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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
番外編・リクとソフィアの場合
53/67

番外編・リクとソフィアの場合 その1


   魔砲世界の絶対剣士



  ソフィアとリクの場合


  1


 五対一。

 ひとりの魔砲師を、ぐるりと五人の魔砲師で囲んでいる。


 もちろん、ふつうなら勝ち目はなかった。

 数というのは力の乗算であり、重ねれば重ねるだけ巨大な数に跳ね上がる。

 それが五対一ともなれば、常識で考える以上、「一」に勝ち目があるはずはなかった。


 しかしこの場で、むしろ余裕を持っているのはその「一」である。

 場の中央、泰然と、あるいは悠然と立ち、自分を囲む五人の敵を見るともなしに感じている。


 一対他の戦いにおいて、ひとりの敵に集中することは実に危険な行為だった。

 そういう場ではむしろ、個を捨て、全を見る。

 すべての敵を視界に収めることが不可能ならば、だれひとりとして視界の中央には据えず、空間そのものを感じる。

 それによって背後の敵の動きさえ機敏に知ることができるのである。


 一方、「一」を囲む「五」は、いつ一斉攻撃をしようかと隙を窺ったまま動けなくなっていた。

 なにしろ、悠然と立つその人物には隙があるようでまったくない。

 背後を取っている人間でさえ、飛びかかれば直ちに反撃を受けるような気がして、先陣を切れずにいた。


 そのままじりじりと粘り、何分経ったか。


「――たああっ!」


 耐えきれなくなったひとりが足に魔砲を込めて高く飛び上がった。

 その高さ、約四メートル。

 跳躍と同時に風を使うことで人間の限界をはるかに超えた高さまで飛び、それと同時にほかの四人も時間差にならないように一斉に攻撃を開始した。


 ごうと空気を焼いて炎が飛ぶ。

 風が渦巻き竜巻が走る。

 地面が隆起し何トンもの重量の土が襲いかかる。

 無数の水の弾丸が空間を切り裂く。


 前後左右真上の五方向から同時に攻撃が飛んだ。


 まず、囲まれたひとりは軽く右腕を上げた。

 ピアニストのような細い指先に風が遊んでいる。

 その風が細く、するりと伸びていったかと思うと、猛烈な上昇気流になり、あたりの草や土を舞い上げながらすさまじい勢いで巨大化した。


 頭上から襲いかかろうとしていた人影は枯れ葉のように吹き飛ばされ、背後から近づいていた竜巻も、その何十倍も巨大な竜巻にかき消される。


 しかしそれで終わりではなかった。

 竜巻を切り裂き、ひとりが飛び込んでくる。

 その手にはエレメンツで作られた見えざる剣。

 振りかざした剣先が、ぎいん、と固いなにかで防がれた。


「なにっ――」


 同じエレメンツでできた盾と剣の勝負。

 要するに力勝負だと、剣を握った青年はさらに力を込めるが、見えざる盾はびくともせず、むしろ溶けた金属のようにどろりと形を変えると、剣を取り込み、自らの一部として吸収してしまった。


「げっ――」


 青年の慌てた顔に、業火が飛ぶ。

 焦ってのけぞったが、かすっただけで肌が焼けつくような恐ろしい炎だった。

 直撃を受けていたらどうなっていたか――火傷で済むはずがなく、骨が残っていればいいほうだったと思い、青年の顔がひきつった。


「ほ、本気で殺す気か――!」

「事前に言ったとおりです」


 五人に相対するひとり、黒髪の美女は、氷の仮面を貼り付けたような冷たい表情で言い放った。


「殺す気できなさい、と。でなければ訓練にはなりません」

「い、いや、でも――え?」


 美女はすたすたと青年に近づき、その胸にとんと手を置いた。

 一瞬、なにか色っぽいことを想像したのか、動きが止まった青年だったが、すぐにまずいと気づき、しかしそのときにはもう遅かった。


 美女の手のひらから爆発的な風が生まれる。

 青年の身体は冗談のように吹き飛ばされ、竜巻の向こうに消えた。


 ――と、その背後。

 青年に相対していた美女の背中をつき、ひとりの少女が迫っている。


 距離はまだ三メートルほどあった。

 そこまで気づかれずに接近し、もう一メートルも近づけば、その身体に触れることができる――身体にさえ触れれば勝機はある、と踏んだ少女が、焦る気持ちを抑えてもう一歩踏み出した。

