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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第五章  近江騒動

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044   明智十兵衛光秀殿   竹中半兵衛重治


「くそぅ、十兵衛のやつにまんまとしてやられたわ!」


 小谷への凱旋(がいせん)の途中でも、藤吉郎殿の憤懣(ふんまん)はなかなか収まる様子もありません。


「わしの策を横取りしたあげく、奇妙丸様にも取り入りよって──くそ、腹の立つ!」

「兄者兄者、それを言うんなら、そもそもあれは半兵衛殿の策じゃ。それを勝手に奇妙丸様に差し上げようとしたんは誰じゃったかな?」


 苦笑いの小一郎殿が指摘します。


「あ、あれは、じゃな──いや、盗み聞きしたのがけしからん、武士の風上にも置けんわ!」

「いや、兄者、自分では気づいておらんかもしれんが、兄者の声は相当に大きいからな? それで聞かれてしまったんじゃないかの?」

「う──いや、それでもやっぱり盗み聞きは盗み聞きじゃ、許せん!」

「まあ、そう言わんと──十兵衛殿は十兵衛殿で必死だったんじゃろ」


 そう、明智殿はこの献策の際に、お館様にひとつお願いをされていました。公方様を武力で討つような事態になる前に、自分にせめて一度だけでも説得に行かせて欲しい、と。

 明智殿はもともと先代の義輝様の頃からの幕臣で、義昭様の将軍就任にも骨を折られ、織田との仲立ちもされた方です。せめてお命だけでもお救いしたい、という思いは強かったのでしょう。


 公方様もはじめは意地を張っておられたそうですが、叡山の全面降伏の報を聞き、また、駆けつけた明智殿の涙ながらの説得についに折れ、わずかな幕臣たちとともに備後国(びんごのくに)(現・広島県東部)へと落ちていかれました。

 ──将軍職からは死んでも降りない、との事でしたが。






 叡山もほとんど抵抗らしい抵抗もなく降伏し、公方様も京から去られたということで、宇津討伐の出陣の前に、坂本の地で論功(ろんこう)行賞(こうしょう)が行われました。

 その場で正式に、一連の功績により、藤吉郎殿に北近江三郡二十万石と小谷城、今浜に造る城が拝領される事が発表されたのです。


 何人かの重臣方は、ろくに戦働きがあった訳でもないのになぜ、と不満げでしたが、お館様が一喝して口を閉ざさせました。


『たわけどもが! まだわからんのか?

 浅井を服従させ、清酒を作り、織田筒を作り、公家達をまとめて六角や叡山も下した──。大した戦もせずにこれほど織田に利益をもたらした者が他にいるか?

 羽柴兄弟以上に利をもたらせるという者がおるなら、名乗り出てみよ! それがまことなら、五十万石でも百万石でもただちにくれてやるわ!』


 さらに、もう一人──。

 明智殿が志賀(しが)郡など南近江で十二万石を拝領し、坂本の地に新たに造る城を与えられることが発表されたのです。

 これは、宇津討伐の褒美の先渡しも含めて、ということでしたが、今後の叡山の管理監督を行うには、知勇を兼ね備え、人柄も穏やかで教養豊かな明智殿が最適任、との考えからなのでしょう。


