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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
番外編・リクとソフィアの場合
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番外編・リクとソフィアの場合 その2

  2


 ソフィアは指先についたちいさな傷を眺めていた。

 人差し指の腹につけた、細い血の筋。

 すぐに塞がって跡形もなくなるそれを眺めながら演習場の片隅に腰を下ろしている。

 その目の前では、


「とうっ、やあっ、はあっ!」


 リク・ダルスキイが両手を振り回し、ときおりなぞのポーズを取ったりして遊んでいた。

 いったいなにをしているんだろうとソフィアは首をかしげる。


 リクは至って真剣な表情だった。

 ずれるメガネをその都度押し上げつつ、まじめにやっている。

 しかしやっていることは遊びにしか思えず、問題は、傍から見ているとその遊びがまったくおもしろそうではないことだった。


「……リク、なにしてるの?」

「なにって、見たらわかるだろ――とりゃあっ! 魔砲の、訓練だよ――そりゃあっ!」


 両腕をばっと前に突き出し、しばらく粘って、くるりと一回転したあと手のひらを空に向け、またすこし粘る。

 どうやらその粘っている時間は、魔砲が出るのではないか、と期待している時間らしかった。


「……そのポーズ、取る必要あるの?」

「いや、だって、魔砲だよ? そりゃ、かっこいいポーズ取ったほうが出せそうだもん」

「ポーズは関係ないと思うけど」

「いや、あるね。ぼくの調べたかぎりでは、絶対に関係ある。ダサいポーズで魔砲を放つことは不可能――」


 ソフィアは頬杖をつきながら人差し指を立て、それを蝋燭のようにして指先にちいさな炎を生み出した。

 リクはそれをいかにも複雑そうな顔で見ている。


「ポーズ、取らなくても魔砲はできるわよ。あと掛け声もいらないし。そんなことよりもっと意識を集中して――」

「あー、教えてもらわなくて結構! ぼくはぼくのやり方でやる。とう、とりゃあ!」


 ま、好きにすればいいけど、とソフィアは一向に魔砲が出そうにはないリクのパントマイムのような格好を眺めた。


 リク・ダルスキイは、魔砲師としての素質でいえば、下の中くらいの少年だった。

 座学の成績はいい。

 頭はよく、勉強熱心ではあるが、肝心の魔砲の成績は決してよくはない。


 そんなリクが、天才であるところのソフィアのフィギュアにはふさわしくない、と生徒のあいだで陰口を叩かれていることもソフィアは知っていた。

 知っていたが、陰口を叩いている生徒に怒りを感じることはなかったし、なにも言わないリクに対しても意気地なしとは思わなかった。


 ソフィアにとっては、そんなことはどうでもよかった。

 世の中の大半はソフィアにとってどうでもよく、魔砲師の成績も、天才魔砲師だと呼ばれることも、自分とはまったく関係ないことのように感じていた。


 ソフィアにはむしろ、どうしてこれだけ多くの人間がそんなに熱心に魔砲師を目指しているのかわからない。

 魔砲師といっても万能の力ではない。

 力を鍛え、優秀な魔砲師になっても、魔砲師としてふつうよりもすこし給料がいい仕事に就けるというくらいで、しかしその分学生時代に大きな苦労をしなければならないから、魔砲師になるメリットはほとんど感じられなかった。


 なのに、ひとは魔砲師を目指す。

 素質がある人間はほとんどもれなく魔砲師を目指し、訓練を積む。

 魔砲師になるというちいさな目標のためにどうしてそんなに必死になれるのか、ソフィアにはわからなかった。


 そういう意味でいうと、フィギュアであるリクのこともソフィアにはよくわからない。

 メガネをかけ、ときどき皮肉屋で、魔砲の訓練はきっちりやるが、魔砲の成績はいまいちついてきていない少年。


 どうしてリクが魔砲師を目指してこの学校に入ってきたのかもわからない。

 リクがなぜそれほど素質がないといわれているにも関わらず一生懸命訓練を積むのかもわからない。

 たとえリクが死ぬ気で訓練をしても、はじめから素質があるソフィアが適当に使う魔砲に勝てることは決してないのである――リクもそれを知っているはずなのに、リクは朝から晩まで、授業がない日も、授業が終わったあとも、演習場の片隅でずっと魔砲の訓練を続けていた。


 そんなある日、進級試験があった。


 進級試験の内容は単純で、座学のほか、教師が見ている前でいくかの魔砲を成功させれば合格、という簡単なものだった。

 一年から二年に進級するためだけのものだからそれだけ簡単なのだろうが、案外、進級試験の合格率がいちばん低いのがこの一年から二年への試験らしい。

 というのも、学校に入学したのはいいものの、やはり素質が伸びず、思うように結果が出せない魔砲師見習いが大勢いて、そういう生徒たちはこの試験に落ちたことをきっかけに学校をやめたり、魔砲師になることを諦めたりしていなくなってしまうせいだった。


