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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第七章  婚礼と、そして……

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059   帰蝶様   竹中半兵衛重治


 さて、婚礼の儀はつつがなく終わり──というわけにはいかなかったのですけど。

 実は、当日の朝になって、お駒殿が『やっぱりやめる!』と駄々をこねて部屋に引きこもってしまったのです。


「──だって、おね様に煕子(ひろこ)様、お(いち)様──こんな時にあれだけ美人ばかり揃うって、あんまりじゃない!

 皆さんとてもいい方だから、来てくれたのは嬉しいけど──絶対みんな、花嫁の私より他の方に目が行くじゃない! おちびちゃんたちだって美人ぞろいだし、きっと私は誰の印象にも残らないのよ!

 一生に一度の晴れ舞台だというのに、私はきっと後々『残念な花嫁だった』とかずっと言われることになるんだわ。あんまりよ、運命ってあまりに残酷だわ──」


 ──何だか、芳野(よしの)みたいなことを言ってますけど。

 まあ、女性が婚礼の直前に急に不安に襲われることがあるというのは聞いたことがあったのですが、あの顔ぶれなら無理もないでしょうね。


 もう、正直言ってお手上げだったので、小一郎殿に対応をお任せしたのですが、──小一郎殿が説得のために部屋に入って、なにやら二言三言語りかけただけで、お駒殿はすんなり部屋から出てきました。

 そのお顔がかつてないほどに赤くなっていたのですが──いったいどんな言葉をかけたのやら。

 たぶん、一生、どちらの口からも語られることはないと思いますが、──治部左衛門殿が(のぞ)いていてくれることを祈るのみです。






 それに、お駒殿が危惧していたように、婚礼の席でお駒殿が霞んでしまう、ということにはならなかったのです。


 厳かな儀礼が終わり、無礼講の酒席になったとたん、茶々(ちゃちゃ)様がとてとてと主役の二人に駆け寄られました。

 昨日はずっともじもじしていて、駒殿に何か言いたげだったものの、結局あまり言葉は交わさなかったとのことだったのですが。


「こまおねえちゃん、とってもきれい!」

「あ、ありがとう……」

「あのね、あのぅ──こいちろうはさえないけどとってもいいひとだから、だいじにしてあげてね!」


 その言葉に座がどっと沸き、釣られたように他のお子たちもお駒殿に群がります。

 昨日、時が許す限り全力でお子たちと遊んであげたらしく、お駒殿は子供たちに大人気だったのです。


『ほう、あれほど子供たちに懐かれるとは──』

『はは、駒殿にはうちの無双丸や双葉もよう懐いておっての』

『これはこれで、なかなかに得難い才ですな』

『小一郎殿も、早うにお子を作りなされ。なかなかに頼もしい、いい嫁ではないか』






 しかし、そんな新婚の甘い時間もつかの間、小一郎殿を待っていたのは──またしてもお館様の過酷な無茶振りでした。


「あの、小一郎殿。お館様から、婚礼の後で渡すよう文を預かっていたのですけれど……」


 そう言って、お市様が婚礼の翌日に手渡してきた文には──婚礼を祝う言葉とともに、『おぬしの婚礼と同時に、帰蝶(きちょう)を女性・孤児対策の責任者とする旨も公表したい。年内に説得しておくよう強く希望する』との文言があったのです。

