97.手探りの会話
「えっと……」
俺は困った。
困って、視線をさまよわせた。
その場には俺と、巨大な球体しかなかった。
助けを求めても誰も何もしてくれそうにない、そんな状況だった。
「わっ!」
思わず声を上げてしまった。
巨大な球体がすこし近づいてきたのだ。
速度で言えばまったく大した事はない、人が歩くよりもちょっと遅いくらいで、球体の大きさからしたら「そろり」と移動したに過ぎないが、それでもサイズがサイズだ。
俺にはまるで、壁そのものが迫ってきた、それくらいの圧迫感を感じた。
「ちょ、ちょっとちょっと! ストップストップ! それはちょっと怖いよ」
手をつきだして、球体を止めた。
球体はピタッと止まった。
「あっ、言葉が通じるの……? って、あれ?」
ふと、気づいた。
球体は止まっただけじゃなかった。
なんというか、色合いが少し「暗く」なったような気がした。
「気のせい? ううん、ちがう。えっと……」
少し考えて、「もしかして」を前提に探るように言ってみた。
「落ち込まないで。怖いって言ったのは大きいからだよ。悪気があったわけじゃ無いんだ」
いうと、球体の色が少し明るくなった気がした。
やっぱり言葉は通じてる? そして「もしかして」も当ってるみたいだった。
信じがたいけど、俺が「怖い」って言ったもんだから落ち込んでしまった……そんな感じだった。
「ねえ、もうちょっと小さくならないの? そうならちょっと嬉しいかな」
試しにそう言ってみた。
言った直後に変化はなかったから、だめかあ、って思ったけど。
「わっ」
一呼吸遅れて、球体は縮みだした。
グググッ、って感じで小さくなりだした。
やがて半分に――それでも人間より一回りは大きいけど、さっきの半分くらいになってかなり小さくなった。
「わあ、ありがとう。それなら全然大丈夫です」
こういうと、また少し球体の色が明るくなった。
もう、間違いない。
言葉は通じてるんだと、俺は確信したのだった。
☆
屋敷の中に移動した。
貴族の屋敷は前世にすんでいた村の家とは違って、何もかも大きく作られている。
ドアも玄関も部屋も、ありとあらゆる物が大きく作られている。
だから人間よりも一回り大きい球体でも、問題なく屋敷の中に入れて、一緒にリビングまで移動する事ができた。
俺はソファーに座った、球体はテーブルを挟んで向かいに鎮座した。
メイドの一人がお茶を持ってきたけど、球体をみてめちゃくちゃに困惑していた。
「ありがとう、ここはいいから、二人っきりにさせてくれる?」
「は、はい。かしこまりました」
メイドは困惑したまま、俺と球体を置いてリビングから出て行った。
そしてリビングの中は俺と球体の二人っきりになった。
「二人……っていっていいものなんだろうか」
俺もまた、同じように困惑したままつぶやいた。
言葉が通じるのは分かった。
それは分かったけど、見た目がこうだから、人間じゃないよなとおもった。
「えっと……君は、ニュクス、でいいの?」
探り探りの会話になった。
現われた瞬間、直感でそうなんじゃないかって思ったけど、当然返事もされてないし、なにか証拠があったわけでもない。
だから、言葉が通じるって分かって、改めて聞いてみたんだけど。
「色が……ちかちかだ、それじゃわからないよ」
俺は微苦笑した。
こっちの言葉、質問に対して何か反応してくれた、返事をしてくれたのははっきり分かるんだけど、その内容が分からなかった。
さっきははっきりと「暗く」なったし、会話の流れもあったから落ち込んだんだろうなと推測出来たけど、このチカチカじゃどういう返事をしてるのか分からない。
――が。
「また暗く――ああ、落ち込まないで! えっと、ちょっと待ってね」
球体はまた暗くなった。
慌てて手をつきだしてそうなるのを制止して、考える。
これもちょっとは分かった。
俺が「それじゃ分からない」っていったからまた落ち込んだ。
やっぱりこっちの言葉は伝わってるんだ。
あとはどうにかして、向こうの意思表示をこっちが読み取れたらな――とおもって、あれこれ考えた。
「えっとね、無理しないでほしいんだけど」
俺はそう前置きした。
この球体が本当にニュクス――夜の太陽なら、まあ病み上がりということになる。
病み上がりの相手に無理はしてほしくないから、そう前置きした。
「ちょっとだけ、おおきくなったり小さくなったりって出来る? その大きさから――そうだね、このテーブルの幅よりちょっと大きくなるくらいで」
いうと、球体は大きくなった。
俺のオーダー通り、二人の間にあるローテーブルよりちょっと大きくなった。
