083 三瀬の御所 原田新吉
南伊勢への移動が始まった。紀州へ帰る孫一殿をさっさと送り出して、こちらは総勢二十七名の子供たちを連れて、ゆるゆると馬に揺られていく。
三介様が南伊勢から連れて来た家臣は、人当たりのよい方ばかりだ。子供たちが大人の男性に恐怖心を抱いているのを見越して、選んできたらしい。初めて乗る馬に怖がらないよう、神戸城にいる頃から少しずつ馬と触れ合わせていたので、子供たちは始めから大はしゃぎだ。こういう気配りが出来るのだな。
だが、休憩のたびに小一郎様たちが稽古するのを見て、男の子たちが剣術を教えて欲しいとせがむのには、三介様は頑として首を縦に振らなかった。
『当分はだめだ。お前たちはしばらくちゃんと飯を食えていなかったので、骨が弱っているのだ。剣術などやったら、かんたんに骨折してしまうぞ?
もうしばらくしたらちゃんと教えてやるから、今はがまんするように。いいな?』
──甘やかすだけでなく、ちゃんと厳しいことも言って聞かせられるのだな。大したものだ。
さて、三日目にようやく大河内城に到着した。大手門前で、我ら一行を出迎えてくれたのは──。
『うわぁ、大きい──!』
子供たちが一様に目を丸くする。北畠家当主、左中将(北畠具房)様は、噂で聞いていたとおり、相当な巨漢だった。なかなかの長身である小一郎様より頭半分ほど大きく、目方は倍以上は優にあるのではないか。だが、威圧感はまるでなく、柔和そうな顔つきと相まって──例えるなら、ひたすら大きくした大黒様だ。
織田が北畠を攻めた時、この方のことを『馬にも乗れぬ太鼓腹』などと揶揄したと聞いていたが、確かにこれでは馬が耐えられないだろうな。
「義父上、ただいま戻りました!」
「おお、三介殿。ご苦労であった。皆もよく来たな。ここでは温かい飯も寝床も約束するぞ、安心するが良い」
小一郎様たちには目礼だけして、まず子供たちに声をかけるあたりは、三介様と感じが似ておられる。
その左中将様のとなりにちょこんと並んでいるのは、小柄なお美代よりもう少し小柄な、大人しそうな若い姫だ。これが三介様の奥方のお雪様かな?
「三介様の妻の雪です。今からみんなを育児院に案内します。ここの育児院には二十人の子たちがいるので、その子たちとも仲良くしてあげてください。
これからは三介様と私が皆様のお世話をするので、よろしくお願いしますね」
──ん? 何か今の言い方にはちょっと含むものが感じられたんだが。
「え、こまおねえちゃんは──?」
「私は後から行くから、お雪様について行ってね。お美代殿、楓殿、一緒に行ってあげて」
そう言って子供たちを送り出すと、お駒様が改まったように左中将様に深く頭を下げられた。
「こたびお館様とお方様の命により、子供たちを引率してまいりました羽柴駒と申します。この先は、三介様とともに──」
「ああ、仔細は聞いております。駒殿、こちらこそ良しなに願います。
ここにおる者は皆、小一郎殿の発明で伊勢が豊かになったと大いに感謝しております。その奥方とあれば、大歓迎ですぞ。安心して暮らされよ」
そう鷹揚に応えた左中将様が、そこでちょっと身をかがめて小声で付け足した。
「ただちょっと──三介殿と駒殿が気安い仲だと雪がやきもちを焼いておるようでしてなぁ。その辺はうまくやり過ごしてくだされ」
「それなら心配ご無用です、義父上。駒殿と小一郎殿は、それこそ周りが胸焼けするほど甘ーい夫婦なのじゃ。お雪もすぐにやきもちをやくのが馬鹿らしくなりますぞ」
三介様が愉快そうに混ぜ返すと、左中将様がすぐにからかうようにやり返す。
「おや、三介殿たちもだいぶ辺りに睦まじさが溢れ出とるのだが、自覚がないのかな?」
──こうして見ていると、三介様と左中将殿はちょっと歳の離れた兄弟のように仲が良く思える。
