012 かんし役 羽柴ねね
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「──なるほど、お館様との間にそんなやり取りが──お話は何となくわかりました」
小一郎殿と半兵衛様が、私の前に並んで正座して縮こまっています。
ああ、何だかさっきから頭痛がひどくなる一方です。
「それはわかりましたが──それで一体、何がどうなって、こういうことになっているのですか!?」
「いや、それが、わしらにも何がどうなっているのか、さっぱりわからんのです……」
そう言って、小一郎殿と半兵衛様が戸惑うように肩越しに振り向いた視線の先には──。
庭で放し飼いにしている軍鶏たちを無邪気に追い回して遊んでいる一人の少年──お館様のご次男にして伊勢北畠家次期当主、茶筅丸様のお姿──。
今日、岐阜に登城していたお二人が小谷に帰って来ました。ですが──。
「まあ、どうされたのです、そのひどい顔色は!? まさか、献策が上手くいかなかったとか……」
「いや、そちらは上首尾と言ってもいいんですがの」
そしてお二人から、お館様との会談の様子を詳しく教えてもらったのですが……。
さすがはお館様、そこまで正解に近づいてしまわれるとは。
小一郎殿は、まったく自覚していなかった自分の内面をズバズバと言い当てられ、さらに、骨の髄まで恐怖心を刻み付けられたということです。
さらに、その後、清酒を大量に作らせるための様々な手配など、しばらくはろくに寝る間もないほどだったとか。
──と、そこまで話を聞いたところで、何やら表の方で騒ぎが起きるのが聞こえました。
『……お、お待ち下さいませ、ただいま取次ぎをいたしますので──!』
『何とぞ、何とぞしばしお待ちを──!』
『ええい、まどろっこしい! ちょくせつ行くぞ!』
そんな会話が聞こえた後、ずかずかという足音と共に広間に入ってきたのは、まだ幼さの残る少年でした。
あら、何だか、話に聞くお館様の子供の頃みたい……。
その少年は大股でお二人の前に向かうと、腕を組んで仁王立ちのまま、高らかに言い放ちました。
「織田──もとい、北畠茶筅丸である!
小一郎と半兵衛だな? 父上より、その方らの『かんし役』をおおせつかった!
しばらくいさせてもらうぞ、しかとこころえよ!」
「はっ!
──はぁ?
────えええええっ!?」
私たちが混乱している間、庭の軍鶏たちに気づいて遊び始めた茶筅丸様は、やがてそれにも飽いたのか、遠慮の気配すら見せずに湯漬けを所望され、むさぼるように食べ始めました。
「……あのう、茶筅丸様」
「ああ、おぬしが藤吉郎の恋女房のねねだな? しばらくやっかいになるぞ!」
「ええ、それはいいのですが──護衛の方々はどちらに?」
「横山城においてきた!
父上は、こやつらに『かんし役を一人つける』と言われたのだ。あいつらを連れて来ては、一人ではなくなってしまうではないか」
「は、はぁ……」
二杯目に箸をつけ始めた茶筅丸様を横目に見ながら、私はお二人にこっそり聞いてみました。
「いったい、どういう事なんでしょう?」
「いや、全く見当もつきません。
確かに、お館様は『監視役を一人つけさせてもらう』とは言うちょりましたが──これはまったくの予想外じゃ」
「茶筅丸様は、今頃は伊勢におられるはず。それが何故、こんなところに……」
半兵衛様の説明によると──
昨年、織田家が伊勢の北畠家を攻めた後に、公方様の仲立ちで和睦が成立しました。
その条件として、茶筅丸様が北畠一門の雪姫を娶って婿養子に入り、北畠家次期当主となることが取り決められたそうです。
体のいい乗っ取り政策ですね。
御年十二歳。今頃は伊勢で、織田家から送り込まれた重臣たちから、ご立派な当主となるべく色々と教育を受けている筈なのですが……。
まさか、他家に養子に出されたお子に、こんなお役目を言いつけるなんて──お館様は一体、何を考えておいでなのでしょう。
「おい! そこでこそこそ三人でみつだんするな!」
「は、ご無礼致しました!
──ところで、茶筅丸様は、今は伊勢北畠家のお方。何故、このようなところに……?」
「ああ、伊勢に行ってからこの方、ずっとむずかしいことを勉強させられどおしでな。
あきあきしてうんざりしていたところに、重臣たちが言ってくれたのだ。
『しばらく、岐阜に戻って骨休めされてはいかがでしょう』、とな!」
──ああ、これは……。
重臣方、完全に匙を投げてしまいましたね。
思わず、渋い顔のお二方と顔を見合わせて頷きます。
実は、茶筅丸様は、ご嫡男の奇妙丸様や三男の三七様に比べてあまり評判がよくありません。はっきり言って、悪いです。
『お館様の悪い部分だけ抜き出したようだ』と言われるように、うつけでいたずら好き、落ち着きがないとのもっぱらの噂です。
おそらく、北畠家中では織田の、しかもあまり出来が良くないという次男がいずれ後継者となることには大いに不満があるのでしょう。そんな中、茶筅丸様に付けられた重臣方は、そのお立場が危うくならぬよう、必死で色々と手を尽くしておられるはず。
その努力が、当の本人の不用意な言動で台無しにされてしまうことが度重なれば……。
『むしろ茶筅丸様抜きで、我々だけでやった方がマシだ』
と思ってしまうのも無理はないですよねぇ。
「──それで、岐阜で羽をのばしておったら、父上に言われたのだ。
『そんなにひまなら役目をやる。北近江に行き、羽柴小一郎と竹中半兵衛のかんし役をせよ。ふたりが何か悪さをたくらんでいないか、よく見てこい』とな!」
茶筅丸様は、お館様にお役目を仰せつかったのがよほど嬉しいのでしょう。鼻息も荒く、実に得意げです。
あ、でも……。
「あのですね、茶筅丸様。それを言ってしまったら元も子もないのでは?」
「ん? ねね、どういうことだ?」
「例えば、重臣の方が『これからは茶筅丸様がいたずらをしないよう見張っておきます』と言われたらどうします? その人の目の届くところでいたずらしたりします?」
「うーむ……。
──あ、しまったぁぁっ! ううう、この茶筅丸、一生のふかく!」
頭を抱えてしまわれた姿が、妙にかわいい。この子、ちょっとお馬鹿だけど、何だか憎めません。
……あ──ああ、なるほど、そういうことですか──。
腹が満たされて眠くなったのか、茶筅丸様は座ったままうとうとと居眠りを始めてしまわれました。
「──ううむ、全くわからん、お館様は一体どういうつもりなんじゃ?」
「これは、我らの動き次第では羽柴に北畠をぶつけるぞという脅しなんでしょうかね……」
相変わらず首をひねっているお二人に、先ほどの思い付きを話してみました。
「あのー、小一郎殿、半兵衛様。これ、たぶんそんなに深い意味はないと思いますよ」
「どういうことです、おね様?」
「たぶんお館様は、監視役の名目で、厄介事をお二人に丸投げされたんですよ。
首を斬らないでやったのだ、その代わり、教育係たちですら匙を投げたこいつを少しはマシにしてみせろ、と」
「──」
お二人が、お館様の恐怖を思い出したのか、少し怯えたように顔を見合せます。
「よく言うじゃありませんか、『馬鹿な子ほどかわいい』と。
放っておくわけにもいかないけれど、どうしてよいのかわからない──。
お館様から、お二人の知恵でこの子を何とかしてほしいとの、親馬鹿なお願いなんですよ、きっと」




