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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第十二章   動乱

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105   官位と上洛   羽柴駒


 永年、織田家と敵対してきた石山本願寺が、ほぼ降伏に近い形で織田と和睦──。

 この(しら)せはたちどころに全国津々浦々にまで広まり、日ノ本中の大名や国人衆たちに大きな驚きをもたらしました。


 各地で情勢が大きく動き始めましたが、特に動きが早かったのは播磨(はりま)(現・兵庫県南部)や備前(びぜん)(現・岡山県南東部)あたりの中小の勢力です。


 その辺りでは守護の赤松氏が衰退し、浦上(うらがみ)別所(べっしょ)小寺(こでら)などの勢力が割拠(かっきょ)して相争っていました。他勢力との争いや一族内の(いさか)いのたびに織田や西の毛利(もうり)にすり寄り、都合よく両勢力の力を利用してきたそうです。

 でも石山本願寺という障害が無くなった今、西進を本格化するであろう織田家に対し、いつまでも日和見な姿勢が許されるはずもありません。

 おまけに民のあいだには、織田の下でなら今よりいい暮らしが出来るらしいという噂が広まってきています。

 そういった声に後押しされてか、播磨や備前の国人衆は先を争うように京を訪れ、妙覚(みょうかく)寺に滞在中のお館様に臣従と以後の忠誠を誓ってきました。


 ──この動きに慌てたのが毛利家です。


 毛利はかねてから瀬戸内の水軍を使って兵糧や武器弾薬を送り、石山本願寺を支援し続けてきました。もちろん、織田が西に進むのを阻止し続けてもらうためです。

 その防波堤が突然無くなったことに驚愕した毛利は、石山本願寺に届けるはずだった物資を英賀(あがの)御堂(みどう)(現・姫路市飾磨(しかま)区)に送ることにしました。英賀(あが)は播磨における真宗最大の拠点で、海上交通の要衝でもあります。ここの門徒たちに、反織田の抵抗勢力として出来るだけ粘ってもらおうという狙いだったんでしょうけど──英賀は毛利の入港を断固として拒否しました。

 実は顕如(けんにょ)上人(しょうにん)の意を受けた下間(しもつま)少進(しょうじん)仲孝(なかたか))殿によって、すでに織田方につくよう説得工作が済んでいたのです。


 おまけに、洋上には見たことのない旗を掲げた謎の水軍が待ち構えていて、とんでもない数の鉄砲でさんざんに威嚇(いかく)射撃を仕掛けてくる。毛利の水軍は上陸をあきらめ、大人しく引き返すしかなかったということです。


 孫一殿が雑賀(さいか)水軍の半分ほどを率いて立ち上げた、小一郎直属の水軍『海援隊(かいえんたい)』──その初仕事の首尾は上々だったようです。






 さて、小一郎は今浜に戻ってきています。三介様がちょっとだけ寄って伊勢に帰られたので、一緒に奥志摩に戻るのかと思ってましたが、お館様から『しばし今浜に留まり指示を待て』との命が下ったのだとか。


 北近江は織田領の西と東を結ぶ通り道なので、各地からの情報が一気に入ってきます。

 西国の情勢に加え、上杉が同盟締結を急ごうとし始めただの、調略に応ずる伊賀衆が一気に増えただのと、織田家にとっていい報せがほとんどですが、それらを聞いても小一郎の表情は冴えません。

 先日、直にやりあっても明智の養父上の真意が全くわからなかったのが引っ掛かっているんでしょうね。


「──これは、大前提から見直す必要があるやも知れませぬ。

 認めたくはありませんが、明智殿が無明殿ではないというそれがしの見立て自体が間違っていたということも──」


 小一郎以上に表情が暗いのが、治部殿です。


 私を養女にしてもらう件で明智の養父上(ちちうえ)と対面した時、小一郎はこの時代にはない言葉をわざと混ぜて語りかけていたんだとか。その時の反応のなさから、治部殿は『明智殿は無明殿ではない』と判断したんだそうです。

 しかし今回、新吉殿の目から見ても微塵(みじん)も動揺した素振りがなかったというところをみると、実は忍びにも見破れないほど芝居が達者なのだという可能性が出てきました。それなら、養父上が無明殿ではないという前提そのものが(くつがえ)ります。


