104 詰問 原田新吉
翌朝、お館様の軍勢の大移動が始まった。
北近江の平野部に点在するいくつかの城に分宿した軍勢が列を成して動き出し、南に向かうにつれて徐々に合流していく様は壮観だ。
今浜城からでは旗指物までは確認できないが、前田(利家)殿、佐々(成政)殿などの武勇に優れた方々が参陣しているとのことだ。これはどうやら、あちこちで同時に謀反が起きた場合のことも想定しての人選らしい。
朝倉とにらみ合っている最中の羽柴から兵は出せないが、それでも総勢二万。南近江の国人衆たちも兵を出してくるだろうから、宇治槙島に着く頃には三・四万くらいにはなるだろう。
お館様は、今浜城の一番高い櫓から軍勢の様子をしばらく満足げに眺めておられたが、やがて、後ろでともに出陣を見送っている我々の方を振り返った。
「では、わしもそろそろ発つ。藤吉郎、半兵衛。坂本攻めになった時は手筈どおりに、な」
「は、お任せを」
その応えに満足げに頷かれたお館様が、ふと浮かない顔つきのお駒様に目を止めた。
「駒。やはり十兵衛がわしを裏切っているとは信じたくないか」
「あ、いえ、そんなことは──」
歯切れ悪く答えるお駒様を見て、お館様がなぜかおね様と半兵衛様と目配せを交わした。
「ふむ。実はおぬしについて、おねや半兵衛から色々と聞いてな。
その上でちと思ったのだが──おぬし、十兵衛の娘たちに自分自身を重ね合わせておるのではないか?」
「──え?」
意外なことを言われて、お駒様が顔を上げる。
「母を早くに亡くし、父や兄もほぼ時を同じくして亡くしたのだそうだな。
弟とふたりきりになってしまったおぬしは、十兵衛の家族の睦まじさを見て、自分にはもはや取り戻せない理想の家族の姿を見てしまったのではないか?
だからこそ、あの家族が壊れるところだけは見たくない、十兵衛の娘たちに自分のような思いをさせたくないと強く思ってしまった。──違うか?」
お駒様は、その問いかけにしばし唇を噛んで考え込んでおられたが、やがて深く溜息をついた。
「確かにそうなのかもしれません。
自分でも、なぜか少し明智の養父の肩を持ちすぎだと感じてはいたのです」
「ふむ、やはりそうか。──というより、これはおねの見立てだったのだがな。
まあ、気持ちはわからんでもないが、くれぐれも軽挙妄動は慎むように。
──間違っても『十兵衛の真意を問い質しに行く』などどは考えるなよ?」
あ、これは小一郎様か三介様から聞いたのだな。
「おぬしや腹の子になにかあれば、小一郎だけでなく三介やおねたちも悲しむ。そのこと、よく覚えておくように」
「承知しました」
少し厳しい声での釘差しにしおらしく頭を下げたお駒様だったが、しばらくして上げた顔にはなぜか少し悪戯っぽい表情が浮かんでいた。
「──その時は、お館様も悲しんでくださるのですよね?」
「なっ──こ、このたわけが! だから、そうならんようにせよと言っておるのだ!」
おお、お館様が狼狽えるところなど、初めて見たぞ。
「おい、藤吉郎、おね、半兵衛! この跳ねっ返りのイノシシが暴れんよう、しかと見張っておけ!
どうしても言うことを聞かぬようなら──わしが腹の子にとびっきりの良い名をつけてやろうぞ」
「そ、それだけはどうかご容赦ください」
さて、ではそろそろ俺も行くとするか。
俺は小一郎様の命でお館様に和睦成立の速報を届け、そのまま戻るつもりだった。だが、お館様が移動中に細かい交渉の経緯を聞きたいと言われたので、ここまで同行してきたのだ。
「──新吉、どこへ行くつもりだ?」
櫓の階段を降りようとした俺に、お館様が声をかけてきた。
「は、そろそろ小一郎様に事の次第を伝えに戻ろうかと。
お館様がお聞きになりたいと言われていたことは、おおむねお伝えしましたので」
「ふむ、そうか。──あ、いや少し待て。
治部左衛門、小一郎への連絡を他の者に任せるのは可能か? もう少し新吉から聞いてみたいことがあるのだが」
「は、すぐに手配いたします」
え? 俺に聞きたいことって何だ?