実はこのお二人、義理の父子とはいえ歳は十ほどしか離れていない。お雪様は左中将様の養女という形で三介様と夫婦になったが、実は左中将様の妹御にあたる。つまりこの二人は、形式的には義理の親子だが、血縁的には義理の兄弟でもあるのだ。
武術が全く不得手の左中将様は、剣術狂いの御隠居様からはかなり蔑まれていると聞く。
いずれ三介様ともども排除して、他の子を次期当主に据えようとしているとの噂もある。
御隠居様から疎まれた者同士、お二人には相通ずるところもあったのだろう。──何しろ三介様は人懐こいお方だからな。
その晩は、左中将様やお雪様も加わって、子供たちとともに飯を食う。以前から南伊勢の育児院にいた子供たちもいっしょだ。
こういうあたりは、羽柴の流儀を三介様が北畠に持ち込んだらしい。家臣の方たちももう慣れたのか、特に気にすることなく振舞っている。
──ただし、こういうところも、名門意識の強い御隠居様には大いに気に食わないらしいのだが。
「さあ、みんな。食べ終わったら口をゆすいで、今日はもう寝ましょうね」
ひと通り食べ終わったのを見計らってお駒様がそう声をかけると、南伊勢の子たちが立ち上がって、新入りたちを台所や厠に案内し始める。事前に言い含められていたんだろうな。
そんな中で、幼い何人かの子たちがお雪様に甘えるように寄ってきた。
「ねえ、おねえちゃんもいっしょにねてくれる?」
「え? ──も、もちろんですとも! 寝付くまでのあいだ、私が子守唄を歌ってあげますね」
お駒様には負けたくないんだろうなぁ。ちょっと無理をしているのがありありとわかるんだが──まあ、その辺の機微がわからんお駒様ではあるまい。
何しろ、お方様からの全幅の信頼すら勝ち取った『人たらし』だ。きっとお雪様のこともうまく取り込んで、協力して育児院の運営を進めていけるだろう。
育児院のことはもうお駒様に任せてしまって──我ら男衆には優先して考えなければいけないことがあるのだ。
育児院を出て城の二の丸に場所を移し、北畠のお二人と小一郎様、俺とで密談だ。
まずは小一郎様が口を開いた。
「さて、御両所にお伺いいたします。三介様からいささか物騒な話を聞いたのですが──左中将様もご了承されてのことですか?」
「はい、承知しております。──小一郎殿、お気遣いは無用じゃ。ざっくばらんに話してくれてかまわんぞ」
「ああ、では遠慮なく」
少し姿勢を崩して、小一郎様が少し凄むように切り出す。
「お父上である御隠居様を排除しようとは、よほどのことじゃ。
わしは貴殿のことをまだ良く知らん。例えば、三介様とともに事を起こすふりをして、実は御隠居様と示し合わせて三介様を討つ、という可能性もあり得るとも思いましてな」
「──お、おい、小一郎殿っ!」
三介様が慌てて止めようとするが、左中将様は柔和な顔のまま手振りでそれを止めた。
「いや、三介殿との縁の深い羽柴の方なら、そのような懸念を抱くのは当然ですな。
正直に申しましょう。
私も、和睦の条件とはいえ、織田から跡取りを迎えることを面白くは思っておりませんでした。しかも、かなり出来が悪いという噂の次男を、ということでしたからな。
ところが、今浜から帰ってきた三介殿を見て心底から驚いたのです。人とは短期間でこれほどに変われるものなのかと」
左中将様が嬉しそうに、三介様がどのように次期当主として働いてきたかを語り始める。
──三介様がまず取り掛かったのは、北畠の旧臣と織田から来た家臣との派閥の垣根を取っ払うことだ。
三介様はもともと好奇心旺盛な方だ。伊勢に戻ってからは誰彼かまわず話しかけ、質問をし、意見を求めた。
領内の視察などには派閥に関係なく随行を決め、仕事を言いつけるときも派閥などお構いなしだ。