 そう考えてみると、怪しいと思えた勘九郎(かんくろう)信重(のぶしげ))様のご様子も、単に勘繰(かんぐ)りすぎだったようにも思えてきます。時おり人が変わったように感じられたのも、早く周りに認められたくて背伸びをしていただけなのかもしれません。


 ──まあ、そのあたりはまだ推論にすぎませんが、それ以上にわからないのが養父上がいったい何を目的としているのかです。お館様に警戒され、行動の自由を奪われた今の状態で、何かまだ打てる手があるとでもいうんでしょうか。






 そんなある日、今浜に突然の来客がありました。小一郎たちと同じく、未来の記憶を持つ勧修寺(かじゅうじ)晴豊(はれとよ)様で、出迎えたのは私と小一郎、治部殿です。


「お初にお目にかかります、勧修寺様。小一郎の妻、駒と申します」

「おお、そなたが──。織田殿や近衛殿下からもお噂は伺っております。実に面白──よく出来た嫁御であると、皆が言っておりましたぞ」


 ──今、『面白い』って言いかけたわよね?

 私がいらっとしたのに気づいたのか、小一郎が慌てて間に入ってきます。


「と、ところで勧修寺様。今回はどのような用件で──?」

「ああ、これから諏訪(すわ)(現・長野県中央部)まで行くので立ち寄りましたんや。また帰りにも寄らしてもらいますが、その時は藤吉郎殿にも会わせていただきますので」

「諏訪──というと、勘九郎様のところですか?」

「その通りでおじゃる」 


 そう言うと、なぜか勧修寺様は急に居住まいを正しました。


「こたび近衛殿下の奏上により、お(かみ)から勅許(ちょっきょ)が下されました。織田弾正(だんじょう)大弼(だいひつ)信長殿は(しょう)四位下(しいのげ)参議(さんぎ)』に叙せらることとなります」

「な、何と──!? ついにお館様が『殿上人(てんじょうびと)』に、ですか!」


 これは凄いことです。『殿上人』とは清涼(せいりょう)殿の殿上間(でんじょうのま)に昇ることを許されたお方──すなわち帝に直接拝謁がかなうご身分となられたのです。


「それと、ご嫡男の勘九郎信重殿も(しょう)五位下(ごいのげ)弾正(だんじょう)少弼(しょうひつ)』に叙せられることとなりましてな。それをお伝えするために諏訪まで行く、というわけでおじゃるよ」

「おお、それはお役目ご苦労様にございます。

 ──治部左衛門、ひとり護衛は出せるか?」

「は、お任せを」

「勧修寺様、道中ご不安でしょうから何人か護衛を出します。

 それと以前にお話したとおり、勘九郎様や佐久間(信盛(のぶもり))様は無明殿である可能性があります。万一に備えて、忍びもひとりお付けしますので」


 小一郎がそう言うと、勧修寺様がにんまりと笑みを浮かべました。


「実は、それ目当てで寄らしてもらいましてん。うちは貧乏ですよって、家人ふたりほど連れていくのが精一杯でしてな」

「ああ、そちらもご用立てさせていただきましょう。

 勧修寺様とは秘密を共にする間柄。何なりとわしを頼ってくださいませ」

「ほほほ、まあ、帰りにはそちらにもいい報せがありますのでな」


 それを聞いて、小一郎は何か察したようです。


「もしや──兄者にも官位を、ということですか?」

「ご明察。おっと、これはまだ秘密ですぞ?

