最終話 十年後 ── 日ノ本の洗濯 羽柴駒
今回でこの話は終わりとなります。
『後書き』めいたものは活動報告に書きますので、よろしければそちらもご覧ください。
「母上、ごちそうさまでした! では行ってまいります!」
今日も朝餉を食べ終わるなり、慎太郎が飛び出して行こうとしています。
「おい、もたもたするな、竹彦、蛍。遅いぞっ!」
「せっかちだなぁ、兄者は。朝飯くらいゆっくり食わせてくれ。なあ、蛍?」
「ほたるも竹兄にさんせい! 慎太兄はちょっとおちついたほうがいいです」
──私と小一郎の長男、慎太郎も今年で十になります。次男の竹彦がふたつ下、蛍はもうふたつ下です。
三人とも、この頃はもう朝から今浜のお城に行くのが日課になっています。まあ、行き先がはっきりしているのはありがたいですし、手間もかからなくていいんですけどね。
羽柴家の次期当主、無双丸様と双葉姫はもう十四歳になりました。うちの子たちもおふたりを慕ってよく一緒に遊んでいましたが、おふたりの学問やお稽古ごとをする時間が増えていくにつれ、自分たちも学問を一緒にすると言い出したのです。
小姓見習いの子たちもよく面倒を見てくれているようだし、お邪魔にはなっていないようだから、まあ、いいでしょう。
慎太郎は剣術や兵法が好きで、いずれ無双丸様をお支えするようになるんだと意気込んでいます。逆に竹彦はおっとりとした性格で、異国から入ってきた新しい作物の栽培実験などに関心が強く、末っ子の蛍は最近もの作りに興味津々です。
うちは分家ですし、小一郎も元々が百姓。子供たちは好きな生き方を選べばいいと思っているみたいです。
義兄上夫婦にもあれからさらに一男一女が産まれ、本家も安泰ですしね。
ようやく竹彦たちが食事を終えたのを待って、慎太郎がふたりを追い立てるように出て行こうとしています。
「あ、ちょっと! 三人とも、あまり着物を汚さないでよね! 昨日もずいぶん泥だらけで──」
「気をつけます。では今度こそ、行ってまいります!」
この頃は三河の方で綿花が大規模に栽培され、少しは安い着物も流通し始めてるけど、あまり気軽に汚してほしくはないのよね。洗うのも大変だし。
綿花から糸を紡ぐのは早くに機械化が進み、今は反物を織る機械の開発が進められているようです。それが完成すればもっと着物の値は下がるでしょう。堀次郎殿の頑張りに期待、ですね。
──あれから堀家は羽柴の与力から離れ、もの作りに特化したちょっと特殊な立ち位置の家に変わりました。奥志摩に居を移し、蒸気機関や南蛮船、武器等の開発や改良、職人の育成などを受け持っています。
職人育成所の所長を務めるのはあの樋口赤心斎殿。佐吉(石田三成)や市松(福島正則)も堀家の家臣として、若手ながらなかなかの重職を与えられて頑張っているようです。
そのふたりと同年代でともに小姓見習いだった虎之介も、今では加藤清正と名乗り、羽柴家の若手武将のひとりなんですから、時が経つのって早いわよね。
慎太郎が生まれてから十年、織田家も羽柴家も大きく変わりました。
なにしろ時の帝が織田の方針に賛同してくださり、上皇となって色々と後押しをして下さるのです。おかげで種痘の普及や食肉の禁忌の緩和、寺社勢力同士の抗争の禁止など、一気に進んだ施策がいくつもあります。
羽柴家の支配地も北に大きく広がりました。人口の流出などで財政が立ち行かなくなった朝倉家が、ついに自力での再建をあきらめ、織田に臣従を申し出てきたのです。すると、加賀の一向門徒たちもより豊かな暮らしを求めて織田の支配を受け入れました。これには、山科本願寺の顕如上人の説得も大いに寄与したようですが。
羽柴家はほぼ無血で越前・加賀を手中にし、北の能登や越中の攻略に向けて着々と準備を進めています。以前ならその向こうの越後の動向を警戒していたところですが、上杉謙信公の死後、上杉家に昔の勢いはありません。
謙信公の甥である景勝殿は、お館様の養女との縁を結び、織田家の後ろ盾を得て辛うじて後継者争いに勝ったのです。今は同盟関係となっていますが国力の差は歴然、いずれ臣下の礼を取ることとなるでしょう。
──実は、織田家では印刷技術を活用して、日ノ本中に織田のまつりごとのあり方や実績を喧伝し続けています。そのため、民たちに『織田の下でなら今よりましな暮らしが出来るのではないか』という期待感が高まり、各地の大名に無言の圧力をかけることとなっているのです。
