第六章 その6
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準々決勝までの戦いは、桐也のなかでは概ね予想どおりだった。
いままでの経験上、魔砲師が魔砲を使うのには必ず時間差が生まれる。
おそらく魔砲を発動させることにラグはないのだろうが、意識を集中させるということに時間がかかるから、必然的にその時間まったく無防備な自分をさらけ出すことになるのだ。
桐也は魔砲を使えない。
ならば、突くべき隙はまずそこになる。
こちらは開始の号令と同時に動けるが、向こうはラグもあるし、こちらの出方を窺うために開始と同時に魔砲を放つことはしないだろう。
開始の号令と同時に動き、一瞬で相手を倒せば、勝負はそれで終わり――準々決勝まではその作戦が見事にはまり、ユイはなにもしないまま、どちらの試合も開始十秒以内で決着がついた。
しかし次の試合はそう簡単にはいかないはずだと桐也も感じている。
準々決勝の相手は、ほかでもないソラリア魔砲師学校のふたり、ギンガとカナタである。
桐也はいままでの二回戦を戦いながら、一回戦目、立ち見の客席でギンガとカナタがこちらを偵察していたことを知っていた。
つまり、速攻作戦は読まれていると考えて間違いない。
ギンガはこちらの速攻に対する作戦を立てているだろう。
「だから、今回もあえて作戦は変えずにいこうと思う」
「あえて、ですか?」
準々決勝がはじまる直前、桐也はユイに作戦を説明した。
「たぶん向こうはこっちの速攻に対して作戦を立ててると思う。でも、作戦を立てたからといってそれがうまく動くかどうかはわからない。もしこっちの速攻がそれを上回ればその時点でおれたちの勝ち。もし速攻が失敗しても、決められないってだけで負けるわけじゃない」
「でも、向こうはそれに合わせて一撃でわたしたちを沈められるような作戦を立てているかも……」
「いや、その可能性は低い。なにしろ向こうはユイの実力もわかってないから、最初の一撃で決めようとするよりはしっかり力を確かめて、その上で勝とうとするはずだ。それに、一回戦を目立つ最前列で見てたこと自体、ギンガの作戦かもしれない。本当は速攻に対する作戦は立てられないけど、こっちはおまえたちが速攻するのを知ってるんだぞ、とおれたちに思わせるために最前列で見てた可能性もある」
「そ、そんな深い作戦なんでしょうか」
「ギンガのことだ、それくらい考えてもおかしくない。あいつ、頭はいいみたいだからさ」
それに気づく時点で桐也も頭はいいにちがいないとユイは思ったが、桐也の座学の成績も知っているから、おそらく桐也の頭が働くのはこと戦闘に関することだけなのだろうと思い直した。
「それで、キリヤくん、わたしたちの作戦は?」
「おれたちの作戦は……さっきも言ったとおり、一切変更なし。真正面から速攻で突っ込んで、倒す。失敗したら、そのとき考える。ユイはいままでどおりおれが速攻をやってるあいだに魔砲の準備を整えといてくれ。おれが失敗したらその時点でどっちかに向けて放ってくれていいから」
「はい、わかりました」
『準々決勝に出場する二組、王立フィラール魔砲師学校のキリヤ・ユイ組と、ソラリア魔砲師学校のギンガ・カナタ組は演習場に出てきてください』
演習場にリクの声でアナウンスが入る。
桐也とユイは顔を見合わせてうなずき合ったあと、演習場へ出た。
ぐるりと周囲を取り囲んだ客席の圧力と、いまも試合が続いている熱気、それが演習場へ出た瞬間ふたりの頬を打った。
桐也としては慣れた感覚であり、ユイはほとんど味わったことがないもので、思わず何度かまばたきをし、首を振る。
演習場の右隅が準々決勝の舞台だった。
すでにギンガとカナタは試合場に入って待っている。
桐也たちもその対面に立ち、審判役の教師があいだに立った。
「双方、使用する道具の申請があったらいまここで行ってください」
「こっちはこの剣だけです」
「こっちはなし」
「わかりました。では――試合開始!」
ぱっと教師が試合場から出た瞬間、因縁なる準々決勝がはじまった。
*
試合開始と同時に、いままでどおり桐也が突っ込んだ。