 もちろん学校のだれも、ソフィアが試験に落ちるとは思っていない。

 ソフィア自身、試験などまったく練習せずとも突破できると思っていた。


 ただ、リクはどうか。

 学校の決まりとしてフィギュア同士は同じ学年にいなければならなかったから、もしリクが試験に落ちれば、ソフィアも自動的に進級できなくなる。


 それでもいいと、ソフィアは思っていた。

 これといって進級したいというわけでもないし、このまま順調に進級して魔砲師になってもなんの目的も抱けないソフィアだったから、ここで落ちるなら落ちるでいいし、もしそれでリクが魔砲師の道を諦めるなら、自分もいっしょに魔砲師になるのはやめようとさえ考えていた。

 ソフィアにとって魔砲師とは、その程度の存在でしかなかったのである。


 試験までもう三日というころ、ソフィアは放課後いつものようにリクと演習場へ向かい、その片隅でリクが練習するのを座って眺めていた。

 リクの上達は遅い。

 まじめにやっているのかと思うくらい上達せず、人一倍練習しているのに、まだ使える魔砲はそよ風を吹かせることくらいだった。


「ソフィア、いくぞ、見てろよ――とりゃあっ!」


 腰をくねらせるなぞのポーズでリクが両手を突き出す。

 ソフィアの髪が、ほんのわずかに揺れた。


「よっしゃあ、うまくいった!」

「……いまの、自然の風みたいな気がしたけど」

「いや、間違いなくぼくが生み出した魔砲だね。いまはまったくの無風だ」

「魔砲の風っていうのは――」


 ソフィアは右手をリクに向かって突き出した。

 ふしぎな顔をしてソフィアを見るリクの正面から、台風かというような強風が吹き出す。


「わっ――」


 リクは慌てて顔をそむけたが、その髪は逆立ち、あたりにあった草の切れ端が勢いよく飛んでいった。

 ソフィアは風を引っ込めて、


「こういうのを、魔砲の風っていうんじゃない?」

「な、なんでソフィアが風の魔砲を使えるんだよっ。きみ、水の魔砲師だろ?」

「なんとなく、使えそうだったから使ってみただけ」

「なな、なんとなくで使えるのかよ……こ、これだから天才は」


 リクははあとため息をつき、投げ出すようにその場に寝転がった。

 空には雲が流れている。

 さわやかな春の空だった。


「……ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ?」

「私が風の魔砲を使うのは、あなたに対してあてつけみたいに思われたんじゃないかと思って」

「きみがそんな人間じゃないことはわかってる。心配しなくても怒ってないよ。ただ……ちょっと、疲れただけだ」

「……あなたはどうして魔砲師になりたいの?」

「金儲け」


 即答だった。

 うそとも思えないような答えではあったが、ソフィアはなんとなく、リクが話題を逸らそうとしているような雰囲気を感じる。


「魔砲師になったら儲かるからさ。とくにこの学校を卒業したとなったら、どんな町に行ってもまず食いっぱぐれることはない。生きていくためには金が必要だ」

「そのために、いまこんなに努力しているの?」

「ばかみたいに見えるだろうな、きみからすれば」

「ばかには見えないけど、あなたがそんなにお金が好きだとは思わなかった」

「ま、人並みだよ。みんなお金は大事だろ?」

「人並みに好きなもののために、毎日こんなにがんばってるの?」

「う……きみ、鈍いように見えて意外と鋭いよな」

「ごめんなさい」

「怒ってないってば」


 リクはむくりと起き上がり、メガネをくいと上げて、ちいさく息をついた。


「さて、もう一回訓練するかな」

「……別に、私は大丈夫。あなたが試験に落ちても」

「ん?」

「私のフィギュアだからって、気にしないで。私は別に魔砲師になりたいわけじゃない。ただ素質があるっていわれて、なんとなくここにいるだけ。いつ魔砲師を諦めてもいいって思ってるし、あなたが試験に落ちてそうなったからってあなたを憎んだりしないわ」

「……言っとくけど、ソフィア、ぼくの最終目標はきみに勝つことだからな。そのためならどんなにつらくても訓練だってするさ――まわりに笑われても、陰口を叩かれても」


 珍しくまじめな顔をして言うリクに、ソフィアはすこし驚く。

 なんとなく、リクはいつも飄々としていて、物事を正面から捉えるよりは斜めに受け流すような人間だと思っていたから。


「どうして、そんなに私に勝ちたいの? なんでもできる私が憎らしいから?」


 その気持ちはすこしわかる気がした。

 自分が精いっぱい努力した成果より、なにも努力などしていない人間がより大きな成果を残すことに納得がいかない、という気持ちは。


 でも、そんなことは仕方ないとも思う。

 ソフィアも望んで魔砲師としての素質を選び取ったのではない。

 生まれたときから素質があるという、ただそれだけなのだ。


「きみが憎いわけないだろ――なんだろうな、きみは。やっぱり、鈍いよ」

「なにが鈍いのよ」

「だから、こういうこと――」


 リクはふとソフィアから視線を外し、言った。


「ぼくだって男だ。好きな女の子より弱い自分には納得がいかない。好きな女の子よりも強くなって、その子を守ってあげたいと思うのは当然だろ――そりゃ、きみからしてみればそんなこと知ったことじゃないだろうけどさ」


