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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第六章
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第六章 その8

  8


 教師たちがユーキリスを取り囲むと同時に、観客と無関係の生徒たちの避難が行われていた。

 観客も生徒も事情は理解していないが、異様なことが起こっているらしいということだけはわかっていて、素直に避難に応じ、演習場からはユーキリスと教師たち、そして桐也とユイ以外の人間はいなくなった。


 ユーキリスは観客の避難もただ見ているだけだった。

 そんなことには興味もないというように、じっと桐也を見ている。


 観客と生徒の避難が終わると、いよいよ教師たちはいつ戦闘に突入してもいいようにと身構えはじめた。

 そのなかにはリクやソフィアといった顔見知りの教師もいる。

 彼らはみな、桐也を守るためにこの圧倒的な力を持つ魔砲師と戦おうとしているのである。


 集まった教師たちは四、五十人。

 それに対するのはユーキリスひとり。

 リクの言うとおり多勢に無勢であり、いかにユーキリスが強いといえど、教師たちもまた一流の魔砲師ばかりなのだ、この数と力に対抗することはできない――常識で考えるなら、できないはずだった。


 しかし桐也は、心のどこかでユーキリスには何人がかりでも勝てやしないと感じていた。

 その男の力は、そんなものではない。

 文字どおり次元がちがう強さなのだ。

 一流の魔砲師が何人集まってもユーキリスを止めることはできない――この自分以外は。


「――妖精王も私に立ちはだかるか」


 ユーキリスがぽつりと言った。

 それで桐也は、頭上の高い場所に妖精王がふわりと浮かんでいることに気づいた。

 妖精王はゆっくり高度を下ろし、桐也のすこし前へやってくる。


「立ちはだかるつもりもないがの。ただ見学にきただけだ。いまのところ、手出しするつもりはない」

「ならば消えろ。貴様のような存在には無関係のことだ」


 ユーキリスは片手を上げた。

 その手のひらから、ぬっと鋭い剣先が生み出される。

 まるで手品でも見ているような気分だった。

 手のひらからぬるぬると生み出された剣は空中に浮かび、妖精王に向かって鋭く飛ぶ。

 妖精王はふんと鼻を鳴らし、指をぱちりと鳴らした――ただそれだけで、剣がぱっと消え失せる。


「儂に手を出すとは命知らずの人間だの。思い上がりも甚だしい」

「邪魔をする者はだれであろうと叩き潰す」

「まったく、どうしようもなく人間なのだな、ユーキリス。もうすこしでも人間から離れれば、多少はマシなものになったろうに」


 呆れたような、あるいはどこか惜しむような妖精王の声だった。

 ユーキリスはなにも答えず、桐也に視線を戻す。


「私の革命にはおまえの存在が必要だ、布島桐也」

「……おれが、いったいなんなんだよ? なんでおれを狙うんだ」

「言ったはずだ。おまえのなかには魔砲師の力を増強させる鉱物が埋め込まれている。かつてサルバドールが、そしてその息子であるジルが用いた鉱物、〈ワーズ〉が――サルバドールとジルは〈ワーズ〉を使うことによって圧倒的な力を得、革命を進めようとした」

「それは聞いたよ――でも、そんなの、うそだ。そんな石だかなんだかわからないようなものがおれのなかに埋め込まれてるはずがない。だっておれは、そもそも――」


 この世界の人間ではないのだから。

 桐也の言葉に、ユーキリスはかすかな笑いを浮かべた。


「おのれを知らぬとはかくも罪なものか」

「……どういうことだ?」

「布島桐也。おまえは、異世界の人間などではない」

「え――?」

「おまえはこの世界で生まれた、この世界の人間だ」

「――うそだ、そんなこと」

「幼いころのことだ。記憶にはないだろう。あるいは、そのころの記憶があれば否定することもできないはずだが。おまえはこの世界の人間だが、だれかがおまえを異世界へ送ったのだ」