もちろん、そう簡単に天下布武が達成できるわけではないでしょう。それでも、織田とのいくさに人が集まりにくいということになれば、いくらかのいくさは回避できるんじゃないでしょうか。
負ければ家が滅ぶとなれば、どの家中も死ぬ気で最後まで戦うでしょうが、織田家は敗者に寛大だという風評も広まってますしね。北畠家や朝倉家もそうでしたし、織田家の最大の敵だった武田家や本願寺、近年降った北条家や毛利家ですら存続を許されたのですから。
夕方、小一郎が京から戻ってきました。先日、孫一殿が率いる第二次西洋使節団が帰国し、上皇様へ成果を報告する場が持たれたのですが、そこにお館様や三介様とともに同席していたのです。
「おお、駒殿、久しぶりじゃな!」
「あら、三介様もご一緒だったんですか? ──って、孫一殿も!?」
何と、孫一殿までついて来ています。もう何年振りかしら。
「雑賀の奥方のところに戻らなくていいの? ええと、三年振りくらいなんでしょ?」
「ああ、そちらは後回しだ。駒殿に用があってな。何しろ、こちらは十年来の話だ」
え。その言葉に胸がどきりと音を立てます。十年前、孫一殿を通じて海援隊の皆さんに私がお願いしていたこと、それは──!
「駒殿、明智殿の奥方をようやく見つけたぞ。琉球(沖縄)でひっそりと暮らしておられた。娘御たちも元気だったぞ」
ああ、ご無事だった──!
あの御所の変以降、ずっと気にはなっていたのです。散々手を尽くして、ようやく堺から船でどこかへ落ちていったという情報だけは掴んでいましたが、杳として行方はわからないままでした。もし異国に行ってしまっていたらもう探すことなど不可能だと、半ばあきらめかけていたんですが。
「で、でも雲を掴むような話だったでしょう? いったいどうやって──?」
「なあに、親子揃ってすごい美人だという話だったからな。そんな母娘が現れればどうしたって男どもの間に噂は広まる。
海援隊の船がどこかに寄港する時には盛り場で情報を集めるよう、指示してたんだよ」
そう言って、孫一殿は周りに他の人がいないのを確かめてから話を続けました。
「お館様の書状の写しは渡してきた。武家としての明智家の再興は認めんが、それ以上のお咎めはない、とな。
駒殿がずっと案じていたことも伝えた。文も預かって来てやったぞ。──って、おい、駒殿、泣いているのか!?」
ええ、それは嬉し涙も出ますよ。
明智の養父がああなったのは仕方ないこととはいえ、それで養母上様や義妹たちが不幸になるのはやりきれないもの。ごく短いご縁でも、弟以外の家族をすべて失った頃の私にとって、あの方たちと家族になったことは紛れもない事実なのですから。
「まあ、お駒はずっとあの方々の安否を気に掛けとったからな。思い入れもひとしおなんじゃろ」
「十年分の肩の荷が下りたんじゃ、無理もなかろう」
小一郎や三介様はそう優しい言葉をかけてくれますが、孫一殿はなぜかからかうような笑みを浮かべました。
「なるほど、これが『イノシシの目にも涙』というやつだな」
あ。なによ、その言い草。
「そんなこと言っていいの、孫一殿。あんたが美人の人妻の情報を集めて、そのついでに何人もの人妻とお楽しみだったことぐらい、情報は掴んでるんだけど?」
「うげっ!? な、なぜそれを──!?」
あ、鎌をかけただけなんだけど、やっぱりね。
「ふふん、海援隊内部にも私の情報源はいるのよ」
「な、何!? さては、あいつか? いや、あいつも少し怪しいし──」
まあ、これもハッタリなんですけど。これで少しは大人しくなるかしらね。
さて、その晩は久しぶりに我が家で宴会です。
義兄上様は加賀に行っていてお留守でしたが、おね様やお子たち、半兵衛殿一家なども集まってきて、特に子供たちの顔が期待にきらきら輝いています。
世界を渡り歩く船乗りである孫一殿からどんな奇想天外な冒険譚が語られるのか、前回の帰国の時以来、子供たちはずっと待ちわびていたのです。
「──いや、それがな、船よりずっと大きなクジラに、同じくらい大きなイカが絡みついて、戦っていたんだよ! 巻き込まれないように船を離すだけで精一杯でなぁ」
『すごーい!』
『ええーっ、うそだー!』
うーん、さすがにそれは話を盛りすぎだと思うわよ?
