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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第五章
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第五章 その7

  7


 いやあ、すまんすまん、と妖精王は頭を掻いた。


「まさか、あんなに豪快に吹っ飛ぶとは思わぬからの、はっはっは。それがまさか、フィアナもろともプールに落ちるとはさすがの儂も想像できなかったの、はっはっは」

「あ、あんたの仕業かああ!」

「偶然とは恐ろしいものよの。悪意などどこにも介在せずとも悲劇は起こりうるという教訓だ」


 いかにもらしい言葉だが、もちろんそんなもので溜飲を下げるフィアナではなかった。

 ここはもう、プールサイドではない。

 例の騒動後、なんとなくプールで遊ぶどころではなくなり、全員プールから上がって昼食を取ることになったのだった。


 昼食は、基本的には自分たちで作ることになっている。

 しかし材料は予め使用人たちが買い込んでいたため、買い出しに行く必要はなく、適当なものを作るだけでよかった。


 フィアナはもちろん、料理などできない。

 本人曰く、できないのではなくしないのだということだが、どちらにせよ役立たずであることには変わりない。

 レンとギイも料理には自信がないということで、料理の担当はユイと玲亜に決まった。


 本当は桐也も手伝うと言ったのだが、玲亜がまじめな顔で一切手を出すなというので、桐也は隅のほうの席でしゅんと座っている。

 で、ユイと玲亜が見事な昼食を作り、それを全員で食べているとき、姿を消していた妖精王が突然現れ、いやあすまんすまん、となったのだった。


 プールでの大惨事の原因は、曰く、妖精王にあるらしい。


 あのとき、妖精王と桐也は、プールからすこし離れたところで訓練をしていた。

 それは別段変わった訓練ではなく、実戦形式で剣を持った桐也が妖精王に攻撃し、妖精王がそれを防ぐ、というだけのものだった。


 お互い、訓練とはいえもちろん手は抜かない。

 桐也は全力で妖精王に斬りかかるし、妖精王はそれを一切の手加減なしで防いでいく。


 その過程で、桐也が妖精王に飛びかかり、剣をふるったとき、事件は起きた。

 妖精王はその一撃を、風でもって防いだ。

 それがただの風ではない。

 周囲の地面さええぐって吹き飛ばすような、猛烈な風である。


 飛び上がっていた桐也の身体は、その風に吹き飛ばされて木の葉のように飛んでいった。

 不運だったのは、それがたまたま、プールの方向だったということ。


 いかに身体を鍛えようと、身体の一部分さえ接地していない空中では、その姿勢を変えることくらいしかできない。

 桐也はしかし、がんばった。

 がんばってなんとか勢いを殺そうとしたが、だめだった。


「フィアナ、危ない!」


 と叫んだのは、桐也にとっては最大限の努力の結果だったのである。

 しかしその結果虚しく、桐也はちょうどプールサイドに突っ立っていたフィアナの背中にぶつかり、フィアナもろとも水中へ落ちた。


 桐也ははじめからプールに落ちそうだと予想していたから、すぐ水面へ上がったのだが、自分の意思とは関係なくプールへ落とされたフィアナはなかなかそうはいかず、最終的に桐也が水面まで引っ張り上げたのだが――そのあと起こった悲劇は、想像を絶するものだった。