 ソフィアはじっとリクを見つめ、ごめんなさいと呟いた。


「私、そんなこと知らなかったから。あなたに好きな子がいるなんて。余計なこと言ってごめんなさい」

「……はあ? なに言ってんだよ。ほんと、きみ、そういうとこあるよなあ……だから、この際だからはっきり言うけど。ぼくが好きなのは、きみだよ」

「……私?」

「そう。だからぼくはきみに勝ちたいの。きみに勝って、きみより強い男になりたいってこと」


 しばらく、ソフィアは無言だった。

 いままで聞いたことがない言語をはじめて耳にしたような気持ちで、理解するまで時間がかかる。


 そして理解したソフィアが言った最初の言葉は、やはり、ごめんなさい、だった。


「恥ずかしいこと、言わせたみたい」

「そう思うならもっと早い段階で察してほしかったね。ま、いいけどさ、ぼくもそのうち告白しようと思ってたし――だから、ぼくはがんばるんだよ。試験には落ちない。魔砲師もやめない。だって魔砲師をやめたらきみとのフィギュアは解散になる。きみがそうしたいっていうなら、そりゃ、ぼくは従うしかないけど、でもきみがそれを望まないかぎり、ぼくはきみのフィギュアとしてやっていくつもりだ。いまはまだぜんぜんフィギュアなんて呼べないくらい頼りにならないけど、そのうち頼りになる男になる予定だから」


 こうご期待、と言ってリクは笑った。


 リクは結局、その三日間ほとんど寝ずに練習し、試験を突破した。

 試験を突破してからもずっとソフィアがつきっきりで魔砲を教え、三年になるころにはソフィアとリクのフィギュアはもう不釣り合いなどとは言われないほどリクの魔砲師としての実力も上がっていた。


 そして結局、ふたりは五年生のときに魔砲師試験に合格し、学校を卒業することになったのだが、そのとき問題になったのが卒業後の進路である。


 だいたい、学校を優秀な成績で卒業した魔砲師は、そのままヴィクトリアス王国の王宮へ入ることになっている。

 王宮に勤めるということは優秀な魔砲師の証であり、当然、給料もいちばん高い。

 周囲のだれもがソフィアとリクも王宮勤めになるだろうと予想していたが、ふたりの頭にははじめから王宮の勤めるなどという選択肢は入っていなかった。


 そもそも、魔砲師になりたくてなったふたりではない。

 ソフィアは素質を活かしてなんとなく、リクはそんなソフィアに似合う男になりたくて必死に魔砲師の訓練を受けてきたわけで、実際に魔砲師になってしまうと、魔砲師としての仕事にはなんの興味も沸かないことに気づいたのである。


「どうしようか、仕事」

「私はなんでもいいけど。魔砲師じゃない仕事でもいいし」

「うん、ま、それはそうなんだけど――ぼく、ひとつ考えてることがあるんだ」

「考えてること?」

「せっかくこうして魔砲師になったんだし、どうかな、このまま学校に残って、先生になるっていうのは?」

「先生?」


 教師になる、なんて考えたこともなかった、とソフィアはなんとなくぼんやりした表情を浮かべる。

 リクは笑って、


「ぼくもつい最近考えはじめたんだけどさ。ほら、ぼくらってもともとちょっと変わった魔砲師見習いだっただろ。この学校にくる生徒のなかには、ぼくらみたいなのもいると思うんだよ。どうしても魔砲師になりたいってわけじゃなくて、なりゆきとか、別の目的とか、魔砲師になろうか悩んでるとか……そういう生徒たちに、いろんな道があるんだよってことを教えてあげたくてさ。魔砲師になるだけが道じゃない。でも魔砲師になるんなら全力でサポートする――そういうのは、魔砲師でありながらそんなに魔砲師には憧れてないぼくたちだからこそできることだと思うんだ」


 たしかに、とソフィアはうなずいた。

 この時代、魔砲師学校の教師は、魔砲師こそが世の中でいちばん優れている、と考えているような人間が多かった。

 魔砲師学校を出て魔砲師として働かないなんて、という時代なのだ。


 そんな時代だからこそ、自分たちのようなちょっと変わった教師も役に立つはずだ、というリクの言葉は、ソフィアには素直に納得できた。

 だから――。



  *



「――先生、それで、どうして教師になったんですか?」


 好奇心をふくんだ生徒の視線に、鋼鉄の魔砲師ソフィア・アルバーンはちいさく笑った。

 それだけで生徒たちはどよめいたのだが、さらにソフィアが放った言葉に、どよめきを超えて凍りつく。


「教師になったのは、リク先生のことが好きだったからです。好きな相手といっしょにいたいと望むのは自然なことでしょう」


 え、と生徒たちは自分の耳を疑った。

 ソフィアの言葉は聞き間違えようもない、しかし、まさか。


 そんなとき、どんな会話がなされていたのか知るはずもないリク・ダルスキイが様子を見にやってきて、生徒たちの異様な視線を浴びせられたのは無理もない話だった。

 ソフィアはそんなリクを見て、またすこし、笑ったのだが――。



  ――ソフィアとリクの場合、了

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