──与右衛門っ! それよっ!」
その時、お駒様がいきなり大声を上げ、与右衛門殿の顔を指差した。
「むっ、駒殿、何を──?」
「三介様、今の与右衛門の表情、見ました!?」
「うむっ! 実に優しい、温かい目でお子たちを見ておったな。あの顔が普段から出来るなら、若い娘にも怖がられまい──というより、あれならむしろモテるんではないか⁉」
「いい感じだったわよ、与右衛門。今の表情をよーく思い出して──はい、もう一度!」
「こ、こんな感じか?」
「…………あー、まあ気長に練習するしかないわね、これは」
そして、もうひとつお駒様が気を揉んでいることがある。阿古丸様の護衛を依頼され、同行する孫一殿のことだ。
「だってほら、孫一殿と与右衛門って、相性最悪だと思わない?
あれ、道中で絶対にいざこざが起こるわよ」
「ま、まあ、あり得そうではありますが」
「新吉殿もそう思うわよね?
──いい、与右衛門。孫一殿の言うことをいちいち真に受けたら駄目よ。
皮肉屋で口はかなり悪いけど、悪気があって言っているわけじゃないからね。何を言われても、はいはい言って聞き流しておけばいいから──」
「うーん、それはどうかなぁ?」
反対意見は三介様からだ。
「ずっと言われっ放しでいるというのも、苛立ちがつのるばかりだぞ。
与右衛門殿、かまわんからどんどん言い返してやるといい」
「い、いや、しかし孫一殿はそれがしよりだいぶ年上ですし、目上の方にあまり失礼なことを言うのは──」
「何を今さら。主筋であるはずの駒殿にも、ずけずけとものを言っておるではないか。
あんな感じでいいから、遠慮なんかするな。わしが許す」
「ちょ、ちょっと三介様⁉ そんな煽るようなことを──」
お駒様が抗議の声を上げかけたのを身振りで止めて、部屋の隅に移動しながら三介様が俺たちをちょいちょいと手招きした。
「あのな。孫一殿は確かに野放図なところもあるが、あれでなかなか度量もあるし、分別もわきまえた男だ。与右衛門殿がケンカを吹っかけたとして、子供みたいにやり返すと思うか?」
「──うーん、それは確かにしないかも」
「むしろ、手のひらで転がして遊んじゃいそうですよね」
俺たちの反応に、三介様がにんまりと笑みを浮かべた。
「じゃろ? 孫一殿なら、与右衛門殿の杓子定規な殻をうまく破ってくれるんではないかと思うてな。
万一、本当に危ういと思ったらわしが仲裁する。ここは、ちょっとやらせてみようではないか」
翌朝。大手門では藤吉郎様の率いる本隊の出陣で、民たちも集まって大変な賑わいになっているようだ。
俺たちは裏手の小さな門からこっそりと数人ずつ抜け、今浜の町外れで落ち合ってまずは京を目指す。見送りなどは一切なしだ。
与右衛門殿と顔を合わせた孫一殿の第一声は、まさに三介様が昨日予想したとおりだった。
「おお、おぬしが藤堂与右衛門殿か! 噂は聞いているぞ、羽柴家随一の鉄砲名人だそうだな」
そして、ちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべて付け足す。
「だが、女を射止める腕は今ひとつらしいな。何でも五人続けて外しとるそうじゃないか?」
このからかいへの与右衛門殿の返しも、昨日三介様が入れ知恵したとおりだ。
「妙な噂を鵜呑みにするような軽薄な娘など、こちらから願い下げですな。
孫一殿のように、女なら誰でもいいというわけではないので」
「──ほう? なかなか言うじゃないか。これは道中、退屈せずにすみそうだ」
そんなやり取りを三介様はにやにやしながら見ているけど、大丈夫なのかこれ。
──さて、あまり大人数で移動すると目立つので、一行は三つに分かれて移動する。まず三介様の家臣六名が先に行き、少し距離を置いて本隊、また距離を開けて与右衛門殿の部下五名が商人に扮して続く。
本隊は小一郎様と三介様、俺、与右衛門殿。そして阿古丸様と下間少進殿、孫一殿だ。真宗のおふたりはともかく、これだけの顔ぶれがそろっていれば、ちょっとやそっとの敵に後れは取るまい。
少し不安だった与右衛門殿と孫一殿のやりとりも、そこまで妙な空気にはなっていない。まあ初日のうちは、旅慣れていない阿古丸様が興奮気味に三介様とおしゃべりをしていて、皆はもっぱら聞き役に回っていたんだが。
