32.風が吹いて桶屋が儲かる
「ふむ、そうなると……」
じいさんは顎に手を当てて、思案顔をした。
ものすごく真剣に何かを考え込んでいる。
表情は真剣そのもので、普通なら良いことなんだけど……なんとなくちょっと悪い予感がした。
なんというか……いつものが来そうな、そんな感じのじいさんの顔だ。
俺はおそるおそる、と声を掛けてみた。
「ねえ、何を考えてるのおじい様?」
「うむ? そういうことなら、海の近くに別荘を構えておくべきじゃな、と思ってのう」
「別荘?」
「そうじゃ、マテオがいつか海で活躍する時、それを一番近くから見ていられるようにな」
「えっと……」
「ほれ、大地の精霊の時も、わしが学園を建てたから、精霊をものにしたマテオを近くから見ていられたじゃろ? あれと同じことよ」
「う、うん」
戸惑いつつも、なるほどそういうことか、と納得はした。
じいさんらしい、とてもじいさんらしい話だ。
人は自分の成功体験から同じことを繰り返す。
オノドリムの一件はまさにじいさんの言う通りで、学園を建てる発起人だからこそ、オノドリムと俺の事を間近で見られた。
それと同じことを「海」でもする。
じいさんの立場に立ってみれば当たり前の事だ。
「よし、早速手配してくるのじゃ。またなのじゃマテオ」
じいさんは風の如く去って行った。
老齢なのにもかかわらずまるで嵐の様な人だ。
「えっと……ほうって、おくか……」
俺は苦笑いした。
じいさんが別荘を用意することを止める理由も立場もない。
普通の庶民だって、孫が生まれれば、その孫が来やすいように軽く家の中をリフォームしたりするもんだ。
煙草を吸うじいさんだったら壁紙を変えたり、煙草をやめたり、風呂場とか水回りを一新したり。
それを考えたら、大公爵のじいさんが別荘の一つや二つを増やすなんて話、止める理由も立場もない。
「新しい別荘かぁ。そういえばこの屋敷もだいぶ古いな」
新しい別荘を構えればじいさんは俺に見せる為に連れてってくれるだろう。
じいさんの別荘だとしても、新しい建物はそれだけでワクワクしてくるもんだ。
☆
次の日、何も予定がないから朝から本を読んでいると、ノックをしてパーラーメイドが書庫に入ってきた。
「お忙しいところすみません。ご主人様をたずねてこられた方がいらっしゃいますが、如何いたしましょう」
「客? 何者なの?」
「街の商業組合長と名乗っておられました」
「商業組合長?」
驚いて、本を手元に置いた。
その役職が言葉通りなら、この街の商人達のトップ、リーダーって事になる。
そんな人がなんで俺に?
「えっと、わかった。丁重におもてなしして。あと僕の身支度のために何人か」
「承知致しました」
パーラーメイドは腰を折って、書庫から出て行った。
しばらく待って、朝の身支度をするハウスメイドが二人やって来て、俺の身支度を調えてくれた。
さすがに初めて会うし大分偉い相手だ、失礼のないようにと身支度を調えた。
それをしてから、応接間に向かった。
中に入ると、一人の中年が立ったまま俺を待っていた。
「お初にお目にかかります。わたくし、ヤン・ゲーニッツと申します」
「えっと、マテオ・ローレンス・ロックウェルって言います」
「お目にかかれて光栄です」
「えっと、どうぞ座って下さい」
向こうがものすごく下手にでて、恭しくしてきた。
それで戸惑う俺は、とりあえずお互いに座るように提案した。
ソファーで向かい合って座ると。
「えっと、ゲーニッツさん。僕に何か用なの?」
「本日は、マテオ様にご提案にあがりました」
「提案?」
「こちらとなります」
ヤンは俺達の間のテーブルに、何枚もの紙を広げた。
身を乗り出して紙を見る。
それは、いくつかの建物の見取り図だった。
「これは?」
「当商業組合からの、屋敷のリフォーム案となります」
「リフォーム?」
「こちらは新築の場合と、その期間の代替の屋敷の概要となります」
「待って待って、どういう事なの? リフォームってなんの話?」
「このお屋敷の事でございます」
「この屋敷? 僕、リフォームするなんて言ってないよ?」
ちょっと驚いた。
営業? 売り込み?
