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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第五章
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第五章 その1


   魔砲世界の絶対剣士



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 貧しい一般庶民のために奉仕するのも貴族の重要な義務のひとつです。



  1


 ――この子はもうだめだ。


 だれかの声が聞こえた。

 姿は見えなかったし、声も頭蓋骨のなかに反響したそれを聞いているようにはっきりしない。


 声のほかに、だれかが泣くような音も聞こえてくる。

 だれが泣いているんだろう。

 どうして、泣いているんだろう。


 ――いままで生きてこられたことが奇跡だったんだ。生まれてすぐに死んでしまっても、いや、生まれてこなかったとしてもおかしくはなかった。だから、最期もしっかり見送ってあげよう。


 ああそうか、と気づく。

 自分はいま、死につつあるのだ。

 死につつある自分に、だれかが語りかけている。

 いや、語りかけているのは自分にではなく、もうひとりの泣いているだれかに、だろう。


 死ぬ。

 この世界から消滅する。


 ふしぎと恐怖はなかった。

 嫌だな、できれば死にたくないな、と思うくらいで、でも、死んでしまうなら仕方ないという気もしていた。


 人間はみんな、いつかは死んでしまう。

 どんな聖人でも、どんな悪人でも、早く死ぬか遅く死ぬかのちがいでしかない。


 死んだあと、人間はどうなるんだろう。

 天国に行くやつもいれば地獄に行くやつもいる。

 そのどちらも信じず、死んだ瞬間、消えてなくなるやつもいる。

 自分はきっとそれだな、と思い、要するに聖人でも悪人でもないわけだと考える。


 それもそうだ。

 自分はまだなにもできていない。

 いいことも、悪いことも、なにもしていない。

 なにもしないうちに死んでいく。


 それじゃあ、いったいなんのために生まれたんだろう。

 生まれたことに意味なんてないのかもしれない――でも、生まれたことの意味を探す前に死んでしまうのは、すこし悲しい。


 ――あなたは?


 もうひとつの声が聞こえてくる。


 ――わたしは魔砲師です。わたしならこの子を助けることができる。

 ――この子を? いったい、どうやって……いや、助ける方法があるなら、お願いします、この子を助けてください。私たちの息子を、どうか。

 ――しかし助けたとしてもこの子はこの世界にはいられなくなってしまいます。この子の存在は、この世界の重要な鍵になる。いまはまだ、なんの変哲もないひとりの子どもでしかありませんが……。

 ――どうなってもいい。生きていれば、それで。


 ふしぎな気分だった。

 自分の命に関することを話しているのに、そこに自分はいない。

 他人が自分の命に関することを話し、決定している。


 でも、それでいいような気もした。

 生きたいのか死にたいのか、自分でもよくわからない。


 なにを背負っててでも、どんな目に遭ってでも生きていきたいのか。

 ひどい目に遭いながら生きていくくらいなら、死んでしまったほうがいいのか。


 自分で決められるほど、それは簡単な問題ではない。

 それなら、と思う。


 だれかが自分に生きてほしいと望んでいるなら、どんな目に遭ってでも生きていこう。

 だれも自分に生きていてほしいと望まないなら、この世界から消えてしまおう。


 ――では、この子の命はわたしが預かります。あなたたちは最後の言葉を。

 ――私たちはおまえが生き続けることをずっと願っている。幸せに生きてくれ。ただ、それだけだ。


 泣き声が遠ざかる。

 音がしなくなった。

 死んでしまったのか、と思ったが、また声が聞こえた。


 ――あなたは運命を背負うことになった。この星の、魔砲師たちの、人間たちの運命を。あなたひとりの身には重すぎることかもしれない。わたしも自分が正しいことをしているのかはわからない。でも、あなたは生きていてほしいと望まれて生きるのです。それだけは忘れないで。


 不意に胸が痛んだ。

 針を刺すような、鋭くちいさな痛み。

 それがしばらく続いたかと思うと、ふと身体が楽になる。


 ――魔砲は使えなくとも、これで生きていくことくらいはできるでしょう。さあ、あなたはもうこの世界にはいられない。すぐにほかの世界へ送らなければ、この世界でのあなたは争いのもとになってしまう。サルバドールが、そして兄、ジルがそうなったように……あなたは眠っているだけでいい。目が覚めれば、そこはあなたが知らない世界です。はじめは大変でしょう。しかしこうするしかないのです。あなたを、この世界を守るために。


