悪の賭
希望からの転落はより多くの涙を伝せた。それが周りへの警戒も溺れさせてしまうかのように。
「青いな。それが青春というものか?」
刹那のうちに飛彩の周りを取り囲む黒い領域。飛彩はこれを幾度となく味わってきた。
「世界展開!?」
小さな空間の裂け目を突き破るように現れた漆黒の鎧を纏う騎士。
人型のヴィランズは例外なく黒い鎧を纏っている。
まるで空間に穴が空いてしまったのでは、と錯覚するほどの闇が悠々と光を塗りつぶして現れた。
「ハイドアウターの情報通りに攻めるのは愚策か……強者の気配をいくつか感じるぞ」
何故、誘導区域外にヴィランが現れたのか、ハイドアウターのことを何故知っているのか、など疑問は尽きないが、飛彩は何も喋ることは出来なかった。
死んでも良いと思っていたが、この闇にだけは殺されたくない、と全身が叫んでいる。
「おっと、すまんな。領域を広げすぎた。人間には耐えきれんだろう」
収縮する世界展開は、現れたヴィランの周囲三十センチほどまで縮む。
あそこまで凝縮された展開に踏み込めば、闇の濁流に押し潰されて消えてしまうかもしれない。
「はっ……はっ……!?」
「さて、私は弱者と戯れる趣味はない。私は行かせてもらうよ」
自分を見限った世界に復讐する機会だ、行かせてしまえ、と飛彩の中の悪魔が囁いた。
しかし、その悪魔は一瞬にして殺された。返事よりも先に手が出る飛彩によって。
「オラァ!」
展開を持たない者が攻撃したところで、敵の展開に縛られる。
それを知らぬはずはないのだが、自棄になっていたこともあり、飛彩は暴走する。
「面白い! 無鉄砲な奴は久しぶりだ!」
すると、ヴィランの背後から円形のオーラがコイントスのように跳ねた。
一瞬気を取られはしたが、再度力を込め直し、世界展開の中へ拳を突っ込んでいく。
「賭けるぞ! 君の拳が弾かれる方に! 私は表を宣言する!」
天井につく寸前。
落ちてくる闇のコインは、空中で止まり、謎の壁画が描かれた面が二人に見える位置で止まった。
「表、だ」
「う、うおおぉぉっ!?」
その瞬間、飛彩は廊下の端まで吹き飛ばされた。
目にも留まらぬ勢いで壁に叩きつけられた飛彩は受け身をとるも、激痛に喘ぐ。
「良い賭けだった、弱者よ……必ず勝てるゲームだったがね」
足音を立てながらゆっくりと歩き出すヴィランは懐かしそうな様子で辺りを見渡す。
ところどころ黄金で縁取られた漆黒の鎧のせいで、飛彩の視界は黒へと染まっていった。
「あの日も、君のように歯向かってきた愚か者がいたな」
「あ、あの日……!?」
消え入りそうな意識をつなぎとめながら、飛彩はヴィランを睨む。
「ああ。子供を抱えて死んでいった愚かなヒーローを今でも覚えている」
身体は痛みを忘れ、倒れこむ飛彩に力を与えた。床を這いずりながら、ヴィランへと飛彩は少しずつ進んでいく。
「お前か……お前だったのか!」
世界から希望を摘み取った飛彩、そして手を下した張本人が再び同じ場所で相対している。
「まだ闘志があるのか。やはり勇猛さと愚かさは紙一重だよ」
これ以上は時間の無駄だと判断したヴィランは飛彩に見切りをつけ、廊下に大穴を開ける。
日差しが届くことはなく、光がヴィランを避けていった。
「弱者に構う時間はない。そこでゆっくりと死を待つがよい」
「待ちやがれ、クソヴィランが! テメェの、テメェのせいで俺たちは……!」
背を向けて、世界に飛び出そうとしていたヴィランは、急に振り向き飛彩を闇の領域で包む。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!?」
「弱者よ。私の名は悪の賭、ギャブラン……ヴィランという名称は嫌いなんだ」
濃すぎる展開能力が飛彩の視界を埋め尽くす。
何も見えない世界で、ギャブランの声だけが響き渡った。
恐怖が暗闇が飛彩を覆い尽くし、生きる意志をも黒く染めていく。
「では私は行くが……せっかくだ、賭けていこう」
グラウンドの上空まで飛んでいく闇のコインを置いて、ギャブランは飛んでいく。
「君が立ち上がるか、否か……私は裏にしておこう」
夜の闇に消えるギャブラン。
それと同時に飛彩を覆っていた展開も薄まっていく。





