想像を超える悪意
その光景に刑も目を見開いた。間違いなく飛彩はただの人間。それなのに何故ここまで動けるのかを思案すると、一つの記憶へと辿り着いた。
数週間前、定期報告会の待ち時間で黒斗と刑の二人で話す機会があった時のことだった。
「飛彩くんの活躍はまさに八面六臂。彼ならヒーロー科に転属しても良いのでは?」
そんなことは欠片も思っていない刑だが、場を持たせるためのお世辞として護利隊の司令官にそう話しかけたのだ。対する黒斗は誇るわけでもなく、淡々と呟いた。
「あいつにあるのは度胸だけです。とてもじゃないがヒーローには向いてない」
「……よく分からないのですが?」
その質問は単純な疑問だった。
「あいつは武術も学業もてんで駄目です。出来損ないもいいところだ。だが、それは私たちの定規では、というところでしょう」
資料に目を通し、個人端末にどんどんと報告書をまとめていく黒斗は、顔色一つ変えずに淡々と話し続けた。
「度胸しかないと言いましたが、それは余計なリミッターがない、ということです。普通の人間なら躊躇する思考、動き、飛彩にはその躊躇がない」
にわかに信じがたい話ということもあり、この時の刑には想像がついていなかった。
そして、今一度目の当たりにした時に刑は全てを理解した。
「君は、やりたいと思った動きが出来るのか……」
常人離れした戦闘センス。刑は、今まで個人領域のみでヴィランズを圧倒してきた理由がやっと納得できた。失敗したら、を顧みない存在などヒーローの中にも滅多にいない。
「最後の一人が合格だったよな?」
気絶した男たちの上にいた飛彩は、瞬きの間に消えた。驚くよりも早く、壇上に登った飛彩は刑へ鞭のようななぎ払いを繰り出す。
「じゃあ、テメェも喰っていいよな?」
攻撃を受けて尚、薄い笑みを仮面のように貼り付けた刑に、苛立ちながらも次の手を打つ。
「ヒーローと俺の違い……それが知りたくて来たんだ。お前との戦いではっきりさせてくれ」
「——黒斗司令官の言う通り、君はヒーローに向いてないね」
肘で攻撃を受け止めた刑から感じた覇気に飛彩は本能的に飛び退った。
いつも戦場で感じている何かに、心臓の鼓動が早まっていく。飛彩の攻勢は間違いなかったが、嫌な予感が頭にこびりついて離れず、身体が完全に止まる。
「なんで……世界展開してんだお前?」
その頃、護利隊の通信本部。計器の僅かな反応に、居合わせた黒斗とメイが顔を合わせる。
「今の反応は?」
「さぁー、世界展開の開発実験とかしてたら出るかも?」
「そんな予定は護利隊もヒーロー本部もないぞ?」
嫌な沈黙が少しだけ流れ、メイは以前受けた相談事を不意に口にする。
「そういえば計器の故障がどうとか言ってたヒーローいたよね? 調査してなかった?」
「計器の故障……メイ、カクリを呼べ」
「えぇー? レギオン戦で結構疲れてるよカクリちゃん」
「いいから早くしろ!」
嫌な予感は予感のままであってくれと、黒斗は心の底から祈った。





