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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第六章  次代を担う者たち

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053   三つの派閥   竹中半兵衛重治


 翌日。

 三介殿は与右衛門殿を連れて、朝から挨拶回りに出かけられました。

 私と小一郎殿は、お館様とともに今浜の築城現場に来て、工事の指揮をしていたのですが──。


「おや、藤吉郎殿? もうこちらに来ていいのですか? まだ、おね様のお傍にいてさしあげた方が──」

「そのおねに追い出されてしもうたんじゃ。自分たちは大丈夫だから、そろそろ仕事に戻れと。

 まあ、『貴方は仕事をしている姿が一番格好いいのですから』とまで言われてはのう。──ふふふ」


 はいはい、御馳走様。


「おねは人の扱いが上手いのう。

 まあ、ちょうどいい。おぬしらに少し話しておきたいこともある、場所を移すぞ」


 お館様の唐突な発案により、小一郎殿の屋敷で四人で会議をすることになりました。

 途中、私の屋敷に寄り、お駒殿に蕎麦茶と軽食を持ってくるよう依頼してから、ですが。






「さて、長島攻めのことなんだがな──悪いが、お前らは連れて行かんぞ」


 広間に入って車座に腰を下ろすなり、お館様が開口一番、驚きの発言をされました。


「ええっ!? そんな! 連れて行って下され! わしにも手柄を立てさせて下され!」


 藤吉郎殿が慌てて懇願(こんがん)しますが、お館様は難しい顔で黙ったままです。

 その表情に、小一郎殿にも理由の察しがついたようです。


「──おおかた、柴田様か佐久間様あたりが納得されんのでしょう?」

「その、どちらもだ。他にも何人かおる。

 近江の件で、羽柴と明智が手柄を独占したのが面白くないと騒いでおってなぁ。

 特に、羽柴が来ると槍働きの場が無くなってしまう、とな。

 まあ、此度の長島攻めは、包囲して(かつ)え攻めからの単純な物量戦だ。おぬしらの知恵を使うまでもなかろう。ここはひとつ、堪えてくれんか。

 お前たちや十兵衛には任せたい仕事もあるし──武田の動きもいささか気になるのでな」

「武田、ですか──?」


 お館様の言葉に、龍馬殿の記憶による年表を思い出してみます。






 本来の歴史では──。

 桶狭間(おけはざま)義元(よしもと)殿を討ち取られた駿河(するが)の今川家は、次の当主に人望が無かったため衰退し、妻の実家である相模(さがみ)北条(ほうじょう)氏の援助を得られたものの、甲斐(かい)の武田や徳川殿に領土を好き放題に喰い荒らされ、事実上、大名としては終わっていたとのことです。

 ここまでは、私が知る今の情勢と大差はないのですが──。


 今年、武田は織田や徳川との約定(やくじょう)を破棄して遠江(とおとうみ)や三河に侵攻、さらに来年には三方ヶ原(みかたがはら)で織田・徳川連合軍に大打撃を加えて圧勝するはずだったのです。しかし実際には、武田はここまで織田・徳川に対する動きをほとんど見せていません。

 やはり、小一郎殿が浅井を臣従させたことで、浅井・朝倉 対 織田・徳川の一大決戦である『姉川の戦い』を回避してしまった影響なのでしょう。


 戦力が充実している織田・徳川に今、戦を仕掛けるのはまずい、との判断なのか──。






「──どうも、北条左京太夫(さきょうだゆう)氏康(うじやす))が、病でいよいよ危ういらしい。跡取りの氏政(うじまさ)は、武田と再び組みたいと思っている節がある。

 それに甲斐は、今年の米の収穫が相当に悪いらしくてな。買い集めようにも、今年はどこも米不足で、秋になっても値が下がらん。──どこぞの誰かの悪だくみのせいで、な」

「そうなると──米を求めて武田・北条連合軍が徳川に牙を剥く、というのも現実味を帯びてきますね。

 いや、最悪、西進して東美濃の織田領へという線も……」


 武田と織田は、今のところは敵対関係にはありません。奇妙丸様と武田信玄殿の娘との婚約もなされています。しかし、極限まで困窮(こんきゅう)すれば、その関係もどうなるものかはわかりません。