「ま、まあ、だれも怪我をせんでよかったではないか、な?」

「な? じゃないわよおお! こっちは心の底までずたずたよ!」

「気にするな、フィアナ。見られて恥ずかしいものでもあるまいに」

「う――そ、そりゃあ、別に見られても恥ずかしくない程度には立派なものだと自負してるけど、そ、それとこれとはまた別問題で――」

「そもそも、フィアナくらいになれば男に胸のひとつやふたつ見られる程度、なんでもあるまい。これがうぶな生娘というなら話は別だが」

「ま、まあ、そうね、たしかに、私くらいになったら胸のひとつやふたつ見られる程度、なんでもない……けど、う、釈然としないわ」


 どうやらごまかせたらしい、と妖精王は息をついて額を拭った。


「フィアナがアホでよかったの、本当に」

「妖精王、なんか言った?」

「なにも。なにも言っておらぬ」

「それにしてもお兄ちゃんたち、こんなところまで訓練なんかしてたんだ」


 呆れたように玲亜が言った。


「こっちはプールで楽しく遊んでたのに」

「ま、おれにとっては鍛錬が遊びみたいなもんだから」

「わ、やっぱり変人だ」

「変人って言うなっ――でも、やっぱり妖精王は強い」


 一時間程度の訓練ではあったが、それは桐也が強く妖精王の凄まじさを理解した時間でもあった。

 その時間、桐也が一方的に攻撃し、妖精王はそれを防ぐだけだったからよかったようなものの、もし妖精王が平等に攻撃していたら五分も保たないにちがいない。


「ま、当然だの」


 妖精王は空中で自慢げに胸を張った。


「儂は妖精王、妖精界の王だからの。そんじょそこらの人間に負けておるようでは話にならぬ」

「ふうん、妖精王ってそんなにすごいの?」


 いまいち信じていないようなフィアナの声色だった。


「そりゃすごいよ。おれなんか指一本触れられないし」

「儂は四元素そのものだからの。言うなれば、世界最強の魔砲師と同じだ。四つの元素を同時に操ることができるのだからの――ま、完全に魔砲師と同じ能力というわけでもないが。儂は魔砲師よりも簡単に四元素を使えるが、四元素を同時に使えるからといって時空魔砲などは使えぬ。儂にできることは、エレメンツの実体が存在する妖精界からこの世界へ干渉することだけからの。それにしても、桐也の攻撃はどうも直線すぎる。正々堂々はいいが、格上の相手に正面から戦うのではまったく通用せぬ。もっと卑怯な戦い方も覚えなければ」

「う、卑怯、か――」


 それは桐也も自覚していることではあった。

 そもそも桐也は、こちらの世界にくるまで自分より強い相手というのに出会ったことがなかった。


 剣道の試合でも、その全国大会においてさえ、相手はみな桐也より格下だった。

 だから桐也は相手にもっと巨大な敵を投影し、それと戦うようなイメージで試合をしていたのだが、もちろんイメージする強敵と実際の強敵とでは雲泥の差がある。


 はじめて自分の力では敵わないと思ったのが、ほかならぬユーキリスだった。

 そして今日、妖精王に稽古をつけてもらい、妖精王がユーキリスと同じか、あるいはそれ以上の力を持っていることを痛感し、反対に自分がまだまだ未熟であることも理解して、やる気が出るやらすこし落ち込むやらというところに例のプール事件が起こり、午前の訓練はそれで終わりにするしかなかった。