こういう横紙破りのやり方には、当初反発する声も多かったらしい。特に織田派の者は北畠派を警戒する向きもあったのだが、三介様は一向に取り合わなかった。
『下らん。領民から見ればどちらの派ばつかなど関係ない、どちらも同じ北畠家の家臣だ。
わしはあくまでその仕事に向いている者をえらんでいるまでだ。北畠の者とは仕事が出来ぬ、したくないというならさっさと織田に帰るがいい』
三介様にとって何より優先すべきことは、いかに領民を豊かにするかということで、そこに大人たちがつまらぬ派閥争いなどを持ち込むことを決して許さなかった。
ご自身で領内を駆け回り、民百姓ともよく言葉を交わし、どこに羽柴の新しい産業を立ち上げるかなどを考え、調べて──。
やがてその真摯な姿勢が、左中将様や両派の家臣たちにも認められていく。
どうやら、かつて『うつけ』と呼ばれた婿殿はなかなかの器量で、しかも本気で北畠家の一員として南伊勢を良い国にしていくつもりらしい、と。
「──それに何より、雪が久々に会った三介殿にすっかり熱を上げてしまいましてなぁ。
本当は形だけの夫婦にしておくつもりだったのですが、あそこまで惚れ込んでしまったのでは、義父としても兄としても、もう認めるしかないでしょう」
そう左中将様がからかうように言うと、三介様が照れたように真っ赤な顔でそっぽを向いた。
「しかし、御隠居様とその周囲のものたちは違いました。三介殿のことをあくまで『いずれ排除すべき敵』と決め込み、決して認めようとはしなかったのです」
大河内城から南に六里(約24km)ほど。宮川上流の少し開けた三瀬の地に御隠居様の館がある。
『三瀬の御所』とも呼ばれるその館へ赴いたのは三介様と数人の護衛、小一郎様と護衛の俺だけだ。それ以上の人数は許しが出なかった。
「なあ、小一郎殿。わしから頼んでおいて何なのだが──本当に大丈夫なんじゃろうな?
駒殿から、小一郎殿が大けがなどするようなら承知せんとおどされてしまってなぁ」
館の玄関から奥の道場まで案内される間に、三介様が小一郎様にこっそり耳打ちする。
「──まあ、何とかなるじゃろ。それよりちょっと考えとったんじゃが、多少は舌でやり込めてしまっても構わんかの?」
「ふふん、おもしろそうじゃな。好きにしてくれ」
やがて道場に着くと、すでに何人かの男たちが木剣を交えており──ひとめでわかった、あれが御隠居様か。
左中将様とは対照的に、小一郎様よりやや細身で上背も少し低いが、全身が鍛え上げられた鋼のような筋肉で覆われていて、周りに放つ気配がまるで違う。これは、素人目に見ても相当に強そうだ。
「御隠居様、ご無沙汰しております」
「おう、三介殿、来たか。そこの大男がおぬしの推挙する剣客というやつだな」
こちらに近づいてきて、遠慮なく小一郎様の身体をじろじろと見回す。
「少し調べさせてもらった。羽柴藤吉郎の弟、小一郎──多少腕は立つらしいが、百姓上がりで人を斬れない腑抜けという噂もあるようだが?」
「『斬れない』ではなく『斬らない』だけなんじゃがな」
そこで初めて小一郎様が口を開いた。
「何も馬鹿みたいに剣を振り回さんでも、たいがいのことは治められますからの。
実際、六角も叡山もこの頭と舌で屈服させてきましたので」
「ふん、確かに舌だけはよく回るようだな。百姓がクワから持ち替えたという剣がどれほどのものか、見せてもらおうか」
そう忌々し気に言って、御隠居様は家臣たちの稽古を止め、場所を開けさせた。
袖をタスキでまとめ、軽く素振りをして木剣の感触を確かめて──やがてお二人は道場中央で対峙した。
木剣を置いて軽く一礼すると、距離を取って構えを取る。
