048 枕元の会議 浅井駒
おね様から話をするよう促されても、小一郎はどう話して良いのか、しばらく言葉を探しあぐねているようでした。
「──ふう、しかたありませんねぇ。どうにも言い出しにくいようですから、私から言いましょうか。
やはり、双子だと体への負担が大きいので、常のお産より母親、子供ともに命を落とすことが多いからなのでしょう? 小一郎殿」
「あ、義姉上……」
それを聞いて、いつの間にか拘束を解かれていた秀吉が、おね様の手にひっしと取りすがりました。
「──い、い、いやじゃぁぁっ! おね、命を落とすなんぞと口にせんでくれぇ! お前に死なれたら、わしゃ、わしゃ、どうしたらええんじゃぁっ!」
「藤吉郎、うるさい、泣きわめくな。
──小一郎、そうなのか?」
おね様が自ら切り出したことで踏ん切りがついたのか、お館様の問いに小一郎がようやく話し始めました。
「確かにそうです。それと、いささか子の発育が悪い傾向があり、早くに亡くなることも多いとか……。
義姉上の場合は、充分に育っているように見受けられますので、そこは大丈夫かとは思いますが──ただ、それだけ出産時の負担が大きくなるということなので──」
「あら、私ならたぶん大丈夫ですよ?
私も、小一郎殿が肉や卵を食べることを勧めてくれたおかげで、昔よりもずいぶん丈夫になったのです。そう簡単にへこたれてたまるものですか。
私がこのように自信をもってお産に挑めるのも、小一郎殿のおかげなんですよ? そんな暗い顔をしないで下さいな」
こんな時にまで、小一郎の心の負担が少しでも軽くなるように明るく振舞えるなんて──本当におね様は、何てお方なんだろう。
「──さすがはおねじゃ、実に頼もしいのう。
小一郎、他にも何かあるのか?」
「争いの種になりやすいから、というのもあるでしょうか。
これは、何も双子に限った話ではないのですが──年の近い兄弟の場合、親の跡目を巡って争う例も多く、特に大きな家では家臣の派閥争いの神輿に担がれ、悲惨な結末になることも少なくありませんので」
「うむ──確かにそうだな」
お館様が少し物憂げな表情で頷かれます。あ、そういえば、お館様も家督争いで、実の弟を自ら手にかけてしまったことがあったのだとか……。
「ただ、民が『双子は不吉だ』と信じる一番の理由は──おそらく『貧しさ』ゆえでしょう」
「何だと?」
「最近はあまり聞かなくなりましたが、わしの村でもたまにありました。貧しくて育てられそうにない子を、生まれてすぐに間引く、ということが。
特に双子は四組ほど見ましたが、全て片方か、あるいは両方ともに、です。
生まれてすぐに捨てたり、産婆に頼んで死産だったことにしてもらって、ですな……」
小一郎はそこで言葉を濁しました。
「──ふう、何ともむごたらしいことよのぅ……」
しばしの沈黙の後、お館様が難しい顔で嘆息されました。
「子が生まれることは本来喜ばしいことであるはずなのに、そうではない者もいる、ということか」
「はい。
望まぬ子ならともかく、普通は好き好んで我が子を間引く親などおらんでしょう。まして、その理由が『自分たちの不甲斐なさで貧しいから』ということであれば、それを認めるのはどれほど辛いことか──。
そういう親たちにとっては、双子の禁忌が、逆にほんの少しだけ救いになるのです。
『自分たちだけが悪いのではない、皆が不吉だと言うからしかたなく間引くのだ』と自分に言い聞かせることができますので……」
そう語る小一郎の顔は、とても辛そうです。
色々な人から話を聞いて廻っていたと言っていましたが、相当に辛い話を聞かされたり、あるいは、まつりごとに対する怨嗟の声なども直接ぶつけられたりしたのかも知れません。
「──また、周りの者にとってもそうです。
どう考えても、双子を産んで育てようとすれば親子共倒れになるのに、間引くのをためらっている、そのような者をどう説得すればいいのか──。
『育てられっこないんだから』などと正直に言ってしまえば、言われた側は不甲斐なさを責められたように感じるかもしれない、恨まれるかも知れない。
だから、一番角の立たない理由で説得するのです。『皆が不吉だと言っているから、その子たちはあきらめた方がいい』のだと。
