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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第五章
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第五章 その4

  4


 汽車の旅は約二時間ほど。

 桐也たちと同じ汽車にはこれから旅行へ行くのであろう家族連れも多く乗っていて、ほとんどの席が埋まっていた。


 汽車はなにもない平原を土地に起伏に沿うようにゆるやかな蛇行をしながら進んでいく。

 その間、桐也たちはといえばこれといってなにをするわけでもなく、レンと玲亜は並びの席でお互いの肩に頭を乗せて寝ているし、フィアナはどこから持ってきたのか優雅に紅茶なんぞ飲んでいるし、ギイは寝ているレンと玲亜の顔を写真に撮っているし、妖精王は相変わらず姿を消したまま。


 そして桐也とユイはといえば、並びの席に座ってはいるものの、とくに会話があるわけでもなく、ふたりして窓の外を眺め、ぼんやりとした時間を過ごしていた。


「なんか、ふしぎな気分だな」


 桐也がぽつりと言った。

 その視線の先に、レンと玲亜の寝顔にレンズを向けるギイがいる。


「元いた世界からこの世界に――おれにとってはわけのわからん世界にやってきて、ま、それはいいとしても、そこでの暮らしがこんな感じになるなんて、思ってもみなかったよ。もっとこう、現実離れした暮らしになるのかと思ったら、元いた世界とあんまり変わってないもんなあ」

「でも、前にいた世界では魔砲師はいなかったんですよね?」


 ユイが首をかしげる。

 いつものように片側だけ編みこみ、耳を出している髪型で、黒い髪がさらりと肩を流れた。


「魔砲師はいなかったけど、こうやって過ごしてる分には魔砲なんてないだろ? 汽車に乗って、カメラで写真撮ってさ。そういうとこはいっしょだよ」

「へえ、キリヤくんの世界にも汽車やカメラがあるんですね――たしかに、そう考えるとちょっとふしぎかも」

「だろ? おれもさ、なんか魔砲の世界っていうから、全部魔砲尽くめなのかと思ってたよ。移動するにも魔砲、写真撮るにも魔砲、みたいな」

「あはは、たしかになにも知らないとそう思うかもしれませんね。でもほんとは、この世界には魔砲を使えないひとのほうが多いわけですから、社会はみんな、魔砲を使えないひとたちが住みやすいようにできてるんですよ。わたしたち魔砲師も、ほんのちょっとしたことにも魔砲を使って生活するより、ふつうのひとたちといっしょに生活するほうが楽ですから」


 たしかに、暗い部屋へ行くたびに炎を生み出して周囲を照らすより、壁のスイッチをぱちりとやって照明をつけるほうが楽にはちがいない。

 要するにこの世界も、「持たざる者」が生きやすいように進歩してきた世界なのである。


「昔に比べて魔砲師の力も弱くなってるって聞いたけど、もしそれが進んで、この世界から魔砲師がいなくなったらどうなるんだろうな。これだけ社会が発達してれば、突然魔砲が消えても生活にはなんの問題もないか」

「そうですね――すこしずつ魔砲師が消えていくなら、もしかしたら問題はないのかもしれません。でもいま突然魔砲が消えたらきっと大混乱になりますよ。魔砲師は意外といろんなところで活躍してますから。たとえば王宮に所属してほかの国のいろんなことを探ったりとか、犯罪者を捕まえたりとか、大規模な工事現場で活躍したりとか」

「なるほど、たしかにそういうのは魔砲師のほうがいいのかもな――そういえば、魔砲師って悪いやつはいないのか? 魔砲を悪用してやろう、みたいな」

「いない、とは言えません。残念ですけど、そういうひとたちもなかにはいます。だからこそ、魔砲師は必要なんです。魔砲師を一般人が取り締まることはむずかしいですから。悪い魔砲師の力に対抗するために、いい魔砲師が必要なんです」

「悪い魔砲師、か」


 あいつはどうなんだろう、と桐也は思う。

 ユーキリスは、悪い魔砲師なのか。

 しかしいまのところ、桐也が知るかぎり、ユーキリスは犯罪らしい犯罪は犯していない――いや、散々痛めつけられはしたが、魔砲の力ですぐ治癒する程度だったし、それもなにかふつうではない目的があってこその行為ではあった。


