最悪な試験官
刑は説明を一通り終えると、次の会場への移動を命じる。ぞろぞろと列を作って出て行く中で、蛇に擦寄られる恐怖感を飛彩は味わった。気がつくと飛彩は刑に肩を組まされている。
「なーんで護利隊のゴミがこんなところにいるのカナ?」
無視して飛彩は外に出ようとする。しかし、まとわりつく視線が動きを縛る。
「なぁなぁ。無視はよくないぜ。ここはゴミが来るところじゃ……あ、推薦だっけ?」
「そうやって煽るのがヒーローの本性、ですか?」
わざとらしい敬語。この刑という男は何を理由に不合格の烙印を押してくるか分からない。焦りと苛立ちで飛彩の顔は怪訝な表情へ変わる。
「本性も何も、捨て駒のゴミが何夢見ちゃってんのさ?」
「……何だと?」
本来我慢強い方でもない飛彩は普通に試験官の手を振り払った。そんな様子が面白いのか、刑は整った顔立ちを邪悪な笑みで染める。
「僕はさぁ、分不相応な夢見てる奴が大嫌いなんだよ。分かる?」
「試してみるか?」
「ははっ、冗談が上手くなったねー」
今度は長年の親友のような態度で背中をバンバン叩いてくる。飛彩は静かな足運びで拳の届かない範囲へ瞬時に移動した。すかした腕をブンブン振る刑は、変身前にも関わらず、残忍さゆえの妙な気迫があった。
「変身に七分かかるだけあるぜ。重役出勤は態度がでけぇ」
「七分待てば敵は死ぬんだ。別にいいだろう?」
悪びれもしない様子の刑は数少ない護利隊の存在を知るヒーローだ。そして、そこに守ってもらってい
るという意識はない。自分の勝利のために駒が死ぬのは当然と考えているのだ。
「全人類のために戦うんだ。犠牲を払わない方法などないさっ」
「アンタみたいなのが何でヒーロー出来てるのか不思議だぜ」
「顔がいいからね」
こんな男がヒーローでいいわけがない。飛彩の心に宿るあの日のヒーローがそう叫んでいる。邪悪を認めてはヒーローになれるわけがない、と咆哮を上げようとする。
「待った!」
細身な刑のどこから出たのか分からないほどの大声は受験者全員の動きを止めた。
「試験内容変更だ」
「はぁ!?」
「上から強いられるルールはまどろっこしくていけない。ヒーローに必要な一番必要な資格はなんだと思う? はい、君!」
急に指差された飛彩の近くにいた気弱そうな男は、おずおずと優しさと答えた。いつもの甘いマスクを崩してまで、刑は大きくため息をついた。
「どんな信条があろうと、頭脳があろうと、慈愛の心があろうと! それを押し付けられるのは強者でしかない! ……つまり一番必要なものは『力』だ!」
インタビューでは絶対に答えないであろう現実的な答えに、どよめきが広がる。
「筆記試験を超える頭脳も! ヒーローとしての適性も! 強くなければ意味がない。ゆえに、次の試験に進めるのはこの全員で戦って、勝ち抜いた一人とする!」
ひときわ大きくなるどよめき。ここまで横暴な試験があるのだろうか、そもそもこれにどう答えるのかが試験なのかと、動けないものが多い。
「がっはっは! その方が楽でいい! さすがはデッドエンド!」
そう大笑いするのは受験者の中でも一番の巨体を持つ大男だった。二メートルを超える身長と、鋼の筋肉を備えるその男は臨戦態勢を取り、周りに圧を飛ばす。
「さあ、様子見なんていらねぇだろ? 俺たちにはこの肉体しかねぇんだ!」
周りが気圧される中、飛彩は悠々と歩き出した。
「ああ。テメェの言う通りだ……それに刑試験官、初めて貴方と気が合いました」
わざとらしい敬語を吐き捨てて、飛彩は一目散に駆け出した。巨漢との距離を一気につめた飛彩は、繰り出された巨大な拳を左足で蹴り上げて弾き飛ばす。
「ぐぼぉ!?」
「まずは一人!」