 それを読んだときの小一郎殿のげんなりした顔ときたら──。


「……せめて、もう少し早く言ってほしかったのぅ」

「こ、小一郎殿、どうするんですか!? 今から唐箕(とうみ)千歯(せんば)()きを岐阜に運ぶにしても、もう関ケ原は雪が相当に積もって──」

「いや、何だか嫌ぁな予感がしとったので、その二つはもう小型の模型を作らせとる。

 まだ、どうやってお方様を説得するか、考えが十分にまとまっておらんのじゃが──」


 難しい顔で、考えを巡らそうとした小一郎殿は、──文を読んだ私たちの反応に困惑しているお市様にふと目を止めました。


「お市様。まことにご無礼ながら、ほんの少しお力添えをいただきたいことがあるのですが」

「は、はい。私に出来ることでしたら」

「岐阜で、お(のう)の方様にあることをお願いせねばならんのですが、説得するのにちょっとばかりお手伝いいただきたいのです。お市様と──()()()に」

「──はぁ?」






 数日後、岐阜城三の丸。

 広間の上座には、豪奢(ごうしゃ)な着物に身を包んだ貴婦人がおひとり。

 とてもお美しいとは思うのですが、眼光は鋭く冷たく、例えるなら抜き身の銘刀のような妖しさすら感じます。

 これが、美濃の(まむし)(斎藤道三(どうさん))が嫡男以上にその器を高く評価していたともいう帰蝶様ですか……。


「お初にお目にかかります。羽柴小一郎秀長にございます。

 お方様に置かれましてはご機嫌麗しく、また、此度拝謁(はいえつ)の許しを得ましたこと、まことに──」

「機嫌など良くはない。お館様が会えと言われたから会うてやったまでじゃ」


 ──予想どおり、初手から木で鼻をくくったような対応ですね。


「おぬしらが、三介に取り入り、織田の跡目に(かつ)ごうと画策しておるとの噂は聞いておる。そのために奇妙丸が邪魔だと思っていることもな。

 そのおぬしらの頼みを、なぜ(わらわ)が聞いてやらねばならぬのじゃ?」


 まあ、これも予想どおりの反応ですね。

 小一郎殿も顔色一つ変えず、それが根も葉もない噂であること、羽柴にはそのような気はまったくないこと、その証として、奇妙丸様に近しい明智殿と縁を結んだことを説明していきます。


「──ふん、まあ、よい。

 お館様からもあらましは聞いた。孤児を育てる施設を作ることや、おなごの働き口をつくることの意味も理解は出来る。新しい農機具とやらが出来たということもな。

 それはいいのだが、ひとつその前に──何故、そこに長政たちがおるのじゃ!?」


 そう、この場には、我らの他に、浅井長政殿とお市様夫妻、そして茶々様がにこにこしながら同席しているのです。


「いや、まずわしらがやろうとしていることを知っていただくには、わしの考えた料理を実際に召し上がっていただくのが、一番早いかと思いましてな。

 さすがに、わしが作ったものを召し上がられるのは抵抗もあろうかと思いまして、浅井家の(まかな)い方に、指示を出して作っていただいたのですが──」


「我が家の賄い方が作るとあれば、わしがご相伴(しょうばん)に預かるのは当然ではありませんか。

 わしとて、噂に聞く小一郎殿の料理を味わってみたいですぞ、義姉上」


 長政殿が屈託のない笑顔で言うと、お市様たちもそれに同意されます。


「私も、先日頂いた羽柴家の料理が忘れられなくて、ですね」

「ちゃちゃもたべたいっ!!」


「くっ──!

 し、しかし、蕎麦(そば)など貧民が食すものではないか。いくら脚病(かくびょう)に効くとはいえ、そのような下賤(げせん)なものを口にするなど──」


 そう逡巡(しゅんじゅん)の色を見せるお方様を尻目に、女中たちが次々と料理を運んで来て、皆様の前に並べていきます。


「さあ、どうぞ。わしは指示を出しただけで、指一本触れておりません、安心してお召し上がりください」


 そう小一郎殿が声を掛けると、浅井家の方々がまず料理に箸をつけ、感嘆の声を上げられます。


「こ、これは旨い! 蕎麦とはこれほどに旨くなるものなのか。さすがは小一郎殿じゃ!」

「ああ、やはりこのシジミの甘辛煮は、白米との相性がいいですね!」


 その様子を見ても、やはりお方様はまだ箸を取るのを躊躇(ためら)われていたのですが、茶々様が立ち上がってそんなお方様に近づき、愛らしく小首をかしげて無邪気に問いかけられます。


「きちょうさま、たべないの? とってもおいしいよ?」

「うっ──」


 小一郎殿、悪どいですねぇ。

 実は、茶々様の同席をお願いしたのは、このあたりの振る舞いを期待してのことなのです。

『旨いものの誘惑と、童女のつぶらな瞳。この二つのものに(あらが)える人など、そうはおらんのじゃ』などと言ってましたが──。


 きらきらした目で、お方様が食べてどういう反応をするのかを、期待を込めてじっと待っている茶々様に根負けしたのか、ようやくお方様が箸をつけられます。


「──こ、これは──!?」

「おいしいでしょ! こいちろうのおりょうりはとってもおいしいよね?」

「う、うむ、そうじゃな──」






 結局、お方様も茶々様に釣られてすべての料理を平らげ、複雑な表情で口を開かれました。


「むう──。口惜しいが、確かにどれも美味であった……。

 しかし、脚病でもない妾が、日頃から蕎麦を食す必要などないのでは──」

「いや、お方様。蕎麦を食さないなど、それこそ『もったいない』話ですぞ?