俺の戸惑いを感じ取ってか、お館様が少し笑みを見せた。
「なに、他の者から聞いても良いのだがな、わしと初めて話す者は緊張でうまく話せないようだからのう。
おぬしもそろそろわしと話すのに慣れてきたようだしな。しばしつき合え」
まあ、そういうことなら仕方ないか。
──そういうわけで、俺もお館様と並んで馬上の人となり、今浜を発つこととなった。
お館様と話すのは別にかまわないのだが、周りの馬廻り衆の方々が警戒するようにこちらを遠巻きに見るのがちょっと煩わしいんだよなぁ。
「さて、新吉。忍びのことについて教えてもらいたい。
おぬしはなぜ忍びになったのだ? どのような修行をしてきたのだ?」
うーん、それを聞いてどうするのだろう。まあ、隠すようなことでもないからな。
俺は問われるままに話し始めた。自分が戦災孤児であり、首領にたまたま拾われたことや、幼いころから行ってきた修行の内容など──。
お館様は長いあいだ興味深そうに耳を傾けていたが、やがて大きく息をつかれた。
「そうか、おぬしも苦労をしてきたのだな。
その場で野垂れ死ぬしかないような子たちをあちこちで集めて、忍びに育てていたということか」
俺が頷くと、お館様は馬を寄せ、少し声を潜めて聞いてきた。
「──それで、どのくらいが一人前に育ったのだ? その陰で何人ぐらいが死んだ?」
なるほど、聞きたかったのはそこか。金で雇った忍びはそこまでの話はしないだろうからなぁ。
「そうですね、一人前の忍びになるのは七・八人にひとり、ってとこでしょうか」
「──残りの者は死んだのか?」
「まあ、たいがいの忍びの里ではそうですね。俺も子供の頃は、誰それが死んだ、そうなりたくなければ死に物狂いで励めとよく言われてましたし」
お館様が浮かない様子で聞いておられるので、ちょっとおどけたような声で付け加えてみる。
「ただ、うちの首領はどうにもそういうのが出来ない性分でして。
俺も後で知ったのですが、修行についてこれなかった子供はこっそり連れ出し、寺や子供を欲しがっている夫婦に渡すなど、身を立てられるようにしてやってたんだとか。
そういう甘いところを他の首領たちに疎まれて、それで伊賀に居づらくなったらしいんですけどね」
「ふ、なるほど。そういうところがあるからこそ、小一郎と馬が合ったのかもしれんな」
ようやくお館様の表情が緩む。
「しかし、お館様。なぜそのようなことを気にされるのですか?」
「うむ、忍びがそのようにして後継者を集め、育ててきたことは予想しておった。しかし今の織田家では、浮浪児や戦災孤児のほとんどを保護しておるであろう?
まあ、しばらくは織田領の外から孤児たちを集めて来ることも出来ようが、いずれ天下を統一した後には、どこから忍びの後継者候補を集めてくるのだ?