 よし、これで届く、と手を伸ばし、少女は間の抜けた声を洩らす。


 いままで目の前にいたはずの相手が、忽然と消えているのである。

 え、と目を丸くした少女の肩を、だれかがぽんぽんと叩いた。


 少女はそのとき、過去に経験したことがない恐怖を覚えた。

 振り返ることができない。

 全身が硬直し、汗が吹き出す。

 しかし振り返らなければならない、振り返らなければ危ない、いや、振り返らなくてもどっちみちもうだめだ――。


「読みは悪くありませんが、格上にその程度の小細工は通用しないと考えたほうがよいでしょう」

「せ、先生、あの、こ、降参するんで――」

「勝負に降参はありません」


 冷徹な死刑宣告だった。

 演習場からはみ出すほど巨大な竜巻から、ぽんとゴミでも捨てるように少女の身体が飛び出してくる。


「――さて」


 竜巻の中央に立つ美女は、もう自分に向かってくる相手はいないと判断し、竜巻を止めた。

 風はしばらく名残惜しげに美女のまわりを渦巻いたあと、ふとさわやかな微風を残して消える。


 竜巻が止んだ演習場は、地面がえぐれ、草が引きちぎられ、相対していた五人の生徒たちが散り散りに倒れ、まさに死屍累々の惨状であった。


 演習場を囲むように見学していた生徒たちは言葉も出ず、ただごくりと唾を飲み込んで、ただひとり立っている美女を、鋼鉄の魔砲師ことソフィア・アルバーンを呆然と眺めるしかなかった。



  *



 学校はいま、年に一度の全国魔砲師試験に向け、特別態勢に入っている。

 三年以下の試験に出ない下級生は一ヶ月弱の長期休暇になり、四年以上の試験に出る上級生は丸一日みっちり実戦的な訓練を行うという毎年恒例のもので、この日も朝から校内にいくつかある演習場でそれぞれ訓練が行われていた。


 とはいえ、四年以上の生徒全員が同時に訓練することはできないため、どうしても余る生徒が出てきて、そういう生徒たちはほかの生徒の訓練を見学することになっているのだが、この時間いちばん人気だったのは校内西側のいちばん大きな演習場で行われていた、ソフィア・アルバーン対六年選抜隊の訓練だった。


 そもそも全国魔砲師試験には、個人戦と団体戦のふたつで行われる。

 個人戦はそのまま、一対一の実戦的な魔砲戦闘で、団体戦は三対三の魔砲戦闘になっていて、勝ち抜き戦で優勝者を決めるのである。

 それでは魔砲師試験に合格するのは個人戦の優勝者と団体戦の優勝三名だけなのかといえばそうではなく、試験はあくまで実力を測るために行われるもので、たとえ敗北しても試験官が魔砲師になるだけの力があることを認めれば魔砲師試験に合格することができる仕組みだった。

 もっとも、優勝者はほぼ自動的に合格とされるため、試験を受ける全国の魔砲師学校の生徒たちはまず優勝を狙って真剣勝負を繰り広げることになるのだが。


「――ソフィア先生って、強いのはそりゃ知ってたけど、あんなに強いのかよ……」


 ソフィア・アルバーン対六年選抜隊の訓練を見学していた生徒のひとりが呆然と呟いた。


「だって、相手、六年だぜ? しかも選抜で、要するにいまこの学校でいちばん強い生徒なのに、それを五対一で圧勝なんて」

「まあ、ソフィア先生、学生のころは学校はじまって以来の天才って言われたくらいだし……」

「それにしても、だよ。試験前なのに、あんだけ圧倒されたら六年もつらいぜ、たぶん。そのへん容赦ないよなあ……さすが鋼鉄の魔砲師、ソフィア・アルバーン」

「――さあ、時間がもったいないですから、次に訓練したい生徒たちは前に出なさい。何年生でも、何人でもかまいません」


 演習場の中央に立つソフィアが、見学している生徒たちをぐるりと見回しながら言った。

 そこはなんといっても世界最高峰と謳われる王立フィラール魔砲師学校の生徒たち、われ先にと訓練を求める――こともなく、全員それとなく、おまえがいけよ、という空気を醸し出しながら、ソフィアと目を合わせないようにさり気なく顔を伏せていた。