もともとあった五メートルほどの距離が一瞬でゼロになる。
それでもギンガににやりと笑うだけの余裕があったのは、桐也と同時に自らも後ろへ下がり、距離を取ったからで、その動きは桐也よりも遅く、追いつくのに苦労はなかったが、完全な速攻よりはいくらか遅れた。
その遅れのあいだに、カナタが魔砲の準備を終えている。
「いけえ!」
両手をばっと地面につけた瞬間、ギンガに飛びかかろうとした桐也の両足が土のなかにずぶりと沈んだ。
まるで深い水たまりを踏み抜いたような感触で、やわらかくなった土はすかさず硬化し、桐也の両足首をがっちりと捕らえる。
「ははっ、オレをそこらへんの魔砲師といっしょにしたのが悪かったな! その状態やったらさすがに避けきられへんやろ」
ギンガが両手で円の形を作る。
その円から散弾銃のように無数の水、いや、氷の破片が桐也目がけて飛び出した。
実際の銃弾よりは遅いが、身体が反応できる速さではない。
ましてや足が固定されている桐也は止まった的も同然で、放たれた氷の破片はひとつ残らず桐也へ向かって飛んだが、それが桐也に到達する寸前、炎の壁がぼうっと燃え上がり、氷をすべて溶かしきった。
「ユイ、ナイス!」
「ま、間に合ってよかったです……!」
もう一瞬遅れていたらどうなっていたか――直接攻撃を受けたわけではないユイでさえ心臓が止まりそうな状況だったのに、桐也といえばぎりぎりでユイが間に合うことを確信していたように平然として、すらりと剣を抜いていた。
ギンガとカナタが身構える。
しかしまだ桐也の両足は土に捕らえられたままだった。
カナタは手を地面に当てたまま、しっかりと桐也が逃れられないように固定している――はずだったのだが。
「――え?」
桐也は剣をくるりと回し、剣先を地面に向けると、まるでケーキでもくり抜くように自分の周囲の地面をするすると斬った。
そして簡単に土から抜け出し、軽く足を振って土の破片を落とす。
「な、なんでや? 魔砲が解けてふつうの土に還ってまうなんて――」
「くそ、そうか、そいつがあったんを忘れとった」
ギンガは舌打ちをして、
「カナタ、あの剣は魔砲を全部打ち消せるらしい。とりあえず、あの剣に触れたら魔砲は消えると思え」
「ま、魔砲を打ち消す? なんやその反則な能力! そんなんふつうの剣ちゃうやん、ず、ずるい!」
「ちゃんと道具として持ち込み許可もらってるもんね」
桐也はべっと舌を出し、一旦距離を取った。
しかしさすが、ギンガはブラフでもなんでもなくきっちり速攻に対する手段を考え、それを確実に実行してきた。
いままでとは一味も二味もちがう、強い相手だ。
苦戦するだろうと桐也は思う。
しかしこれは純粋な試合であり、強い相手と戦えることはよろこびでもあって、桐也は相手がうまく立ち回れば立ち回るほど楽しくなってきた。
「ユイ、次はどうするか」
「ど、どうしましょう?」
「なんか使いたい魔砲とかある?」
「え、つ、使いたい魔砲ですか? でも、炎以外はまだやったことなくて――リク先生は、風も使えそうだって、言ってくれたんですけど」
「よし、じゃ、それしよう」
「ええっ!? で、でも、いままで一回も成功したことないですよっ」
「だから、やるんだよ。普段の練習よりこういう実戦のほうが集中できるだろ? 大丈夫、成功するまではおれがユイを守る。だから、ユイは魔砲に専念してくれ」
「う――わ、わかりました、やってみますっ」
ユイは目を閉じた。
こんな状況で目を閉じるなんて、自分でも信じられない気持ちだった――しかし目を閉じていても不安はない。
そのあいだは絶対に桐也が守ってくれるはずだとユイは確信していた。
だから戦闘の状況は頭から追い出し、とにかく魔砲を成功させることだけを考える。
一方桐也は、目を閉じて集中するユイを背中に、じっとギンガとカナタを見ていた。
なにをするでもない、ただ、見ているだけである。
それでもふたりは次の瞬間にも桐也が行動に移るのではないかと警戒し、動くことができない。
「ぎ、ギンガ、どうする? 速攻は防げたけど……」
「とりあえず、キリヤを潰すぞ。キリヤさえ潰せば、後ろはそうむずかしくない」
「そのキリヤを潰すのがむずかしいんやろ……」