言っておくが、たとえ幼子であってもわしの領民が死ぬようなことは認められんぞ」
それもそうか。俺たちはそれしか生き延びる途がなかったが、織田のまつりごとの下でそこまで追いつめられた孤児が出てくるか、というのは疑問だしな。
「──あ、でも太平の世になったなら、忍びの役割もなくなるのではないですか?」
「甘いな、新吉。太平の世でも、おのれだけがいい目を見たいと良からぬことを考えるものは、必ず出てくる。家臣同士の権力闘争や派閥争いも起こるだろうしな。
むろん、切支丹や寺社の動向も警戒せねばならん。
──人の世が続く限り、残念ながら諍いの種が消えることなどない。忍びの仕事も尽きることなどないのだ」
「うーん。忍びは絶対必要なのに、成り手が集まらない。──それなら、待遇を改善するしかないんじゃないでしょうか」
「──ほう?」
お館様の眉が愉快そうに跳ね上がった。
「小一郎様が我らを召し抱えるときに、こんなことを言われたそうです。『人に出来ない仕事が出来る者には、人よりいい待遇を与えるのが当たり前』だと。
忍びが決して下賤な仕事ではなく、高度な能力を必要とする難しい仕事なのだと認められ、適正な報酬や立場も与えられるということであれば、育児院の子供の中から志願者を募ることもできると思うのです。
俺たちは何も富貴を求めているのではありません。俺たちが欲しいのは正当な評価です。わずかばかりの名誉と、そして人の役に立った、喜んでもらえたという実感なのです」
「なるほど。なら、あの『御製』はさぞや嬉しかったであろうな」
「ええ、それはもう。里中の皆が号泣して、何人かの年寄りはそのまま逝きかけましたから」
俺が冗談めかして答えると、お館様も満足げに頷かれた。
「忍びを高度に専門的な仕事だと位置づけるのであれば、きちんとした養成機関を作ることも考えねばならんな。子供たちが死なぬような基準や、脱落したものへの手当も含めて、な。
すぐにとはいかんが、長期計画で考えてみることとしよう」
「はい。それがよろしいかと。
──あ、それと、お館様が忍びの将来のあり方まで考えているというのは、あるいは伊賀調略の説得材料にもなるかもしれません」
「ふむ、相わかった。
──新吉、話は終わりだ。小一郎のところへ先行してかまわんぞ。
わしは妙覚寺に入って十兵衛を呼び寄せる。小一郎にも妙覚寺まで来るよう伝えよ」
「はっ」
俺が頭を下げて馬の歩みを早めようとすると、お館様が周りの方にも聞こえるように大きな声で呼びかけて下さった。
「原田新吉! 実に有意義な話であった、褒めてつかわす! ──大儀!」
「はっ、有難きお言葉!」
過分なお褒めの言葉に、ちょっと俺を蔑むように見ていた兵たちが驚きで目を丸くする。
──そうです、お館様。俺たちが求めているのは、まさにそれなんですよ。
法華宗の本山のひとつ、妙覚寺──。
かつては前の公方様の御座所にも使われたという、とても大きな寺だ。都の中心部、二条城の東隣にあたり、北東のごく近いところには御所がある。
京でまつりごとをするのにこれほど便利なところはない。実際、お館様が京に滞在される時はここに逗留されることが多いそうだ。
その中の講堂の一室で、お館様が明智殿の到着を静かに待たれていた。そして俺は、お館様から直々に小姓に扮して太刀持ちをせよと言われて、何とお館様のすぐ後ろにいるのだ。
まあ、普通の小姓よりははるかに腕も立つし、確かに警護の面ではありだとは思うのだが──いいのかなぁこれ。頭の固い重臣方が見たら卒倒するんじゃないか?