「確かに、あり得ない話ではない。だが、わしは武田が動くのなら南だと見ておる」

「と、言いますと──」

「武田が織田と戦うには大義がない。公方からの要請と言う大義名分があったうちならまだしも、肝心の公方が今や都落ちしてしまった『朝敵』だからな。

 それに、信玄の体調にいささか不安が、という情報もある。自分に万一が起らぬうちに少しでも領土を広げたいと思うなら、織田よりは(くみ)し易そうな徳川を狙うだろう」


「なるほど。南には駿河の港もある。永年、海沿いの領地を渇望していた武田としては、そちらの周りは固めておきたいでしょうしな」

「無論、その場合は徳川に援軍を出さねばならん。長島包囲網はその辺りも想定して東に厚く陣立てするつもりだが、同時期に朝倉、三好、石山本願寺あたりが動くと面倒だ。

 それと、北畠の隠居どもも、いまいち信用ならん」


「その辺りに睨みを効かせ、いざという時に対処させるためにも、羽柴や明智は温存しておく、ということですかの?」

「そういうことだ。

 藤吉郎。長島には連れて行かんが、より大局を見た時に、おぬしや十兵衛以上に、不測の事態に臨機応変な動きが出来る者はおらんと判断してのことだ。わかってくれるな」

「はあ、まあ、そういうことでしたら」


 それでも藤吉郎殿は少し不満げです。睨みを効かせるだけで結局出番がなかったら、手柄が立てられないですからね。


「まあ、今回出番がなかったとしても、何かしらの埋め合わせは考えてやる。そう拗ねるな」






 こうして見ていると、お館様も以前とはずいぶん変わられた気がします。

 今までなら、このようにご自分の決定の意図を説明したり、説得したりするようなことはほとんどなく、『こう決めた、やれ』で終わりでしたからね。


 叡山での小一郎殿の諫言(かんげん)で、少しは家臣との意思の疎通を大事にしなければならないと思っていただけたのでしょうか。

 これで、将来の離反者が少しでも減ってくれるといいのですけどね。






「──お話し中、失礼致します。御所望のお茶と軽食をお持ち致しました」


 しばらくして、お駒殿が蕎麦茶と、小ぶりの握り飯を乗せた大皿を持って入って来ました。


「──何だ、焼き握り飯ではないのか」

「あ、でも中の具は、醤油を使った新しいものなんですよ。小一郎様の指示で作ったものなのですが、こちらから小海老と小魚、そして瀬田シジミです」


 お駒殿の説明に、お館様がさっそく一つを手に取って齧り付きます。毒味とか、よろしいんですかね?


「これは──飯に合うな。シジミを醤油で煮たのか?」

「はい、醤油と甘葛(あまづら)、それと風味付けの生姜(しょうが)を加えて甘辛く味付けしました。小魚は山椒(さんしょう)、小海老は南蛮辛子(唐辛子)で風味付けしました」


 龍馬殿の記憶にあった『佃煮(つくだに)』ですね。

 元は、大坂の佃島の漁師が、不漁の時に備えて余った小魚を塩水などで煮た保存食だったとか。醤油が使われるのはもっと先の話になるそうなのですが。


「旨いですろ? これは塩気が強いのでなかなか日持ちします。近江名物『甘辛煮』として近隣に売り出してもいいですし、戦の兵糧に一部取り入れるというのもよろしいかと」


 ──さすがに小一郎殿に縁のない佃島の名を出すのも不自然なので、これらの商品は『佃煮』ではなく『甘辛煮』と呼ぶことにしています。

 佃島の皆さん、何だかすみません……。


「ふむ、塩握りだけよりは滋養もありそうだな。さすがに毎食とはいかんが──決戦前などに振舞えば、士気が上がるかもしれんな。

 よし、次の長島攻めで試してみよう。量産は手配できるか?」


 さすがの即断です。無論、その辺は予想していましたよ。


「はっ。すでに建物は作りました。おなごを中心に、働き手も募集を始めています。醤油の量産もじき軌道に乗りますので、長島攻めには問題なくお届けいたします。お任せください」






「そうか、こうやって考えてみると、意外とおなごの働き口は色々作れそうだな──うむ、シジミが特に旨い」


 お館様は三種類とも味見され、すでに二巡目です。


「それと、次の収穫期に『千歯扱き』と『唐箕』を活用するためにも、例の相談窓口や子供を引き取る施設を──そうだな、夏ごろまでには形にせねばならん。

 細かいことはおぬしらに考えさせるとして、さて、全体のまとめ役を誰にやらせるか──林佐渡(さど)秀貞(ひでさだ))か、(丹羽)五郎左(ごろうざ)か──」

「恐れながらお館様、林様はいささか頭が固すぎましょう。

 丹羽様も清酒の総奉行をしていただいたばかりですので、いかがなものかと……」


「しかし、おなごをまつりごとに関わらせるとなると、やはり反対する者も多かろう。若い者や実績の少ない者では、なかなか家中全体に、言うことを聞かせられぬのではないか?

 やはり、古参の宿老たちくらいでないと──」


 そう言って、人選に考えを巡らせようとしていたお館様が、ふと小一郎殿と私の顔を見て、何かに気づいたようです。


「待てよ? おぬしらのその顔──さては、誰ぞ意中の者がおるのだな?」

「はい、御察しの通りです。

 この件の全体のまとめ役にふさわしいのは、まずはお館様の意を確実に汲み取り、古参の方々にも強くものが言えるお方。

 ご自分の子以外の子供の教育に熱意を注げるお方。

 さらに、おなごがまつりごとに関わることに抵抗のないお方。

 ──となると、ふさわしい方はお一人しかおられぬかと存じます」


「ううむ──ええい、勿体をつけるな! おぬしらが適任と考える者とは誰なのだ!?」

「はっ──お(のう)の方(帰蝶(きちょう)、信長の正室)様を置いて他にはおられまいかと」






「な、何!? 帰蝶だと──!?」


 しばらく絶句して考え込まれたお館様は、やがて大きく頷かれたのですが、何故かそのお顔は厳しい表情のままです。


「──いや、意図はわかる。まずは、わし自らが妻をまつりごとに関わらせると広言することで、家中の反対の声を抑えようという目論見だな?

