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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第三章  織田筒

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023   半兵衛殿の奥方   藤堂与右衛門高虎

すいません、少し悪ノリしてしまいましたw

「──ふう、やっと追いついたぜよ。いやあ、冷えるのう」

「何で小一郎殿まで来ちゃいますかね……。

 例の『悪だくみ』の作戦会議はもうよかったのですか?」

「ああ、あらかたまとまったところで、兄者に京の村井様から呼び出しがかかっての。急いで行ってしもうた。

 で、暇になって甚六のところに顔を出したら、織田筒の新型が完成しとったのでな。持って来たんじゃ」


 ──いや、それは少し問題では?


「小一郎様! 御大将と小一郎様がそろって小谷を留守にするのはいかがなものかと。

 万一、何かあれば──」

「おんしはまっこと心配性じゃのぅ、与右衛門。

 この時期、朝倉は雪でろくに軍勢を動かせんし、六角程度なら小六殿たちに任せときゃ問題なかろ。

 ──さあ、半兵衛殿、行きましょうかの」

「え?」

「菩提山じゃ。この辺の猟師の話では、この冬の関ケ原は大雪が続きそうだという事なんで、年末に菩提山城からそのまま岐阜城に向かおうかと思うての。しばらく世話になるきに」


 しれっと言って、あっけにとられる半兵衛殿を尻目に、小一郎様が馬を歩ませ始める。


「──おっ!? どこの若侍かと思ったら駒殿か!?」

「ど、どうも──」


 何だ、この蚊の鳴くような声は? しかも、何で俺の後ろに隠れるようにしているんだ?


「ふむ、男装もなかなか似合っちょる。やはり別嬪(べっぴん)は何を着ても様になるのぅ」

「──っっ!?」


 ああっ、小一郎様も、そんな馬鹿にするような軽口を──!

 駒殿が屈辱感に耐えかねて、真っ赤になってうつむいてしまったではないですか。






 しばらく、のんびりとした冬の陽気の中、馬を歩ませていく──。

 先頭を行く三介殿が、前に乗せた虎松に色々と目につくものについて教えてあげ、ときおり、少し後ろを行く半兵衛殿が足りないところを補う。

 その後ろを行く小一郎様は、よほど寒いのか懐手のまま、手綱も持たず無言で馬に揺られておられる。何やら、考え事でもあるのか?


 そして──俺はといえば、最後尾を行く駒殿と小一郎様の間に位置を取り、肩越しに後ろの駒殿の様子を窺っていた。


 ──やはり、どうも怪しい。

 小一郎様が合流するまではあれほど憎まれ口を叩いていたのに、今は黙ったままうつむき、ときおり、ちらちらと上目づかいで小一郎様の背中を窺っている。


 もしや、狙っているのか? ──やれるものならばやってみろ。

 その時は、最高の笑顔で刀の錆にしてやるぞ。






「──ときに、半兵衛殿。ちょっと気になっとったんだがな」


 ふいに、小一郎様が声を掛けられた。


「何です?」

「わしの思い過ごしならすまんのだが──おんし何だか、わしらが奥方に会うことを避けようとはしとらんか?」

「え!? ──あ、いや、あの、そ、そんなことは……」


 おお、日ごろ冷静沈着なあの半兵衛殿が、こんなに分かりやすく挙動不審になるとは。


「あ、それはわしも感じておったぞ!」

「私も、何となく……」


 三介殿と駒殿も、すかさずそれに同意する。そう言われてみれば、そんな気がしなくも──。


「何じゃ何じゃ、半兵衛殿。わしが奥方に変な色目でも使うとでも思うとるんか? ちと心外じゃの」

「い、いえ、そういう訳では……」

「ん? じゃあ、人前に出せないような嫁じゃ、ということなんか?」

「断じてそんなことはありません! 芳野(よしの)は器量も良いですし、気立ても良い嫁です!」

「だったら──」

「いえ、その、何と言いますか──芳野は──いささか『重い』のです」

「──はぁ──っ??」






 菩提山城は、なかなかに峻険な山の上にある。

 もっとも、平時はふもとにある『岩手屋敷』と呼ばれる屋敷に住んでいるとの事だが……。

その岩手屋敷の門に近づいていくと、その前には、数人の門番と、そして、明らかに上位の武家の奥方と思しき身なりをした、美形の女性がひとり──。


「──! 半兵衛様っ!」


 その方が、われらに気づいたのか、少し慌てたようにこちらに駆け寄って来る。

 うーん、むしろほっそりとしていて、とても『重い』というほどではないと思うんだが……。






 しかし、その直後──。

 我らは、先ほど半兵衛殿が『重い』と言った言葉の本当の意味を、嫌というほど思い知らされたのだ。






「──半兵衛様っ、よくぞご無事にお戻り下さいました!」

「ああ、芳野。息災そうで何よりです。こちらにおられるのは──」


「芳野は、芳野は、一別以来、一体どれほどこの日を待ち続けたことか! それこそ、一日千秋の思いでこの日を待ち続けていたのです!

