015 嫁取り話の顛末 竹中半兵衛重治
「──半兵衛殿、まっこと恨みますぞ……」
「いや、小一郎殿、本当に申し訳ありませんっ!」
もう、ここはひたすら平謝りするほかありません。
あの後、藤吉郎殿が小一郎殿を呼び出し、ここ最近のつれない態度を詫びられました。
そこまでは良かったのです。小一郎殿も気恥ずかしそうに笑みを浮かべて謝罪を受け入れてましたし。
「ところで、小一郎。詫び代わりと言っちゃあ何だが、おぬしに嫁でも世話してやろうと思ってたんじゃがな。
何でも、心に決めた女子がおるそうじゃないか。なかなか隅に置けんのう」
……あああ、藤吉郎殿、それ言ってしまうんですか!?
「はぁ……?
──っっ!!」
怪訝そうな声を上げた小一郎殿が、事情を察したのか、ばっと振り返り、射貫くような目でこちらを睨みつけて来ました。もう、なんとか表情で謝罪の意が伝わるよう祈るしかありません。
「早う言ってくれれば良かったのに、水臭いのう。
で、どこの娘じゃ? 歳はいくつじゃ?」
「あ、兄者、その──あ、相手が近くにおらんので、当分は──」
「ん? とすると尾張か? 美濃か? もしかして京娘か?
いずれにせよ、先方の父親とも挨拶せにゃならんし、誰なのかは先に聞いとかんと──」
「そ、それは、その──じ、実はまだ、言い交したというところまでは、いってないんじゃ!
今、慎重に策を進めているところなので、相手の返事をもらうまで、今しばらく──」
「そうか、ならもう少し待つか。返事をもらったらすぐに教えるんじゃぞ?」
「なあ、半兵衛殿。わしは当分嫁をもらう気はないと、こないだはっきり言いましたよな?」
ああ、まだ目が怒っています。
「いや、藤吉郎殿が急に小一郎殿の嫁取りのことを思い付かれてですね、あのままでは暴走しそうだったので、やむなく──」
「まあ、仕方ないか──しかし、そう長くはごまかせそうにないですしの」
「あら、小一郎殿、何をごまかすのです?」
──白湯を持ってきたおね様が、会話に割って入って来ました!
「あ、義姉上!? ──いや、それはですね、兄者がわしに嫁取りをさせたがっちょるようなんですが、わしゃ当分その気はなくて、ですな」
「どうしてです?」
「──北近江は未だ敵に挟まれておりますし、わしにも万一のことがあり得ます。
嫁いできて、いきなり後家にしてしまうのも気の毒でしてなぁ。
幼いころ、父を亡くしてひどく落胆した母上の小さな背を見てしまったゆえ……」
──この人、凄いです。
親の不幸を盾にされれば、大概の人はそれ以上話を進められません。
よくもまあ、とっさにこんな理由を思い付き、沈痛な表情まで浮かべてすらすらと口にできるものです。
まさに、御屋形様すら認めた弁舌の才──というより、詐欺の才もあるんじゃないですかね。
もっとも、藤吉郎殿の前では、その本領を十分に発揮できないようなのですが。
「ああ、なるほど。当分、嫁取りをする気はないので、意中の方がいるという口実で、しばらくごまかしたいと」
「そ、そうです! さすがは義姉上」
「んー、そうですねぇ。じゃあ、最近、小姓に取り立てた与右衛門(藤堂高虎)殿に、実は道ならぬ想いを抱いているとか……」
「あ、義姉上、冗談でもその手の話は勘弁して下され……」
「あら、残念。
でもね、小一郎殿。あなたももう三十路なのですから、そろそろ本当に考えなければいけませんよ。藤吉郎殿も、あなたの事を心配して、のことなのですからね」
小一郎殿が妻帯を渋るのには、もちろん理由があります。
ご本人は『兄者に跡取りが出来るか、あるいはせめて養子を取るまでは、の。わしに先に子が出来たらちと気まずいですしのぅ』とか言っていますが……。
気まずいどころではありません。藤吉郎殿より先に小一郎殿にお子が出来れば、おそらく藤吉郎殿は『羽柴家がいずれ小一郎の子供に乗っ取られるのではないか』との強い猜疑心に囚われてしまうでしょう。
小一郎殿にもそのことはわかっているはずなのですが、どうも心情的には認めたくないようで……。
ところで、最近気づいた意外なことがもうひとつあります。
それは、聡明で面倒見も良く、教育の面でも意外な才を発揮するおね様の唯一最大の欠点──。
小一郎殿の秘密を聞いてから私がわりとすぐに看破した、藤吉郎殿の心の奥底の暗い部分──嫉妬深く、猜疑心が強いという部分が、どうもおね様には全く見えていないようなのです。
藤吉郎殿の晩年の様子を聞いた今でも、『あら、老後はそんなひどいありさまになってしまうのですね──。でも、お二人が今のうちから頑張ってくれれば、今の藤吉郎殿のままでいられますよね』くらいに、お気楽に思っている節があります。
あれほど鋭い人間観察の目を持つおね様なのに、なぜ、藤吉郎殿のことに関してだけは、こうも鈍くなってしまうのでしょう。
男女のことというのは、なかなかに当人同士以外にはわかりかねることも多いようで……。
でも、逆におね様があまり鋭すぎるようだと、藤吉郎殿もおね様に心を許せなかったかもしれないので、この夫婦は今くらいでちょうどいいのかも知れませんね。
「藤吉郎殿みたいに女遊びが過ぎるのも考えものですけど、全く女遊びをしないというのもどうなんでしょう。やはり、ここは男同士という設定で……」
「いや、義姉上、わしゃその手の話はほんっとに苦手でして──」
冗談のような二人の会話を遠くに聞きながら、私はふと、美濃に残してきた妻のことを思い出していました。
文のやり取りだけになってしまってから、随分になります。
まだ子もいないですし、寂しい思いをさせてしまっているのではないでしょうか。
──近江でのお勤めが永くなるようなら、そろそろ呼び寄せることも考えた方がいいのでしょうかね……。
ブックマーク、評価ありがとうございます。
大変励みになります。
少し平和な話が続いていますが、次話から少し話が動きます。
サブタイトルだけ予告しますね。
次話は『襲撃』です。




