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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第六章  次代を担う者たち

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045   今浜の町   藤堂与右衛門高虎


 佐和山(さわやま)城の近くで、鎌刃(かまのは)城へと帰る樋口三郎左衛門(さぶろうざえもん)(直房)殿の軍勢と別れ、小谷への残り二里ほどを進む。






 此度、小一郎様からの密命で行った樋口殿との行軍は、実はなかなかに楽しいものだった。


 樋口殿は、浅井家降伏の際に羽柴の与力となった堀家のご家老で、当主の堀次郎(秀村(ひでむら))殿が幼くして父親を失ってから長く後見として支えてきた方だ。

 堀家の鎌刃城は、関ケ原の西口あたりの要衝(ようしょう)。六角の残党への警戒もあるため、次郎殿が残り、名代として樋口殿が参陣されたらしい。


 経験豊富で、知勇を兼ね備えた名家老と聞いていたので、どんなご立派な方かと思っていたら、実際に会ってみると豪快でひょうきんな親父さんだった。


「おお、おぬしが藤堂与右衛門か! 小一郎殿から聞いているぞ、その若さで鉄砲隊百を任されるとは、大したものだな! まあ、仲良くやろうじゃないか」

「は、はぁ」


 痛いから、そう肩をバンバン叩かんで下さい。


 ──此度の小一郎様からの命令は、『京に不穏の噂あり。万一の際にお館様の救援に駆けつけられるよう、坂本から小谷まで、南回りで出来るだけ時間をかけて戻るように。事あらばお館様と合流し、羽柴本隊の到着まで時を稼げ』というものだった。

 まあ、あくまで念のための備え、ということで、あまり気を張り過ぎないようにとのことだったのだが……。


「うむ、では、与右衛門。とりあえず今日のところは雄琴(おごと)で一泊、だな」

「は? いや、ここからほんの一里ほどしか離れてないではないですか」

「古くからの、実にいい温泉があるんだよ。わしゃ最近、四十肩がひどくてなぁ」

「いや、樋口殿、それはさすがに──」

「何か問題あるか? 京にもすぐ駆け付けられる距離だし、酒など呑んで羽目を外さなければ、ご命令には反しないと思うぞ?

 何ならわしが雄琴の辺りで、行軍できないくらいの腹痛を起こしてやってもいいがな?」






 樋口殿は半兵衛殿とも知己だそうで、かつて半兵衛殿が主君の一色(いっしき)(斎藤)龍興(たつおき)と決別した後に、一時世話になっていたらしい。

 あの、伝説となった少人数での稲葉山(岐阜)城乗っ取りについても、温泉につかりながらおもしろおかしく教えてくれた。


「本当に二十人足らずで、あの難攻不落の岐阜城を乗っ取ったのですねえ」

「ああ、大したものだよ、半兵衛殿は。

 龍興の行状を諫めるために稲葉山城をあっという間に内側から乗っ取って叩き出したかと思えば、それを惜しげもなく返して見せた。

 まあ、普通の主君なら、そこで自分の不明を恥じて行いを改め、半兵衛殿を厚く遇するところなんだがなぁ──。

 で、龍興のあほうに疎まれた半兵衛殿が、しばらく浅井に身を寄せた時に、世話をしたのがこのわしだ。

 その後、浅井からも離れて菩提山(ぼだいやま)隠棲(いんせい)したと聞いて、もったいないとは思ってはいたんだが──まあ、今は羽柴家でなかなか元気にやっているようで安堵したわ。

