027 鉄砲評定(二) 竹中半兵衛重治
織田筒二式の構造がイメージしにくい方は、Wikipediaで「フリントロック式」と検索していただくと、簡単なgif動画が見られます。ご参考までに。
『それにしても、茶筅丸様──ご立派になられましたなぁ……』
伊勢衆の方々は、もう人目も憚らずぼろぼろと涙をこぼしています。
──彼らがいかに、かつての茶筅丸様に苦労させられてきたのかが察せられますね。
「いや、まだまだこれからじゃ。ふつうによい領主になるくらいでは北畠の義父上やごいんきょ様が不満を消せまい。もっとしょうじんせねば──いずれは父上のようにいげんも身につけねばな」
「嬉しいことを言ってくれるのう。
それにしても、おねは一体どうやって、これほどにこのうつけを変えることが出来たのか──」
「実は、父上がそのように、ごきょうみを示されるかと思いまして──」
そう言って、茶筅丸様はふところより一束の紙を取り出しました。
「おね殿がどのようにわしをみちびいて下さったか、思い出せるかぎり書き出しておきました。わしのつたない手(筆跡)ではございますが……。
ご家中には、わしのように、ふつうの学び方になじめない者が他にもおりましょう。そういった者への手助けになれば、と」
おや、いつの間にやら、そんなことをしていたのですね。
「ふむ、なかなか気が利くではないか。
よし、わしが読んで問題なければ、子供のための新しい指南書として、おねの名とともに領内に広めてやろう。
そちたちも良く学ぶといいぞ」
『──あ、いや、しかし、おなごのやり方に学ぶというのは、いささか……』
「何だと? ──このたわけどもがぁっ!! おねは、わしやお主らが何年かけても出来なかった偉業を成し遂げたのだぞ!
偉大な先達から学ぶのに、男だの女だの関係あるかぁっ!?」
『ひぃっ! ──は、ははぁっ、申し訳ございませぬ!』
「──ふん、まあ、良い。
お互い、積もる話もあろう、茶筅丸様と伊勢衆はもう下がってよいぞ。
心行くまで語り合うが良い。
──茶筅丸。おぬし、実に良き『師』に巡り合えたの」
そう声を掛けたお館様のお顔は、見たこともないような優しい『父親』のものでした
ただ、別室に下がる茶筅丸様の背に、ご嫡男の奇妙丸様と三七様(三男・後の信孝)の、実に冷ややかな視線が向けられているのがいささか気にはなりましたが──。
「──藤吉郎、小一郎、半兵衛。なかなかに面白き趣向、大儀であった。
で、他にも見せたき物があるのだろう?」
そう、御小姓に預けた荷はもう一つあるのです。
「は、実は、本命はこちらです。
こちらは、織田筒にさらに改良を加えた『織田筒二式』でございます。
つい先日完成したところなので、三丁しか用意出来ませんでしたが……」
そう言って小一郎殿が示した三丁の二式を見て、重臣方が戸惑いを見せます。
『あまり変わり映えしないような──』
『銃口の溝もあるな』
『──いや、火縄のところに石がつけてあるぞ?』
「はい。火縄を使わず、火打石の火花で着火する方式を編み出しました」
ざわっ!
「何? 火縄を使わない、だと!?」
「はい。仕組みをわかりやすく説明するため、着火部分だけを別に用意いたしました」
そう言って、小一郎殿はふところから、すこし大きめに作られた着火部分の模型を取り出しました。
「ここが撃鉄。ここに火打石を挟み込みます。
そしてここが火皿。火蓋は普段は上から火皿をふさぐような位置になります」
「何か、変な金具がついておるな?」
「はい。引き金を引くと、撃鉄についた火打石がこの金具にこすれて、火花を出しながら火蓋を押し上げます。
開いた火蓋はバネの力で瞬時に締まりますが、閉じ込められた火花によって中の火薬に点火し、発砲するという仕掛けです」
「ふむ──その利点は?」
「まず、火皿が外にさらされるのが一瞬です。その上、火縄を使わないので──」
「なるほど、多少の雨ならば使えるのか!