なお、小一郎様はずっと少進殿と話し込んでおられる。このところ本願寺との和睦交渉の下準備として、真宗の歴史や教義などについて教えてもらっていたらしい。そういや、与右衛門殿の表情を何とかする集まりにも加わってなかったしな。
二日目。淡海(琵琶湖)東岸を通る中山道は、商人の往来もそれなりに多く、俺たちの一行はそれほど目立たずに京へと南下していく。
移動中でも与右衛門殿は馬上で背筋を伸ばし、ゆっくり首を巡らせて周囲の様子をうかがい続けている。一方、孫一殿は真面目くさった顔はしているものの、時おり通り過ぎるおなごの尻や胸などを目で追っていたりするのだ。本当に対照的だな、このふたり。
だが、かつて六角家の本拠だった観音寺城のある山並みを右手に見るあたりにさしかかった時、孫一殿が眉をひそめて呟いた。
「ん? 何だか、妙な空気だな──」
そう言って辺りを見回していたのだが、ほんの一瞬風向きが変わった時にその表情が険しくなった。
「いかん、火薬の匂いだ! 左手側、敵かも知れん。皆、備えを整え──」
言い終わる間もなく、左手の小高い山のあたりから十数人ほどの武士たちがわらわらと現れ、鉄砲を構えて駆け寄ってきた。
「賊だ! 巻き込まれたくなければ、さっさと逃げろっ!」
孫一殿が大声で周囲の通行人たちに怒鳴り、賊に向けて引金を引く。
一瞬遅れて三介様、与右衛門殿も発砲して、三人の賊が倒れた。生死は不明。
だが、多勢に無勢。次弾を装填するまでに距離を詰められ、俺たち一行は銃を構えた十人ほどの男たちに囲まれてしまった。こちらの鉄砲は三丁。この距離なら俺の投げ苦無(小手裏剣)で三人は仕留められるが、それでもまだ足りない。くっ、どうする──?
俺が逡巡していると、銃を構えたままの孫一殿がまたしても大音声を張り上げた。
「貴様ら、ここにおわすお方をどなたと心得る!
恐れ多くも帝から興正寺門主に任ぜられた阿古丸様なるぞ! かくも高貴なるお方に狼藉を働くつもりか!
それに、騒ぎを聞きつけてすぐに仲間が集まってくる。囲まれたのは貴様らの方だぞ!」
「──そのお方に手を出さぬことは約束しよう。用があるのは、そのお方ではないのだからな」
その時、男たちの後ろから馬に乗った初老の男が近づいてきた。この声、どこかで聞き覚えが──あっ⁉
「用があるのは──羽柴小一郎殿のみ」
「なるほど、そういうことか──」
それに応えて、阿古丸様と少進殿をかばうようにしていた小一郎様が一歩前に出る。
「子供を誘拐しようとしたかと思えば、次は野盗の真似事か。
明智家の重臣ともあろうものが、ずいぶんと落ちぶれたもんじゃのう。──藤田伝吾(行政)殿」
藤田伝吾殿。──南伊勢で佐吉(石田三成)殿をかどわかそうとして、逆に小一郎様にやり込められたご仁だ。
だが、ちょっと見ただけではわからなかったように、ずいぶん身なりも荒んで、表情も禍々しい危うさをはらんでいる。これはかなり危険です、小一郎様!
「ふっ、『落ちぶれた』か──。落ちぶれたよ、貴様のせいでとことんまで、な。
刀まで奪われておきながら、おめおめと戻って生き恥を晒した。──他の重臣たちからは内通を疑われ、十兵衛様はもはや会っても下さらん。
明智家は今、羽柴の動きに乗じて若狭侵攻の機をうかがっているが、わしは外され、大して動きもなさそうなこの辺りの警戒に回されてしまったのだ。
──まさか、こんな大当たりを引くとは思っていなかったがな」
「わしを恨んでおるのか? 心外じゃのう」
藤田殿の呪詛にも似た重い言葉に、小一郎様は飄々と言葉を返す。いや、それはさすがに逆撫でしてしまうと思うんだが。
「わしゃ、十兵衛殿がおんしを切り捨てる可能性も伝えたはずじゃ。今の十兵衛殿が昔とは変わってしまった、道を誤っているなら諫めるべきではないか、ともな。
それでも十兵衛殿に忠義を尽くそうと決めたのはおんし自身じゃろ? わしのせいにされても困るのう」
「貴様に何がわかる、百姓上がりの貴様などに! 武士の忠義とは、そう軽々しく覆らせていいものではないのだ!