 せっかく『今孔明(いまこうめい)』とも呼ばれる名軍師が近くにいるのだ、おぬしも色々教えてもらうといいぞ」






 その後も、樋口殿は軍略や兵を率いる者の心得について、折に触れ、俺に色々と助言をしてくれた。


「うーん、与右衛門、おぬしはどうも堅物すぎるなぁ。

 自分より年上の者たちを率いにゃならんので肩に力が入るのはわかるが、部下たちにまで完璧を求めすぎちゃおらんか?」

「いや、しかし、部隊を運用する上では、やはり十分に統率が取れてなければ──」

「あのな、戦の最中はそうかも知れんが、人間、普段から常に気を張って完璧に行動するなんぞ無理だ。疲れ切ってしまって、いざという時に役に立たなくなるぞ。

 大体、何で兵たちに鎧兜(よろいかぶと)を着けさせたままなんだ?」

「え、いや、戦に備えての行動中なのですから、甲冑は身に着けておかねば──」


 俺の答えに、樋口殿はあきれたように溜息をつかれた。


「あのなぁ、ここから京まで何里あると思う? その間、鎧兜のまま走らせる気か? それこそ死人が出るぞ?

 具足なんぞ戦場の手前で着けさせればいい。それまでは楽な格好をさせておけばいいのだ。その方が結果的には早いし、兵の体力も温存出来るぞ。

 ──気を抜いていいところでは、きちんと気を抜け。力を抜くべきところでは力を抜け。

 おぬしに一番足りないのは、そういう適度な『いい加減さ』だと思うぞ」






 さて、京の情勢の方ももう心配なさそうだとの知らせが届いたため、行軍速度を速めて途中で樋口殿と別れ、ようやく小谷の城下にたどりついたのはいいが──何だか町全体が妙に浮足立っているような気がする。それに何なんだ、あの人だかりは。


『──さあさあ、羽柴の殿様からの振る舞い酒や! (ちまた)で噂の、帝も絶賛されたあの清酒がただで味わえるでぇ! ひとり一椀ずつや、皆、並べ並べ!』


 何っ!? あの町人、とんでもないことを叫んでおらんか?

 戦勝祝いにしては、いくらなんでも大盤振る舞い過ぎやしないか?


「と、藤堂殿! わしらもあの列に並んでも──!?」

「あ、いや、すまんがほんの少しだけ待ってくれ」


 (はや)る部下たちをなだめて、振る舞いの理由を聞こうと人混みの中心で口上を述べている町人に近づいてみると──それは、清酒の件で何度か顔を合わせたことのある酒蔵の主人だった。


「さあさあ、一碗では呑み足らんもんには、今日だけ特別に半値で売ったるで! 

 ──あ、これは藤堂様ではありませんか。今お戻りですか、此度の戦勝、おめでとうございます」

治左ヱ門(じざえもん)殿か──何だ、この振る舞い酒というのは?」

「おや、まだご存じなかったのですか?

 殿様の奥方様がついにご懐妊なされたのです!」


「──何っ!? おね様にお子が!?」


「はい、誠におめでたいことで。

 殿様がたいそうお喜びで、清酒を民に振る舞うように仰せられたのですよ。

 ささ、藤堂様の部下の皆様もぜひ」

「うむ、あ、いやしかし百人もの兵が並んでしまうと、民の分がかなり減ってしまうし──うーん」


 すると、治左ヱ門殿はにこっと笑って路地の向こうを指差した。


「実は小一郎様から、藤堂隊がそろそろ着く頃だと聞いておりまして。それに、藤堂様ならそう言って遠慮するだろうとも──。

 心配ご無用、藤堂隊の皆様の分は、別にあちらの広場でご用意いたしております!」

「ど、どこまでお見通しなんだあの人は──。

 よし、皆、ここで解散だ! 此度はご苦労だった! 従軍の手当については、後日間違いなく手元に届ける!

 殿にお子が出来た祝いの清酒だ、あちらの広場に皆の分が用意してあるそうだ! 羽目を外さん程度に、存分に楽しんでくれ!」

『おおおっ!』






 清酒は少し惜しいが、今はそれどころではない──!

