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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第六章
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第六章 その2

  2


 華やかに彩られた町のなかは、歩いているだけでもどこか陽気な気分になってくる。

 しかし、こんな人混みでなければ、という前提があってこそだが。


「はあ、まったく、なんなのよ、この人混みは? ろくに歩けもしないじゃないの」

「仕方ない、お祭りだから」


 フィアナ・グルランス・アイオーンとギイのふたりは、人混みからすこし離れた橋の上で息をついた。

 ふたりは長期休暇の退屈しのぎに、貴族たるもの祭りの様子を見て回らなければならない、というフィアナの意見に従い、はじまったばかりの光紀400年記念祭を回っている途中だった。


 たしかに、祭りの陽気な雰囲気は居心地もいい。

 いろいろと露天が出ているのをまわるのも楽しいし、世界中から集まっているひとびとを眺めるだけでも一興ではあるのだが、いかんせん、あまりにもひとが多すぎる。


「よくもまあ、こんなに集まるものね。みんな意外とひまな暮らしをしてるんだわ」


 自分のことを棚に上げて呟くフィアナに、ギイは途中で買った棒形アイスをかじりながらうなずく。


「ちょうどいまは世間的にも夏休み。子どももいっぱい」

「もう町のホテルは全部埋まってるんでしょ? これ以上増えたらどこに泊まるのかしら」

「近所の町のホテルも埋まってるって」

「ま、経済的にはいい話よね、百年に一度しかやらないのがもったいないくらい」


 百年に一度だからどれだけ多くの人間がくるのだろうが、とフィアナは橋の手すりにもたれ、道行くひとびとを眺めた。

 まったく、いまこのちいさな町に何万人の人間が行き来しているのだろう。

 よくもこれだけ人間がいるものだと、フィアナは改めてふしぎに思う。


 これだけ人間がいるということは、その人間分だけの人生があり、その人間分だけのよろこびや悲しみや挫折があるのだ。

 そう思いながら町を眺めると、なにやら異様な坩堝にいるような気がしてくる。

 どこのだれとも知らない相手と、こうしてすれ違うだけにせよ、一瞬人生が交わる――それは奇跡のようで、ありふれた偶然のようで、フィアナはため息をついた。


「あ」

「どうしたの、ギイ」

「別に、なんでもない」

「うそおっしゃい。なんか見つけたんでしょ」

「……キリヤとユイがいた」

「あのふたりが? たしか、例外として試験に出るとかいって訓練してるはずでしょ」

「あそこにいる。訓練は休んでるんじゃない?」


 ギイが指さした先もまた人混みで、わかりづらかったが、たしかに桐也とユイがいた。

 ふたりは人混みのなかに立ち止まり、なにやら露天に並んでいるものを眺めているらしい。

 その光景だけでも「ははあん」と察することができるが、あまつさえ、ふたりをよく見ると、どうやら手をつないでいるらしい。


 けっ、とフィアナは舌打ちをする。


「あのカップル、ついにデートするようになったのね。まったく、いつになったらくっつくのかと思ってたけど」

「たしかに。じれったかった」

「でもくっついたらくっついたで気に食わないわ。デートなんかしちゃって、試験なんか余裕だっての?」


 まあ、まだふたりとも三年であり、本来は試験に参加することさえできないのだから、今年合格しなければ、という意識がないことだけはたしかだろう。

 今年不合格でも、来年からは自然と試験に参加するようになる。

 だいたい、ほとんどの生徒は四年から試験に参加しても合格できず、六年生、最後の年に合格できるかどうかというくらいだから、三年のふたりはちょっとした経験くらいしか思っていないのかもしれない。