 実は、羽柴家では使用人にも蕎麦茶を奨励してましてな。体調に何か大きな変化がなかったか、聞き取り調査をしてみたのです。

 すると、どうやら蕎麦には、多くの女性が抱える三つの悩みに大いに効果があるらしいことが分かったのです。

 まず一つ目に──お通じが良くなります」


 指を立てて数え上げる小一郎殿の言葉に、お方様とお市様が(つば)を飲み込み、身を乗り出して聞き耳を立てます。さすがに何も口には出されませんが……。


「二つ目に冷え性が軽くなります。そして、三つ目は──肌の張りや艶が良くなるなど、美容にも良いようなのです」

「──冷え性に効くのですか!?」

「び、美容にも良いじゃと──!?」


 さすがです、小一郎殿。その三つの悩みのいずれも持たない女性など、まずいないでしょう。

 この情報は、世の女性ならば絶対に無視できないはずなのです。


「さらに疲労回復や、男性でも二日酔いしにくくなったなどという証言もあります。

 脚病の話に加えて、この情報が広まれば、これからは公家衆などの高貴な方々もこぞって蕎麦を口にすることでしょう。

 蕎麦が貧民の食い物だという日ノ本の常識を、織田家の食の知識が塗り替えるのです!

 そして、これから異国から入って来る作物や、既存の作物の新しい食べ方などを、織田が率先して広め、日ノ本の食事情を変えていくのです!」






 そこからは、お方様もだいぶ態度を軟化させ、小一郎殿の話に耳を傾けるようになられました。

 農機具の模型や絵図面を使った説明には、お方様だけでなく、内政にあまり熱心ではなかった長政殿まで、食い入るように聞き入っています。


「──なるほど。この千歯扱きや唐箕、踏み車を普及させて、農作業の効率を上げ、他の作物も作らせるようにしたいと。だが、それでは後家たちの収入源がなくなってしまいそうなので、相談窓口や醤油蔵など、おなごたちの働き口を増やしたいということなのじゃな」

「はっ」


 さすがの理解力です。お館様がお方様のことを『(さと)い』と言われていたのも頷けますね。


「──しかし、それらの農機具はそれほど売れるものなのか?

 見たところ、そこまで複雑な仕組みではない。すぐに模倣(もほう)して、同じものが他所(よそ)でも作られてしまうのではないか?」


 ──お方様、鋭いですね。実は私も同じことを考えていました。小一郎殿はそれについてはニンマリ笑みを浮かべるだけで、答えてくれなかったのですが……。


「確かにその通りです。織田家で作って他国に売ろうとしても、いずれは模倣品が出回ってさほど売れなくなるでしょう。これで永続的に(もう)けようというのは、さすがに無理な話です。

 それに何より、これほど効率的な農機具は、一気に全国に広めたい。

 そのために、此度わしが売ろうと考えているのは──これです」


 そう言って、小一郎殿は膝元に広げてある千歯扱きの絵図面を指先でとんとんと示しました。


「どういうことじゃ?」


 お方様は、何を当たり前のことを言っているのかと怪訝(けげん)そうな顔をされていますが、──あっ!?