わしは、先代から明智家に忠義を捧げてきたのだ! 今さら武士としての生き方を変えるなど──」
「下らん」
悲痛なまでの藤田殿の叫びを、小一郎様が一蹴した。
「その忠義を十兵衛殿に拒絶されてまで、何で明智家にこだわるんじゃ。明智家が世の全てではないぞ。もっと広い目で──」
「御託はもうたくさんだ。わしにはもう失うものなどない。せめて貴様に一太刀──」
──まずい。あの異常なまでの発汗、血走った目、荒い息、どう見ても普通じゃない。
「小一郎様、何か薬物を使っているようです。そう簡単には止められないかもしれません」
俺が手短にささやくと、小一郎様が小さく頷いた。
「──では藤田殿。どうあっても十兵衛殿に殉ずるというんじゃな? 十兵衛殿が道を誤っていたとしても」
「くどい! さっさと抜け! 剣では貴様に敵わぬだろうが、せめて一太刀、貴様に武士の意地を思い知らせてくれるわ!」
藤田殿が刀を抜いて身構えると、周りの部下たちが一斉に鉄砲の構えを解き、火縄を外した。
なるほど、あくまでこの立ち合いの場をお膳立てするのが目的で、それ以上何かをする気はないということか。
「羽柴殿、約束しよう。この立ち合いが終わったら、結果に関わらず、部下たちには手を引かせる」
「わかった。ならこちらも部下たちに手出しはすまい」
そう応えて、小一郎殿も険しい顔で抜刀した。え、まさか斬ってしまうおつもりなのか──?
「──ふ、ふふ、そうだ、羽柴小一郎。俺を斬れ。『不殺』なんぞと寝ぼけたことを言わずにな。
あの時、下手に情けなどかけずに、わしを斬ってくれればよかったのだ。それなら、十兵衛様もわしを惜しんでくれただろうからな。
貴様の『不殺』など、しょせんは慈悲に見せかけた偽善だ。その取り澄ました生ぬるい信条、わしの死を持ってぶち壊してくれるわ!」
そう言い放つなり、藤田殿が斬り込んだ。斬撃が速くて重い。小一郎様が刀で捌いていくが、これまでに見たどの時より余裕がない。この尋常ではない膂力と速度、これは──。
「くっ──やはり、薬か」
「もはや手段など選ばん。今のわしは痛みなど感じん。あの時のように峰撃ちなんぞで止められると思うなぁっ!」
その斬撃をかわしながら、小一郎様が藤田殿の鎖骨の辺りをしたたかに撃つ。が、藤田殿は飛び退って距離を取り、息を整えて再び構えをとった。
「ふふ、効かぬぞ、わしはまだやれる。いい加減、斬る覚悟を決めたらどうだ?」
「そうか、峰撃ちでは駄目か。──ならば是非もない。
藤田伝吾殿。その妄執、今ここでわしが断ち切っちゃるきに」
小一郎様が手首を返して、刀を握り直した。これは、本当に斬ってしまわれるのか?
い、いや、そのお手を汚させるわけにはいかん。こうなったら俺が投げ苦無で目を潰すか、心の臓を貫くかして──。
そう密かに考えて懐に手を入れたとたん、孫一殿から鞭のような厳しい声がぶつけられた。
「新吉っ、与右衛門っ‼ 手出し無用! 小一郎に恥をかかせるな!」
横を見ると、与右衛門殿も同じことを考えていたのか、ひそかに鉄砲を構える姿勢を取りかけていたのだ。
「黙って見ていろ! これは小一郎とあの男の戦いだ!」
「──誰かは知らぬが礼を言うぞ。横からつまらん手出しをされては、死んでも死に切れんからな」
そうにやりと笑う藤田殿に、孫一殿が真顔で返す。
「紀州雑賀の鈴木孫一だ。この立ち合い、確かに見届けさせていただく」
「鈴木孫一だと──⁉ ふふ、ならば立会人に不足は無し。
さあ、羽柴小一郎。ケリをつけよう。俺を殺して、血塗られた道を行くがいい」
それには答えず、小一郎様が大きく息をついて構え直した。
「行くぞ、羽柴小一郎っ!」
裂帛の怒号とともに藤田殿が大きく振りかぶり、小一郎様もほぼ同時に振りかぶって刀を振り下ろす。これはあの時の技か──?