孫一殿が子供たちに、海の化け物や海賊退治の話を語っている一方で──こちらでは与右衛門が三介様に必死で弁明をしているのが見えます。
「三介様、お願いですから機嫌を直してくだされ、あれは仕方がなかったのです!」
「ふん。与右衛門殿がそこまで薄情者だとは知らんかったわ。まさか、わしを祝言にも呼んでくれないとはな」
「陪臣の分際で、織田家の次期当主を祝言に呼ぶなど、出来るはずがないじゃないですか!」
あれから、与右衛門もなんとか無事に嫁をもらうことが出来たんですけど、何と直前まで私やおね様に内緒にしてたんです。薄情な話よね。
『おふたりに知られて、祝言までのあいだ、ずっとからかわれて遊ばれるなど真っ平ご免です』
あー、うん、まあ、それはたぶんそうなんですけどね。
さて、子供たちがはしゃぎ疲れて寝てしまったあとは、大人だけの会合です。治部殿や新吉殿も合流してきました。
「──そうですか、やはりイギリスとイスパニア(スペイン)は、大いくさになりそうなんですね」
まずは孫一殿が西洋の情勢についてざっと説明し、半兵衛殿が頷きます。
「まず、間違いなかろう。あれは、根っ子に宗派間の争いがあるからな。もはや止められまい」
実は西洋への最初の使節団を送る時、始めは蒸気機関や織田筒なども持っていくつもりだったのです。まず、日ノ本が未開の野蛮な国ではないことを示さねばなりませんから。
しかし、新たに見つかった『記憶持ち』の方が、遠からず西洋で長く大きな戦争が起きるはずだと言ったので、軍事技術の輸出は取りやめになりました。どちらかに肩入れして均衡が崩れてしまうと、もう一方から恨みを買いかねませんしね。
それでも、南蛮船を手本に西洋まで行ける高性能の船を造った技術や、痘瘡と脚病の予防法の公開は、西洋の人々を大いに驚愕させたそうです。
「官兵衛が言うには、このまま両国がぶつかって疲弊してくれた方が、後々武器や技術を高値で売りつけることが出来る、だとよ。あいつもたいがい腹黒いよなぁ」
官兵衛殿とは、播磨の小寺家から織田家に鞍替えしてきた黒田官兵衛殿ですね。かなりの切れ者だということで、孫一殿の参謀として使節団に同行しています。小一郎はなぜか少し苦手にしているようなんですけど。
「なら、このままその大いくさが終わるまで、織田の技術は西洋には秘匿し続けるということじゃな」
小一郎がそう訊ねると、孫一殿が少しばつの悪そうな表情を浮かべました。
「あー、それなんだがな、悪いがそうもいかんかも知れん。
あれはイギリスの船だと思うんだが、掠奪しようと襲い掛かってきたんで、その──沈めちまった」
『はぁ──!?』
小一郎や三介様が驚愕し、半兵衛殿や治部殿は頭を抱え込んでしまいます。
「いや、大砲を打ちかけてきたので、こちらの大砲の方がはるかに遠くまで飛ぶということを見せつければ、逃げ出すと思ったんだがなぁ。逆にこちらの大砲が欲しくなったのか、攻め込んで来ちまったんだよ。なら、沈めるほかあるまい」
「うーん、海賊行為をはたらいていた船なら、イギリス側も表立っては問題にしないかとは思いますが……」
半兵衛殿が難しい顔で考え込みます。
「あ、でもそんなにすぐに噂が広まることはないんじゃない?」
ちょっと思いつきを言ってみましょうか。
「やられた方も未開の国の船にやられたなんて意地でも認めたくはないでしょうし、あまり吹聴はしないんじゃないかしら。
多少噂になったとしても、やっぱり西洋人にはどこか日ノ本を侮るところがあるみたいだし、本腰を入れて調べたり、日ノ本から武器を買おうなんて話にはなかなかならないんじゃない?」
「だといいんじゃがな──。ただ、東洋の海ではあの人がずいぶんと暴れ回って、噂が広まっとるからのう」
『土方殿か──』
小一郎の言葉に、皆がまたしても頭を抱えてしまいました。
──勘九郎様、もとい土方歳三殿は、出奔して来た松様との再会も果たし、もう武家働きはせずにひっそりと蝦夷地(北海道)の開拓をして余生を過ごすと言っていたのです。