 こたびは、織田家の重臣方にもそれぞれ官位が与えられます。藤吉郎殿は、ええと、(じゅ)五位下(ごいのげ)加賀守(かがのかみ)』でしたな」

「──『筑前守(ちくぜんのかみ)』ではないんですかの?」


 これは私も聞いています。本来の歴史では義兄上様は『筑前守』に任ぜられたのだとか。


「ああ、実は織田殿に本来の歴史の話をした時、その辺の話もしたんですわ。ただ、藤吉郎殿には西国ではなく北陸攻略をやらせるつもりだということでして。

 まあ、歴史を変えてやろうという織田殿の意気込みの(あらわ)れ、なんですやろな」


 それはわかるんですけど、まだもうひとつ疑問があります。


「でも、それを秘密にする必要あります? 今、伝えちゃってもいいような気もするんですけど」

「そこはほれ、家臣に先に伝えてしもたら、へそを曲げてしまいかねんお方がおられますやろ?」


 ああ、勘九郎様は確かにそうかも。せっかく、武田の旧臣もうまくまとめて家中の評価も上がっているんだから、もう少し大人になってもいいと思うんですけどね。


「──まあ、そういうわけで、藤吉郎殿と小一郎殿の官位は帰りに寄った時にお伝えするということにさせてもらいます」

「わしの官位──?」


 小一郎が訝しげな声を上げます。


「わしは官位など辞退すると、以前に二条(晴良(はれよし)、前関白)様にお伝えしたはずですが」

「これは近衛殿下と織田殿のお考えでしてな。この先、小一郎殿は根回しのために公家衆と接することもあるでしょう。なのに無位無官のままではさすがによろしくないと。

 (じゅ)六位上(ろくいのじょう)民部(みんぶの)少丞(しょうじょう)』。藤吉郎殿より三階級下で、勅許の日付も一日遅らせました。このくらいならよろしいですやろ。受けておきなはれ」

「──まあ、それでしたら」


 小一郎って、本当に自分のことには無頓着ねえ。まあ、官位をもらったからと言って何か得することがあるわけでもないしね。

 あ、お館様が小一郎を今浜に留めたのって、このためだったのかしら。


「──ただ、ちょっと気になることがありましてな」


 ふいに勧修寺様が声を潜めるように話を変えました。


「気になること──?」

「その二条様が、こたびの一連の叙任にいっさい反対しはらへんかったんですわ。

 近衛殿下のやる事なすこと全てが気に入らず、何にでも反対せずにはおられんお方なんですが」


 まあ、病気で休んでいるあいだに近衛様に関白の座を奪われちゃったんですから、恨みに思うのはわかるんだけど。


「特に反対するほどの理由がなかったんじゃないですか?」

「そないなもの必要あらしまへん。理由なんてものはこじつけてでも作るもんです。

 ──まあ、麿の気にしすぎかもしれませんが、ちょっと気に留めておいてくだされ」






 勧修寺様が諏訪に向かわれてから十日ほど後、今浜に先触れが到着しました。

 勘九郎様が二百ほどの兵を連れて上洛し、叙任の御礼のために参内(さんだい)するということです。


 ──当初は千ほど兵を率いてくるとのことだったんですけど、それを聞いたお館様は二百まで減らすよう命じられました。勘九郎様が無明殿である可能性はまだ残ってますし、それが千もの兵を率いてくるのは危険ですしね。

 お館様もいちど妙覚寺を出て、宇治の槙島(まきしま)城に移られたそうです。槙島には謀反に備えて柴田(勝家(かついえ))様や佐々(さっさ)成政(なりまさ))様の部隊が駐留していますし、大坂には森(可成(よしなり))様の部隊もいます。これなら『本能寺の変』みたいなことは起きないわよね。


 ──さて、織田家次期当主である勘九郎様が来られるということで、さすがに藤吉郎様も塩津浜から戻って出迎えます。私はちょっと、勘九郎様に顔を見られると面倒なことになりそうなので、小一郎の背中に隠れるようにしているんですけどね。


 やがて、大手門前で待つ我々に見えてきたのは──うわ、これは派手だわ。

 勘九郎様が引き連れてきたのは、全員が朱色の甲冑で統一された騎馬の一群です。これが噂に聞く『武田の赤備え』というやつですか。これだけ揃っていると圧巻ですね。

 見る人に、勘九郎様があの武田家を完全に掌握したのだということを強く印象付ける──これはなかなかの演出です。


「おお、弾正少弼様、よくぞおいでくださいました!」

「うむ、藤吉郎、出迎え大儀である。船の用意は出来ておるな?」

「は、仰せのとおりに。しかし、お伝えしたように一度に運べるのは百二十騎までです。それを繰り返すにしても、風向きもありますのですぐに戻ってくることが出来ませんし──」

「それでよい。残りは陸路で行かせる。帰りのこともあるので、船は大津あたりで待機させるように」

「は、承知いたしました」


 何だかずいぶんと慌ただしいわね。そのまま百二十騎は船着き場へと向かい、残りの八十は素通りに近い形で南へと移動を開始します。少しくらい休んでいけばいいのに。


 やがて全ての丸子船が帆を上げて湊を離れ、辺りに少しほっとしたような空気が流れました。そこに残っているのは見送りの私たちと、軍勢とともに諏訪から戻ってきた勧修寺様ご一行だけです。