「いや、そうでもないで。あいつは魔砲師やないからな、遠距離の攻撃は絶対にない。近距離も、一対一の戦闘だけや。要するに――」
「ま、待てや、ギンガ、嫌な予感しかせーへんぞ」
「どっちか片方が囮になってキリヤを引きつける。そのあいだにもう一方が後ろを狙う。キリヤの性格や、絶対攻撃を中断して後ろに下がって女を守るやろ。そのときに隙が生まれるっちゅーわけや。名づけて徹底的に弱点を狙え、男を倒すならまずは女から作戦!」
「ひ、卑劣! 卑劣な上に姑息! そして聞きたくないけど囮になるんはどっちや」
「おまえに決まってるやろ、カナタ。ま、死なん程度にがんばれや」
「げ、外道めええ!」
ギンガはけたけたと笑いながらカナタの背中を押した。
カナタはつんのめりながら三歩ほど前に出て、桐也との距離は三メートル程度まで詰まる。
桐也はカナタを見ていた。
カナタは引きつった笑みを浮かべる。
「よ、よう、キリヤ」
「おう、カナタ」
「なんや、その……ええ天気やな?」
「ま、そうだな」
「ところで、好きな食べ物とか聞いてええ?」
「好きな食べ物はなんでも。嫌いな食べ物はとくになし」
「わあ、健康的――って言うてる場合かあ! こ、こうなったらヤケや、接近戦はぜんぜんできへんけどやったらああ!」
カナタは地面から土をえぐり取り、それを手のなかでこねた。
すると見る見る間に土が形を変え、槍のように細長くなって、その先端は硬く尖る。
「土やと思っとったら大怪我するで。土も硬度を上げたら充分凶器や」
「なるほど、その槍でおれに接近戦を挑むと? このおれに?」
「う――ぎ、ギンガが行けっていうんやからしゃーないやろ、ぼくも勝てるとは思ってへんけどやるしかないんやあ!」
カナタは地面を蹴った。
ぶんと槍を振り回し、尖った先端で桐也を突くが、桐也はそれをひょいと交わし、剣で槍を叩き斬った。
その瞬間、槍はただの土に戻り、カナタが降参と両手を上げかけたとき、それが見えていないように桐也は思いきりカナタに向かって剣を振り上げた。
「げっ、ちょ、ちょっと待ってや! さすがにそれはしゃれになら――ぎゃああっ!」
ひゅんと風が切断される。
剣先はカナタの手前、一メートルほどに振り下ろされていた。
しかしカナタは身体が一刀両断されたような心地になり、その場で尻もちをつく――そしてそこまで脅さんでもええやろ、と食ってかかろうとしたとき、後ろで舌打ちが聞こえた。
桐也が斬ったのはカナタではなかった。
その剣戟は空気中のエレメンツを切り裂き、距離が離れているギンガが放とうとしていた高圧の水鉄砲を水のエレメンツから叩き斬ったのである。
「至近距離だけやないんかい、くそ、めんどくさいやつやな」
「それはお互いさまだろ。カナタの身体で死角になったとこからおれじゃなくてユイを狙おうとするとは、実に卑劣でよくできた作戦だな」
「ふん、卑劣でもなんでも勝てばええねん。おい、カナタ、いつまで座ってねん、はよ立たなほんまに斬られるで」
「――はっ、そうか、あ、危ないな、もう!」
カナタは這うようにギンガのところまで戻っていく。
桐也は一瞬、その背中に追い打ちをかけようかと思ったが、踏みとどまった――もしカナタの背中を狙っていれば、それと同時にギンガがユイを狙っていたにちがいない。
カナタへの攻撃の途中ではさすがにユイへの攻撃を防ぐことはできない。
それを計算して、ギンガはじっと桐也のほうを睨んでいたのだった。
よく頭が回る以上に、その場その場の対応力が高い。
こういう人間は現場の指揮官に向いてるんだろうな、と桐也は思いながらカナタが逃げ帰るのを眺めた。
「攻撃してもよかったんやで、キリヤ」
「攻撃した瞬間、そっちもユイを狙ってたくせに――でも、ま、その必要はなかったみたいだ」
「なに?」
「うちのお姫さまの魔砲が完成したらしいんでね」
「キリヤくん、伏せて!」
桐也は倒れ込むように身体を倒した。
その瞬間、桐也の真上を、すさまじい暴風と業火が吹き抜けた。
試合場どころか演習場が炎で真っ赤に染め上げられる――火種を風の魔砲で巨大化させたユイの一撃は、ほかの試合をしている生徒たちでさえ怯えさせるようなとてつもない一撃だった。