「あんたたち、ずいぶんまじめな話してるのねえ」


 ボックス席の対面に座っているフィアナが、紅茶のカップを傾けながら半ば呆れたように言う。


「いまから別荘に行くって人間がする会話?」

「う、じゃあどんな会話がふさわしいんだよ?」

「それはもちろん、別荘に着いたらなにをしようかしらとか、この夏の有意義な過ごし方についてでしょ」

「夏の有意義な過ごし方、ねえ……つっても、おれは鍛錬だし。毎日、鍛錬だし」

「あんたね、いったいなにしに別荘行くつもりよ?」

「いや、そりゃ涼しいとこでやるほうが気分がいいし、ずっとおんなじとこでやるよりは行ったことない場所でやるほうがいいかなと思って」


 フィアナはまじまじと桐也を見つめ、どうやら冗談で言っているのではないらしいと判断し、深々とため息をついた。


「ユイ、あんた、大変ねえ」

「へ?」

「こんなフィギュアで、あたしなら絶対嫌だけど」

「そ、そんなことないですよ。キリヤくんはやさしいし」

「やさしいし?」

「た、頼りになるし」

「頼りになるし?」

「そ、それから……」


 ユイはちらりと桐也の顔を見る。

 当然、桐也もユイを見ている。

 ふたりは一秒ほど視線を交差させたあと、どちらからともなく視線を逸し、恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「小学生か、あんたたち」

「……と言いつつ、フィアナも似たようなもん」


 寝顔写真に満足したらしいギイが席に戻ってくるなりぼそりと言った。


「な、なにが似たようなもんよ? 私のほうがよっぽど、あれよ、その、つまり……」

「フィアナ、男のひとと手をつないだこともな――」

「うるさいうるさいうるさーい! あんたね、それ以上言ったら力づくで黙らせるからね!」


 赤い顔をしてすでに力づくでギイの口を塞いでいるフィアナは、きっとふたりをにらんだ。


「ぎ、ギイが言ってるのはうそだからね。私、て、てて、手つないだことくらいあるし。なんならもっと進んでて、あんたたちじゃ想像つかないくらい大人なんだから」

「あ、ああ、まあ、それはいいけど、そろそろ解放してあげたら? 口といっしょに鼻も塞いでるから、そのうち死ぬぜ、ギイ」


 ギブギブ、というようにギイはフィアナの腕を叩き、やっと解放され、息ができるよろこびを噛み締めた。

 それに対しフィアナは釈然としないような顔。

 窓辺で頬杖をつき、じろりとギイを見る。


「そんなこと言ったら、あんただっていっしょでしょ。男と手つないだこと、ないくせに」

「……あたし、別にしたくないから、いい」

「そ、それを言ったら私だってそうよ。べ、別に、できないんじゃなくて、したくないだけよ。しようと思えばいつでもできるし。男なんか、いくらでも言い寄ってくるんだから」

「……まあ、フィアナが美人なのはほんと。ただフィアナが言ってることはだいたいうそ」

「うそって言うんじゃないわよっ!」


 いくら見た目が美人でもその性格じゃなあ、と桐也は思わず納得するが、それをすこしでも顔に出せばその瞬間血を見ることは明らかであり、なんとか押し殺す。

 汽車はそのあいだも走り続け、いくつかの停車駅を超えて、次が目的の駅というころになって、ようやく玲亜とレンも起き出した。


 汽車が停まったのは、見るからにのどかな町のなかだった。

 線路沿いにちらほらと煉瓦造りの民家が見えるが、その向こうはすぐに田んぼや野原になっていて、汽車を下りた瞬間空気がすこし冷たく澄んでいることに気づく。


「このへんに、別荘が?」

「そう。ここからもうちょっと歩いたところよ」


 フィアナが戦闘になって歩き出し、それにほかの五人が続いていたが、町を抜けたあたりでぽんと音がして、玲亜の頭上にいままで姿を消していた妖精王が現れた。


「ようやく人気もなくなったの。なかなか退屈な時間だったが」

「お疲れさまー」


 玲亜はまるでペットのように妖精王の頭を撫でる。

 玲亜も玲亜だが、それでなんとなくうれしそうな妖精王も妖精王で、やっぱり伝説的な存在というよりちょっと変わったペットくらいにしか思えないよなあ、と桐也はその光景を眺めた。