ただ、蝦夷地は寒さも厳しく、ほとんどが未開の原野です。おまけに、三百年後に蝦夷地で主に栽培される寒さに強い作物が、まだ日ノ本にあまり入ってきていません。
何年か先には孫一殿が西洋から色々な作物を持ち帰ることになっていたのですが、のんびりと待ってはいられない、自分でも探すと言って、東洋での交易を始めた海援隊の艦隊に便乗してしまいました。
ところが、東洋のあちこちの海域では海賊が横行しています。小規模な集団が多く、どの国も取り締まりには苦慮していたそうなのですが、海援隊はいずれ交易の邪魔になるからと、見つけ次第に叩きのめしてきました。
それが大いに評判になり、各国から海援隊に海賊退治の依頼が舞い込むようになったのです。
そして、海援隊東洋艦隊から分かれて海賊退治専門の部隊が組織されることになり、その指揮官を買って出たのが土方殿だったのです。
海の暮らしがよほど性に合っていたのか、蝦夷地開拓は老後にやることにすると前言を翻してしまいました。すると松様も暖かいところの方がいいと、海援隊のおもな寄港地である呂宋(現・フィリピン)にさっさと移り住んでしまったのです。意外にたくましかったのね。
そういうわけで、今も土方殿は海賊退治に奔走していて、東洋の国々で『海援隊』の評判はうなぎのぼりなのです。
「ま、まあ、悪名が広がってるわけじゃないんだし、いいのではないか?」
「あまり手の内が知られてしまうのも考えものですなぁ」
「西洋にまで海援隊の武器の強さが知られてしまうと、どちらの勢力からも同盟を持ち掛けられたりするんじゃないでしょうか」
皆が口々に意見を出すのをしばらく聞いていた小一郎が、やがて大きな音で手を叩きました。
「ともかく! 『海援隊侮りがたし』という評判があれば、どの国もうかつに日ノ本に手を出そうとはしにくくなるじゃろ。
孫一、西洋のいくさにはあくまで中立を保ってくれ。どうしても味方になって欲しいだの、武器を売ってほしいと言ってきたら、日ノ本まで行って帝か上皇様の許可を取って来い、とでも言っとけ。ただし──」
「難破船の救助や民を助けるのは、どちらの陣営であっても分け隔てせずにやってやれ、だろ?
小一郎の流儀は心得てるさ。もう長い付き合いだからな」
翌朝。あの後は再び無礼講の宴会になったので、広間はひどい有様です。お椀や徳利などがいっぱい転がってますし、小一郎や孫一殿、三介様や与右衛門は夜具も敷かずにそこらで眠りこけてますし。
片付けはあとで女中たちにお願いするとして──子供たちの着物も洗濯しなきゃ。夕べははしゃぎながらだったので、けっこう食べこぼしてたみたいなのよね。
「おお、早いの、お駒」
小一郎がのそりと起き上がってきました。
「あ、小一郎。後で子供たちに言ってやってよ、あんまり着物を汚すなって。洗濯するのも大変なんだからね」
ちょっと文句を言うと、小一郎は寝ぼけた目をこすりながら少し考え込んで、口を開きました。
「あー、なら次は、洗濯が楽になるようなからくりか何かを考えてみようかの」
「あ、それはいいわね!」
それはぜひ作ってほしいところです。小一郎にしては気が利いてると褒めてあげようと思ったんですが──何だか小一郎が寂しげな遠い目をしています。
「──どうしたの?」
「ああ、洗濯でちと思い出したんじゃ。
龍馬が敬愛する姉に出した手紙に、こんな文言があっての。
『今一度日ノ本を洗濯致し申し候』
まあ、若い頃に『幕府なんてぶっ壊してやる』くらいの勢いで書いた文なんじゃがな。
──わしも、少しはこの日ノ本をきれいにできたんじゃろか。龍馬がわしのやってきたことを見たら、少しは褒めてくれるんじゃろか?」
「当り前じゃない!」
──二年前の冬、お義母様が風邪をこじらせて亡くなりました。残念なことに言葉を残さずに息を引き取ったので、小一郎は最後までお義母様から褒めてもらうことが叶わなかったのです。
ここは、私が代わりにうんと褒めてあげなきゃ。
「龍馬殿も、それに空の上のお義母様も絶対に褒めてくれるわよ。
小一郎のおかげでいくつのいくさが避けられた? いくつの一揆が収まった?