 普段ならともかく、いま目の前で六年生が手も足も出ずにやられたところなのだ。

 人間が枯れ葉のように吹き飛ばされたり、そのあと死人のようにびくとも動かないところを見ると、さすがに自分もそうなりたいと望む人間はすくない。


 しかしこのままだれも訓練に参加しなかったら試験間近なのに消極的すぎると怒られるのは目に見えていて、見学しているだれかが生贄にならなければならないのは間違いなかった。

 全員が全員、こんなことなら見学するんじゃなかった、と後悔する。


 そんななか、ひとりの女子生徒が勇気を振り絞って、


「あ、あの、先生!」

「――ひとりでくるのですね、いい度胸です。さ、そこに立ちなさい」

「い、いや、そうじゃなくて! あ、あの、その、ちょっと言葉のアドバイスをもらいたいというか。あの、先生って、そんなに強いのに、それに学生のころから天才って言われてたのに、その、どうして教師になったんですか? なんていうか、先生ならもっといろんなところで働けるっていうか、もっとお給料がいいところでも働けそうなのに」


 なるほど、そういう作戦か、とまわりの生徒はうなずく。

 雑談をして、訓練時間をすこしでもすくなくしようという思惑にちがいない。

 しかし相手は鋼鉄の魔砲師である。

 試験前でなくても気軽に雑談なとできる相手ではないのに、よくこの場面でその作戦を取ったものだ、たしかにいい度胸をしている、とまわりの生徒が感心するなか、ソフィアはすっと目を細めて女子生徒を見つめた。


 やっぱり失敗か、と女子生徒がお叱りを覚悟したとき、ソフィアはちいさく息をついて、


「たしかに、ほかの場所でも就職はできたでしょう。私が教師になった理由は――」



  *



 ソフィア・アルバーン。

 王立フィラール魔砲師学校入学当時、十二歳。

 ペアリングによって素質を測られた彼女は、入学した瞬間から天才として成長することを運命づけられていた。


 ソフィアの両親はなんの変哲もない人間だった。

 父親は汽車の運転士をしていて、母親は専業主婦。

 どちらの家系を辿ってもこれといって優秀な魔砲師はおらず、ソフィアがなぜそれだけ大きな素質を持っていたのかはわからなかったが、ソフィアが王立フィラール魔砲師学校の入学試験に合格したとき、両親はとてもよろこんでいた。

 それもそのはずで、試験を受けてみてはどうかと薦めたのも両親だったから、ソフィアはただそれに従って受験してみただけだった。


 だから、ソフィアは、入学する前も、入学したあとも、魔砲師になりたいとは一度も思ったことがなかった。


 自分の意思とは関係なく試験を受け、合格し、天才と呼ばれた少女は、まるでまわりが見ている自分と自分が感じている自分が別人になったような気分で学校に通っていた。

 たしかに、彼女は入学した当初から大抵のことができた。


 ふつう、魔砲師にはフィギュアがいて、そのフィギュアと簡単な魔砲を使っているうちにある程度はフィギュアなしでできるようになるものらしかったが、ソフィアははじめから自分ひとりだけで簡単な魔砲を使うことができた。

 だからなのか、フィギュアと出会ったのは入学して半年ほど経ったころだった。


「――ああ、やっぱりそうだ。もしかしたらそうじゃないかと思っていたんだよ」


 教師はそう言って共鳴するペアリングに目を細め、ソフィアにフィギュアとしてひとりの少年を紹介した。


 リク・ダルスキイ。

 メガネをかけたその少年が、天才少女のフィギュアだった。

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