惨刑場
嘘だ、ありえない。いろいろな感想が飛彩の中に流れ込んできたが、白昼夢のように優しく忍び寄ってくる刃に飛彩は震える。
そのまま飛彩は脱兎の如く駆け出した。今も切っ先が首を斬り落とそうとしていた感覚が拭えておらず、逃げ足に力がこもってしまう。ヒーローと己の違いの一つ目、圧倒的な実力差を嫌というほど体感させられていた。
「何考えてやがる……いつから世界展開してた?」
光の柱が出ないのか、など疑問は尽きないが殺気だけは本物だと肌に刺さってくる。
「そう逃げなくてもいいじゃないかぁ」
追ってくる声が通路に反響する。刑が飛彩のことを熟知しているように、飛彩もまた刑のことを熟知していた。
「惨刑場……そんなもん使ってどうする気だ!」
時間稼ぎにもならないわかりきった質問をぶつける飛彩。刑は乾いた笑い声を響かせながら、だんだんと距離を詰めていく。
「どうするって……」
締め切られたはずの通路で風を感じると同時に、耳元で邪念に満ちた言葉がささやかれる。
「殺すつもりだったんだよ」
言葉が聞こえてきた瞬間に、飛彩は爆ぜる勢いで地を蹴って窓の外へ転がっていく。
三十人近くを相手取っても一切息切れしなかった飛彩が肩で息をする状態という事実は、変身したヒーローと戦うことはヴィランと戦うことと等しいと告げている。
「僕の能力の本質は死滅だ。僕の攻撃を受けた部位は死滅する。覚えておいてくれる相手はいないんだよ。皆死んじゃうからね」
飛び出して正解だったと飛彩は独り言ちる。至近距離にしか使えない能力とはいえ、気絶した受験生に飛び火する可能性はゼロじゃない。
「だいたい変身した時はデケェ光の柱が立つんじゃねぇのか?」
「あれはヴィランズの世界展開を弾き飛ばすための前準備みたいなものさ。つまり敵の展開が小さければ光の柱も出ない」
その回答に一抹の疑問を覚えるが、どう逃げるか、が頭を席巻し思考がままならない。
「うーん。質問ばかり、時間稼ぎかな?」
離れたところで会話を続ける飛彩は、刑の言う通り、逃げるタイミングを見計らっていた。
「展開大きく張るとバレちゃうから、さっきみたいに殴りかかってきてくれない?」
「はっ、ふざけんじゃねぇ」
こちらの攻撃が届く範囲とは、すなわち相手が即死攻撃を叩き込める範囲内。
さらに変身して能力が格段に上がっている刑は、殺そうと思えば一瞬で距離を詰めて殺すことも可能だ。
「ここの人払いは済ませてある。監視カメラや、通信設備への細工もね」
「ご丁寧にどーも……けっ、推薦状が地獄への片道切符になっちまうじゃねーか」
通信用装備がない今、刑を振り切って助けを呼ぶことは不可能。生身で立ち向かうしか飛彩に残された方法はないのだ。
「んー、ていうか自分の力で推薦してもらったと思ってるの?」
全て仕組まれていたことと飛彩は悟る、推薦状も自分の手元に回ってきやすいように熱太に渡しただけだと、この時やっと気づいた。
「こうでもしなきゃただの高校生の君に、推薦状なんて来ないって」
わざとらしく笑う刑。挑発だが、それに構う余裕がないほどに焦っていた。せめてカクリと通信が取れれば、とガラでもなくたらればを考えてしまう。
「縋るなよ? 何かに頼るか、頼られるか……それが君の知りたがってる答えの一つだ」
「くっ……!?」
「もう一度訊くけど、君は本当にヒーローになれるのかい?」