 その他の重臣方にも旧六角領や幕府直轄領、叡山の寺領から領地が配分されましたが、両氏ほどの大封を得た方はおられません。

 羽柴藤吉郎秀吉、明智十兵衛光秀の両氏はついに、新参ながらも一躍、譜代の重臣と肩を並べる重臣へと大出世を遂げられたのです。






 小谷への途中、野営した陣中で焚火を挟んで小一郎殿と語り合っていると、小一郎殿がぽつりとこぼされました。

「そうか──これからは、家臣たちの前では『兄者』ではなく『殿』とお呼びせねばならんかな。何しろ、城持ちの大名になったんじゃからな」

「ああ、それなら私もですね」


 私も、今回を機に、織田家からの与力ではなく、正式に羽柴家の家臣となったのです。

 ほかに川並衆の(蜂須賀(はちすか))小六殿や(前野)将右衛門(しょうえもん)殿も同様に、ですが。


「今までの様に気楽に、というわけにもいかなくなるのぅ」

「そうですねぇ」


 小一郎殿は何だか少し寂しそうです。


「──まあ、でも、兄者が大名になっても、義姉上だけは相変わらずなような気もするの」

「はは、確かに」


 それからしばらく、小一郎殿は黙ったまま、ときおり枯れ枝を焚火の中に放り込んでいました。


「兄者を天下人にさせないようにするつもりだったんじゃが──気がついたら何年か出世を早めてしもうた。少しマズかったかのう……」

「まあ、多少のズレは生じたかもしれませんが、最終目標さえ見失わなければ大丈夫なのではないですか?

 それに、三介殿も龍馬殿の記憶よりだいぶ成長されているのでしょう?

 仮に『本能寺の変』が起ったとしても、織田家の天下を維持することは不可能ではないと思いますが」

「まあ、そうじゃな。

 ──なあ、半兵衛殿。十兵衛殿が()()()、と思うか?」


 無明殿の事ですね。


「うーん、そのようにも思えますが──でも明智殿なら、仮に無明殿ではなかったとしても、今回のような行動をとっていた、とも思えますしねぇ」

「まだ判断するには材料が足りないか。

 ──そうじゃな、そろそろ半兵衛殿には教えておくか。

 お館様が討たれる『本能寺の変』──それを起こすのは、実はあの明智十兵衛殿じゃ」


「まさか!?

 あれほどお館様からの信頼厚い明智殿が? いったいなぜ──!?」

「理由についてはわからん。後世でも色々な説があって、はっきりしとらんのじゃ。

 ただ、今、京近郊の十兵衛殿の手元に二万五千の兵があり、お館様が帝への報告のために小勢で京に残られておる。

 ──状況が『本能寺の変』の時とかなり似ておるんじゃ。

 実際にはあと何年も先の話なんじゃが、叡山滅亡も公方様の追放も、わしの知る歴史より何年か早くに起こってるしの。いささか、不安でな……」

「ああ、なるほど。それで明智軍から織田筒を取り上げたんですね?」






 実は、明智軍出陣の前に、小一郎殿はお館様にひとつ献策をしていました。


「──何? 宇津攻めには織田筒を使わない方がいい、だと?」

「はい。宇津などしょせんは小勢、織田筒を使うまでもないでしょう。それより、織田筒の存在が他家に知られてしまうことの方が問題かと」

「ううむ」

「織田筒を初めて使うのならば、もっとも手強い相手に、最大の痛手を負わせる機会を見計らうべきです」

「──小一郎、おぬしはその相手が誰だと考えておるのだ?」

「武田信玄か、あるいは──紀州雑賀(さいか)の鈴木孫一(まごいち)

「雑賀の鉄砲衆か──」


 雑賀衆は、数千人ともいわれる地侍の集団で、水軍も持ち、何より早くから鉄砲を取り入れ、その射撃の技量は日ノ本随一とも言われています。当世最強の傭兵集団とも目され、先年の摂津での戦いでも三好三人衆や石山本願寺と組み、織田に甚大なる被害を与えています。


「確かに、雑賀衆が織田筒の技術を手に入れてしまったら、手に負えんな──」

「はい。出来れば、雑賀衆が初めて織田筒を目にする戦いで、そのまま織田筒の力で一気に壊滅させてしまうべきかと」






「あの献策に、そんな裏の意図があったのですか」

「まあ、雑賀衆が手強いというのも確かなんじゃがな。

 とりあえず、十兵衛殿に預けられていた織田筒百丁は、今、お館様が持っておる。

 それと、治部左衛門の手の者に、明智軍の動向を探らせとる。怪しい動きがあれば、お館様とわし、それと与右衛門に知らせが届く手はずになっとるんじゃ」

「与右衛門殿? ──そう言えばここしばらく見ていませんが……」

「実はな、与右衛門に羽柴の織田筒隊百人を預けて、樋口(ひぐち)直房(なおふさ))殿の三百人とともに、京に近いところをのろのろと戻って来させとるんじゃ。事が起きた時、いち早く京に戻れるように、な」


