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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第十二章   動乱

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110   明智殿の真意   竹中半兵衛重治


 小一郎殿の叩きつけるような怒声に、勘九郎(かんくろう)様はたじろいだ様子を見せましたが、すぐ気を取り直したように言い返して来ました。


「お、おい、坂本、何を言ってやがる。今の俺は織田勘九郎ではなく、新選組の──」

生憎(あいにく)じゃがな、わしは坂本龍馬ではない。確かに坂本龍馬の記憶を受け継いどるが、わしはあくまでも羽柴秀吉の弟、小一郎なんじゃ。

 で、おんしもそうなんじゃろ? 土方(ひじかた)歳三(としぞう)の全ての記憶を持ってはおるが、おんしはあくまでも織田勘九郎殿なんじゃ」

「ち、違う! 俺は土方歳三で──!」

「そのたわごとはやめろと言うたじゃろがっ‼」


 小一郎殿の裂帛(れっぱく)の怒号に、今度こそ勘九郎様は言葉を失ってしまいました。


「──確かにおんしの話は、いかにももっともらしく聞こえた。

 お館様のことを歴史上の人物であるかのように『織田信長』と呼び捨てにし、薩長に対する怒りをぶちまけ、──確かに土方ならそう考えるだろうし、そう言うだろうとも思えた。

 だがな──気迫がまるで違うんじゃ」

「な、なんだと──?」


 小一郎殿は少し声の調子を落としたのですが、それでも勘九郎様はたじろいだままです。


「勘九郎殿、口では勇ましいことを言っておったがな、肝心の眼がずいぶんと泳いどったぞ。

 それにおんしは、最後の最後で一度だけ言い間違えた。『()()ではなくこの俺が名を残す』とな。

 わしには、あの部分こそがおんしの偽らざる本音の部分だと思えたんじゃがな?」

「ふ、ふざけるな! ちょっと口が滑っただけじゃねぇか! 俺は信長も秀吉も越えて──」


「なあ、勘九郎殿。お館様の跡目だということはそんなに重かったのか? そんなに逃げてしまいたかったのか?」


 小一郎殿の穏やかともいえる問いかけに、勘九郎様は意表を突かれてしまったようです。


「に、逃げたかっただと──?」

「そりゃ、偉大な父親の後を継ぐというのは重いわなぁ。どうしたって父親と比べられてしまうからの。

 親と同じことが出来て当たり前、出来なければ『不甲斐ない二代目よ』と落胆される。

 まして、お館様が『天下布武』なんて大偉業を成し遂げてしまったら、超えるどころかもはや並ぶことすら出来ん。そりゃ逃げたくもなろうて」

「だ、黙れ、『逃げ』なんかじゃねぇ! 俺は織田信長を越えてやろうとして──」


「それを『逃げ』だと気づけんから、おんしはいつまでたっても餓鬼(ガキ)のままなんじゃ!」


 小一郎殿が再び声を荒げて怒鳴りました。いや、これは『叱りつけた』というべきなんでしょうか。


 ──なるほど、少しわかってきました。勘九郎様は土方歳三殿と人格そのものが入れ替わったようなことを言っていましたが、どうやらそうではないようです。

 以前、小一郎殿や次郎殿も『自分の心がどちらのものかわからなくなることがあった』と言ってましたが、勘九郎様も同じような体験をしたのでしょう。そして、お館様の跡目である重圧から逃れてしまいたいという密かな願望が、自分が土方歳三であるという思い込みを産んでしまったのではないでしょうか。


 勘九郎様が言葉に詰まってしまったのを見て、小一郎殿は(さと)すような口調で語りかけます。


「なあ、勘九郎殿。お館様を越えるとか言ったな? だがそれは違うぞ。

 おんしがやっているのは、そんな前向きな行いではない。ただお館様の足を引っ張っとるにすぎんのじゃ」

「──黙れ」

「このままお館様が天下人になってしもたら、もう超えることなど出来んからの。

 だから天下人にはならせたくない、自分が越えられそうもないところまで昇って欲しくないと、邪魔しとるだけなんじゃ」

「うるさい、黙れ!」

「そうやってお館様の行く手を阻んで、おんしが天下布武を成し遂げたところで、皆がそれを称賛するとでも思ったのか?