 身体が浮き上がる。

 落下しているのかもしれない。

 風は感じなかったが、身体のどこも地面に接していない感覚が長く続いた。


 ふと、水滴を頬に感じた。

 その頬から現実感が戻ってくる。

 額に、唇に、水滴が落ちてくるのを感じる。


 背中が硬い地面に触れていた。

 だれかの声がする。

 声ははっきりと聞こえるのに、なにを言っているのかはまるでわからない。

 聞いたことのない言語で話しているようだった。


 ゆっくりと肩を抱き起こされる。

 瞼がほんのすこし開き、抱き起こしてくれただれかの顔を――。


「――あ」


 目が、覚める。

 まったく唐突な、夢の世界から無理やり追い出されたような目覚めだった。


 桐也はゆっくりと瞬きをして、自分がベッドに寝ていること、上は白い天井で、カーテンによって閉め切られていること、そのカーテンが風かなにかでかすかに揺れていることを確認する。


 意識ははっきりしていた。

 自分がだれなのかとか、ここがどこなのかとか、そんな疑問は一切なく、自分は布島桐也だし、ここはおそらく学校の医務室だろうとわかって、自分は医務室のベッドに寝かされているのだと状況を理解する。


 そうわかった瞬間、桐也の右手はどこかにあるはずの剣を探していた。

 ベッドの上にはない。

 身体を起こしてたしかめると、ベッド横のちいさな棚に立てかけてあり、ほっとする。


「……おれ、寝てたのか」


 たぶんただ寝てたわけじゃないだろうな、と桐也は目をこすり、それからゆっくりとなにがあったのか思い出そうとしたが、それよりも早く閉じていたカーテンがしゃっと開き、ぎゃっと悲鳴が上がった。


「お、お兄ちゃん!? びびびっくりしたあ、起きてるなら起きてるって言ってよ!」

「んな無茶な! いま起きたとこなんだよ、そこまで頭回るかっての」


 まあそれはそうだけど、と玲亜は胸を押さえながらスツールに腰掛ける。

 その後ろからまたカーテンが開き、またきゃっと声が上がって、今度はユイだった。


「び、びっくりしました……ま、まだ起きちゃだめですよ! ほら、ちゃんと寝ててくださいっ」

「いや、もう大丈夫だって。ほんと。ほら、こんなに動け――」

「動いちゃだめです! 安静にしないとまた傷が開きますよ!」

「う――」


 きゅっと眉を吊り上げ、子どもを叱るようなユイはちょっと恐ろしくて、桐也はおとなしく起こした上半身を再び寝かせた。

 それでいいんです、とユイはうなずき、笑う玲亜のとなりに座る。


「でも、よかった、目が覚めて。いつ目が覚めてもおかしくないとは言われてましたけど」

「……おれ、そんなに寝てた?」

「三日」

「三日! も、もったいねえ、三日も鍛錬をサボるとは……!」

「そこ? いやまあ、お兄ちゃんっぽいけど。でも、ま、ほんと、よかったよ。もしかしたらこのまま起きないんじゃないかと思ったもん」

「そんなわけないだろ、いくらおれがぐうたらした人間でも三日も寝たら起きるって」

「でもすごい怪我だったよ、お兄ちゃん。なんかもう、穴、空いてたもん。前もそうだったけど。よくそんなすぐに塞がるよね。魔砲もすごいけど、お兄ちゃんの治癒力、もはや人間じゃないって言われたよ」