 それはそれでいいのだろうが、なんとなく、腹が立つ。

 フィアナはギイの棒付きアイスを横取りし、それをしゃりしゃりと噛み砕いた。

 ギイは、そんなこともあろうかともう一本買っていたものを取り出し、食べはじめる。


「それにしても、あのふたり、なに見てんのかしら。ペアリングとかだったら思いっきり邪魔してやるけど」

「ここから見える範囲だと、そういうのじゃない。人形みたい」

「人形?」

「呪いの人形みたいなやつ」

「……なんでそんなのをふたりで見てるの?」

「さあ」


 よくわからない趣味だった。

 よくわからない趣味同士、気が合うのかもしれない。

 ま、勝手にやってくれとフィアナは知り合いから視線を逸らし、橋の下を流れる川を眺めた。


 そりゃあ、まあ、もう恋人がどうとか恋愛がどうとか言われてもおかしくはない年である。

 いかに名門王立フィラール魔砲師学校の生徒といえど、魔砲師見習いである前にまずひとりの若者であり、遊びたい願望もあれば、恋人を作りたいとも思うのだろう。


 フィアナはなんとなく、まだそんなふうには考えられないひとりだった。

 そもそも恋人というイメージが沸かない。

 あんなふうに町中を手をつないでデートなどしたいとも思わないし、そんなことを望む男はどうかと思い、結局、ギイと祭りを回るほうが気楽でもある。


「……そういえば、あんた、そういうの、ないの?」


 フィアナが横目で見ると、それだけでギイは理解したように首を振った。


「興味ない。フィアナといるほうが楽しい」

「……ふ、ふうん、寂しいやつね、あんたも。しょうがないから付き合ってあげるわ、これでもフィギュアなんだし」

「うん――ありがと、フィアナ」

「な、なによ、なんか変なもんでも食べたの?」

「別に。ただ寂しそうなフィアナを見るのが楽し――ごほん、悲しいだけ」

「いま楽しいって言ったでしょ! ごまかしきれてないから!」


 桐也とユイが変な趣味なら、ギイはギイで変な趣味だった。

 ま、しょうがないかとフィアナは思う。

 恋人なら、気が合わないと感じれば別れればいいが、フィギュアはそうはいかない。

 一度フィギュアになれば、魔砲師を続ける以上、一生付き合う相手だ。


 いわば恋人というより夫婦に近い。

 そんな相手なのだから、多少の変わった趣味くらいは受け入れなければやっていけない。


「……ここにいても仕方ないし、適当に回るか。行くわよ、ギイ」

「うん」


 ふたりは橋を離れ、再び人混みのなかへ消えていった。



  *



 普段から見慣れたヴァナハマの町は、祭りで装いを変えてまるで新しい町に生まれ変わったようだったが、そんな風景など見ている余裕がないユイだった。

 なにしろものすごい人混みで、まっすぐ歩くということができない。

 途中で立ち止まることもできず、後ろから押され、前にすこしでもスペースが空くとそこに進むしかないという状況で、落ち着いて祭りの様子を見ることなど到底不可能だった。


 それに、ユイはいま、はぐれないようにという名目で、桐也と手をつないでいる。

 その手の感触を意識すると、人混みも町もどうでもよくなってしまう。


「ほんと、すごい祭りだな。いままで溜めてたエネルギーを全部ここで出し切ってるみたいな」


 桐也はユイの手をしっかり握りながら人混みのなかを進んだ。

 通りを歩いていると、どこからともなく音楽やら歓声やらが聞こえてきて、どこかでなにかをやっているらしいことはわかるのだが、意図してそちらの方向へ進むことは不可能だし、背伸びをしてもなにをやっているのか見ることはできず、結局ふたりは、祭りの雰囲気だけを人混みのなかで感じていた。


「大丈夫か、ユイ」

「は、はい、大丈夫です。でも、ほんとに、すごいひとの数ですね」

「だよなあ。世界中のいろんなところから集まってるんだろうけど、この世界にもこれだけひとがいるんだな」


 まるで全世界の人類すべてが集結しているような騒ぎだった。

 実際はここへきている人間よりきていない人間のほうが多いのだろうが、それにしてもヴァナハマはすでにパンク状態で、もうひとりだって受け入れられそうにはない。


「これがまだ祭りの序盤なんだろ? クライマックスになったらどうなるんだか――あ、ユイ、見ろよ、あそこ、ガルダがいるぞ」

「わ、ほんとですね」


 人波に押されて進んだ広場には大きなステージが組まれ、その上部、地上二階ほどの高さの位置にガルダが立っているのが見えた。

 どうやら王族としてなにかのイベントに出席しているらしく、広場はそれを見物する客でいっぱいになっている。


「大変だなあ、ガルダも」

「そうですね、この国では王族みんながとても人気ですから」


 実際、ガルダが軽く手を上げると、それだけでわっと歓声が上がる。

 まるでアイドルだな、と広場の中央付近には近づけないまま桐也たちが遠ざかろうとすると、ふとガルダが桐也たちに気づき、手を振った。

 また歓声が上がるなか、ふたりは苦笑いしながら手を振り返し、広場を出る。


 その先の路地もまたすし詰めのような人だかりだった。

 とくに広場へ進む人波と広場から離れる人波が混ざり合い、他人と正面衝突など日常茶飯事な状況だったから、さすがにこれはつらいと、ふたりはしっかり手をつなぎ、足早に路地を抜ける。