 わかる者にはすぐにわかるぞ。おんしなどお館様の偉業を横取りしただけの小物にすぎん、とな」

「黙れ、小一郎! それ以上ほざくなら叩っ斬るぞ!」


 怒りを爆発させるように叫んで、勘九郎様がずらりと抜刀しました。正眼(せいがん)に構えた隙のない姿勢は、私の目からは確かに相当な腕前にも見えるのですが──。


「ここはそれがしに任せてもらおうか」


 その時、本多殿が小一郎殿の前に進み出ました。勘九郎様と対峙するように槍を構えたのですが、その顔にふっと(あざけ)るような色が浮かびました。


「──なるほど、確かに構えは土方殿のものだが、中身はまるで別物ですな」 

「何っ、誰だ貴様は!?」

「徳川三河守(みかわのかみ)家臣、本多平八郎(へいはちろう)忠勝(ただかつ)

 貴殿が土方歳三の記憶を持っているというのなら、この構えに見覚えがあるのではござらんか?」

「何? ──ま、まさか左之(さの)──原田左之助(さのすけ)なのか⁉」 


 勘九郎様が驚愕の声を上げます。おそらく今の今まで、自分と小一郎殿以外の記憶持ちの存在など、考えたこともなかったのでしょう。


「いいや、それがしはあくまで原田左之助の記憶を持っているにすぎん。

 だが、よく知っておりますぞ。確かに土方歳三殿は斬り合いには滅法(めっぽう)強かったが、それは圧倒的な気迫で敵をねじ伏せていただけ。剣の腕そのものは(沖田)総司(そうじ)や斎藤((はじめ))ほどではないと。

 今の貴殿でも、原田左之助になら勝てるやもしれんが──」


 そう言って、本多殿がわずかに構えを変えます。力みが抜け、少し緩んだ姿勢にも見えますが、身にまとった殺気は逆に一気に膨れ上がったようです。これが本多殿本来の構え──!?


「悪いがこの本多平八郎、原田左之助などより数段は強いと自負しておる。

 試してみられるか?」


 凄むような問いに、勘九郎様は顔面蒼白になってしまわれました。


「くっ!? ──かくなる上は──!」


 本多殿には勝ち目がないと見たのか、勘九郎様がきびすを返して清涼(せいりょう)殿に駆け上がります。まずい、まさか(みかど)を盾にするつもりですか──!?


「うおぉぉっ!」


 迷いを吹っ切るように吠え、御簾(みす)を一刀で斬り落とします。その奥では帝と勧修(かじゅう)()様が身を寄せ合うように身構え、その前で近衛(このえ)殿下が残る気力を振り絞って両手を広げて立ちふさがろうとしています。


「そこをどけ、近衛! どかねば斬るぞ!」


 勘九郎様がずかずかと大股に近づこうとしますが、突然その足元に何本かの手裏(しゅり)(けん)が突き刺さりました。それと同時に、近衛様の前に短刀を構えた人影が出現します。


「誰だ貴様はっ!?」

「羽柴小一郎が家臣、原田新吉! ここから先は断じて通さん!」

「たかが忍びごときが邪魔立てするか、ならば死ねっ!」


 ですが、その一瞬の足止めで充分でした。本多殿と小一郎殿も清涼殿に駆け上り、私も一瞬遅れてついて行きます。


「それ以上動くな、勘九郎殿っ! その男と殿下を斬るあいだに、それがしの槍が貴殿を貫くぞ!」


 本多殿の恫喝(どうかつ)の声に、勘九郎様の動きが止まりました。前を新吉殿、後ろを本多殿と小一郎殿に押さえられてしまい、勘九郎様は首だけを左右に振って打開の一手を探そうとしていたようですが──。


「じゅ、十兵衛、何をしている! 早くこいつらを何とかせんか!」


 しまった、明智殿のことはすっかり意識から抜け落ちていました!