「う、褒められてるのか貶されてるのか……」

「たぶん、貶されてると思うけど」


 穴か、と桐也は自分の胸に触れた。

 服の上からではわからないが、きっとそこには大きな傷跡が残っているのだろう。


 痛みはもうない。

 考えれば、三日でまったく痛みもなく、完全に傷口が塞がるというのもおかしな話だった。

 魔砲による治療がそれだけ有効だということなのか、人外の治癒力がなせる業なのか。

 できれば前者であってほしいと思いつつ、桐也は玲亜とユイが本当にほっとしたような顔をしているのを見てすこしうれしくなる。


「ありがとな、ふたりとも。心配してくれて」

「いえ――でも、できればもう、こんな心配はしたくないです」

「善処します――で、あれから、どうなったんだ? 自分のことはだいたい覚えてるけど、あのあとのことはまったく知らないんだ」


 あのとき。

 あの地下遺跡で、ユーキリスという魔砲師に二度目の敗北を喫したとき。


 一度目と同じように、手も足も出ない完敗だった。

 戦うという意思すら示すことができなかった。

 とくに二度目は、魔砲師がどういうものなのかわかっていたはずなのに。


 ユーキリスは、ほかの魔砲師とは次元がちがう。

 もはや全知全能を相手にしているようなものだった。


 だからといって負けても仕方ないとは思わない。

 桐也は、もう二度と負けたくないと思う。

 二度負けたのだから、三度目はない――もっと鍛えに鍛え抜き、ユーキリスに勝たなければならない。


「キリヤくんが怪我をしたあと、すぐここへ連れてきて、先生たちに治療してもらったんです」


 ユイが桐也を労るように、しずかな口調で言った。


「そのときは、あのひとたち――ソラリアのひとたちも手伝ってくれたんですけど、先生たちがきて、みんなが慌ただしく出入りしているあいだにどこかへ消えてしまって――寮からも完全にいなくなっていたそうですし」

「ふうん、そうか――ま、そうだろうな。いまでも堂々と学校に残ってたら、そのほうがびっくりするけど。じゃ、あいつも、ユーキリスも消えたのか」

「――やっぱり、あのひとがユーキリス、キリヤくんたちをこの世界へ連れてきた魔砲師だったんですか?」


 そうか、あのときはもうユイたちは動きを止められていたんだっけ、と思い出し、桐也はうなずく。


「前も負けたけど、今回もぜんぜんだめだった――ま、こっちきてから鍛錬をサボりがちだったから、しょうがないけど。でも、次は負けないぜ。あいつもこれで終わりってわけじゃないだろ」

「……キリヤくん、実は、あのひとたちがいなくなったあと、あのひとたちが使ってた寮の部屋に手紙が残っていて」

「手紙?」

「次は試験会場で会おう、って」

「ははあ、宣戦布告か」


 不安げな表情のユイに対し、桐也はにやりと笑ってみせる。

 再戦の機会を向こうから作ってくれるとは、願ったり叶ったりの展開だった。


「じゃあそれまでにおれも鍛え直さないとな。次は絶対、負けられないんだ」

「でも、キリヤくん、相手は四つの元素を使える魔砲師ですよ。本当になんでもできるくらい強い相手だし、戦うなんて、そんな」

「相手がこっちを逃してくれるならともかく、そうじゃないんだから、戦うしかない。なにもしないでやられるよりは見苦しくもがいでやられるほうが好きなんだ、おれは」

「ユイさん、諦めたほうがいいよ」


 玲亜はぽんぽんとユイの肩を叩き、深いため息をつきながら首を振る。


「このひと、もう、頭のなかは戦うことしか考えてない変人だから」

「いやそうだけどもっとなんか言い方あるだろっ」

「でも……キリヤくんがまたあんなひどい怪我をしたら、わたし……」


 ユイが目を伏せる。

 玲亜がきっと桐也をにらんだ。

 なんか言ってあげなよ、と目で語りかけてくる玲亜に、桐也はなにを言っていいのかわからず、ともかく、


「ま、まあ、あれだよ、今回も生きてたわけだし、次もたぶん大丈夫だと思うよ、うん。それにほら、次はおれももっと強くなってるわけだし、今回みたいにはやられないから。怪我するにしても今回よりはマシなんじゃないかな、うんうん」

「……お兄ちゃん、絶望的にフォロー下手だよね、知ってたけど」

「とにかく、だ! 向こうがその気なんだから、こっちも迎え撃つしかない。ってことで、さっそく鍛錬に――」

「だめですっ! せめて今日一日くらいは安静にしてください」

「う……腕立て伏せだけは?」

「だめです」

「腹筋は?」

「絶対だめです」

「素振りは?」

「なに言ってるんですか?」


 ばかかこいつは、というユイの目つきだった。

 玲亜は再びため息をつき、だれにともなく呟く。


「わかってはいたけど、お兄ちゃん、絶対尻に敷かれるタイプだなあ」


 ま、それくらいがちょうどいいのかもしれないけど、と玲亜はひとりごちる。

 放っておけばどこまで行ってしまうかわからないような人間だし、そういう人間には手綱を握りしっかりした相手が必要なのである。


 その点、ユイはばっちりだった。

 普段はすこし気弱そうなところもあるが、大事なところでは絶対に退かない強さもある。

 ユイと桐也は玲亜から見ても「おそろい」のふたりだった。


「……ま、別に、いいけどね」

「逆立ち腕立て伏せはいいよな?」

「ベッドに縛りつけますよ、キリヤくん」


 にっこり笑顔なのが恐ろしかった。

 いまのユイならやりかねない、と桐也はつばを飲み込み、そして仕方なく、今日一日は寝ていることに同意した。

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