「ま、いまのままでも人間としてはかなりのものだがの。魔砲師でなければ、単純に接近戦でキリヤに敵う者はそうそうおるまい」

「へえ――キリヤって、そんなに強かったんだ」


 レンが純粋に驚いたように言うと、玲亜はうんうんとうなずいて、


「お兄ちゃん、昔から異常に強かったもん。こっちにこなかったら世界一強くなってたかも」

「いやいや、さすがに世界一ってことはないけど――でもこっちの世界にはおれより強い魔砲師がごろごろいるんだろうなあ。いいなあ、全員に会って戦ってみたいなあ」

「バトルマニアだなあ……」

「お互い憎しみもない純粋な勝負は楽しいもんだぞ、レンちゃん。なんなら一回、おれと戦ってみる?」

「やめとく。あたし、まだ魔砲も下手だし。あと痛いのやだし」

「痛くないって。ほんとに攻撃するわけじゃないんだから。全部寸止めだよ」

「うー、それもなあ」

「……卑猥な会話」


 ギイがぽつりと呟く。

 桐也は意図的にそれを無視し、


「昼からも稽古頼むぜ、妖精王」

「む、わかった、引き受けよう。次はプール以外の方向へ飛ばすように心がける」


 飛ばすのは飛ばすのか、と桐也は苦笑いし、しかしこうした話をしているとやる気が湧いてきたのか、食事が終わるとすぐに立ち上がった。

 もともと食事など必要ない妖精王もそれに付き合い、ふたりは別荘を出ていく。


「ほんと、よくやるわねえ。さて、私はお昼寝でもしようかしら」


 ふわあとあくびを洩らしながらフィアナが出ていくと、それに付き添ってギイも大食堂を出ていき、結局残った三人、玲亜、レン、ユイで食事の後片付けをはじめる。


「ごめんなさいね、レンちゃん、片付け手伝ってもらって」


 ユイが言うと、レンはちょっと照れくさそうに視線を逸らして、


「別に、料理は苦手だから、皿洗いくらい手伝うよ」

「ふふ、ありがと。でもレイアちゃんがお料理上手なんて意外でした――あ、その、別に悪い意味じゃなくて」

「あはは、よく言われる。でも前はずっと料理担当だったもん」

「前って――この世界にくる、前?」

「そ。お兄ちゃんと孤児院で暮らしてたころ。孤児院のお世話になってるから、家事はあたしたちがやってたの。お兄ちゃんは掃除担当」

「へえ、そうなんですか――」


 あの桐也が掃除か、とユイはエプロンをしてはたきを手に持っている桐也を想像し、ひとりで笑う。


「なんだか意外――でも、たしかに想像できますね」

「キリヤって、元の世界でもあんなんだったのか? 剣だの、鍛錬だの」

「うん、あんなんだった」

「はあ、そりゃ大変だな」

「頼りにはなったけどね。お兄ちゃん、やっぱり強かったし。基本的にお兄ちゃんといっしょならどこに行っても不安に思わなかったし――だから、この世界にきたときもあんまり不安じゃなかったのかな」


 何気なく呟いた玲亜の言葉に、ユイの皿を洗う手が止まった。

 ユイはもちろん、レンもすでに玲亜からふたりがここではない別の世界からやってきたのだと聞かされている。

 その意味も理解しているつもりだったが、玲亜の言葉にはっとしたのだ。


 桐也と玲亜にとって、この世界はどれだけ馴染んでも「異世界」でしかない。

 それはつまり、こことは別に、帰るべき世界が、帰るべき家があるということ。


「……ねえ、レイアちゃん。もし、あのユーキリスってひとがふたりをもとの世界に戻すって言ったら、やっぱりレイアちゃんたちは、もとの世界に戻るんです……よね?」

「んー、どうなんだろ」


 玲亜の横顔を、レンもじっと見つめている。


「たしかにもとの世界に戻りたい気持ちはあるけど、でも、こっちでもいっぱい友だちができたし、二度と会えなくなるのは寂しいし……うーん、わかんないや。お兄ちゃん次第、かなあ。お兄ちゃんが帰るって言ったら、あたしも帰るし。お兄ちゃんがこっちに残るっていったら――あたしも、こっちにそのまま残りたいな」


 ふたりにとってこの世界は「異世界」であり、この世界にとってふたりは異物であり続ける。

 それはどれほどふたりがこの世界に馴染んでも変わらない――そのことをふと意識すると、こうしていっしょに話したり笑ったりすることは決してなんでもない日常などではないと思えてくる。

 この瞬間にだけ与えられた、特別な奇跡――奇跡が起こらなければ出会うことすらできなかったのである。


「考えてみたらふしぎだよな」


 レンがぽつりと言った。


「ユイ……さんもそうだと思うけど」

「ユイでいいですよ、レンちゃん」

「ん――じゃ、ユイもそうだと思うけど、あたしたち、フィギュアになった相手はこの世界の人間じゃないんだもんなあ。もしレイアたちがこの世界にこなかったら、あたしたちには一生フィギュアが現れなかったってことなのかな。それとも別のだれかがフィギュアになった、のかな」

「きっとわたしたちのフィギュアは、レイアちゃんやキリヤくんしかいないと思います」


 はっきりとユイは言い切って、それからすこし不安になったように、


「だって、もしいなかったら別のひとが代わり、なんて、そんなの、嫌です」

「……ま、たしかに。フィギュアは世界にひとりの運命の相手だっていうし」


 でも、そうだとしたら、もしふたりが元の世界に戻ったあとはどうなってしまうのだろう。

 ユイは自分の胸に浮かんだ疑問をぐっとがまんする。

 それを言ってしまえば、玲亜や桐也の選択の邪魔になってしまう気がして。


 玲亜も桐也もやさしいひとだった。

 だれか困っているひとがいれば、自分の事情よりもそちらを優先してしまうようなひとだった。


 だから、余計な負担はかけたくない。

 桐也と玲亜がどんな選択をするにしても、それは桐也と玲亜がもっとも幸せになる選択であってほしかった。


 もしユーキリスを倒すことでふたりが元の世界に戻れるのだとしたら、残された時間はそう多くない。

 ユーキリスは試験会場に現れる。

 その試験まではもう一ヶ月もないのである。


 最後のときは、しずかに、しかし着実に迫っていた。

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