 小一郎殿たちは勘九郎様に注意を向けたままなので、私が急いで庭の方を振り返ると、明智殿がゆっくりと階段を登って来るところでした。


「ふう、やはりまがい物では勝負になりませんか。『豎子(じゅし)(とも)(はか)るに()らず』とはこういうことなのですな」


 殺伐(さつばつ)とした空気とは裏腹に、悠然と清涼殿に登ってきた明智殿の顔には、明らかに侮蔑(ぶべつ)するような色が見えます。


「だから言ったではないですか、勘九郎様。羽柴小一郎とまともに言葉でやりあってはいけないと。あなたのような子供が(かな)うわけもないのですよ」

「ど、どういうことだ、十兵衛? お前がわしに──」

「ああ、あなたはもういいです。しばらく口を閉ざしていてもらいましょうか」


 冷淡に言い放った十兵衛殿が、ふところから短刀ほどの長さの何かを取り出しました。あれは──小一郎殿から以前聞いていた『短筒(たんづつ)』というやつでしょうか?


「織田筒二式から見よう見真似で作らせたものです。お粗末な出来ですが、この距離ならまず外しませんよ」


 そう言って、明智殿は銃口を勘九郎様に向けました。


「しばらく黙っておいてもらえますか? あなたの甲高い声は──(かん)(さわ)る」


 苛立ちすらにじませて突き放す明智殿の言葉に、勘九郎様が絶望的な表情で口をつぐんでしまいました。


「──さて、小うるさい小僧は黙らせました。小一郎殿、そろそろ私とも本音で話そうではありませんか」






 そう言いながらも、明智殿はまず何から話すべきか、しばし言葉を探しあぐねているようでした。

 そこで、小一郎殿が先に確かめたいことを口にします。


「十兵衛殿。土方歳三の記憶を持ってしまった勘九郎様を焚きつけ、この暴挙に走らせたのはおんしなんじゃな?」

「その通りです。いや、あれは実に滑稽(こっけい)な光景でしたよ。『本能寺の変』で自分が討たれることを知ってしまった勘九郎様が、恥も外聞もなく泣きわめいて命乞いに来たのですからね」

「なるほど。おんしもそこで本来の歴史の流れを知って、『本能寺の変』をやってやろうと決断したというわけか。そのために勘九郎様を利用したんじゃな?」


 小一郎殿が睨みつけますが、明智殿はむしろ飄々(ひょうひょう)とした口調で語り続けます。


「いえ、利用するには勘九郎様は心が弱すぎましたからね。『自分が土方と勘九郎のどちらなのかわからない』と何度も泣き言を繰り返して来て、閉口させられましたよ。

 能力的にはさほど不足などないのに、織田家嫡男の重圧からか、ずいぶんと卑屈に育ってしまわれたようで。

 ですが、ふと思ったのです。ならいっそのこと『勘九郎様』ではなく『土方歳三』でいてくれた方が使いやすい、都合がいいと。それで事あるごとに『あなたは土方歳三になったのだ、もはや織田信長への遠慮など無用』と吹き込み続け、本人もそう強く信じ込んだと思っていたのですがねぇ。

 まあ、そう簡単に人の本性は変わらないということでしょうか」

「──う、嘘だ──十兵衛、あれほど俺のことを──」


 勘九郎様がうわごとのように呟きますが、明智殿は返事をする価値もないというように、ちらりと()めた目を向けただけです。

 その様子に、さすがに小一郎殿も腹立ちを隠せません。


「そうやって利用するだけ利用して、利用価値がなくなったら見捨てる、か。藤田伝吾(でんご)行政(ゆきまさ))殿の時と同じじゃな。

 見捨てられた者の気持ちを何だと思っとる。──そんなことだから、おんしの下には人が集まらんのじゃ! 『本能寺の変』で明智光秀が失敗したのも──」

「期待するほど味方が集まらなかったから、でしょう? 話は聞いていますよ。

 まあ、人付き合いが下手なことは自覚してますからね。その本来の歴史とやらの私が、いったいどういう目論見(もくろみ)で謀反に走ったのやら──自分でもさっぱりわかりませんな」