 湧きたつ部下たちを置いて大慌てで羽柴屋敷に戻ると、ちょうど門から出てきた三介殿と出くわした。


「あ、与右衛門殿。ご無事のお戻り、しゅうちゃくしごくに存じます」

「さ、さささ三介殿! そんなことよりおね様のお子のことだどちらなのだ若君かそれとも姫君なのかどっちなのだ!?」

「え? ──ははは、与右衛門殿、少し落ち着いて下さい。

 さすがに気が早すぎです。産まれるのはまだ当分先ですよ」

「あ──そ、そうか」


 何だか、膝から力が抜けてしまった。

 そうか、おね様に、御大将(おんたいしょう)に、ついにお子が──。


「与右衛門殿、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。そうか、良かった、本当に良かった──」

「はい。伯母上はずっとお子が出来ぬことを気にされてましたからね。その長年の悲願がかなったのです、本当に良かった。──ただ、わしは、その子の顔を見られないかも知れんのですが」

「え、どういうことです?」

「父上から文でおおせつかったのです。『秋までに伊勢に戻れ、来るべき長島攻めに参陣すべく、北畠家次期当主として家中をまとめておけ』と」

「そうか、それは残念だな──あ、いや、ご無礼をば。それは残念でございますね」


 いかん、三介殿──いや、茶筅丸(ちゃせんまる)様がそれを口にされた以上、今まで通りの口調というわけにも──。


「ああ、かまいませんよ、羽柴家にいるときは今まで通り『三介』としてあつかってくれれば。

 わしもその方がうれしい。羽柴の皆は、もうわしにとって家族ですから。

 与右衛門殿も、実の兄以上にたのもしい兄です」

「はは、光栄ですな。──では恐れながら、二人の時はお互い、言葉遣いも今まで通りということで」

「うむ、そうじゃな」




 ──それからの北近江は、誠に平和で賑やかな日々が続いた。


 今浜に造る新しい城の縄張りが始まり、俺も三介殿も少し手伝いさせてもらっている。

 これが実に面白い。


 今浜は、南北朝の頃に京極(きょうごく)氏の支城があったところだが、今はただの荒れ地になっている。その古城の遺構や自然の地形を生かしてどう堀を巡らせるか、敵の攻撃を防ぐにはどういう配置がいいかなど、無数の条件を考えながら、少しずつ城の完成形を頭の中で組み立て、図面に落とし込んでいく。

 そしてその図面の中の城が、多くの人の手によって次第に現実の形になっていくのだ。


 これは、御大将や小一郎様、半兵衛殿が子供の様に夢中になるのもわかるなあ。


 そして城の工事が始まると、その周りでは重臣たちの家屋敷の新築も始まり、毎日(つち)の音が響いている。

 半兵衛殿も、そのうちの一軒をもらい、そろそろ芳野(よしの)殿を呼び寄せる決心がついたらしい。

 さらに各現場で働く多くの者たちを目当てに、近在の者たちが掘っ立て小屋を建てて様々な商売を始め出した。


 今浜の地に、またたく間にひとつの町が出来て、人が集まり、どんどん大きくなっていくのだ──。






 越前の朝倉家は、今のところ動く気配がない。

 半兵衛殿たちの調略が少しずつ功を奏し、家中の主導権争いが激しくなり、また何人かの国人衆が織田方に内応することを約してきたそうだ。

 それと、織田が公家衆を動かす資金源となった清酒の製法を密かに入手したことで、大慌てで清酒の大規模な製造に乗り出したそうで。──それ、米不足にさせるための罠なのになぁ。


 備後の(とも)に追放された公方様も、石山本願寺も、相変わらず方々に『織田を討て!』と(げき)を飛ばしているそうだが、加賀や長島の一向門徒が少し暴れているくらいで、大きな動きは起こっていない。


 そんな、どこか狂騒的だが平和な夏の日々が続く中──今浜の町同様、おね様のお腹も順調に成長し続けていた。

 それはもう、すくすくと──。


 そう。それは『いくら何でも育ち過ぎなのではないか、これはもしや……』という、不穏な噂が囁かれ始めるほどに。


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