 誰も思いつかんような突拍子もない人事だが、それだけに耳目(じもく)も引くし、効果もありそうだ。

 しかし──帰蝶を動かすのはなかなか難しいぞ?」

「それは、どういう意味で──?」


 その小一郎殿の問いには応えず、お館様は鋭い声で、意外な問いを口にされたのです。


「藤吉郎、小一郎。念のためにひとつ訊いておく。

 おぬしら──織田の跡目について、よもや良からぬことを考えてはおるまいな?」

「は──はぁ!?」


 藤吉郎殿は、何を訊かれたのか全くわからないご様子ですが、小一郎殿には察しがついたようです。


「もしや──三介様のことですか?」

「うむ、家中で最近、このような噂があってな。

『羽柴は奇妙丸を失脚させ、自分たちに近しい三介を織田の跡目にしようと画策している』と」

「め、滅相もない! わしゃ、そんな大それたこと、考えたこともありませんぞ!」


 慌てて必死に否定する藤吉郎殿の横で、小一郎殿は動揺した様子もなく、いつもの飄々(ひょうひょう)とした態度のまま、しれっと答えました。


「わしもないですな。

 ──正直申さば、その方が先々やり易かろうという思いがあることは否定しません。奇妙丸様は、どうにも羽柴がお気に召さないようですので。

 しかし、仮にわしらがそう考えたところで、家中に賛同する者は多くないでしょうし──何より、三介様ご自身がそれを望まんでしょう」


 ──まあ、嘘は言っていませんよね。我々はお館様と奇妙丸様に万一の事あらば、と考えていただけで、積極的に何かしようとは考えてませんし。


「うむ、それはわしも同感だ。あれは情が深い。私欲のために兄を出し抜き、そのために家中を乱すようなことは決して望むまい。

 だが、奇妙丸や三七は相当に羽柴を警戒しとるぞ──帰蝶も、だがな」






 なるほど。お濃の方様はご自分のお子が出来なかった分、側室の子である奇妙丸様に愛情を注ぎ、その養育にかなりご執心だったと聞き及びます。さらに、奇妙丸様の元服の後には落飾(らくしょく)して隠棲(いんせい)するおつもりだったとも。

 溺愛する奇妙丸様のお立場を脅かしかねない羽柴からの発案ということであれば──確かにこれは、なかなかに難しいかも知れません。

 小一郎殿はしばし考え込んでいましたが、やがてがしがしと髪を掻きむしって、大きな溜息をつきました。


「はぁ──わかりました。

 それ以上何もおっしゃられんということは──お濃の方様の説得はわしが自分でやれ、ということですな?」

「話が早くて結構。まあ、わしからもあらましくらいは話しておく。

 好悪(こうお)の別を除けば、まつりごとの話もきちんと理解できる(さと)いおなごだ。うまく説得して、何なら旨い食いもので篭絡(ろうらく)して、味方に引きずり込むのが良かろう」

「は、承知しました」






「──しかし、跡目を巡っての派閥争い、か……。

 それを避けるために、早くから跡目は奇妙丸に継がせる、と公言していたのだがなぁ」


 お館様が、食後の蕎麦茶を一口飲んで嘆息されます。


「いや、お館様、何度も言いますが、わしゃそんなことは微塵も──」

「しかしな、藤吉郎。世間はそう見とるのだ。

 三介の後ろ盾には羽柴、竹中がいる。さらには、おぬしらと関わりの深い丹羽や浅井もそちらにつくかもしれん、とな。

 それを意識してか、奇妙丸も最近は守役(もりやく)右衛門尉(うえもんのじょう)(佐久間信盛(のぶもり))や与四郎(よしろう)河尻(かわじり)秀隆(ひでたか))だけでなく、十兵衛にもずいぶんと(よしみ)を通じておる。宇津攻めの件で、だいぶ信頼したらしくてな。

 さらに三七の奴まで何を焦ったのか、しきりに(柴田)権六(ごんろく)や(瀧川)一益(かずます)、家康にまで文を出しとる。


 ──まったく、どいつもこいつも、派閥作りなんぞとくだらんことに血道を上げおって──!」


 憤慨したように吐き捨てたお館様が──ふと、私たちから少し下がって邪魔にならぬよう大人しく座っていたお駒殿に目を止められました。


「む? ──おい、駒!」

「は、はいっ!?」


 お駒殿、完全に油断してましたね、声が裏返ってますけど。


「おぬしのその立ち居振る舞い──言葉遣いはいささかアレだが、所作はきちんと(しつけ)されたもののそれだ。

 おぬし、武家の出だな? 家はどこだ? 父親は今、どうしている?」

「あ、あの、いえ、その──」

「おぬしと小一郎との婚姻、利用できるかもしれん。

 駒、嫁ぐ前にどこぞの養女になる気はないか?」

「は、はぁっ──!?」


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