 まるで他人事のように言う明智殿に、小一郎殿が(いぶか)しげな表情を浮かべます。


「何だと? では、なぜ今回の暴挙を起こしたんじゃ。お館様を排して勘九郎様を傀儡(かいらい)にし、裏で天下を治めるのが目的ではないのか?」

「それが出来れば一番楽だったんですけどね。勘九郎様なら後でどうとでも始末できますし──まあ、こんな子供にはおそらく無理だと思ってましたが。

 それと、今の私にはお館様を討つほどの動機がありません。

 本来の歴史でのお館様はかなり家臣に厳しく、敵対する者に容赦のない暴君だったそうですが、今のお館様は寛容さもあり、民のことを考えて善政を敷かれておられる。実にご立派なものです。

 ここまでお館様のなさりようが変わったのは、まさに小一郎殿の努力の賜物(たまもの)なのでしょうね。小一郎殿のやってきたものづくりや病の研究など、お見事なものです。ただ──」


 そこで明智殿は一息おいて、小一郎殿に恨みがましい目を向けました。


「ただひとつ、あなたに文句を言わせてもらえば──それがなぜ織田家でなければならなかったのです?」

「──は?」

「あなたや藤吉郎殿ほどの才覚があれば、たとえ出自が低くとも、将軍家に仕えて頭角を現わすことだって出来たでしょう。そして、そこでその才覚を振るえば、将軍家があのようにみじめな境遇に(おちい)ることもなかったはずです」


「何じゃと? つまり、おんしが最終的に目指すのは義昭(よしあき)公の復権なのか──?」

「いいえ。先ほど『将軍家』と言ったでしょう? 義昭公のような愚物などどうでもいい。それよりは、足利の血を引く赤子を公方に()えた方がはるかにマシです。

 ──私はね、小一郎殿、馬鹿が大嫌いなのです。愚かな者にはどうあっても我慢ならないのですよ」


「よくわからん! だったら才能ある者が天下を治める、でいいではないか。

 お館様の邪魔をする必要がどこにあるんじゃ!」

「──織田家では身分が低すぎます。たかだか尾張の守護代の、そのまた分家が天下を取る前例など望ましくない。まして百姓上がりの藤吉郎殿が天下人になるなど、絶対にあってはならないのです」


 ううむ、明智殿の真意がどうにもよく分かりません。能力主義のようなことを言っているのかと思いきや、身分にこだわってみたりと、主張が一貫していないようにも思えるのですが。


「──私は、勘九郎様から色々と未来の世の中についての話を聞きました。

 未来の技術や制度の話は実に素晴らしく、心踊るものばかりだったのですが──ひとつだけ、どうしても受け入れがたいものがあったのです。

『でもくらしー』なる制度の話を聞いた時、あまりのおぞましさに、私は吐き気すら覚えたのですよ。

 ──何と愚かで、醜いまつりごとの形なのかと」






『でもくらしー』とは、龍馬殿たちの時代に異国で広まりつつあったという政治形態です。

 特定の身分のものが権力を握るのではなく、皆で入れ(ふだ)(選挙)をして国の施政者を決めるという制度なのだとか。

 坂本龍馬殿も、身分制度でずいぶん苦しめられてきたお方です。その記憶を持つ小一郎殿が、いずれそういう世になればいいと希望に満ちた顔で語ってくれたので、私もよく覚えていたのですが──。


「民百姓たちにも入れ札に参加させる? ──はっ、何と馬鹿々々しい!

 無知蒙昧(もうまい)な民百姓などに、いったいまつりごとの何がわかるというのです?」


 明智殿の表情や口調が次第に険しさを増していきます。これが明智殿の考えの核心部分なのでしょうか。


「百姓が考えることなど、しょせんは自分の暮らしのことだけです。

 誰かが『自分は一切年貢を取らない』とでも主張すれば、百姓どもはこぞってその者に札を投ずるでしょう。──それで国をどうやって運営出来るかなど考えもしないで。

 そのような形で国の行く末が決まるなど、愚かにも程がある!」


 吐き捨てるように言い放った明智殿は、少しご自身を落ち着かせるかのように大きく息をつきました。


「──徳川の世の終わりにしても、そうです。

 異国と争えばどうなるのかわかろうともしない愚か者どもが、口々に『攘夷(じょうい)』『攘夷』と叫び、開国しようとした幕府を倒そうと暴れ回り──そのあげくに出来た新政府は、あっさりと開国したというではありませんか。それでは、何のために幕府を倒したのかわかりません。