どっちにしろ、そんなのは今は必要ない。
「もちろん、いずれの場合も、代金は全て当組合が負担致します」
「え?」
それって……ただでやってくれるって事?
「ど、どうして?」
「ですので、どうか!」
ガバッ! って感じで、ヤンは図面を広げているテーブルに手をついて、頭を下げた。
「お引っ越しを、どうか考え直していただけませんか?」
「引っ越し? なんの話なの?」
「申し訳ありません、情報源は明かせませんが、マテオ様が海を気になさって、この屋敷が古くなったから次は海に、というのを小耳に挟んだ物で」
ヤンは申し訳なさそうに言った。
……。
おおう。
いくつかの情報が入り乱れて間違って伝わってるな、これ。
次は海に、ってのは俺の冗談だ。
海に別荘を、というのはじいさんが言ってた。
この屋敷が古くなった、のは確かに俺は言ったけど別にどうにかするつもりはない。
それが、多分メイド達の誰かが世間話とかそういう感じで漏れて、伝言ゲームばりにおかしく伝わったんだろうな。
それはわかった、推察がついた。
ついた、が。
「それがどうして、ゲーニッツさん達が建て替えてくれるという話になるの?」
「マテオ様の元に、やんごとなきお方がお二人、定期的に通われております」
やんごとなきお方が二人……じいさんと皇帝か。
うん、そうだろうな。
じいさんはともかく、皇帝が通ってるから、ヤンは明言を避けたんだ。
避けたからこそ、皇帝の事なんだと確信する。
「そのおかげで、この街と近隣の街道が、他よりも圧倒的に整備されております」
「……ああ」
多分皇帝か、じいさんか、あるいは二人ともか。
俺に会いに来たいから、スムーズにするために街道を整備させたんだな。
「その恩恵を、この街の商人達はみな受けております。既に目に見えて経費減、売上げ増している者が七割、今後の事を考えれば全員がその恩恵にあずかれるかと」
「それってどういう事? 恩恵って?」
ちょっとよく分からなかった。
ヤンは顔を上げた。
「道が整備されれば、商品は早く届きますし、輸送中で不良品になることもかなり減ります」
「あっ、そっか」
そりゃそうだよな。
商品が早く届く、輸送中に壊れたりするのがなくなる。
うん、それだけでかなり儲けが増えるな。
「更に言えば」
「まだ有るの?」
「今後も街道を定期的に修繕していけば、その分職人や人夫が潤います。この類の事業は、在地の職人を使うのが当たり前ですから」
「なるほど、うんそうだね、仕事があればそれだけでお金が回るもんね」
「おお、噂に違わぬ理解力! さすがでございます」
ヤンは明るい表情でいった。
「さようでございます。ですので、移住は……マテオ様のご移住を、是非! 再考していただければ!」
お願いします!! って勢いで頭を下げてきたヤン。
……ああっ、そうか。
俺が此処から離れると、皇帝かじいさんがやってた街道の整備がなくなるって思ったんだ。
だから、俺に此処に残っててくれと。
そのためには屋敷のリフォームも新築もやってくれると。
そういうことだったのか。
やっと話を理解した。
「……うん、そうだね。お願いしようかな」
「おおっ! ありがとうございます!」
「ううん、僕は真似をしただけだよ」
「真似、でございますか?」
喜んでいたヤンが不思議そうに首をかしげた。
「うん。この屋敷を建て直したりリフォームしたりすれば、その分職人とか大工さんとかが儲かるもんね。仕事が回るのはいいことだから」
「……おおっ! 聞きしに勝る聡明さ! さすがでございます!」
ヤンはものすごく感動した風になった。
「承知致しました! マテオ様の屋敷には、全てこの街の職人を使うことをお約束します」
「うん、お願い」
皇帝とじいさんの俺に向ける溺愛で、俺は何もしてないけど、街の人に仕事が増えて、いい感じにみんなハッピー状態になったのだった。
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