付記 執筆裏話や設定、小ネタなど
先日、2026年のNHK大河ドラマの題材が発表されました。
タイトルは『豊臣兄弟!』、そして主人公は豊臣秀吉ではなく弟の秀長──そう、本作の主人公・我らが小一郎なんですよ!
『この先、新たに本作を読んでくれる人も増えるかもしれないな』なんて都合のいいことを想像したりして、少し執筆の裏話なんかを書いておこうかと思いました。
よろしかったら、ちょっとお付き合い下さい。
──本編を未読の方は、ネタバレのお覚悟を。
1. 本作を書き始めたきっかけ
このサイトで、読み専としていくつか歴史ものを読んでいるうちに、大昔に消え去ったはずの小説執筆欲がふつふつと蘇ってきました。
10代の頃に書いていたのは主にSFでしたし、歴史小説は読むばかりで自分で書くなんて思ってもいなかったんですけど、歴史転生ものになら一度挑戦してみてもいいかな、と。
始めは、普通に幕末か戦国時代への逆行転生ものを書くつもりでしたが、そのうちに『現代人ではなく幕末の人が戦国時代に転生したら──?』というアイデアが浮かんできたのです。
幕末といえば、自分にとって一番思い入れがある人物は坂本龍馬です。キャラも立っているし、読者さんたちにもよく知られています。その龍馬が豊臣秀吉に転生して──いや、それだと順調に話が進み過ぎそうだし、むしろ秀吉に振り回される苦労人の弟・秀長(小一郎)にした方が面白くなるんじゃないか?
そう思って書き始めたのが、投稿を始める三か月ほど前です。
その時点で決まっていたのは、小一郎と藤吉郎、おね、竹中半兵衛の簡単なキャラ設定と、いずれ他の『記憶持ち』が敵となることとその正体、そしてラストに龍馬のあのセリフを使うことだけです。
──なんと、この時点ではメイン・ヒロインのお駒のことはまったく頭の中にありませんでした。
2. 変則的な一人称
本作を書き始めた当初、実は普通に小一郎の一人称で書いていました。
ただ、小一郎が繰り出す奇抜なアイデアが周りを驚かす展開を何回か書いているうちに、『何だかちょっと違うな』という違和感を覚え始めていたのです。
小一郎の一人称だと、小一郎がどんな策略を考えているかなどの情報を全く書かないわけにもいきません。つまり小一郎が策を披露した時、どんなに周りの登場人物たちが仰天していても、読者さんにはもう展開が少なからず予想できている状態──いわば、トリックを知った上でマジックを見ている状態なわけです。
読者さんをより物語の中に引きずり込むには、もっと違うやり方はないか──。
そう考えた末にたどり着いたのが、『小一郎が策を披露した時に、登場人物たちと一緒に読者さんにも仰天してもらおう』という方針です。
そのために、思い切って小一郎の一人称をやめて、それ以外の登場人物たちの一人称という変則スタイルを採用しました。
『小一郎の一人称は書かない(書くとしても最終回だけ)。語り手の人数は10人くらいまで』
これが、自分に課したルールです。
複数のキャラの一人称で書いている作品は、他の方の作品にもあります。
ただ、主人公たちと敵対する側や、かなり縁遠いキャラの一人称まで出てくると、ちょっと理解するのが難しくなっちゃうんですよね。
それなりに歴史に詳しい自分ですら、『あれ、これって誰だったっけ?』と戸惑うこともしばしばあります。そこで、歴史に詳しくない方にも楽しんでいただけるよう、語り手は小一郎に近しい人に限定して、人数を増やし過ぎないようにしました。
結果として本作は、何人もの歴史オンチを自認する方から『歴史に詳しくなくてもスラスラ読めた!』とのご好評を賜りました。
3. 最大の問題:内政チートの鉄板ネタが使えない!
逆行転生もののお約束といえば、現代の科学や農業の知識を駆使して過去世界で大成功するという『内政チート』ですが──。
龍馬が死んだ後に発見・発明された技術は使うことが出来ないというドえらい制約に気がついたのは、第一章を書き終えた頃でした。
えっ、まさか定番の『正条植え』や『塩水選』も使えない!?