 小一郎殿、もうおわかりでしょう? 大局を見通せない愚民どもに、自分たちでも世を動かし得るなどと思わせてはならんのです。

 だからこそ、天下人は将軍家の者でなければならない。帝の血を引かぬ者や、まして百姓が天下人に成り上がるような前例は、断じてあってはならないのです」


 その長い主張を黙って聞いていた小一郎殿が、ようやく口を開きました。


「要は、身分制度を固定しようということなんじゃな? 百姓は死ぬまで百姓のままでいろということか。

 しかし、民の中にも有能な者はおるぞ。実際、兄者は──」

「そこなんですよ、問題は。

 藤吉郎殿やあなたはきわめて有能ですし、それを否定するつもりはありません。しかし、藤吉郎殿が天下人になってしまうのが一番まずい。それこそ愚民どもにいらぬ夢を抱かせてしまいかねませんので。

 そこで考えたのが──公家の制度を見習うことです」

「公家の制度、じゃと?」

「公家は家柄によって、この地位以上には昇進できないという上限が決まっているそうではないですか。それと同じようにすればよいのです。

 そうですね、民百姓でも努力次第では藤吉郎殿のように城持ちにまではなれる。──これなら、庶民にも充分に夢を見させてやれるでしょう?

 武家も、今のお館様のように数か国の主にまでは成り上がりを認めましょう。しかし──天下人には絶対になれない。それは将軍家の血を引くものにのみ許される特権とする。

 日ノ本の民にとって『帝』が絶対に不可侵の存在であるように、将軍家の存在もまた『絶対』であるべきなのです。

 さすれば、龍馬殿の時代のような馬鹿げた倒幕騒ぎも起こらないと思うのですが。

 ──絶対の身分の秩序を固めつつ、一部に身分を越えて出世できる余地を残してやる。

 小一郎殿。これなら賛同していただけるのではないですか?」


「断る‼」


 小一郎殿が一瞬のためらいもなく叫びました。


「おんしは根本的に間違うちょる、自分以外の全ての者を見下しちょるんじゃ!

 ──民百姓が愚かだと言ったな、だがそれは誰のせいなんじゃ?

 我ら武家がいくさに明け暮れとるから、民も生きるので精いっぱいになっとるんではないのか?

 まつりごととは本来、民を安んじ、豊かにすることが目的ではないのか?

 その本質を忘れ、民を愚かだと決めつけることこそ、ただの(おご)りじゃ!」

「ふ、甘い幻想ですな、小一郎殿。

 民は(やす)きに流れるものです。あれほど狂信的だった一向門徒ですら、織田の下でなら楽に暮らせそうだと、あっさりなびいてきたではないですか。

 民にとって良いまつりごととは、自分たちの暮らしを楽にしてくれることです。いずれ豊かになるために高い年貢を取られるより、今少しでも年貢を下げてくれた方がいい。その程度のものです。

 大局を見る目など、持てるはずがない」

「いいや! わしはそうは思わん。確かに今の民は愚かなのかもしれん。今すぐ『でもくらしー』の世が出来るなんて、わしも思っちゃおらんよ。

 だがな、人は変わることが出来るんじゃ! 民に大局を見る目がないというのなら、いずれそういう目を持てるよう教え導くのがまつりごとのやるべき仕事だろうが!

 民を愚かだと決めつけるのは、自分がそういう役割を放棄すると言っとるようなもんじゃ!」


「──ふう。やはり貴殿とは相容(あいい)れませんなぁ」


 小一郎殿の反論を聞いた明智殿は、やがて大きく溜息をつきました。


「そう容易(たやす)く落とせるとも思ってませんでしたがね。

 まあ、いいでしょう。そろそろこの茶番も終わらせるとしましょうか」


 そう言って明智殿は、勘九郎様に向けていた銃口をゆっくりと動かし、別のものに狙いを定めたのです。


 ──あろうことか、御簾の奥、帝の御身(おんみ)へと。


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― 新着の感想 ―
明智さん、自分が言っていることが破綻してることに気付いてないんでしょうか……自分が頭が良いと思ってる人ほど、自分が間違えるはずがないと、そういうことからは目を背けがちな気がしますが。 足利将軍家が凋…
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