小一郎は何万人もの命を救ってきたのよ。大いに胸を張っていいんだからね」
「──ふう、おんしにそう言ってもらえると、まっこと救われるのう。──お駒」
「小一郎──」
『父上、母上、おはようございます!』
そこに子供たちが広間に駆け込んで来ました。もうっ、今いいところだったのに──!
ですが、ふと見ると孫一殿と三介様が寝ころんだままこちらを見てにやにやしています。しまった、与右衛門の大いびきで、皆が寝ているものだと油断してたわ!
「孫一どの、昨日のお話の続きを聞かせてください!」
子供たちの早速のおねだりに、孫一殿がのそりと身体を起こします。
「あー、悪いが朝飯を喰ったら発たねばならんのだ。まだ嫁のところに行っておらんし、次の航海の用意もせにゃならんしな。
次に来るのは──まあ、二年後ってところか。また土産話や珍しいものをたんと仕入れてくるからな」
『ええーっ⁉』
子供たちが不服そうな声を上げたのを面白そうに見ていた小一郎が、やがてちょっと顔つきを引きしめて言葉を発しました。
「うん、ちょうどええ。皆に話しておきたいことがある。聞いてくれるか?」
その真剣そうな響きに、子供たちが小一郎の前に姿勢を正して座り、三介様や与右衛門も起き上がってきます。──って、治部殿に新吉殿、いつからそこにいたのよ!?
「次に孫一が戻ってきた時には、わしはお館様に暇を頂戴しようと思う。慎太郎と竹彦のどちらかが武家として無双丸様をお支えしてくれるのなら、家督はその者に譲る。のこるひとりと蛍は、どの道に進んでもかまわん。まあ、人様のお役に立つ道ならな」
「いや、小一郎殿、隠居には少し早いのではないか?
これからもおぬしの力を必要とする場面が──」
三介様が少し強い口調で異を唱えますが、小一郎は困ったような苦笑いを浮かべました。
「いえ、ものづくりはもう専門家たちの手に移っておりますし、他国との交渉役も後進が育ってきとります。わしの出番もそろそろ終わりですろ。
それと、体に衰えが来る前に、次の夢に取りかかりたいと思いましてな」
その言葉で、大人たちは小一郎の意図をおおむね察したようです。
「なら、それがしもそろそろ隠居して、首領の役を新吉に譲りましょう。お供させていただいてもよろしいですかな?」
治部殿がにやりと笑い、小一郎も笑顔で頷き返します。
でも子供たちにはまだどういうことなのか、よくわかっていないようです。
「父上、武家を辞めてどうするのです?」
「次の夢とはどういうことなんですか? どこかへ行かれるのですか?」
「父様はお百姓に戻るの? それともものづくりのお仕事をするの?」
「いいや、そのどちらでもないぞ、蛍」
そこで小一郎は、すがるように訊いてくる蛍の身体を両手で高々と持ち上げ、晴れやかな笑顔を浮かべたのです。
私と初めて会った日に、『乱世を終わらせてみせる』と言った時と同じく、屈託のない笑顔を──。
「父様はな、船に乗って海に出る。孫一たちのように世界中を廻って商いをする。──『世界の海援隊』をやるんじゃ!」
最後までお付き合いくださり、また応援していただき、心から感謝いたします。
ありがとうございました。