 こうして七人になり、フィアナの別荘へ向かって進む。

 その道は舗装もされていないあぜ道で、左右には広々とした田んぼがあり、なおかつその向こうは手付かずの野原で、向かって正面、そのかなり遠いところには大きな山の影が見えていた。


 田んぼに人影はない。

 その代わり、帽子をかぶった案山子をよく見かける。


 田んぼのすき間に生えている木からは降り注ぐような蝉の泣き声が聞こえ、空は青く遠く、やわらかそうな白い雲が空の果てに漂っていた。

 そこを七人で歩いていけば、絵に描いたような夏の風景である。


「キリヤくん、やっぱり荷物、自分で持ちます」

「いや、いいんだよ、ユイ。これも鍛錬のひとつだから。おれに持たせて顔色ひとつ変えない玲亜を見習ってみ」

「お兄ちゃん、荷物持ってくれてありがとー、大好きー」

「見ろ、あの適当さを」


 振り返りもせず大好きもなにもない。

 まあ、荷物持ちはいつものことで、そこにユイの荷物が増えたくらいではまったくつらくもないのだが。


「それにしても、ほんとにちょっと涼しいな。二、三度くらいは低い気がするよ。ま、それでも暑いけど」

「ねーフィアナさん、このへんのどこからがフィアナさんちの敷地なの?」


 と玲亜が聞くと、フィアナはよくぞ聞いてくれましたとばかりに振り返って、


「このへん全部よ」

「え?」

「駅からこっち側、全部うちの土地なのよ――ふふん、どう、庶民には理解できない感覚でしょうねえ。見渡すかぎりのすべてが自分の土地なんて。ま、うちくらいの貴族になればそんなの珍しくもなんともないけれど。おーっほっほ!」

「ははあ、そりゃ、ほんとにすごいなあ」


 左右に見えている地平線まですべて自分の土地、というのは、たしかに庶民には理解できない感覚だった。


「さあ、愚民ども、私を崇めなさい! このフィアナ・グルランス・アイオーンを崇め、奉りなさい! そして跪き、私にちゅうせ――」

「わっ、バッタ! レンちゃん、捕まえてあげよっか」

「や、やめろよ! あたし昆虫は全般的にだめなんだよ、ぎゃっ、ち、近寄んな!」

「ほらほら、バッタだよー、かわいいよー」

「ぎゃあああっ!」


 両腕を上げ、偉大なる貴族のポーズを決めたフィアナの横を玲亜とレンが駆け抜けていく。

 それに続いて桐也たちも通り過ぎ、フィアナはぷるぷると怒りにふるえ、ばっと麦わら帽子を脱ぎ捨てた。


「ちょっとあんたたちね、この私を無視するとはいいどきょ――」

「あ、おっきな家が見えてきたよ。あれが別荘かな? あたし一番乗りー」

「うお、すげえ、でけえ! なんだあの洋館。いったい何人で暮らすためのもんなんだ?」

「わあ、ほんと、大きいですね。それにきれい。あ、右側にプールもありますよ」

「む、プールか、よいな。この世界はなかなか興味深いが、この暑さだけはたまらぬ。さっそくプールで涼むとするか」

「妖精王さん、水着は――って、そ、そっか、妖精王さんって、いつも裸、ですもんね」

「言われてみれば、たしかに……あの髪の毛で器用に隠してはいるけども」

「……フィアナ、元気出して。あたし、フィアナの味方――ぷぷっ」

「いいこと言うつもりなら最後まで笑い我慢しなさいよおお!」


 はあ、とフィアナはため息をつく。

 自分を無視したこいつらには天罰が下ればいい、と思いながら、ともかく別荘に到着したのだから、まずはその自慢をしなければならない。


「ふふん、外見の豪華さだけに惑わされてるあんたたちはやっぱり庶民ね。豪華なのは外だけじゃないのよ。なかもそれはそれは豪華で、寝室は全部で十あるし、お風呂はふたつ、談話室に遊戯室まで完備されたこれ以上ないくらい完璧な別荘なのよ。まさに外見も内面も美しい私にぴったりの別荘ね、おーっほっほ」

「……フィアナ、もうみんな行っちゃっていないよ」

「あ、あいつらああ! 待てこらああ!」

「フィアナ、貴族感ゼロ。でもそこがいい」


 先行する桐也たちを追いかけて走り出したフィアナに、ギイもにこりと笑い、そのあとを追った。

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