それに、風に舞った火の粉で着火してしまう暴発事故も減りそうだな」
──滝川殿、正解です。
「連鎖暴発が起こりにくいのなら、より密集した陣形も組めそうですね。
それと、火縄を用意しないのであれば──射撃位置についた直後に、即座に一斉射できるということでしょうか?」
明智殿も正解。
さすがにこのお二方は、鉄砲隊の運用に定評があるだけのことはありますね。
『──これはすごい!』
『先ほどの威力に加え、天気に左右されず、撃つまでが早いと来れば──』
声を弾ませる重臣方と対照的に、お館様は冷静でした。
「逆に、不利な点はないのか?」
「はい。やはり、直接火を押し付ける方式と違いまして、いささか不発率は上がります。
実際に試射を繰り返して確認しましたが、従来の鉄砲より一割ほど増えるかと。
それと、火打石がすり減るので、四・五発ごとに少し石の角度を変える必要があります」
「ふむ──まあ、集団での運用であれば、さほど支障にはならんか。
よし! まずは実際に撃ってみせよ!」
やはり、お館様も小一郎殿と同じ結論に達したようです。
「は! ではそれがしが試射いたします。
──と、忘れるところでした、こちらが織田筒用の弾になります」
そう言って、小一郎殿がふところから、椎の実型の弾を取り出しました。
「──丸くはないのか?」
「はい、丸い球ですと、銃身の溝の隙間から爆発の力が抜け、威力が落ちます。
後ろを少しえぐるような形にしますと、爆発の力で弾の後部が少し膨らんで溝にしっかりと食い込み、回転の力が得られるようになります」
「ふうむ、弾の方も改良したのか──よし、撃ってみせよ」
「は」
二式を片手に、縁側から庭へと下りた小一郎殿が、発射準備に取り掛かりました。
その間、重臣方は、口々に疑問などを囁き合っています。
『しかし、本当に火花で点火するものなのか……?』
『生産にかかる費用はどれほど変わるんじゃ?』
『重量はそう変わらなそうだな』
『複雑な仕組みになった分、手入れの手間が増えるのでは──?』
『ふむ、弾は先込め式なのか』
「はい、弾をこのように──」
そう言って、銃口から火薬と弾を入れようとした小一郎殿の手が──。
ふいにぴたりと止まりました。
「──どうした? 小一郎、早うせい」
「──」
小一郎殿は、お館様の声にもまるで反応せず、凍りついたかのように動きが止まってしまったままです。
「おい、どうしたんじゃ、小一郎! 御前じゃぞ、しっかりせえ!」
小声で鋭く叱責する藤吉郎殿の声にも全く反応せず──その顔色がみるみる青白さを増していきます。
目は泳ぎ、口元がわなわなと震え、額ににじみ出ているのは、あれは脂汗──!?
──これは、ただごとではない!
私は、とっさに言い訳を考えて、お館様の前に出て平伏しました。
「恐れながら申し上げます! 実は小一郎殿は今朝方からいささか風邪気味で──少しめまいがしているのではないかと」
「何じゃ、そうだったのか」
「は。説明の続きは、ともに開発に携わったそれがしが致します。与右衛門殿、代わりに試射をお願いします。
──ご無礼ながら、小一郎殿が下がることをお許し下さいませ」
「わかった。よく休ませてやれよ。
──よし、藤堂与右衛門だったな。その方の腕前、今一度見せてみよ」
「はっ!」
何とかその場を切り抜けて無事に評定を終え、片付けを与右衛門殿に任せると、私は岐阜城下の羽柴屋敷へと急ぎ戻りました。
そして、屋敷の片隅に、小一郎殿が髪を掻きむしった姿勢のまま、じっと座り込んでるのをようやく見つけました。
これほど憔悴した様子は、あの、お館様に本性を言い当てられた時以来です。
これは、よほどのことなのでしょうか。
「小一郎殿、半兵衛です。先程から、一体どうしてしまったのです? 何かあったのですか?」
「ああ──半兵衛殿。
まずい──とんでもなくまずいことになったかも知れん……」
小一郎殿の声は、うわごとのように、まるで力がありません。
「どうやら、わし以外に、もう一人おるらしい……」
「もう一人──?」
「──わしと同じく、未来の記憶を持った者が、じゃ」