『──お館様。明智十兵衛様、並びに家臣一名、参られました』
「うむ。通せ」
しばらくして、明智殿が到着した。後ろに従っているのは──今浜で見たことがある。たしか家老の斎藤内蔵助(利三)殿だ。
明智殿は表情の読めない平然とした顔つきだが、斎藤殿の顔にはかすかに苛立ちや焦り、迷惑そうな色が見える。あ、これは本願寺攻めに兵を出すよう命ぜられると予想しているな。せっかく羽柴の動きに乗じて若狭を獲る好機なのに迷惑な、とでもいうところか。
「明智十兵衛、お召しによりまかり越しました。お館様におかれましてはご機嫌麗しく、また──」
明智殿がすらすらと挨拶の口上を述べている間に、お館様にだけ聞こえるようにささやく。
「こちらの意図には気づいていないようです」
それにかすかに頷き、お館様が口を開かれた。
「さて、十兵衛。叡山の管理、うまくいっているようだな。大儀である」
「はっ、あり難きお言葉。
──ところでお館様、御自らのご出馬とはいささか驚きましたぞ。これは、いよいよ本願寺攻めを本格化させるという御所存で──?」
「いや、本願寺とは和睦が成立した。ほぼ降伏させたと言ってもよかろう」
「──おお、それはめでたい。祝着至極に存じます」
相変わらず顔色ひとつ変えないが、後ろの斎藤殿は愕然としているのがはっきりとわかる。まあ、忍び以外になら無表情で通じるだろうけどな。
「うむ。叡山に引き続き、また小一郎が舌先でやってのけたわ。おぬしも舅として鼻が高かろう」
「はっ」
「それはいいのだが、本願寺でいささか困った問題が起きてのう。──小一郎、入れ」
隣の間で控えていた小一郎様が、布でくるまれた織田筒三丁を持って入ってきた。
そのままお館様と目配せをして、明智殿たちの前に織田筒を置く。
「本願寺がこれを所有しておりました。舅殿、見覚えは──?」
「むろん織田筒は見たこともありますが──小一郎殿、まさかこれを当家が本願寺に横流ししたとでも言いたいのですかな?」
明智殿がかすかに怒りのこもった低い声で尋ね、後ろで斎藤殿が憤怒の表情で立ち上がった。
「無礼な! 貴様、確たる証拠もなしにそのような疑いをかけるなど、断じて許さんぞ!」
「──それがの、証拠があるんじゃ」
そう言って、小一郎様が手早く三丁の織田筒の着火部分を分解し始める。その部品に刻まれた同じ印を見せると、さすがに斎藤殿も意味を察したのか、むっつりと押し黙ってしまった。
「どの家中に預けられた織田筒にも、それぞれ別の目印が密かに刻まれておる。残念ながら、これが明智家から盗まれたか、あるいは明智家が横流ししたものであることは疑う余地がないんじゃ」
斎藤殿が狼狽えるような目を向けるが、明智殿はしばらく身じろぎもせずに何かを考え込み、やがて口を開いた。
「これは──藤田の仕業ではないかと」
「藤田──藤田行政か⁉ まさか、明智家先代からの重臣ではないか、それがおぬしを裏切っただと──?」
お館様も役者だなぁ。とっくに知っているくせに。
「は、それがどうやら、羽柴家か小一郎殿に個人的な恨みか何かを抱えておったようでして。
羽柴家の小姓をかどわかそうとしたり、貴人護送中の小一郎殿に襲い掛かったりしたのだとか──。
家臣の不明は主君である私自身の不明。小一郎殿、藤田の不埒な行状、私が代わって深くおわび申し上げます」
明智殿が両手をついて、小一郎様に深く頭を下げる。
「──なら、わしが先日、藤田殿にとった処分についても、明智家は異存はないということでよろしいのですな?」
「無論です。藤田の勝手な振舞いが元凶であるのに、どうしてそれがしが文句など言えましょう」
殊勝に答えているようにしか見えないあたり、明智殿も相当にしたたかだな。
「うーん。しかし、まことにわしや羽柴家だけが狙いだったのかのう?