 半兵衛様、ああ、そのお美しいお姿を久しぶりに見せていただき──あら、でもしばらく見ない間にずいぶんとたくましく──まあ、でも、これはこれで──と、とにかく、芳野は半兵衛様に久しぶりにお会いできて、今、感無量で胸が張り裂けそうにございます!」


「あ、ああ。それで、こちらの方々は──」


「こたびは、ようやく私を迎えに来て下さったということなのですよね? ようやく半兵衛様のお美しいお顔を毎日見て暮らせる日が来たということなのですね!

 ──思えば、安藤家から嫁いで来てこの方、これほど永く半兵衛様のお顔を拝見しない日々はございませんでした。

 父(安藤守就(もりなり))に命じられ、やむなく嫁ぐことにはしたものの、始めは見たことも会うたこともない方に嫁ぐというのは不安で不安で──。

 それがまさか、これほどお美しくお優しい方がお相手だったとは!


 私にとって、殿方とは恐ろしく、怖い存在でしたのです。何しろ安藤の家中の者たちは荒くれ者ばかりで、見た目も話し方も、それはそれは恐ろしげな者ばかりだったのですから。

 私もいずれ、このようなむくつけき殿方のところに嫁がなければならないのかと、とても怯えていたのです。

 それが、父に伴われて菩提山城に来て半兵衛様とお目にかかった時! 私は、御仏に、そして運命に感謝したのです!

 幼き頃から夢に見ていた『源氏物語』の主人公のようなお美しい方が、本当にこの世にいらっしゃった! それどころか、まさかこの私が、そのお方の嫁になるよう運命づけられていたとは──」






 う、うわぁ──。

 これは、半兵衛殿が『重い』と言われるはずだわ。

 ──小一郎様たちもげんなりとした顔で、形だけの笑顔をかろうじて保っている。 

 しかし、よくもまあ、これほどの美辞麗句が息もつかせず出てくるものだ。


 確かに半兵衛殿は、それなりにいい男だとは思う。

 物腰も柔らかだし、顔立ちも──いささか女性的ではあるものの──整っているとは思う。

 でも、この方が言うほど絶世の美男子というほどのことはないと思うのだが。

 この人、いったいどれだけ半兵衛殿の事が大好きなんだ?


 ──それはともかく、半兵衛殿、そろそろこの言葉の奔流を何とかしてくれませんか!?






「す、少し待って下さい、芳野。

 その、今回は迎えに来たということではなくて、ですね……」

「まあ、違うのですか!? ではまた当分の間、半兵衛様への思いに身を焦がせながら待ち続ける日々が続くという事なのですか? ああ、運命とは何と残酷な──」


「もう少しです!

 もうすぐ羽柴の殿が、正式に北近江の領主になられます。

 そうなれば、私も家屋敷を構えることができるかと思いますので、そこに芳野を迎えたいと思っているのです!」

「まあ、そうなのですね! では、その日が来るのを心の支えに、また永劫とも思える日々を耐え続け──」


「と、ともかく! まずは殿にお目通りをせねばなりません。

 芳野、とりあえず部屋で待っていていただけませんか? 後で必ず参りますので」


 半兵衛殿にしては珍しく、かなり強い語勢で話しかけられた。

 まあ、このくらいでないと、この奥方様の長話は止められんよなぁ。


「かしこまりました、半兵衛様。──あら、ところでこちらの方々を紹介しては下さいませんの?」


 いや、途中で何度か紹介しようとはしていたんだけどな。

 ──たぶん、今の今まで俺たちは視界に入ってもいなかったんだろうが。


「ああ、こちらは羽柴藤吉郎殿の御舎弟の小一郎殿、その義理の甥の三介殿、小姓の藤堂与右衛門殿、それから──」


 

 その時──はっきりと空気が変わった。


 先ほどまで、お花畑の中で転げ回るがごとく華やいだ雰囲気を全身にまとっていた芳野殿の顔からすぅっと表情が消え──

 冥界の幽鬼もかくや、と思うほどの冷たく低い声がその口から発せられたのだ。


「──半兵衛様──この小娘はいったいあなたの何なんですの──?」


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