『干し椎茸で大儲け!』させたくとも、明治以前にはかなり原始的な栽培方法しかなかったようですし。
石鹸作りも定番ですが、そもそも手指消毒の重要性すらまだ認識されてなかったですし、製法も龍馬が知っていたとは思えないですしね。
──はい。この時点で、『内政チートで大成功』の王道パターンはほぼ諦めました。
辛うじて使えそうな清酒や醤油作りなどで、商人ならではの販売戦略や市場操作で成功することと、龍馬ゆずりの交渉能力で強敵を何とかしていくという方針に決めました。
ひとつくらいはあまり他の作品で使われていない内政チートのネタを入れたいと思って、脚気対策としての蕎麦の普及と、江戸時代の農業書で散見される『多数回中耕除草』という農法を見つけ出して採用しました。
──まさか、文系の自分が農学の論文を読む日がくるとは思ってもいませんでしたが。
4. 三介(織田信雄)について
小一郎と、相棒的存在の竹中半兵衛のやり取りを物語の中心にすることは、始めから決めていました。ただ書いていくうちに、何だか少し物足りなさも感じ始めていたのです。
このふたりはもういい大人ですし、あまり大きな変化は望めません。
物語をダイナミックに動かすためには、もっと未熟な誰かの成長譚の要素も欲しい。
そう思って登場させたのが織田信長の次男、三介殿こと織田信雄です。
歴史に詳しい方ならご存じだと思いますが、何しろこの人、正史では散々にやらかしちゃってます。
信長から禁止されていた伊賀攻めを勝手に始めたあげくに大惨敗して、激怒した信長から勘当されかけたり。
天下を手中に収めかけていた秀吉に反抗するために家康と手を組んで挙兵しておきながら、家康に無断でさっさと和睦してしまったり等々。
あのルイス=フロイスも三介のことを『普通より知恵が劣っていたので──』などと記録しています。ただフロイスは、キリシタンに好意的だった三七(信孝)びいきなので、彼の記録を鵜呑みには出来ません。
本能寺の変の後、信雄が意味もなく安土城を焼いてしまったなどとも書かれてしまいましたが、これは事実無根の冤罪です。
でも、ほとんどの歴史小説で『ボンクラ』『バカ息子』『残念な人』扱いされまくり──そんな信雄の運命を思いっきり変えてみようじゃないか。
そんな想いから、この物語に三介の成長物語を融合してみました。
三介が成長していく姿は、この物語のもうひとつの大きな軸となってくれたと思います。
あと、正史の信雄には『能の名手で、その発言には業界でも一目置かれていた』という複数の証言があります。
数少ない褒めポイントなので、100部分でちょっとだけそれに繋がり得るエピソードを入れてみました。
5. メインヒロイン・お駒のこと
序盤から登場するおね(北政所)は、書いていくうちになかなか面白みのあるキャラになってきました。でも、小一郎の兄嫁という立場なので、それ以上に関係を深めさせるわけにもいかなかったんですよね。
そこで、全く別のヒロインを出そうと考えたのですが──どうせなら好感度ゼロどころかマイナス状態からのスタートにしてしまおうと、016部分のような物騒な登場シーンにしてみました。
父親の浅井政澄は実在の武将ですが、お駒と弟の虎松は架空の存在です。一番最初のお駒のキャラ設定は、たった一言『ツンデレ』。
それと、登場シーンだけ浮かんだ時点で書き始めてしまうあたり、自分も相当なイノシシ気質ですね。
お駒は、次第に猪突猛進なところが出てきたり、策士な一面が出てきたりと、書いているうちにどんどん設定が膨らんでいきました。
よく、『キャラが勝手に動く』なんてことをプロ作家の方が言われていて、『そんなわけないやろ、かなりオーバーに言ってるんやろな』なんて思ってましたが──ホンマでしたわ。
この娘は、作者すら予想もしていない方向に話を持っていこうとする暴走キャラでした。
でも、小一郎や半兵衛とはまた違ったタイプの策士として描くことが出来たと思っています。
6. 藤堂与右衛門(高虎)のこと
藤堂高虎は、生涯に7度も主君を変えたということで、歴史ものでは卑怯な変節漢のように描かれることの多い人です。でも豊臣・徳川の両政権でかなり重用されていたあたりを見るに、超有能な人物だったことは間違いないようです。
家康との親密な関係や、家臣にも寛大な振舞いをしていたエピソードもあり、本当は情に厚くてすごく律儀な人柄だったのではないかと思い、そういうキャラ付けをしてみました。
豊臣家に仕える前に主君を次々に変えていたのは、むしろ与右衛門の才を見抜けない主君の側に問題があったんじゃないかな?
──というわけで、025部分の『やはり武士たるもの、一度仕えると決めた主君をころころと変えるわけにはいかんのです!』というセリフは、実はツッコミ待ちだったのです。
奔放な三介と超堅物の与右衛門、そしてお駒の掛け合いは書いていて実に楽しかったです。
なお史実の藤堂高虎は、後に『築城三名人』などとも称されるようになります。そこで、築城の面白さに目覚めるエピソードを045部分に入れてみました。
7. 浅井(日比)治部左衛門と忍び集団
忍びの首領・浅井治部左衛門に関しては、相当に歴史に詳しい方でもたぶんご存じないと思うのですが──なんと実在した可能性がある人物なのです。名前と、忍びだということ以外は完全に創作ですが。
織田信長の妹・お市の方は、史実では夫の柴田勝家とともに北ノ庄城落城の際に落命したとされていますが、実は密かに落ち延びていたという伝説があります。その手引きをしたと伝わる忍びの名前が、浅井治部左衛門(または治郎左衛門)なのです。
その伝説によると、彼の手引きでお市の方は伊賀まで落ち延びて隠棲し、秀吉の亡くなった翌年まで生きたとのことです。浅井治部左衛門は日比姓に改姓し、子孫はさらに別性に改姓するのですが、そのお屋敷か菩提寺に、お市の方ののどぼとけの遺骨が残っているとの伝承もあります。
治部左衛門のご子孫とされる家のお屋敷は伊賀に現存しているのですが、一般には公開されていないので、真偽のほどは確かめようもありません。でも、実にロマンのある話でしょ?