実は藤田殿が、三介様や三七様に伊賀侵攻を唆しとったこともわかっとる。証人もおるからな」
「な、何ですと⁉ 藤田がそんな大それたことを──」
「それに、織田筒の横流しのこともある。となると、藤田殿の狙いはわしらではなく、織田家に仇なすことだったのではないかとも思えるんじゃがなぁ」
「さて、そればかりはわかりかねますな。まさか本人に真意を尋ねるわけにも参りませんので」
これは、はっきりと挑発する口調だ。自分を疑っているのは先刻承知だが証拠などあるまい、出せるものなら出してみろということなのだろう。
しばらくおふたりの静かな睨み合いが続いていたが、割って入るようにお館様が言葉を発した。
「もう良い。十兵衛、あくまで藤田が勝手にやったことで、自分は与り知らぬということなのだな?」
「はっ」
「しかし、家臣のしでかしたことに関しては、おぬしにも監督責任はあろう。また、織田筒の管理が行き届いていなかったこともな。相応の罰は受けてもらわねばならんぞ」
「無論です。如何様な沙汰もお受けいたします」
「うむ。当面は謹慎だ。それと、詫び状を一筆書いてもらう」
お館様の合図で俺が硯と紙を持っていくと、明智殿は躊躇うことなくすらすらと筆を走らせた。横合いから少し覗いてみたが──うわ、よくもまあ、股肱の臣のことをそこまで悪しざまに書けるよなぁ。鬼かあんたは。
やがて明智殿が筆を置いたので、その書いた紙を受け取ってお館様に渡す。
「うむ、よかろう。
改めて──明智十兵衛、管理・監督不行き届きにつき謹慎申しつける。坂本城に戻り、しばし大人しくしておれ。預けてある織田筒は、全て引き上げさせてもらう。異論はないな?」
「はっ。寛大なご処置、感謝いたしまする」
「なに、まことにおぬしが関与しておらんということなら、謹慎などすぐに解いてやろう。
──まことならば、な」
急に声色を変えたお館様に、明智殿たちが訝しげな表情を浮かべた。
お館様が明智殿の詫び状を忌々しげに小一郎様に渡し、小一郎様がざっと目を通して語り掛ける。
「──なあ、舅殿。藤田殿を『トカゲの尻尾切り』にして上手く片が付いたと思っておろうがな、切られた側にも心というものがある。
この詫び状の文言を見て、それでもなお『尻尾殿』が舅殿への忠義を貫き、罪を被ろうとするものか──確かめてみようかの」
「……さて、いったい何を言っているのやら──」
「藤田殿は生きておるぞ」
「なっ──!?」
後ろの斎藤殿があからさまに動揺するが、明智殿は涼しい顔をみじんも崩さない。
「──ああ、なるほど。そういえば確かに、使いの方も言葉を濁して、斬ったとまでは口にしていませんでしたね」
思ったほど明智殿に動揺が見られないのに苛立ったのか、小一郎様が少し語気を強めて詰め寄る。
「それと、本願寺から旗振り通信を利用した合図の書状が見つかった。あれも舅殿の策ではないのですかな?」
「──はて?」
「謀反の一斉蜂起の合図と見ておりますが、わざと旗を振らせてみたら誰がそれに呼応しますかな?
大和の松永(久秀)か、あるいは摂津の荒木(村重)あたりか──。
わざと謀反を起こさせて叩き潰し、そやつらから首謀者の名を聞き出してもいいんじゃがな?」
「──なるほど。こたびの出陣は本願寺ではなく、私や謀反人に向けられたものでしたか。
すでに備えは万全ということなのですな」
ううむ、わからん。ここまで追いつめられての明智殿のこの余裕は、いったいどういうことなんだ?
お館様も眉をひそめて、そのやり取りを見ておられる。
「──十兵衛、なんぞ申し開きはないのか? 藤田の証言次第では、謹慎どころではすまんのだぞ?」
「おふたりが私をお疑いとあらば、ここで何かを申しても信じてはいただけますまい。
坂本に戻ってただひたすら身を慎み、大人しく後の沙汰をお待ちいたします」
殊勝とも慇懃ともとれるその様子に、お館様が苛立ったように扇子でご自分の膝を叩かれた。
「十兵衛、坂本までは又左(前田利家)に護送させ、そのまま警護にあたらせる。あやつはうつけだが律義者だ。そう簡単に丸め込めるなどと思うなよ」
「は。──恐れ入りましてございます」
どういうことなんだ、これは。訝しげな表情をした小一郎様と目が合う。
明智殿のこの不遜な態度。──藤田殿が自分に不利な証言など絶対にしないと確信しているのか、不利な証言があっても切り抜けるだけの自信があるのか、それとも──。
このくらいのことでは阻止できないほどの、別の大きな企てが進行しているということなのだろうか。