「おお。逆にテーブルより小さくなるのは?」
これまたオーダー通り、テーブルの幅より小さくなった。
「うん! これならいけるそう」
俺はちょっと嬉しくなった、そしてホッとした。
「今から僕の質問に、はいかいいえでこたえて。はいならテーブルよりちょっと大きくなって、いいえならちょっと小さく――それでいけそうならはいを」
いった瞬間のできごとだった。
それまではゆっくりと、テーブルの横幅を基準に大きくなったり小さくなったりしてたんだけど、この質問をした瞬間に「パッ!」ってな感じの勢いでテーブルよりおおきくなった。
はいだった。
「わあ! つまり僕の言葉も分かってたんだね――あっ、はいとかいいえとかがつづく時は一回テーブルと同じくらいにもどしてからの方がわかりやすいかな」
更にオーダーをする。
球体はぱっとテーブルの横幅通りに縮んで、すぐにまたパッと大きくなった。
俺はよしっ、とガッツポーズした。
はいかいいえ。
これが出来るのならかなりの会話が出来る。
はいといいえという形だから、俺はいろいろと質問をぶつけてみた。
「君は空にいた――あれ、だよね」
――はい
「普段は人間には見えない方だよね」
ーーはい
「つまりニュクス――えっと、まず人間がニュクスってよんでることは知ってる?」
――いいえ
「それはしらないんだね。人間が勝手に呼んでたってことか……えっと、体はもう大丈夫?」
――はい!
「うわっ、ちょっと大きいよ。いまのってたぶん、その大きさと勢い的に、語尾に『!』がついてる感じかな。どうかな」
――はい
ふむふむ、って感じで俺は頷いた。
会話が成立した、それだけじゃなくて、向こうの感情が大きくなったときのサイズや勢いで、微妙に違うのも分かった。
見た目は球体で、人間からは程遠い存在だけど、人間とは変わらない位の感情の機微がありそうな、そんな印象をうけた。
「僕の所にきたのはどうして――って、これははい・いいえだけじゃ難しいから応えなくていいよ」
いってから、俺は苦笑いして質問を取り消した。
ちゃんと会話が出来る様にはなったけど、やっぱりはいといいえだけじゃ限界がある。
「……なにか持ったり動かしたりって出来る?」
――……いいえ
「間があったから考えてダメだった、ってことかな」
――はい
なるほどな、と思った。
もし何か持てたり物体を移動させたりする事ができるのなら、文字を書いてもらえればいい
「文字表を用意して移動してもらえばいいけど……もじって多いからね……」
国によってはつかってる文字が少ない所もある。
全部26個とか、50個しかない所もある。
そういう国でだったら、というか俺がそれをわかるのなら、その文字の一覧を全部書き出して、時間はかかるけど文字の上に移動してもらう――とかで言葉でやり取りが可能になる。
残念だけど、それをするにはこの国の公用語で、俺が覚えてる言葉はつかってる文字が多すぎる。
もっと何かないかな――って考えていると。
「やっほー、遊びにきたよー――って、何これ」
ハイテンションな空気を纏いながら現われたのはオノドリムだった。
大地の精霊である彼女は、俺が陸上にいるかぎり、どこにいても居場所がすぐに分かってぱっと飛んでこれる。
今みたいになんの予兆もなしに訪ねてくることも珍しくない。
それはそれで普段はいやじゃないが、今はニュクスの事で相手してる余裕がなかった。
「どこから拾ってきたの? それとも君がつくった?」
「あはは、どっちでもないよ。ちょっとね」
「なんか……困ってる?」
「ちょっとだけ」
「あたしに手伝えることはない? 君のためならなんでもするよ?」
「ありがとう、今はまだ大丈夫かな。思いついたらおねがいね」
「うん! なんでも言って」
オノドリムは天真爛漫な感じでいった。
陽気だが、押しつけがましくならないのは彼女の一番の魅力なんだと俺は思っている。
その性格もあって、俺はかなり彼女に助けられてきた――。
「あっ」
「どうしたの?」
「えっと、ちょっとこっち先にさせて。ねえ君、君は自分の体をどこまで変えられる? たとえば――体に『○』って作る事は?」
俺の質問に、はいかいいえでの返事はこなかった。
代わりに十秒くらい待ってから、ニュクスは自分の体――球体の中央に注文通りの「○」をつくった。
「わあ、これなら! ありがとうオノドリム」
「え? ええ? あたしなんかした?」
俺は興奮し、オノドリムの手を取った。
彼女はいまいち事態を飲み込めず、でも俺に感謝されて悪い気はしない、な顔をするのだった。