 人混みは、当然町の中心地に近づけば近づくほどひどくなっていく。

 ふたりは徐々に町の外れへと遠ざかり、ようやくゆっくりとまわりを見られるほどの余裕ができて、はじめてほっと息をついた。


「きっとお祭りのクライマックスにはこのあたりもひとでいっぱいなんでしょうね」

「だろうなあ。見てみたいような、見たくないような――でも、このへんにもいっぱい店が出てるな」


 食べ物の店からアクセサリーの店まで、路地の左右にはずらりと露天が並んでいる。

 いままでの路地もそうだったのだが、ゆっくり見てまわる余裕などなかったから、ふたりははじめてそれぞれの店をじっくり眺めた。


「どうも、いらっしゃい――いいねえ、若いカップルは」

「い、いや、カップルってわけじゃ」

「手をつないでるのに、カップルじゃないってことはないだろう」

「あ――」


 そういえば人混みを抜けてもまだつないだままだったと、ふたりはそのことを強烈に意識する。

 ユイは一瞬、余計なこと言って、と店主を恨みたくなった。

 桐也の性格なら、いままでは無意識でつないでいたが、はぐれる心配がなくなったこの場所ではきっと手を離すだろうと思ったのだ。


 しかし、予想に反して、桐也はユイの手を離さなかった。

 むしろ、ほんのすこし、力を込めて握る。

 ユイが桐也のほうを見ると、桐也は視線を逸らし、なにもしていないという顔をしたが、その頬はしっかりと赤かった。

 もちろん、ユイもその手を握り返す――やはり頬を赤くしながら。


「お熱いねえ、まったく――なにか買っていくかい」

「いや、もうちょっと見てまわるよ。このあたりはひともすくないし」


 露天の前を離れ、ふたりはしばらくその路地をうろついた。

 ただ歩き、店を眺めるだけなのだが、それがだれかと手をつないでとなると、感覚がまるでちがう――ユイはなんとなく足元がふわふわするような感覚になり、なにを見て、なにを喋ったのかよく覚えていないくらいだった。


 ひと通り見てまわったところで、ふたりはその路地から離れ、さらに人通りがすくない、普段どおりといってもいいような川沿いの道に出る。

 ヴァナハマの町中を流れる川だが、見下ろす限り水はきれいに澄んでいて、しずかな流れに爽やかな音を立てていた。


「ふう――なんか、やっと落ち着いた気分だよ。ちょっとゆっくりしていこうか」

「はい、そうですね――あの人混みで、レイアちゃんたち、大丈夫でしょうか」

「ま、たぶん大丈夫だと思うよ。迷子になっても心細くなるようなふたりでもないだろうし。もし迷ったらひとに聞いて学校に戻ってるよ」

「それならいいんですけど――本当なら年上のわたしたちが見ておくべきだったのかなって」

「うーん、あいつらを、とくに玲亜を見守ろうと思ったら大変だぜ。あいつ、落ち着きないからなあ。それに向こうはこっちを見守ってるつもりなんだよ。ま、だいたい、ほんとにあいつが見守ってくれてるんだけど」

「あはは、ほんと、仲がいいですね――元の世界にいたときから、ですか?」

「こっちにきてからなんか変わったってことはないよ。昔からこんな感じ」

「そうなんですか――わたし、兄弟っていないから、よくわからなくて。レイアちゃんみたいにかわいい妹ならいいですけど」

「かわいい……かなあ」


 真剣な顔で首をかしげる桐也に、玲亜が聞いていたら怒るだろうなと思いながらユイは笑う。


「でもま、しっかりした妹だ。ときどき、姉の間違いじゃないかと思うくらい。おれがしっかりしてないのかもしれないけど」

「そんなことないですよ。レイアちゃんもキリヤくんのことをすごく頼りにしてますよ。前に、この世界にきても不安じゃなかったのはキリヤくんといっしょだったからって」

「そうか……うん、でも、そうだな、おれもそうだったかもしれない。玲亜がいなくて、ひとりでこの世界に放り込まれてたら、もっと不安だったかもな」

「レイアちゃんが頼りになるから、ですか?」

「それより、ちゃんと玲亜を守らなきゃって意識のほうが強かった。ふしぎなんだけど、ひとりだと不安でも、だれかを守らなきゃって思うと不安じゃなくなるんだ。どんな強そうな相手にでも立ち向かっていける――今回も、たぶんそうなんだ。おれひとりだったらあんなすごい魔砲師とは戦えなかったかもしれない」


 桐也はふとユイを見た。


「なあ、ちょっと、まじめな話してもいいかな」

「はい、聞かせてください」


 うんと桐也はうなずき、川の流れを見ながらゆっくりと口を開いた。

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