15.ノブレスオブリージュ
朝、いつものように自分の寝室で目覚めた。
ベッドから降りると、待ってました、とばかりにメイドが二人すぅと入ってきて、俺の着替えを手伝ってくれた。
立ったまま、メイド達に着替えをさせられる。
パジャマから日常着に着替えて、その間に寝癖も直されて、目やにもとってもらった。
あれよあれよのうちに、俺は何もしなくても身支度が調っていく。
一通り終わった頃には、丁度俺も眠気が抜けて、完全に覚醒した。
「ご苦労様」
「「はい!!」」
「ん?」
俺はメイド達を振り向いた。
俺のねぎらいの言葉に返事をするメイドの二人。
なんだか、いつもと違う感じがした。
まっすぐと俺を見つめてくる二人、うん、やっぱりいつもと違う。
なんというか……俺を見ている、って感じだ。
「……朝ご飯はできてるかな」
「ご用意しております」
「うん、分かった」
俺は部屋を出て、いつものように食堂に向かった。
「んん?」
食堂に向かう道中も、なんだかおかしかった。
廊下ですれ違ったりするメイド達、決まってちらちら見てくる。
俺は立ち止まって、窓ガラスを鏡代わりにしながら、顔をべたべた触って確認する。
うん、やっぱり普通だ。
なにかついてたりとか、服が変だったりとか、顔が昨日と変わったりとか。
そういうのは一切ない。
でも、見られる。
見られている。
勘違いじゃない。
昨日までは、メイド達が良くも悪くも「仕事」だった。
じいさんが俺の世話をするために選んだメイド達だ。
仕事はちゃんとしてるけど、あくまで「公爵のお孫さん」として事務的に接してた。
それが、感情が入ってきた。
「どういう事なんだろう……」
不思議に思いつつ、ふたたび歩き出して、食堂に向かう。
結局、食堂に着いてもキッチンメイド達は同じように仕事の傍ら俺を見つめてくるが、理由は分からずじまいだった。
☆
「カカカ、ウォルフのヤツ、眼をこんな風にして、しまいには『馬鹿な……馬鹿な……』と連呼しておったわ」
昼過ぎ。
リビングで尋ねてきたじいさんから、昨日早速行ってきた自慢の話を聞いた。
じいさんはいつものように大喜びでそれを俺に話した。
「悔しがってはなかったんだ」
「それすら突き抜けたのじゃよ、マテオの復活させた古代魔法というものは」
「でも、信じてくれたの? 自分で言うのもなんだけど、それくらいの事は実際に自分の目で見ないとなかなか信じられないものなんじゃないのかな」
「ヤツは一度マテオの事を見ておるし、わしらは互いの孫の事では嘘はつかぬ」
「そっか、そうなんだ」
じいさんがさりげなくいったそれ。
孫のことで嘘はつかない。
それはたぶん、二人が実行してて、そして相手を信頼している事。
素晴らしい事だなと思った。
自慢の話が終わって、今度は俺が、昨日じいさんが帰った後の事を話した。
「メイドが油をかぶって大やけどしてたから、古代魔法で治したんだ」
「おお、さすがマテオじゃ。うむ、マテオなら将来いい貴族になりそうじゃ」
「いい貴族?」
俺は小首を傾げた。
今の話、「いい人」って言うのなら問題なく分かるけど、「いい貴族」っていうのはちょっとどういう事なのか分からない。
「良き貴族というのはのう、自分が持つ物を下々に施し、分け与えてやることができる者の事を指すのじゃ」
「あ、ノブレスオブリージュ」
「そうじゃ」
今まで言葉だけ知っていて、あまり実感はできてなかった言葉。
「自分が持つ物を自分の享楽だけに使うのは二流、その辺の成金と同じじゃ。じゃから、古代魔法を惜しげもなく使ってやれるマテオは、きっと良き貴族になれよう。わしが保証する」
じいさんは誇らしげに言った。
俺のしたことを、心の底から褒めているって顔だ。
昨日は、あのまま放っておいたら死んでしまうかもしれないから、普通に人として助けただけだけど、なるほど、貴族として、か。