御隠居様は大きく足を前後に開き、木剣を顔の横あたりに立てて構える。八双に似ているがそれよりずっと腰を落としたどっしりとした構えだ。一方の小一郎様は、いつものように中段、平正眼の構え。御隠居様の迫力ある構えに比べると気の抜けた姿勢にも見える。
ご隠居様がじりじりと距離を縮め、剣の角度や肘の高さなどを変えて誘っているようだが、小一郎様はほとんど身じろぎもしない。
「さて、では手慣らしと参ろうか」
「はあ、ではどうぞ」
小一郎様が応える間もなく、御隠居様が一気呵成に攻めかかる。まだ立ち合いではないので小一郎様の構えた木剣を狙った斬撃だが、技量を見せつけるかの如く変幻自在の打ち込みを続けていく。しかも一撃一撃が重い。
まさに戦場の剣。重い甲冑を身に纏い、甲冑を着けた相手を倒すための実戦の剣だ。
やがて、攻守が入れ替わった。今度は小一郎様が攻める。
剣の早さでは引けを取らないが、斬撃はいささか軽いようにも見える。それに、攻め方も中段から振りかぶって多少角度を変えて打ち下ろすばかりで、単調にも思えるのだが──。
小一郎様の攻めがひと通り終わると、お二人は少し距離を取り、呼吸を整えた。御隠居様の顔には、少し侮ったような笑みが浮かんでいる。
「ふん、軽い剣だな。そんなことでは人は斬れんぞ?」
「はあ、そうですかいの」
「そろそろ良かろう。三本勝負といこう。参るぞ!」
ご隠居様の声に、空気が変わった。小一郎様が、剣先を不規則にゆらゆらと揺らし始めたのだ。
訝しげに眉をひそめた御隠居様が攻めにかかろうとするが、はっとその意図に気づいたように動きを止める。
──普通、立ち合いの際には相手の剣先が動くその瞬間に合わせて対応する。しかし、相手の剣先が常に動き続けていると、いつ打ち込んでくるのかが全く読めなくなってしまうのだ。
しかも、どうしても剣先に意識が向いてしまうため、目線などその他の変化に気づきにくくなってしまう。
これが北辰一刀流の奥義のひとつ──『鶺鴒の尾』だ。
御隠居様が何度か攻める姿勢を見せるが、そのたびに動きを止める。どうやら、小一郎様の剣先の動きから、返し技がくるのではないかと躊躇してしまうらしい。
だが、やがて迷いを捨て去ったのか、小手先の技を力でねじ伏せるかのごとく、御隠居様の渾身の猛攻が始まった。
小一郎様はしばらくそれを冷静に捌いていたが、一瞬の隙を見つけたのか御隠居様の額めがけて斬り込んだ。御隠居様も同じく額めがけて斬り込む。
そして──勝負がついた。
小一郎様の剣は御隠居様の剣と交差した時に反りの部分が当たったのか、軌道を変えられて御隠居様の身体の横ぎりぎりを縦に通り過ぎ、御隠居様の剣先が小一郎様の額すれすれに止められていた。
「ふっ、わしの勝ちだな」
勝ち誇ったように告げる御隠居様に、小一郎様は何も言い返さずに頷き、剣を収めてこちらに戻ってきた。
同じく向こう側に戻っていった御隠居様に、三瀬の家臣たちが歓声を上げた。
「お見事です、御隠居様!」
「さすがは『一之太刀』ですな!」
そうか、あれが新當流開祖の塚原卜伝殿から直伝されたという奥義『一之太刀』か。
三介様が小一郎様に手拭いを渡しながら、心配そうに声をかける。
「お、おい、大丈夫か? このままあっさり負けてしまっては──」
そんな三介様に、小一郎様が汗を拭いながらあっけらかんと答えた。
「ああ、まあ、大丈夫ですろ。──しょせんは三百年も昔の奥義ですからな」
二本目も同じような展開になった。
──だが、長い攻防の末、一本目同様に両者の剣が交差した後、相手の剣を逸らして額を捕らえていたのは、何と小一郎様の剣だったのだ。
「ば、馬鹿な⁉ 『一之太刀』を使うだと!? こんなはずは──」
愕然として凍りついたままの御隠居様に、小一郎様が残酷な言葉をかける。
「悪いですな。この程度の技はわしの『北辰一刀流』にもありますので」
──あ、なるほど、そういうことか!
