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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第二章  小谷の日々

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021   身支度   竹中半兵衛重治

 翌朝、駒殿たちを菩提山城に連れていく事、三介殿を同行させる事の許しを乞いに行くと、さすがに藤吉郎殿も心配そうな顔を見せました。


「──昨日の娘たちを連れて、菩提山城に……?

 もう大丈夫なんじゃろうな?」

「はい。昨日話した感じでは、さほど仇討ちに固執しているようには思えませんでした。

 三介殿も言っていたのですが、おそらく、今の生活から逃れられない絶望感から、自暴自棄になっていたのではないかと。

 私の提案が自分と弟のためになるものと理解していますので、しばらく離れていればさほど問題はないでしょう」

「まあ、半兵衛殿がそう判断したのなら、いいじゃろ。

 三介殿も行くのなら、念のため、与右衛門も護衛として連れて行ってかまわんぞ。

 わしと小一郎は、しばらく悪だくみで忙しいでな」


 あ、ご自分で『悪だくみ』とか言っちゃうんですね。


「──そうだ、新年の評定(ひょうじょう)の件は聞いておるな? しばらく菩提山城に滞在して、そのまま年明けに間に合うよう岐阜城に向かってくれればいい。半兵衛殿も、たまには嫁御を可愛がってやれ。

 うちも最近、おねがなかなか積極的でなぁ──ふふふ」


 いえ、そういう情報は要りませんから。






 そういうわけで、半月ほど休暇を頂ける事となったのですが──。


「いや、そもそも三介殿が菩提山に同行する意味が分からないんですが……」

「半兵衛殿、忘れたのか? わしは父上から、小一郎と半兵衛が悪だくみしていないか見てこいと命じられておるのだ。半兵衛殿もかんしたいしょうなのだぞ?」


 ……お顔に、興味本位だと書いてありますよ、三介殿。


「いや、それなら、小一郎殿を見張った方が──あ、ほら、藤吉郎殿もご自分で『悪だくみ』とか言っていることですし……」

「ああ、あれは六角をどうにかするための策なのだろう? それならば、あれは『悪だくみ』とは言わん。

 それよりは、半兵衛殿が悪だくみをしていないかをかんしするために、ぼだい山までついていくことの方が大事なのだ。ふふん」


 ──ああっ、もう、本当に成長ぶりが頼もしい事ですねぇ!?






 そしてその日の午後、駒殿に、明朝出立することを伝えに行こうと思っていたのですが──。


「あの、おね様。そのいでたちは──どちらかにお出かけなのですか?」

「ああ、私も半兵衛様と一緒に参りますよ。お駒殿に、私の若い頃の着物を差し上げようかと思うのです」

「……は、はぁっ──!?

 い、いや、全く意味がわからんのですが」

「ふう。まったく、男衆はこれだから──。

 いいですか。これからお駒殿は竹中家のご当主に会いに行くのですよ。みすぼらしい恰好のまま行かせるおつもりですか? それではお世話した半兵衛様も恥をかくことになりますよ?」


「いや、それはわかりますが──昨日の話は聞いてましたよね? 駒殿は藤吉郎殿のお命を狙って──」

「それは諦めさせたのでしょ? ならばいいではないですか。

 ──実は、昔から憧れていたのです。年下の女の子にあれこれと着物を着せ替えして、見立ててあげることが、ふふふ。

 ──妹で一度だけやったのですけど、なぜか二度とさせてくれなかったもので」

「ああ──あ、いや、それでもやはりあまりお勧めは出来ません。

 とりあえず仇討ちは諦めてくれましたが、ここで藤吉郎殿の御身内と会うことで、また変に刺激してしまわないとも限りませんし──」

「ふう、そうですか……」


 少し不服そうに答えたおね様は、何を思ったのかおもむろにうつむき、目元を袖で隠して肩を震わせ始めました。


「は、半兵衛様、わがままを言って申し訳ありません──!

 やはり、私のように子を産めない女には、そのようなささやかな事を夢見ることすら許されないのですね。

 ──我が子がいないのならば、せめてよそ様の娘さんに、と思っていたのですけど──う、うう……」


 ず、ずるいですおね様! 侍女たちの目につくところで泣き真似など──これでは私ひとりが悪者ではありませんか!?


