休日もヒーローを守ろう
翌日。世間は休日だが、ヒーローや護利隊にはそんなものは存在しない。
「あ? あの新人に密着取材だぁ?」
不貞寝を続けていた飛彩を叩き起こしたのは黒斗からの電話だった。
「んなもん勝手にやらせときゃいいだろ?」
「そうはいかない……密着は誘導区域でも行われる」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声をあげてしまうのも無理はない。何せ護利隊はヒーロー本部でも一部の人間しか知らない、さらに言えば知られてはいけない秘密の組織なのだ。
ヒーローの戦いにテレビクルーが参戦し、カメラを向ける以上、護利隊の存在が明るみに浮かぶ可能性はゼロではないのだ。
「バレたらどうすんだよ!」
「バレないように守りきれ。それが今回のお前の任務だ」
一方的に要件だけを押し付けられ、飛彩は枕を壁へと投げつけた。信頼の裏返しかもしれないが、面倒ごとは大体飛彩と蘭華のところへやってくることが多い。
「人数は最低限。詳しくは本部で伝える。ということで今から来い」
「高校生に休日出勤強制すんじゃねぇ……地獄に落ちろクソが!」
と文句を言いつつも、急いで支度を始める飛彩。少しでもヒーローに近づけるかもしれない戦闘、功績を無視することは出来ないらしい。
「では十分でこい。午後から取材が始まるそうだからな」
「準備運動が全力疾走になるじゃねーかオイ!」
荷物をまとめ、気の抜けたジャージ姿のまま家から飛び出した飛彩は律儀に全力で走り抜けていくのであった。
「遅い、一分の遅刻だ」
「抜かせ」
司令室に飛び込んだ飛彩は軽く息を切らしつつも、余裕が感じられる態度でズカズカと歩み寄っていく。
「で、どうすんだ? 計画は?」
敏腕エージェント気取りの飛彩は応接用のソファにどかっと座り込んだ。
ため息を吐きながら司令の椅子から立ち上がった黒斗はタブレットPCを乱雑に投げつける。
よそ見をしながら受け取った飛彩は、ホリィの密着取材スケジュールを確認した。
「はぁ……インタビューや訓練撮影ねぇ。こんなの何が楽しいんだ? AVならとばすぞ?」
「ヒーローとヴィランの戦いが産む経済効果は凄まじい。放映権やらグッズ販売やら我々の考えが及ばないものもな」
下手な冗談を聞き流した黒斗はそのまま重要な事項だけ告げる。
「昼間行われる収録は後日行う特番用のもの……問題は夜の収録なんだ」
「おいおい。まさかヴィランとの戦いを生放送でもする気か?」
「……」
来客用の和菓子を勝手に食べ始めた飛彩は嘲るようにケラケラと笑っていた飛彩の顔色はみるみるうちに青くなっていく。
黙りこくって眼鏡の位置を直した黒斗の様子に食べていた饅頭を落としそうになる。
「黒斗、まさか……」
「そのまさかだ」
勢いよく立ち上がった飛彩はソファを蹴り飛ばし、荘厳な司令の机に両手を叩きつけた。
「ふざけてんのか!」
「仕方ないだろう。話したようにホリィ・センテイアは資産家の令嬢なんだ。メディアの注目度も高い。本部やスポンサーたちは新たな稼ぎ頭に押し上げるつもりなのだろう」
上層部の意向は理解できる。それはもちろん上層部の立場になって考えてみればの話だ。現場の黒斗や、さらに実働部隊として戦う飛彩からすればたまったものではない。
「じゃあ何か? ヒーローだけじゃなくテレビのクルーも守りながら戦えってのか!?」
「ああ。言ったように人数は最低限でだ」
次々と告げられる無理難題に飛彩はその場で頭を抱える。
「もちろんクルーやカメラには護利隊が映らないように細工を……」
「そういう話をしてるんじゃねぇ!」
怒りの根源は簡単な話だった。ヒーローの変身時間がとてもかかるというのに、上層部がただの一般人も一緒に守れると甘く考えている点にだ。
「戦場は遊び場じゃねぇんだぞ?」
「——遊び場くらい安全にするのがお前の仕事だ」
切れ長な瞳から発せられる厳しい視線を受けると、自分が間違ったことを言っているような気にさせられることが飛彩は嫌いだった。
どう足掻いても断れる話ではない事象に飛彩は文句をぶつけることを諦め、再び来客用のソファに座り込んだ。
「クソが……で? 何で今日ヴィランが来るって分かってんだよ?」
「すでに第三誘導区域に微弱な反応を検知している。おそらく午後七時くらいにヴィランが現れるだろう」
「あらかじめ潰しとくやつじゃねぇか……痛い目見ても知らねぇぜ?」
「痛い目を見ないようにするのが……」
「ああ、はいはい! 分かった分かった! 俺らの仕事だって言うんだろ!」
やりゃあいいんだろ、とこぼしながら戦闘時の計画に目を通し始める飛彩。
ますますヒーローに嫌悪感を抱きつつも、この無理難題を乗り越えれば転属の可能性が高まる、とプラス思考に自身を追い立てる。
「はぁ……こっちは死ぬ気で守る方法考えてるのに、あの女は優雅に収録中ってか? 本当にヒーローさんは羨ましいぜ」
ソファに深々と座り直した飛彩だったが、ブリーフィングは隊員の部屋でやれと蹴り出されてしまった。