確かに塚原卜伝殿の剣は当代最強かも知れない。だが龍馬殿の流派には、その後三百年ものあいだ剣術家たちが研鑽を積み重ねてきた歴史があるのだ。
三本目──。御隠居様の剣勢に明らかに陰りが見える。
疲労と焦り──それが、御隠居様の剣を確実に鈍らせていた。
「──惜しい。実に惜しいですなぁ」
御隠居様の精一杯の攻めを軽々と受け流しながら、小一郎様が軽口をたたきはじめた。
「『惜しい』だと? 一体、何がだ⁉」
「御隠居様がもう百年ほど早く生まれていたら、天下を手中にすることすら不可能ではなかったでしょうに」
「な、何だと!?」
「そろそろ気づいてもいい頃ではないですかの。もう時代は変わったのです」
そう言い捨て、小一郎様は御隠居様の渾身の打ち込みを受け止め、そのまま弾き返した。
「天下の万民は、もう戦続きの世に疲れ果てておる。もう戦で他国を踏みにじらなくとも、織田のやり方で国を富ませることが出来る。今さら織田に歯向こうたところで、何になるのです」
「く、下らん! 由緒ある名門の北畠家が銭儲けの算段など、そんな浅ましい真似が出来るか──!」
「浅ましい、ですと?」
小一郎様の声に、はっきりと憤りの色が込められた。
「自分で銭も稼げないくせに、民からかすめ取った銭でいい暮らしをしようとする方がよっぽど浅ましいと思いますがな。
三介様や左中将様は、織田のやり方に倣うことで、南伊勢の民を豊かにする覚悟を決めておられる。
下らん誇りとやらに縛られて、それを邪魔する御隠居様は、もはや伊勢には無用のお方。
もう、政務からは完全に身を引かれるべきだと思いますが」
「黙れ! 黙れ黙れ!
百姓に何がわかる! 名門たる北畠家が成り上がりの織田に屈するなど──」
「──浅ましいのう」
「な、何──っ⁉」
苦々しく吐き捨てた小一郎殿が、もう終わりにしたいとでも言うように、御隠居様の左右の籠手をはたいて剣を落とさせ、喉元に剣先を突きつけた。
「名門だなんだと──しょせん、ご先祖様が偉かっただけではないか。
確かに先々代の天祐(北畠晴具)様は凄かった。伊勢・志摩の二国を治め、それ以上に領土を拡げられた。
じゃが、天祐様が亡くなってからはどうじゃ? 今の北畠家はたかだか伊勢半国だけではないか。その程度の器で、何を偉そうに──」
「き、貴様ぁっ!」
御隠居様が最後の力を振り絞って、木剣を掴んで投げを打とうとするが、小一郎様が逆に足を払って倒し、腕の関節を決めて押さえつけた。
「ふう──塚原卜伝先生からいったい何を学んだんじゃ?
先生は『一之太刀』とは国に平和をもたらす剣だと言っておられたはず。
己のつまらん誇りのために無用の戦を起こそうとするなど、先生の教えに背く行いじゃ」
「そういうことです、御隠居様」
そこでようやく三介様が口を開き、組み伏せられたままの御隠居様に歩み寄った。
「今、この三瀬の御所は、わしと父上の兵千五百が囲んでおります。
雪のたっての願いじゃ、命までは取りたくない。──どうか降伏してくだされ。
あとのことは義父上とわしにお任せいただき、尾張か美濃でゆるりと余生をすごしてはいただけませんか?」