「ちがう、おれは、この世界で生まれたんじゃない」

「妖精王に聞けばいい。おそらくはすべてを知っているだろう」


 桐也の視線が妖精王に向いた。

 否定してくれと、すがるような視線だった。

 妖精王は首を振り、視線を逸らす。


「あの男の言うことは本当だ。キリヤ、おまえは、元々はこの世界で生まれた」

「……なんで」

「この世界で生まれたおまえは、おそらく、先天的なエレメラリア欠乏児だったのだろう。だれの体内にも存在するエレメラリアは生きるために不可欠なものだ。それが欠乏していると、極端に身体の弱い子どもが生まれる。おまえはそういう子どもだった。生まれ落ちたその瞬間から長くは生きられないことが決まっていた。それに抗ったのが、ひとりの女だった。その女はおまえとはなにも関係はない。ただ、その場を通りかかっただけ――自らの父と兄を狂わせた力の源、〈ワーズ〉を持って、な。

 そもそもサルバドールという男は力の持つ恐怖を知っておった。だからこそ力を慎重に、自らの目的のためだけに使っていたが、サルバドールが死んだあと〈ワーズ〉を引き継いだ息子のジルは、与えられた力を自らの力だと勘違いするような男だった。サルバドールがあくまで革命のために用いた力を、ジルは自らのために使った。そして革命だったものは単なる虐殺へと変わっていった。それを憂いたのがサルバドールの娘でありジルの妹でもあったルミという女だ。

 女はジルの持つ〈ワーズ〉と盗み出し、力を失ったジルは連合軍によって倒された。しかしそれ以降、女は〈ワーズ〉とともに行方不明になっていた。女は、〈ワーズ〉などというものはこの世に存在すべきではないと考えていた。しかしどこへ捨てようとも必ずだれかに見つけ出されると思い、捨てることもできず、〈ワーズ〉を持ったまま放浪しておった――そこで出会ったのが、先天的なエレメラリア欠乏で死につつあるひとりの子どもだ。女は魔砲師の力を増幅させられる〈ワーズ〉なら先天的なエレメラリア欠乏も治癒できるはずだと考えた。破壊と殺戮のために使われた〈ワーズ〉を、ひとりの子どもを助けるためだけに使いたかったのだろう。

 女は〈ワーズ〉の力を使い、時空魔砲を行った。時空に穴を開け、ここではない世界との通路を作り、女は〈ワーズ〉を子どもの体内へと埋め込んだ。そしてその子どもを、異世界に送ったのだ。〈ワーズ〉が二度とこの世界の争いのもとにならぬように。その子どもが、キリヤ、おまえだ」


 桐也はなにも答えられなかった。

 まるで物語を聞かされているように実感が沸かない。

 自分にまつわることだと言われても、桐也には知らないことばかりだった。


 サルバドールも、その娘も、〈ワーズ〉という石も、なにも知らない。

 桐也が知っている両親は孤児院で自分を育ててくれた夫婦だけだった。

 それ以外はなにも――なにも知らなかったし、知りたくなかった。


「……最初から、おれがこの世界の人間だって、全部知ってたのか?」


 妖精王はかすかに首を振った。


「知っておったというより、気づいてはおったがの。儂を召喚するためには異世界のものが必要になる。玲亜は、まさしく異世界の存在だった。おまえがそうでないこともすぐに感じ取った。あとは妖精界に記憶してあったこの世界の「歴史」を調べただけだ。

 そのあとは、おまえも知っているとおりだ。このユーキリスという男が時空魔砲の痕跡を探し出し、それを手がかりにおまえの世界を探し当てた。おまえと玲亜はその魔砲へこの世界へやってきた――この世界へ帰ってきた、というべきだろうが」