──双子の禁忌とは、あるいは、そんな貧しい民たちの、悲しい生活の知恵なのかも知れません。
親たちの罪悪感を和らげ、心の負担を少しでも減らしてやるための──。
だからこそ、これほど根強く言い伝えられてきたのではないか、と考えます」
「なるほどのぅ……。
だが、そうであるなら、それは施政者の『不徳』ゆえ、でもあるのだな。
民にそれほど貧しい暮らしをさせてしまっている、ということだからな」
「はっ」
「そうか。『双子は縁起が悪い』などと口にすることを禁止してやろうかとも思っておったのだが、そう簡単に解決できるようなことでもないのだな……」
「──しかしながら、お館様!」
しばらく皆が押し黙ってしまった空気を、意を決したような小一郎の張りのある声が破りました。
「確かに、母親の体にかかる負担のことなどは、医術が進歩しない限りどうにも出来んでしょう。
しかし、『双子は不吉だ』などと思う人の心の問題は、永い時間をかければ、決して変えられないことではないと存じます。
貧しさゆえに子を間引かねばならない──そんな悲しいことの起こらない世を作ることが出来るならば──いや、まつりごとを行う立場のわれらは、そういう世を作っていかねばならんのです!
そして、そういう世が出来れば、いずれは双子を忌み嫌う風習も消え去りましょう!
今、この機会に、その長い道のりの第一歩を踏み出すべきかと存じます!」
「うむ、全く同感だな」
小一郎の言葉に、お館様が我が意を得たりとも見える笑みを浮かべられました。
「子供は国の宝だ。せっかく生まれてきた命を捨ててしまうなど、まさに『もったいない』の極みではないか。
わしの支配する地で、この先、子が生まれることを不幸だなどと民に思わせてたまるか!
──藤吉郎! 半兵衛! そして小一郎!
幸い、ここに織田家でも屈指の知恵者たちが揃っておるのだ! これから先、どのような策を取るべきか、今から考えてみるぞ!」
──皆があっけにとられる中、驚いたことに、この場で唐突に織田家の子供救済策を考える会議が始まってしまったのです。
「──まずは『子供を間引く』などという蛮行を、全面的に禁止したい。そのためにどのような策を取るべきか、考えよ」
「そうですね──罰則を設ける、というのはあまり効果がないようにも思えますが」
「どういうことじゃ、半兵衛殿?」
「どんな罰を定めても、バレなければいいと考えるものは必ず出てきます。それよりは──自らその策に申し出た方が得だと思わせる救済策を考えるべきでしょう」
「ううむ、子供が出来て生活できなくなりそうな者にしてやれることは何があるか──」
「一時金を渡すか、より実入りのいい働き口を斡旋するか、商売を始める元手を融資するとか、かのぅ」
「いや、まずはそういう相談が出来るような窓口を作るのが先決じゃろ?」
──いや、あのですね、皆さん、状況わかってます?
臨月でお辛そうなおね様の枕元で、何でいきなり会議なんか始めちゃってるんですか!?
そう、文句のひとつでも言ってやろうかと思ったのですが──。
でも、何だかおね様が実に幸せそうなお顔で、その様子を眺めておられるんですよねぇ。
芳野様も『ああ、半兵衛様、何て凛々しいお姿──!』とか乙女の顔で呟いちゃってますし。
ああ、うん。確かにこうして真剣に意見を交わしている小一郎の顔を見ていると、その、何だか──とても格好いいとさえ思えてきます。
「──民が気軽に相談できる窓口を作るのはいいが──誰にそれを任せるのがいいかのぅ?」
「お館様、そこは武家の者ではなく、思いきって女性に任せてみては如何でしょう?」
「何っ!? 半兵衛、おなごをまつりごとに関わらせるというのか?」
「はい。生活に困った民が藁をもすがる思いで訪れる窓口に、柴田様や与右衛門殿のような強面なお武家様がいたら、気軽に相談など出来ると思いますか?」
「まあ、それは確かにそうだのぅ」
──おね様は、笑いのツボに入ってしまったのか、少しお顔を背けてぷるぷると震えておられます。
「しかし、まつりごとにおなごを関わらせるというのは、さすがにどうかと思うが──」
「お館様、それこそ古い考え方ではないですかの?