「勧修寺様。ご無事のお戻り、何よりです」

「ああ、お駒殿もお元気そうで。さて、今宵は藤吉郎殿の叙任祝いの(うたげ)じゃな。準備の方は──」

「万事(おこた)りなく。むろん、義兄上様にもまだ気づかれておりません」

「ふふふ、藤吉郎殿の驚く姿、楽しみでおじゃるな。

 勘九郎殿も一日くらいゆっくりして、宴に加わったらよろしいのになぁ。羽柴の飯を食わんとは、何とももったいない」


 苦笑いを浮かべた勧修寺様が、小さくなっていく丸子船の船団を眺めながらぽつりと呟かれました。


「何も急いで船で行かんでもよろしいですやろに。見栄っ張りなご仁ですから、どうせ京に入る前に残りの部隊と合流して、堂々たる隊列を組んでいきますやろ」


 それを聞いた時──私の中で、何かがかちりとはまったような気がしました。

 確かに()()考えれば──全てのつじつまが合います!


「義兄上様っ! 今浜に船は何(そう)残ってますか⁉」


 私が大声を上げたのに、皆が驚いたように振り返ります。今ここにいるのは藤吉郎様と小一郎、治部殿と与右衛門、勧修寺様──よし、大丈夫よね。


「どうした、駒殿? 残っている船なら、わしが塩津浜に戻るための一艘だけじゃが──」

「これが勘九郎様の目的だったのではないですか⁉

 船を出させたのは先を急ぐためではなく──羽柴から船を奪い、すぐに動けなくさせるためだったのでは?」

「な、何じゃと──?」

「勘九郎様が叙任の御礼に上洛する──確かに立派な大義名分です。

 でも、本当なら無明殿の可能性がある勘九郎様が兵を率いて上洛するなど、何がなんでも阻止すべきだったのではないですか?」

「む、むう、確かに──」

「私たちは明智の養父上の謀反計画に気づき、それを未然に阻止できました。──そのことで、勘九郎様への警戒心が少し緩んでしまったのではないでしょうか」


 私の言葉に、勧修寺様がはたと手を打ちました。


「あ、なるほど、そうか! 二条様が叙任に反対されなかったということは、今回の件に一枚かんでいるやもしれませんな」

「その可能性はあるでしょうね。勘九郎様は官位を得たことで上洛の口実を手に入れた。そして京に入ったところで一気に事を起こす。──二条様はその騒ぎに乗じて、近衛殿下を失脚させようとでも思っているのではないでしょうか」

「うーん、確かに少し警戒心は緩んでいたかもしれん。

 ──あ、いや、まさかそのために(しゅうと)殿は、わざと謀反計画が発覚しやすいようにしていたということか──!?」


 小一郎も青い顔で言葉を繋ぎますが、藤吉郎様が疑問を挟んできます。


「し、しかしたった二百じゃろ? それでいったい何が出来るというんじゃ。

 お館様も『本能寺の変』のことをご存じだからこそ、ぬかりなく槙島に移られたんじゃろ。

 あそこはそう簡単には攻められんぞ?」


「だから、それが『思い込み』なんです! 私たちは『本能寺の変』の知識があるばかりに、謀反と言えばお館様が襲われるものだと思い込んでしまってたんです。

 でも、京にはもう御一方──日ノ本で最も尊いお方が、ほぼ無防備な状態でいらっしゃるではないですか!」


 私の発言に、皆が完全に言葉を失ってしまいました。ややあって、藤吉郎様が喘ぐように口を開かれます。


「──い、いや、まさか──いくら何でもそんな大それたことは──」

「するはずがない──そう思いますよね? でもそれはあくまで私たちの常識です。

 小一郎や勧修寺様は知ってますよね。龍馬殿たちの時代に長州がやろうとして失敗した、あの暴挙のことを」


『あっ──!』


 さすがに記憶持ちのふたりはすぐに察しがついたようですが、詳しい歴史を知らない人たちはまだ腑に落ちない顔です。


「そう、わずかな人数でも実行可能で、しかも効果は絶大──。

 勘九郎様──いえ、無明殿の狙いはおそらく『御所の襲撃と占拠』もしくは『帝の奪取』だと思われます」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 禁門の変を、禁門の乱にするつもりとは そうすると無明殿の正体って、長州の維新志士の一人の可能性も出てきましたね 禁門の変で長州のリーダー格の一人が亡くなってますし
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