「……信じられない。おれは、じゃあ、ほんとは向こうの世界の人間でもなかったのか。なにも知らないで過ごしてきたけど――」

「どこで生まれたかなど大した問題ではない。生まれによって人間が固定されるわけでもない。キリヤはキリヤだ。どこで生まれ、どこで育とうと、それは変わらぬと思うがの」


 桐也はうつむいた。

 その手を、ユイがしっかりと握った。

 桐也を支えるように、桐也を励ますように。


 桐也はユイを見た。

 自分の存在が足元から揺らいでいくなかで、つないだ手の感触だけは決して消えなかった。


 どこで生まれ、どんな理由でここにいるのかはどうでもいい――大事なのは、いまここに立っているという事実だけだ。

 それもひとりではなく、手をつないでくれる相手といっしょに立っているということだけが、唯一の現実なのである。


 桐也はうなずいた。

 ユイも微笑み、うなずき返す。


「おれのことはわかった――おれのなかにその〈ワーズ〉とかいうものがあるってことも。でもそいつをあんたに渡したら、過去と同じようになるんだろ。ただでさえ強いのに、もっと強くなったらだれもあんたに敵わなくなる。あんたがどんなひどいことをしても、だれもあんたを止められなくなるんだ。それはできない――〈ワーズ〉は渡さない」

「ならば、力づくで奪うのみ」


 ユーキリスの言葉に教師たちが一斉に身構えた。


「おっと、キリヤくんの前にぼくたちがいることを忘れてもらっちゃ困るな」

「無論、忘れてはいない――すぐに葬り去ってやる」


 ユーキリスはそう宣言した。

 最後の戦いがはじまるのだ。



  *



 王宮の執務室で、ガルダはじっと押し黙り、ひたすら考え込んでいた。

 リリスはその横顔を心配そうに眺めている。


 この時間、王宮のなかは静かだった。

 祭りも行われ、試験当日でもあり、ほとんどの人間が出払っている。


「――まだ、なにも起こっていないか」


 ガルダは静寂に耳を澄ませ、ちいさく呟き、ふうと息を吐き出した。

 ただじっと椅子に座っているだけでも全身がひどく緊張し、手には汗が滲んでいる。


「……ぼくが決めなくちゃいけないんだ。いったいどうするべきなのか」

「ガルダさま……あの、でも、本当なんでしょうか、妖精王さまの話は」

「キリヤのことかい? キリヤが本当はこの世界の人間で、幼いころに時空魔砲で別の世界へ移されたというのは――でも、本当でも嘘でも、それを確かめる術はない。それにキリヤはキリヤだ。友だちだってことには変わりないよ」

「……そうです、けど」

「それよりもユーキリスだ。ユーキリスはこの世界を変えようとしている――もし本当にユーキリスが目的をやり遂げてしまったら、この世界はどうなるかわからない。すくなくともいまのままではないだろう。また暗黒時代がやってくるかもしれない。いままでの歴史を帳消しにするような、破滅の時代が――そんなことになったら、いったいどれだけのひとびとが苦しまなくちゃいけないんだろう」


 それでもユーキリスという男はやるだろう。

 自分の行為で世界中の人間が苦しむとわかっていても、その苦しみと憎しみさえ一身に背負い、目的を遂げるにちがいない。


 ユーキリスは傲慢で自分勝手な独裁者にはちがいないが、おそらく、無責任な人間ではない。

 自分がやろうとしていること、それをやればどんなことになるかということもわかっていて、その上で自分の行動を決めたのだ。


 言葉でユーキリスを説得することは不可能だろう。

 力でユーキリスを止めるか、あるいは別の方法でユーキリスの目的を阻止するかしか、この世界の平穏を守る方法はない。


「いや、平穏を守れる保証もない。ユーキリスがやろうとした革命の正反対を、ぼくはやろうとしているんだから――混乱はどちらにしても同じかもしれない」


 ユーキリスの選択より自分の選択のほうが優れているという保証はどこにもなかった。

 妖精王も、そんな保証はしてくれない。

 ただ自分がどうしたいかという、ただそれだけなのだ。


 ガルダが緊張を吐き出すように深く息をついたとき、部屋の扉が慌ただしくノックされた。

 入ってきたのは王宮の地下で遺跡の発掘作業を続けている若い研究者だった。


「ガルダさま、新しい部屋が見つかりました! 地下です、さらに深い地下空間へ行く方法がわかったんです」

「地下か――すでにだれか入ったか?」

「はい。広い空間に、巨大な機械があると――」

「そうか、わかった。ぼくもそこへ行く――世界を救うものかどうかはわからないが、やってみるしかない」

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