「ありがとうおじい様、勉強になったよ」
「うむ」
話の合間に、接客専門のパーラーメイドが入ってきた。
パーラーメイドは接客専門だから、メイドの中でもきれいめな子がなって、メイド服も見栄えのするちょっと違うものを着ている。
そのパーラーメイドの子が、俺とじいさんのお茶とか茶菓子を補充した。
そして――やっぱりだ。
彼女は昨日までと違って、ただ仕事としてしてるんじゃなく、何かしらの感情――ポジティブな感情を俺に向けてきている。
「ねえ」
「はい、何でしょうか」
「今朝から僕の事をみんなでずっと見てるけど、何かあったの?」
「そんなの決まっているのじゃ」
「え?」
メイドではなく、じいさんが代わりに答えた。
「わしにも感じる、使用人達がマテオに向けられる敬慕の念。皆、マテオの事を尊敬し始めたのじゃ」
「そんな――」
「大旦那様のおっしゃる通りでございます」
「え?」
否定しかけた俺、が、メイドがそれを肯定した。
「アンナの事は聞いてます。メイド一同感謝しております」
「あ、そうなんだ」
「マテオ様のような方に仕えられる事を、みな心の底から喜んでおります。大旦那様に選んで頂いたことも、心底感謝しております」
「うむ、それが分かればわしが選んでやったかいもあったという物じゃ」
俺は眼をみはった。
ちょっとだけ予想外だった。
まさかその程度の理由だったとは。
大やけどしたアンナをなおした。
それをメイド達全員が感謝して、俺を見直してくれた――ってことか。
「これからもずっと、マテオ様にお仕えできれば、と皆言ってます」
「そうなんだ……ねえ、おじい様」
「なんじゃ?」
「ほしいものがあるんだ」
「おお! マテオからおねだりとは珍しい。なんじゃいってみろ、マテオのためなら何だって手に入れてきてやるぞ」
じいさんは大興奮しながらそう言った。
俺への溺愛っぷりからして、本当に「なんでも」手に入れてきそうなのが怖い。
だがまあ、俺がおねだりしようとしてるのはそんな大それた物じゃない。
「この屋敷にいるメイド達を僕に頂戴」
「メイド達じゃと?」
「うん、今はだって、みんなおじい様のメイドで、おじい様の命令で僕のお世話をしてるんでしょ。そうじゃなくて、僕のメイドにして、って意味だよ」
「……ほう」
じいさんから「興奮」が消えた。
代わりに同じくらいの「感心」が顔に浮かび上がった。
「なるほど、それを『与える』のじゃな」
「うん」
俺は頷いた。
貴族って与えるものだって聞いたばかりだ。
そして、メイド達は俺につかえたがっている。
だったら、形だけでも、こうしてあげれば喜ぶんじゃないかって思った――。
「ありがとうございます!!」
パーラーメイドは跪いて頭を下げた。
ものすごい勢いで、感謝の気持ちを言葉で、全身で表した。
「一生涯! ご主人様に尽くします!」
「どうかなおじい様」
「マテオが良き貴族になるための事を、わしがとめる理由などどこにある」
じいさんは自分の使用人を呼んだ。
羊皮紙とペンをその場で用意して、さらさらさらと何かを書いて、最後に署名した。
そして、それを俺に渡す。
「ほれ、これでこの屋敷のメイドは全員マテオの持ち物じゃ」
「ありがとうございます!!」
「みんなに知らせてきて」
「はい!!」
パーラーメイドはリビングから飛び出していく。
ほとんどすぐに、大勢のメイドが押しかけてきた。
リビングには入ってこなくて、ドアを開けっぱなしで、廊下にびっしりつめかけた。
「「「ありがとうございます! ご主人様!!」」」
みんな、心の底から、感謝の気持ちを口にして。
「カカカ、また一つ、ヤツを悔しがらせるネタができたわい」
じいさんも、いつものように上機嫌で大笑いしたのだった。
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