「小一郎殿!? まさか、小一郎殿が売ろうとしているのは、農機具そのものではなく、その『絵図面』なのですか!?」

「──ご明察じゃ、半兵衛殿」






「唐箕や千歯扱きを織田家で作って売ろうとしても、運ぶ効率があまりに悪すぎます。荷車にもせいぜい一度に二・三台くらいしか載せられませんので。

 いずれ噂が広まって『模倣して作れば買わなくて済む』と思われてしまえば、そこから先は売れなくなってしまうでしょう。

 しかし、絵図面ならば話は別です。

 織田家は、清酒の件で多くの商人たちと繋がりが出来ました。その販売網を使えば、全国津々浦々ほぼ同時期に、これらの農機具を一気に広めることが可能になります。

 なにしろ、絵図面ならば他の荷のついでに何十枚でも運ぶことができますので」


「し、しかし、絵図面などただの紙切れであろう? それにそれほど金を出す者など、あまり多くは──」


 疑念を(はさ)むお方様に、小一郎殿が反論します。


「確かにただの紙ですが、書いてある情報は千金に値するものです。

 織田家が開発したばかりの、どこの家中でもまだ使っていない、収穫期の効率を飛躍的に向上させる最新の農機具。──いずれは伝わってくるだろうが、いち早く作れば間違いなく高値で売れる。その絵図面も、それなりの値で売れること間違いなしです。

 わしが売るのは、紙ではありません。──そこに書かれた『情報』と『情報の早さ』なのです」

「ううむ──」


「想像してみて下さい。これらの農機具が一気に広めれば、さて、その後どういうことになると思われますか?

 初めのうちはいいでしょう。皆、収穫期の仕事が大幅に減るということに、大いに期待するはずです。しかし、実際に収穫期を迎えた時──おそらく、どの家中でも、仕事を奪われたおなご衆からの猛反発が起きるでしょうな。

 ことによっては、唐箕や千歯扱きを打ち壊すほどの騒動になるかもしれません。

 では、唐箕などを使うことを(あきら)めるのか? ──しかし、人は一度便利な道具を知ってしまったら、もう元には戻れんのです」

「──」

「どうすればいいか悩んだ者は、では大元の織田ではなぜ混乱が起きないのかと不思議に思うはずです。

 そして、いずれ知る。織田ではおなごが路頭に迷わんで済むだけの施策を十二分に整えてるということを。

 それを知った上で、他所の家がどういう判断をするか──まあ、そんなことはわしの知ったこっちゃありませんな」


 とぼけたように言い放つ小一郎殿に、お方様も長政殿もあっけに取られておられます。


「ただ──これだけは言えます。織田家がまことに万民のためのまつりごとを行っていることが知れ渡れば、いずれは皆、そのやり方におのずと(なら)わざるを得んでしょう。

 好むと好まざるとに関わらず、です。

 織田のまつりごとこそが民を最も豊かにする正道、日ノ本の新しい常識になっていく──。そんな未来を作っていくのは、面白そうだと思われませんか?」






「──なるほど。これが羽柴小一郎という男か」


 しばらくの沈黙の後、お方様が溜息まじりに漏らされます。


「実は、お館様にも言われておったのじゃ。

『小一郎の話を引き受けるかどうかは好きにしろ。ただし、判断を下すのは、あいつがどういう男なのかをよく見極めてからにしろ。間違っても、あいつが敵に回るようなことはしてくれるな』と。

 清酒の策の話も聞いておる。実際、今年はどこも米不足になっておるらしいしの。

 おのれ一人の才覚で、世の常識すらも変えてみせようとするか──。

 まこと、恐ろしい男じゃのう……」


 大きくかぶりを振るお方様の膝元に、心配そうな面持ちで茶々様が(すが)りつきます。


「きちょうさま……。こいちろうとけんかしてるの?」

「いや、そうではないのじゃ。心配をかけたのう、茶々」


 愛おしげに茶々様の頭を撫ぜて、お方様は小一郎殿の方に顔を向けられました。


「──よかろう。その方の口車に乗せられてやる。それが天下万民のためになるというのもわかったからの。

 ただし、織田の跡目については話は別じゃ。くれぐれも、良からぬことは考えるなよ」


 茶々様を怖がらせないよう、抑えめの口調で釘を刺してくるお方様に、小一郎殿も姿勢を正して、穏やかな声で答えました。


「無論です。出来ましたら奇妙丸様にも、羽柴家が必ずや後々まで織田家のお役に立てますこと、お取り成しいただければ幸いにございます」





今年もよろしくお願いいたします。


大晦日にエッセイをアップしたのですが、大量の投稿にあっという間に後方に押し流されてしまって、ほとんど読まれませんでしたw

『人斬り以蔵のコト ──あやうくやらかしてしまうところだった件』(https://book1.adouzi.eu.org/n1231hk/)

もし良ければ読んでやってくださいませ。

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