そういうわけで、浅井家ゆかりの忍びの名前に、彼の名を使わせていただきました。
何とか、ご子孫の方が読まれても気分を害さない扱いには出来たと思います。──たぶん。
あと、彼の配下の忍びたちに関しては完全に創作なのですが、『カラス使いの楓』にだけはモデルがいます。
カラスは非常に知能が高く、手懐けることも不可能ではないということは以前から知っていたのですが──ある日、一羽のカラスを肩に乗せ、周りに十羽ほどのカラスを侍らせて闊歩しているおじさんを目撃したのです!
車で移動中にちらっと見ただけなのですが、見た瞬間に『これ、忍びの設定に使おう!』と即決しました。
カラスは、その後で登場させる予定の雑賀孫一のトレードマークですしね。
8. 雑賀の孫一(鈴木重秀)と雑賀衆
雑賀孫一(孫市)率いる『雑賀衆』は、その鉄砲の技量で織田軍を散々に手こずらせた当時最強の傭兵集団として、数多くの歴史小説に登場します。
史料にも『蛍、小雀、下針、鶴首、梟』などの鉄砲撃ちの異名が残っており、それらを撃ち落とすほどの腕利き揃いだったという描き方がされることも多いのですが──。
実はこれ、自分は『ちょっと眉唾ものだよな』と思ってました。ライフリングのない当時の鉄砲では弾道も安定しないし、そこまでの精密射撃が可能だったとは思えないんですよね。
そこで本作では、雑賀衆の強さはあくまで鉄砲の集団運用の巧みさによるもので、個人の技量を誇示するような異名はハッタリ──広報戦略だった、という解釈にしました。
『蛍、小雀、鶴』あたりは、ゲームや一部の小説で女鉄砲撃ちの名前とされていることもあるようですが、その設定は採用しませんでした。確かに面白そうではありますが、キャラをあまり増やしてもきちんと活かし切れないと思いまして。
孫一に関しては色々と記録は残っているものの、ひとりの人物の記録だと考えるとあちこちに矛盾が生じてしまいます。そのため、複数の人の記録が混同しているという説や、雑賀衆の頭が代々『孫一(孫市)』を名乗っていたという説もあります。
ひとりのキャラにまとめようとすると、どうしても司馬遼太郎先生の『尻啖え孫市』の孫市像に近づいてしまうんですが、まあ、面白ければいいかと開き直り、女好きの設定もそのまま使ってしまいました。
ちなみに、孫一に紀州弁を使わせなかったはワザとです。キャラ的に伝法な口調にした方がしっくりきたので。
まあ、交易であちこちに行っていたようなので、あまりキツい訛りは使わないだろうな、というのは後付けの理由です。
彼も物語後半では、話をぐいぐい動かしてくれるキャラになってくれたと思います。
9. 記憶持ちの人たち
物語の中盤以降に、小一郎同様に未来の記憶を持った人を何人か出すことは早い段階から決めていました。
特に、中島三郎助を出すのはほとんど必然でした。『龍馬の記憶から蒸気船や大砲を作りました』というのは、さすがに無理があると思ってましたので。やはり、両方の知識を持つ専門家はどうしても必要だったのです。
その他の人物については、『幕末オールスターが次々と──』という展開にはあまりしたくなかったので、幕末期の技術者中心に調べて人選しました。
──まさか、長崎海軍伝習所一期生で渡米までした鈴木長吉が、Wikipediaに個別のページすらないとは思いませんでしたが。
この中島三郎助と鈴木長吉、それと本木昌造はそれぞれでひとつの物語が書けるくらいにユニークな経歴の持ち主なので、幕末史や日本の技術史に興味のある方は調べてみることをお勧めします。
──実は自分は、大河ドラマの主人公に中島三郎助が採用されることを密かに願い続けているのです。
ペリーとの最初の交渉役であり、海軍操練所の一期生にもなり、勝海舟や吉田松陰、桂小五郎などの大物との絡みもあり、そしてクライマックスが箱館戦争なんて、物語の展開としては最高じゃないですか!
──ただし、途中がすごく地味な展開になりそうなんですけどね。
この中島三郎助と新選組の土方歳三のふたりは、箱館戦争で蝦夷共和国軍の幹部の多くが降伏して生き延びた中、最後まで戦い抜いて散っていきました。このふたりの記憶を持つキャラたちを登場させておきながら、彼らが語り合うシーンを書きそびれてしまったのはちょっと悔いが残りました。
そこで後に、歴史ジャンルの短編としてこのふたりの物語を投稿しました。
『雪見酒 ──土方歳三と中島三郎助』(n3556ip)
本作とは違って史実を基にした渋い作品なんですが、本作の前日譚(後日譚?)として読んでいただいても問題ないかと思っています。
よろしければ、ご一読いただければ幸いです。




