圧倒
青い強化スーツの残光と黒い影が戦場でぶつかり合い、軌跡と火花がひらけた十字路のあちこちで舞った。
敵が何のヴィランなのか、変身している翔香たちにはわからない、はずだった。
「え……?」
一瞬で終わるはずと感じていた変身は永久のように感じられた。
光の柱の内側から、外側の世界で戦う飛彩に嫌でも視線が向いてしまう。
光に包まれた自分に少しずつアーマーが装着されていることを認識しながら、ヒーローを守らなければならないことを翔香、いやエレナたちもやっと自覚出来た。
「熱太先輩! これ、どういう……!」
「飛彩がそうしろと言ったからだ」
「な、なんで……!」
何よりも目を背けたかった誰かが傷つく光景。
翔香は固く目を閉じようとしたが、その瞬間にヴィランズが光の柱に叩きつけられる。
「きゃあっ!?」
守るべきはずの柱をあえて攻撃に利用する飛彩の戦闘スタイルは護利隊、ヒーロー本部の両方に激震を走らせる。翔香も腰を抜かす勢いだった。
「オラァ!」
柱にめり込んだヴィランの頭へと叩き込まれたかかと落としと共に、今度は地面へと抱擁させる。
「グッ、ガガグゥ……!」
「糞虫のくせに空飛べてよかったなぁ? いや、ぶっ飛ばされただけか?」
砂煙の中から現れたのは人型なのは間違いないが、普通の手足以外に身体から黒光りする四本の脚が伸びる虫のヴィランズだった。
それが『悪の蜘蛛』であることが即座に観測される。
「飛彩、聞こえるか? やつは蜘蛛型ヴィランズ、今までも何度も倒してきたランクHの雑魚だが……一人で戦った事例はない。気を付けろ」
ヘッドセットから聞こえる黒斗の忠告と同時に複眼が煌めくヴィランズの口から粘着質の糸が噴射された。
「油断?」
いつの間にか抜かれていたハンドガンは淀みなく蜘蛛ヴィランの頭部を襲い、粘着質の糸を蹴散らす。
吹き飛ぶ糸がヴィランの視界を奪い、流れるように飛彩は背後を奪い去った。
「俺がいつ油断すんだよ?」
左手に小太刀を携え、うじゃうじゃ生える脚の関節部を斬りつける。
刹那の内に叩き込まれた閃斬は、四本全てへほぼ同時に着撃したと言っても過言ではない速度だった。
「ガハ、キ、貴様ァァ!?」
その戦いぶりはまさに圧倒的。
ドローンカメラでその戦いが中継されることはないが、ヒーローの如き戦いぶりだと誰もが思うだろう。
「な、なんなの? あの強さ……?」
先陣を切って飛彩が戦っていることにより、ヴィランは光の柱を傷つけるどころか飛彩の攻撃を避けるので精一杯だった。
「私、蘭華ちゃんから聞いたんですけど……」
唯一レスキューワールドではないホリィが変身途中で通信を飛ばす。
ホリィはこの景色から目を背けていないという事実もまた翔香を驚かせた。
「護利隊の戦い方は遠くからの射撃が中心で、離れた位置から狙撃するのが定石だそうです」
つまり、飛彩のような危険な戦い方をするものはいないどころか、行えるものがいないという証左に他ならない。
「じゃあ、何? 隠雅はわざわざ一人で戦ってるわけ……? い、意味わかんないよ!」
事実、ヒーローの周囲に数人の射撃部隊が配備され始めたが、射線上で敵を殴打し続ける飛彩のせいで援護は出来ない。
飛彩が黒斗に手を回していたこともあり、他の隊員が進んで応戦することはなかった。
飛彩と封印されし左腕の正確な実力を計測する、というのも必要事項だったに違いない。
「おいおい。こんなんじゃ準備運動にもならないぜぇ?」
「ご。コンナ所デ死ぬワケニハ…!」
「そう言って命乞いする奴を見逃したことが一度でもあるか?」
鬼神の如き戦いぶりにヴィランズは恐れるような様子を見せ始める。
四肢以外の脚部を用いて素早く刺突攻撃に転じるが、飛彩は紙一重で避けつつ間接のような装甲の薄い場所に銃弾を撃ち込みつつ小太刀を突き刺していく。
どんどん遅くなっていく攻撃に飛彩は搦め手をやめ、敵の刺突を踏み台に上へと飛んだ。
「二分くらい寝ててくれよ」
『注入!』
右足に注入された濃縮展開剤がスーツの青いエネルギーをより発光させた。
そのまま飛彩は全身を捻り、しなる右足を鎌のようにヴィランの首へと叩きつける
鎧ごと何かを砕く鈍い音が戦場に響いた。
「ヒーローが手出しする前に倒してどうする……」
あらぬ方向に首を曲げたヴィランは足取りをふらつかせながら地面へと吸い込まれた。
「オ、ォデハ……生キタイダケナノニ……!?」
「あ?」
悲壮な声を漏らすヴィランに疑問を浮かべていると、その背後に次元の裂け目が現れた。
蜘蛛のヴィランが現れた時とは別の裂け目からは滝のように異世の展開が漏れ出してくる。
「ちっ、逃すかよ!」