「わ、わかりました、一緒に参りましょう! ただし、名乗るような事だけはしないでくださいよ!」

「ええ、考えておきます」


 そう言っておね様はけろりとした顔で頷きました。


 ──ああ、何だか今日はやり込められてばかりです。厄日なんですかね?……。






 緊張した面持ちで、板の間に正座する駒殿の正面に、にこにこと上機嫌なおね様が正座しています。


 土間には私、与右衛門殿、何枚かの着物の入った風呂敷を持った侍女が二人。

 ──三介殿は、外で虎松と走り回って遊んでいます。


『ちょっと半兵衛様、誰よこの人!? これ一体どういう状況なのよ?』


 困惑した表情の駒殿が、責めるように目で問いかけてきます。


「あなたがお駒殿ですね?」

「は、はい──あの、貴方様は……?」

「ねねと申します。羽柴藤吉郎秀吉の妻です」


 ──いきなり言っちゃいましたよこの方は。


「は? ──はぁあっ!?」


 それは驚きますよねぇ。


「何でこんなところに? 私は昨日、秀吉殿を──」


 ──それは言わないように。

 私が無言で口元に人差し指を立てると、駒殿は何かを察して口をつぐみました。


「昨日、今浜で藤吉郎殿たちと知り合われたのでしょう? 聞きましたよ。

 それで、半兵衛様や小一郎殿がたいそう気に入って、菩提山城でのご奉公を世話して差し上げることになったとか。

 なのに、この人たち、貴方の身なりを整えてあげることも全然考えてもいなかったのですよ。男って駄目ですよねぇ。

 それで、私の若い頃の着物を、少し分けて差し上げようかとお持ちしたのです」

「え!? あ、いえ、そんなわけには──」

「ちょうど処分しようと思っていたところだったのですよ。二・三枚引き受けてもらえません? それでも余るようなら侍女たちにも分けてあげるつもりなので」


 そう言って、おね様は侍女たちを手招きすると、いそいそと荷物をほどき始めました。


「──こら、男衆は出ていなさい。

 お駒殿も少し外で待っていて下さいね。ちょっとお顔に汚れが付いてますよ、洗っていらっしゃいな。

 ──さあ、まずどの柄から着てもらおうかしら、ふふふ」


 ──私たちと一緒に、有無を言わせず締め出された駒殿は、動揺して少し涙目になっています。


「半兵衛様──いったい何なんですかこれ? どういうことなんですか?」


 昨日の毅然とした姿との落差が、少し面白いですね。


「んー、まあ、少しおね様につきあってあげてくださいな。何でも、女の子の着物を見立ててあげるのが永年の夢だったそうなので」

「ああ、そうだったんですか──って、いや、そういうことじゃなくて──!

 まさか、おね様は昨日のこと御存じないのですか!?」

「もちろん、全部御存じですよ、でも、侍女たちは何も知りませんからね。

 それと、駒殿をご自分の目で見て、もう大丈夫だと判断されたのでしょう。おね様の人を見る目は、それはもう凄いですから」

「自分の夫を殺そうとした相手なのに──何だか変わった人……。

 ──ねえ、羽柴家の人ってみんなちょっと変じゃない?」

「ああ、それについてはおおむね同感です」


「ふうん──ね、今日、あいつは来てないの? あの、ひときわ変わった話し方の──」

「小一郎殿ですか? 今日は忙しいようで来られてませんが」

「あ、そう……」


 ──おや?


「何か、小一郎殿にご用でもありましたか?」

「え、いや、その、別に──。

 でも、何か昨日のことを思い出すと、あいつの顔がちらついて、こう、なんて言うか、無性に胸がもやもやして、何だかいらいらするのよ。

 ──ああっ、もう、何なのよこれ!

 きっと、前世から定められた私の天敵なんだわあいつ。うん、きっとそうなんだわ!」


 ──おや? おやおやおや?


 何だか、ちょっと面白いことになってきたのかもしれませんね。






 一刻ほどの後、すっかりご満悦のおね様と、生気を吸い取られたかのようにげんなりした駒殿を残して、女だけの着せ替えの宴は終わりました。


 侍女たちに、残りの着物を持たせて屋敷に帰らせると、おね様が居住まいを正して駒殿に向き直りました。


「さて──お駒殿」

「は、はいっ」


 何を言われるのだろう? 何といっても自分は昨日、この人の夫を殺そうとしたのだ。どれほど非難されても仕方がない。

 そんな緊張した面持ちの駒殿に、おね様はにっこり笑いかけました。


「そんなに固くならなくてもいいのですよ。

 昨日のことは聞いていますが、まあ結局、皆さんご無事だったのですから、責めるつもりはありませんよ。

 それに昨晩、三介殿が貴方たちのおかれた境遇について、何とかしてあげねばと力説していて、ですね──その心意気が嬉しくて、私も何かしてあげたいと思ったのです」

「あの子が──?」

「ええ、貴方の強く毅然とした姿に心打たれた、とも言っていましたよ。

 お駒殿。私も直にお会いしてみて思いました。貴方は、心根の真っ直ぐな気持ちのいい方です。私はとても好きになりましたよ。

 貴方が今後、私の身内に害を成そうと思わない限り、私たちはずっと貴方の味方です。そのことは覚えておいて下さい。

 何か困ったことがあれば、いつでも頼って下さい。相談に乗りますからね」


 ──ふいに、駒殿の両の眼から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれました。

 昨日、絶体絶命の危地にある時ですら、全く弱みなど見せなかったのに──。


 父親と兄を亡くした日から、ずっと厄介者として粗略に扱われてきた駒殿にとって、それはずっと欲してやまなかった言葉──同情や憐憫からではなく、純粋に自分を肯定する慈愛に満ちた言葉だったのでしょう。

 ……やはりおね様は凄いお方です。


「──たまには、近況をしたためた文でも寄こして下さい。

 いいですか? ここには、貴方たちの行く末を案じ、幸せになることを願っている者が何人もいるのです。そのことは決して忘れないでいて下さいね?」






「んー、残念ですねぇ」


屋敷への帰途で、ふいにおね様がこぼしました。


「少し気は強そうですが、なかなか器量もいいですし、心根も良さそうですし──三介殿にはあれくらいしっかりした子がお似合いだと思ったんですけどねぇ。

 あ、そうだ、与右衛門殿。あなたのお相手にお駒殿は──」

「それがしは、あんな気の強い娘は断じて願い下げです!」

「はは、どうも与右衛門殿と駒殿は相性が悪そうなので、止めておいた方がいいでしょうね」


 ──おね様は、あの時、小一郎殿のことを話していた駒殿を見ていません。

 ならば、あの時の様子は、伝えずにおきましょう。


 駒殿と小一郎殿。あの二人が今後どうなるのか、あるいはどうにもならないのか──それは、私が一人で密かに楽しむ監視対象にさせていただきましょうか。

 当分は、おね様にも三介殿にも教えてあげません。ふふん。


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[良い点] 今孔明とまで呼ばれた知将がこんなあっちでもこっちでも振り回されちゃって……おいたわしや(涙)
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