そして、両者が刀を振り下ろした時──勝負は決まった。
小一郎様の切っ先が藤田殿の左手の甲をざっくりと裂き、刀を取り落とさせたのだ。斬り飛ばしてはいないものの、あの深さでは腱も何本かいっているはずだ。痛みは感じていなくとも、もはや刀を握ることは出来まい。
「く、くそ──っ」
それでもなお、藤田殿は落ちた刀を拾おうと身をかがめたが、小一郎様が刀を蹴り飛ばし、そのまま右手のひらを踏みつけた。
「く、やはり敵わぬか──さあ、さっさと斬れ!」
地面に這いつくばりながらも声を荒げる藤田殿に、小一郎様がゆっくりと刀を振り上げ──振り下ろした。
「──え?」
その切っ先が藤田殿の髷だけを切り落とし、少し遅れて結わえてあった髪がばらりと下に広がった。
「き、貴様、どういうつもりだ⁉」
「武士であることに縛られて正しいと思う途を選べんというなら──武士など辞めてしまえばよかろう?
武士である藤田殿は斬らせていただいた。あとはただの『藤田伝吾』殿として、どう生きるかを考えられよ」
「ふ、ふざけるな!」
藤田殿が激高する。まあ、それはそうだよなぁ。
「こんな辱めを受けて、なお生きて生き恥を晒せと言うのか!? 斬れ、さっさと斬れ!」
「いや、そう言われてものう──」
ちょっと困ったような顔で答える小一郎様は、いつもののんびりとした口調に戻っている。
「よくよく考えたら、わしにおんしを斬って得することなんぞ何もないからの」
「と、得だと──!? 何だそれは、そんな問題か⁉」
藤田殿の声に少し哀れみを誘うような響きが混じる。あれだけ血が流れていれば、そろそろ薬の効果が切れて激しい痛みが出てきても不思議はないか。
「いいから早く斬れ! 斬ってくれ! 貴様には『武士の情け』というものがないのか!?」
「んー、そう言われても、わしゃもともと武士じゃのうて『百姓』だからのう」
「なっ──!?」
あっけらかんと言い返されて、藤田殿はしばし茫然と言葉を失っていたが──やがて泣き笑いの混じったような毒気の抜けた表情を浮かべた。
「何なんだ、おぬしは。わけがわからん。
死ぬ覚悟でかかっていったわしが、まるで馬鹿みたいではないか」
「まあ、百姓は貧乏性だからな、まだ使えるものを捨てるなんて出来んのじゃ、もったいないからの」
そう言いながら小一郎様は刀を置いて、藤田殿の傷を手拭いで縛り、止血のために腕の付け根あたりも強く縛り始めた。
「ここでおんしが死んだところで、誰ひとり得をせん。もったいなかろう?
一度死ぬまでの覚悟を決めたのなら、この際、武士の世とも明智家とも少し距離を取って、おのれに何が出来るかを考えてみるといい。
十兵衛殿の片腕として長年支えてきたおんしになら、世のために出来ることなどいくらでもあるはずじゃ。──よし、これでいい。
おーい、もう終わりじゃ、藤田殿を連れて行ってくれ。半里ほど北に行けば腕のいい医者がいる、そのものに見せればいいじゃろ」
藤田殿の部下たちを呼び寄せた小一郎様が、ふと怪訝そうな表情を浮かべた。
「あれは──わしがあの時に峰撃ちした奴らか? 肋骨くらい折れていたはずじゃが、ずいぶん治りが早いの」
「ああ、打ち身や骨折に効くいい薬があるのだ」
「なんじゃ。なら、あの時にもう少し痛めつけといても良かったかの」
小一郎様が軽口を叩くと、ようやく藤田殿も、血の気の失せた顔に少し笑みを浮かべて口を開いた。
「おぬし、実はかなりひどい男だな。ひと思いに斬られる方がはるかに楽じゃったわ」
「今ごろ気づいたか。襲い掛かってきたやつに、楽な思いなんぞさせてたまるか」




