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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第五章
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第五章 その2

  2


 久しぶりの授業だと張り切っていたのは、どうやら桐也だけだったらしい。


「え、休み?」

「知らなかったのかよ、キリヤ」


 四日ぶりに登校した教室で、クラスメイトは呆れたように息をつく。


「明日から長期休暇なんだよ。学校は全部休み。だからみんな今日はやる気ねえんだよ」

「なんで長期休暇――ああ、夏休みか」

「夏休みっていうよりは試験休みだな」

「試験休み?」

「もう来月には魔砲師試験ですから」


 とユイが補足するように言って、クラスメイトはうんうんとうなずく。


「試験に出るのは四、五、六年だけなんだよ。おれら三年以下は関係ない。でも先生たちが上級生に集中するから、試験までの三週間ちょっとは三年以下は完全に休みなんだ」

「なるほど、そういうことか」


 そりゃあだらけた気分にもなるわけだ、と生徒の半分ほどが机に突っ伏している教室を眺め、桐也は納得したようにうなずいた。

 前の学校でも夏休みに入る直前は、たしかにもう休みに入っているかのようなだらけた雰囲気だった。


 でも、夏休みか。

 桐也は席に戻りながら呟く。

 席は教室の後方、ユイと並びになっていて、通路を挟んだとなりはフィアナとギイの席であり、さすがにフィアナはこんな日でもぴんと背筋を伸ばし、縦ロールの金髪をふりふりと揺らしている。


「ユイは、夏休みはどうするんだ?」

「さあ、まだなんにも。去年は実家に帰りましたけど」

「ん、ああ、そっか、みんな寮暮らしだもんな。帰省にはちょうどいいのか」


 でもなあ、と桐也は頬杖をつく。

 みんなは実家に帰るのもいいだろうが、桐也と玲亜の実家は時空の彼方であり、夏休みだからと帰れる場所にはない。


 いままでそれを寂しいと思ったことはなかった。

 ここには玲亜もいるし、友だちもいる。

 しかし、さすがに生徒のほとんどが帰省するとなったら、人気がなくなった学校に残るのは寂しい気がする。


 となりに座ったユイは桐也の横顔を眺め、ふとそんな考えを読み取ったように、


「でも、今年は学校に残ろうかと思ってて」

「え、そうなの?」


 と振り返った桐也の表情は、隠しきれないうれしさがにじみ出ている。

 ユイはくすくすと笑いながらうなずいて、


「今年は年が明けてから一度帰りましたし、手紙を出せばいいかなと思ってて」

「そっか……でも親御さんは会いたいんじゃない? あんまり帰れないんだし」

「マリラ族は、基本的に独り立ちをするとあんまり親とは会わないんです。わたしなんか寂しがり屋で一年に一回は帰っちゃうんですけど、マリラ族には珍しいくらいで。わたしの妹なんて、もう独り立ちして三年になるんですけど、一度も帰ってませんし」

「へえ、そうなんだ。いろんな文化があるんだな。じゃ、今年は学校でゆっくり?」

「はい。たまには町で買い物したり、学校でゆっくりするのもいいかなって」

「いや、うん、そういうのもいいと思うよ。おれもどうせ寮に残るし」

「じゃあ、あの、よかったら――」


 恥ずかしそうにユイが視線を下げた。

 桐也は首をかしげ、言葉の続きを待つ。


「その、あの……休暇中、い、いっしょに――」

「あら、あんたたち、休暇中はずっと学校にいるの?」


 机の上で指を突き合わせ、ぎこちなく言葉をつむぐユイを遮り、通路を挟んだとなりの席からフィアナが言った。

 む、とユイはフィアナを見るが、それにはお構いなしで、


「虚しいわねえ、三週間以上もあるのに、この町から一歩も出ないなんて。せっかくの夏なのにねえ、おーほっほっほ」

「……フィアナ、高笑いがすっかり板についてきた」

「そう言うフィアナはどっか行くのか?」

「もちろんよ、三週間もこんなところにいられますか。私はね、休みのあいだ別荘に行くつもりなの」

「べべ、別荘?」

「家に帰ってもいいんだけど、ちょっと遠いしねえ。五つある別荘のうち、いちばん近い別荘に行こうと思ってるのよ。ま、あんたたち庶民にはわからない感覚でしょうけどねえ」