何しろ、おなごは人口の半分もおるんです。中には、義姉上のように思わぬ才覚を秘めた者もおるでしょう。それを使わんというのは、それこそ『もったいない』というもんですろ」
「戦で夫を亡くした後家などの働き口にする、というのも手ですね」
「それと、身寄りをなくしたお年寄りも、じゃ。窓口をそういった方々にすれば、相談する側もしやすいんではないかの?」
「いや、しかし、まつりごとの素人が誰彼かまわず同情して金をぽんぽん出すようでは、それこそ金がいくらあっても足らんじゃろ」
「そこはやはり、役人も少し離れたところに同席して話を聞き、即決せずに協議の上で個々の救済策を決めるべきではないですかね?」
さすがは、織田家中でも知をもってその名を知られる方々です。
次々と問題点が見出され、即座にその解決策が誰かから語られます。
まさに、丁々発止──。
先ほど、おね様の言葉に号泣していた秀吉でさえ、まるで戦場にいるかのような真剣な表情です。
「ただ、どれほど救済策を整備しようと、縁起が悪い子供を育てたくない、と考える者もある程度は出て来てしまうのではないかと──」
「ううむ──。よし、そういう子供らは織田がまとめて面倒みてやろうぞ!」
「お館様──!?」
「戦災孤児や浮浪児も、だ。そういう行き場のない子供に飯を食わせて、教育を与える施設を作ろうではないか。
織田の良き民になるよう育て、中でも有能なものは武士や役人に取り立てても良い」
「は、実に良きお考えかと存じます!」
「いや、しかしそれにはかなりの財源が──」
「子供らにも簡単な仕事をさせればええじゃろ。百姓の子は物心ついた頃から家の手伝いをするのが当たり前じゃからな。ただ施すのではなく、自分で生きていく力を身につけさせるには、色々な仕事を経験させたほうがええ」
「なるほど。その仕事の教育係や、小さい子供の世話役、賄い方など、その施設でも女性の働き口が色々と作れそうですね」
「資金のことならわしに任せて下され! わしも、これからまだまだ新しい産業を立ち上げてみせます!
人手はいくらでもいる、働き口もどんどん増える!
子供らを救い、おなごの働き口を生み出すことで、織田家全体もますます豊かになっていくんじゃ!」
「──よし、とりあえずおおよその方針はこんなところだな!」
何だか、大筋で話がまとまったようです。お館様は、大きな声で話し合いを締めくくられると、おね様に向かってまた優しい声で語り掛けられました。
「おね。とりあえず、わしらに出来るのはここまでだ。
人々が、双子が産まれたことを不幸だなどど思わんですむよう、まつりごとで出来ることはわしらが引き受ける。
そして──そこからはおぬしらの仕事だ」
「お館様──」
「その子らを無事に産め。そして、とことん幸せにしてやれ。
下らんことを言う奴らなど、『うちの子たちはこんなに幸せですけど?』と笑い飛ばしてやれ。
いずれ、双子が不吉だなどと人々が思わなくなる世のため、おぬしらがその先駆けとなれ。
──良いな、これは、おぬしと藤吉郎の『親』としてのいくさぞ」
「かしこまりました」
お館様の言葉に、おね様は青白い顔のまま、誇らし気な笑みを浮かべて応えられました。
「いくさ、ですか。──大丈夫です、私は決して負けませんよ。
私は──織田家の、そして羽柴家の女なのですから」