 いつの間にそんな手を──。


「織田筒もあるし、お館様の手勢と合わせれば少しは時が稼げるじゃろ。その間に羽柴や周りの兵が駆けつける、という算段じゃ。

 ──まあ、杞憂に終わるとは思うんじゃがな」

「なぜそう思いましたか?」

「実際の『本能寺の変』の頃に比べて、まだまだ周りに敵が多すぎる。武田、朝倉、本願寺、三好、上杉──今、織田家を乗っ取ったとしても、今の勢力範囲を保つことすら難しいじゃろ。

 もし、わしが歴史を知っている謀反(むほん)人の立場でも、今はまだやらんな。その辺の面倒な相手をお館様に片づけてもらってからにした方が、後々楽じゃからの」






 そして二日ほどのろのろと行軍していると、治部左衛門殿の部下が報告を届けに来ました。

 ──宇津は小さな砦をひとつ攻め落とされたことであっけなく降伏。明智軍本隊は坂本へ戻り始め、明智殿と奇妙丸様は、京のお館様のところへ小勢で戦勝報告に向かったとのことです。


 奇妙丸様も、砦攻めで念願の初陣を果たせたそうです。よかったですね。


「まずはひと安心か──ご苦労じゃったな。名は何という?」

「え、それがしですか? 原田新吉(しんきち)と申しますが──」

「新吉か。これからもよろしく頼むぞ」


 まだ若い忍びの新吉は、これまで依頼主に名前を聞かれたことなどなかったのでしょう。少し目をぱちくりさせていましたが、気恥ずかしそうに明るい声で答えました。


「お任せください! 小一郎様のお役に立てるよう、これからも励みます!」






 そして、その二日後。

 羽柴軍はようやく小谷に凱旋しました。

 兵たちに解散を告げ、羽柴屋敷に戻ると、今回参陣を許されなかった三介殿が門前で出迎えてくれました。


「皆様、ご無事のきかん、およろこび申し上げます!

 義伯父上、伯母上がお待ちかねですぞ! ささ、早く早く──」


 何だか嬉しそうな三介殿に急かされるように玄関に入ると──おね様が、珍しく平伏したままのお出迎えです。


「皆様、此度はお役目ご苦労様でした。また、無事のお戻り、何よりでございます。また、此度の御出世──」

「何じゃ何じゃ、ずいぶんかしこまって、水臭いのぅ! おね、久しぶりに我が家に戻ったんじゃ、早う顔を見せてくれんか!」

「はい。──ふう、これでようやく報告ができますね」


 そう言って、いささか重苦し気に身を起こしたおね様は──そのお腹周りがいくぶんふっくらしておられたのです。


「お、おね!? おんし、その腹は、ま、まさか──!?」

「はい、ようやく授かったようです。

 藤吉郎殿──あなた様のお子ですよ」



これにて第五章は終幕、次から新章となります。

六角追討、叡山焼き討ち、義昭追放と、かなり大きなイベントを一気に片づけてしまった感はあります。

これも、ある種の『電撃作戦』と言えるでしょうかねw


続きが気になる! という方は、評価、ブックマーク、レビューなど頂けると大変励みになります。

まだストックはあるのですが、続きを書くモチベーションのためにも、なにとぞ応援よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >お、おね!? おんし、 秀吉に小一郎の土佐弁が伝染した……?
[良い点] うおぉ!!寧々さまご懐妊おめでとうございます!!これで滅亡フラグから確実に一歩遠退いた!!
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