「く、くそう、なにも言い返せない……」

「アイオーン家ほどの貴族になれば四季に合わせてすごす別荘があるのよ。夏は涼しいところ、冬は暖かいところってな具合にね。暑いときに暑い暑いというのは庶民だけなのよ、おーっほっほ!」

「……フィアナ、今週でいちばん楽しそう」


 教室中に高笑いを響かせるフィアナに、ギイもなんとなくうれしそうにぽつりと呟く。

 でも、とギイは続けて、


「フィアナ、だれもいない別荘は寂しいって言ってた」

「う――よ、余計なこと言ってんじゃないわよ、ギイ! そ、そんなこと、言ったかしらねー」

「広い別荘だし、あたしとフィアナだけじゃ退屈」

「だ、だから、なんなのよ?」


 ギイはじっと桐也とユイを見た。

 フィアナがその視線を追い、ふたりを見て、ま、まあね、と口を開く。


「たしかに、庶民に貴族の暮らしを見せてあげることも貴族の義務ではあるし? 不幸で哀れな庶民を助けてあげることも貴族の義務ではあるけど」

「……要するに、なにが言いたいんだ?」

「だ、だから、その、ま、まあ、あれよ、あんたたちがどうしてもって頭下げるなら――」

「フィアナ、ふたりにもいっしょに別荘きてほしいって」

「そそそんなことは言ってないわよ! つ、つまりね、まあ、あんたたちもどうせ暇でしょ、どうしても連れて行ってほしいっていうなら、私も心が広いし、連れて行ってあげてもいいけどって話で――に、にやにやしてんじゃないわよっ」


 フィアナがギイのほっぺたをむにむにと引っ張っているのを後目に、桐也とユイは顔を見合わせた。

 どうする、という相談なのだが、たしかに三週間以上に渡る長期の休暇中、ずっとこの学校のなかにいるのは退屈だった。


 出かけるとしてもヴァナハマの町になるし、桐也にとってみればすぐ近くの町でもまだ観光らしいことはほとんどできていなかったから、それはそれで楽しそうではあったが、ヴァナハマ観光は三週間のうちの一日で充分に足りる。

 となれば、ほかに行く場所があるわけでもなく、フィアナの申し出を断る理由はなかった。


「じゃ、いっしょに連れてってもらおうかな」

「ふ、ふん、ま、当然よね、この私の別荘へ行けるわけだから、そりゃあもう、飛びつくに決まってるでしょうね」

「ガルダは? いっしょに行かないの?」


 とすこし離れた席のガルダに声をかけると、ガルダは振り返り、残念そうに首を振った。


「休暇中もいろいろ仕事があって、王宮を離れられないんだ。行きたい気持ちはあるんだけど」

「そっか、残念だな。王族もいろいろ大変だ」

「とくにいまはね。光紀400年記念祭の準備もあるから。その分、記念祭はしっかりしたおもしろいものになるよ」

「それも楽しみだな――じゃ、あと行くかもしれないのは玲亜とレンちゃんか。それから――」


 と桐也が指折り数えようとしたとき、頭上でぽんと軽やかな音が響いた。

 仰ぎ見て確かめるひまもなく、桐也の頭にぐっと重量がのしかかる。


「ぎゃっ」

「だれか忘れてはおらんか、キリヤよ」

「わ、忘れてない! いま数えようとしたとこだよ」

「ふむ、ならばよいが」


 唐突に現れた妖精王は満足げに桐也の頭から離れ、教室内をふよふよ漂う。

 突然の登場ではあったものの、教室内でその出現に驚いている者はいなかった――最近、妖精王は玲亜にひっついて回ることにも飽きたのか、ひとりで校舎のなかを漂っていたり、唐突に教室に現れたりしていたから、もうみんな慣れっこなのである。


 こんな態度でも妖精王なんだもんなあ、と桐也はふよふよ漂うその姿を見上げる。

 たしかに優雅な銀髪とか、整いすぎている容姿とか、妖精王だと言われれば納得できる姿ではあるのだが、普段の態度を知っているとやはりどうにもそんなにえらい存在とは思えなかった。


