諸刃の剣
展開に耐性のない飛彩は串刺しになるはずだった。
「うおおぉぉぉぉぉ!」
「えっ?」
殴りつけてからシームレスに兜を握りしめた飛彩は充血した双眸を怒りに歪ませ、背後へと突き出した。
ハイドアウターは声を上げる間も無く、自分の拳や足へ衝突する。
「今ならよぉーく分かるぜ。お前の考えていることもな」
鎧と鎧がぶつかり合う金属音が、明らかに今までとは異なる致命的なダメージを与えたことを伝える。
「ど、どうして……?」
ただの人間に一泡吹かされたハイドアウターの声は流石に震えていた。
蘭華は急いで通信を飛ばし、救護班の要請を急いでいた。
今の飛彩には、世界がゆっくりと見えている。高速戦闘を繰り広げる今も、だ。
ここで蘭華が心配した副作用とは、急激な回復による意識の鋭敏化、つまり思考力の上昇だ。
「黒斗司令官! 退却の許可を! カクリの転移能力で撤退させてください!」
「無理だ。ヒーローを捨て置く行為は許されていない」
「そんな! 私たちは捨て駒だって……」
少し間を置き、蘭華は現実を思い出した。
「そうね、そうでしたね。飛彩のおかげで生き残ってきて、そういうのずっと忘れてました」
黒斗は規律を重視する、そんなわかりきったことを忘れてしまうほど飛彩はヴィランを退けてきた。しかし、今回ばかりはメイが秘密裏に蘭華に通信を入れる。
「蘭華ちゃん! 飛彩、首に入れたの!?」
「そ、そうなんです! しかも、意識がある状態で……」
「くっ……やんちゃってレベルじゃ済まないわよ!」
インジェクターは飛彩に一時的な世界展開をもたらす力がある。
各部位に挿せば、それは必殺の一撃となるのだ。しかし、首の部分だけは違う。
自然治癒力を増加させる応急処置がメインの能力だ。だが、それには制約がある。
「意識がある状態で打てば、副作用が……それに抑えすぎちゃうじゃない」
通信機の向こうで歯噛みするメイは、飛彩がそれを狙っていたと理解した。
無茶するために新装備を開発したわけではないのに、と嘆いても何も変わらない。
焦燥感を出すメイに気づいた黒斗は何かを恐れるような様相に小さな疑問の芽を生やした。
そして黒き水のようなものに覆われていく試験場で、飛彩は水面を走るようにハイドアウターとの攻防を白熱させていた。
圧倒的に膂力や展開力で劣る飛彩だが、攻撃を引きつけ、躱し、ハイドアウターの他の部位へと攻撃をぶつける。
「んもうっ! どうなってんのよぉっ!」
「おいおい、攻撃が単調じゃねぇか?」
押していても震える声の飛彩は、明らかに身の丈を超える力を使っている証拠だった。
メイから、指示を無視してでも撤退しろと言われた蘭華は何とか割って入ろうとするが、一切の隙がない。ただの隊員には踏み込めない戦いになったと、蘭華は額に汗を浮かべる。
「ダメ……死んじゃう、死んじゃうよ飛彩!」
当の本人は、命を燃やし尽くさんと、ハイドアウターに果敢と攻め入る。ただ、依然としてハイドアウターの靄隠しの効果に苦しめられていた。