 まあ、ともかく。

 これでフィアナの別荘に行く人間は決まったらしい。

 フィアナとギイのふたりに加え、桐也、ユイ、玲亜、おそらくレンも、そして妖精王を入れた七人。


 避暑のための別荘とはいえ、この七人じゃ騒がしくなりそうだ、と桐也は自分のことを棚に上げて思い、ギイはぽつりと、


「女六人に男ひとり。キリヤ、ハーレムだね」

「ハーレム? そのうちひとりは妹だし、そのうちひとりは妖精だけど」


 これはハーレムというのだろうか、と桐也は首をかしげる。

 いや、たしかに、ハーレムといわれればハーレムにはちがいないのだが、しかしなんとなく、うなずきたくない自分もいた。

 ハーレムという名の雑用というか、ハーレムという名の生贄というか、ともかく、そんなにバラ色の出来事が起こらないであろうことだけは確信できるのだが。


「フィアナさんの別荘ってどこにあるんですか?」

「ジャワールの外れよ。あのあたりは山から吹き降ろす風で真夏でも涼しいからね。ま、涼しいっていっても真夏ではあるけど」

「わあ、ジャワールですか。わたし、あのたりは行ったことないです」

「ふふん、そうでしょうね、あのへんは高級別荘地だもの。ま、私は毎年行ってるけど。おーっほっほ!」

「……フィアナ、やっぱり楽しそう」


 ギイは控えめに微笑む。

 桐也はそれを眺め、このふたり組もいいコンビだよな、と思う。

 結局、魔砲師というのはふたりでひとつであって、お互いの欠点を補い合うことができればより強力な魔砲師になることができる。


 戦闘でもそうだが、フィギュアの関係性は日常生活においてむしろ重視され、魔砲師としての相性がよくても性格の相性が悪ければいざというときに相手を信用しきれなくなってしまう。

 フィギュアは自分で選ぶのではなく、偶然に選ばれるものだからこそ、余計にその相性が重要なのである。


 しかし桐也は、クラスメイトやいままで見てきたフィギュアのなかで、相性が悪そうなふたりだな、と感じたことはなかった。

 どのフィギュアも、形こそちがえど、みな戦闘の相性も性格の相性もいいように見える。

 逆にいえばそのような相手がフィギュアとして選ばれるのかもしれない。


 だとしたら、自分たちはどうなんだろう。

 桐也はふとユイを見る。

 戦闘の相性はまだよくわからないが、性格に関しては、たしかにユイといて苛立ったことはないし、ユイの性格のなかで自分と合わないと感じるところもない。

 自分と似たような性格、というのではなく、自分にないものをユイが持っていて、それが自分にとって異物ではなく、心地いい「差」になっているのだ。


 フィギュア同士の関係というのは、そんなふうにできているのかもしれない。

 ということはユイもそう感じている可能性が高いというわけで、桐也は不意に恥ずかしくなり、頭を掻いた。


「どうしたんですか、キリヤくん?」

「い、いや、別に、なんでも。でも、こうなってくると休みも楽しみだな。フィアナの別荘がどんなとこなのかも気になるし」

「ふふん、せいぜいあれこれと想像するがいいわ。実際はそれよりもはるかに上だもの」

「おお、言うなあ」

「当たり前でしょ、アイオーン家の別荘が期待外れのわけないわ」


 相変わらず、ずいぶんな自信だった。

 桐也は笑って、


「ま、自信があるってのはいいことだな。自分に絶対的な自信を持ってる女のひとはもれなく美人だって親父も言ってたし」

「う――と、とと、当然でしょ、私が美人なことなんて、あんたに言われるまでもなくわかってるわよっ」

「フィアナ、顔、赤い」

「うっさい!」


 まあ、ともかく、試験までのあいだにある長期休暇も、これで退屈しないで済みそうだった。

 ユーキリスに関する問題はまだなにも解決してはいないが、四六時中しかめっ面をしているわけにもいかない。

 ユーキリス本人も次は試験会場だと告げていることだし、それまでの時間はリラックスして過ごすにかぎる。


 そして、試験になったら――今度こそ、あの男を倒す。

 三度目の敗北は決して許されないのだから。

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