第四章 その8
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夜の闇に光が揺れていた。
ペンライトのような、ちいさな光である。
それが明かりのない暗闇で、右往左往、所在ないようにさまよっている。
「どうや、見つかったか」
ささやき声。
答える声もまたちいさい。
「わからんな、このへんにはなんにもなさそうやけど」
「もうちょっと移動して探してみるか」
月が煌々と輝く夜だった。
大きな月が星を覆い隠し、まっ暗な夜空に、いびつに切り取られたように月が輝いている。
満月の、左上だけが丸く欠けたような形。
子どもが粘土遊びで作ったようにも見えるその月の下、彼らはこそこそと移動をはじめる。
そこにふわあとあくびがひびいて、
「なー、もう諦めて寝ようやー。そんなん、ただの伝説やって」
「火のないところに煙は立たへんって言うやろ。伝説になるってことはその元になった理由があるってことや――カナタ、わかったか」
「ちょっと待って、いま探ってる――」
「もしガルダの言うてたことがほんまやったら、王宮まで続いてる地下通路やからな。使い道はいくらでもある。もし王宮を襲撃するってなったとき、そこを使えばめんどくさい雑魚は無視できる」
「ははあ、なるほど、そういうわけだったのか」
暗闇に声が響いた。
三つのペンライトが同時に声を探る。
校内にいくつもある演習所のひとつ。
芝生になったそこに光が走り、そして足元から徐々に明らかになっていけば――。
「――キリヤか」
その後ろにはフィギュアであるユイも待っていた。
桐也は光に照らされながらギンガを見る。
「なんかおかしいと思ったんだ。こそこそ話してるからさ。で、夜中に見回ってみればこれだ――なにしてるのかと思えば、王宮までの地下通路を探してたのか。純粋な遺跡探しじゃないとは思ったけど」
「まったくご苦労なことやな、あんたらは。こんな夜中までふたりでなにしとったんや? 若い男と女が、こんな暗闇で」
「え、べ、別になにも――!」
とユイが慌てて言い返すのを桐也が制して、
「王宮に攻め込むつもりか?」
「いまやない。そのうち、や。ま、攻め込まんかもしれんしな。まだなんの予定もない。でも、もし攻め込むって決まってからこんな場所で通路探しなんかできへんやろ。そやから、なんの予定もないいまのうちに見つけといて、必要になったら使う――これがオレのやり方や。やれることを、やれるうちにやる。やらなあかんときになって準備をはじめるんは遅すぎるからな」
「なるほど、たしかに――その考えには同意するけど、王宮を襲撃するための通路を確保するっていうなら、このまま見過ごすわけにはいかないぜ」
「ま、そう硬く考えるなや。ただの遺跡発掘やと思えばええやろ。ま、無許可やけどな。それに、王宮まで通路が続いてる可能性がどれだけあるんか、考えてみ」
ギンガは肩をすくめ、首を振った。
「もしここに遺跡があり、それがまぐれで王宮まで続いてるとして、そんな通路がいまでも使用可能とは思えん。もし通路が使用可能でも王宮側の出口が完全に塞がれとったらどうしようもないしな」
「じゃあ、なんでわざわざ探すんだ?」
「万が一、や。どんなちいさな可能性でも、リスクがすくないんやから、賭けてみるんも悪くないやろ」
「リスクがすくない、か。そうとも限らないと思うけどな」
「そやな――いまになったら、そうかもしれんな」
ギンガはにやりと笑った。
桐也は思わず身構える。
そのとき、カナタが声を上げた。
「ギンガ、この下に空洞があるで――もしかしたら遺跡かもしれん」
「お、見つけたか。よし、掘るぞ」
「おい、ちょっと、こっちの話無視すんなよ」
「まあまあ、キリヤ、ええやないか。ほんまに王宮への通路が出るかどうか、あんたも確かめたらええ。もし通路が出てきたら、そのときはそのときでまた考える。いまのところはただの遺跡発掘や。興味がないなら帰ってもええし、見たいならそこで見学したらええ」
「むう――」
なんとなく、言いくるめられたような気がする。
たしかに問答無用で戦闘をはじめるのは気が進まないし、なによりこちらはふたり、向こうは三人で、戦闘になれば不利な状況になるのはわかっていた。
かといって危険がある以上玲亜やレンを付き合わせるわけにはいかず、苦肉の策でユイにはついてきてもらったのだが、不用意な戦闘はユイを危険に晒すということでもある。
もちろん、ここで帰るわけにはいかなかった。
本当に王宮への通路が出てくるのか、ただの遺跡なのか、見極めなければならない。
いやそもそも勝手に掘り出すことを止めたほうがいいのかもしれないが――。
「なあ、ユイ、どうする?」
「そう……ですね。でも、勝手に遺跡を掘るのはだめかもしれませんけど、それを言って聞いてくれるようなひとたちじゃなさそうですし」
「たしかになあ」
「ん、なんや、だれかと思ったら、あんた、あのときの女やな」
ペンライトの光がひょいとユイの顔面を捉えた。
ユイが眩しさに目を細めると、そのペンライトを持ったまま、ミオンがずかずかとユイに近づく。
「ちょっと、あんたのせいで髪の毛が焦げたままになったんやで、どうしてくれんねん」
「え、あ、いや、だって、それはそっちが先に魔砲を……」
「そりゃそうやけど、髪は女の命やろ。女の命を狙うとは、あんた、なかなか腹黒い女やな」
「う、ご、ごめんなさい」
「謝って済むなら警察はいらん」
「おい、ミオン、オレらのイメージが悪くなるからあんまり突っ掛かんなや――カナタ、いけそうか?」
「たぶん。みんな、ちょっと離れたほうがええで。もしかしたら空洞に向かって地面が崩れるかもしれんからな」
カナタの言葉に全員が三歩ほど後ずさった。
カナタはそれを確認し、ペンライトを口にくわえ、両手を地面にぺたりとつける。
「――はあっ!」
ちいさな声を発した直後、地面がずんと低い音を立てて揺れた。
まるで大きな地震の前触れのようで、ユイが思わず桐也の服を掴む。
しかし揺れはそれきり治まり、その代わり、芝生の根をちぎるような音を響かせ、カナタの目の前のペンライトが照らす地面がもっこりと膨らんだ。
内側から爆発でもしそうな盛り上がり方だったが、ある程度まで膨らんだところでその一部が崩落しはじめ、雪崩のように周囲の土がばらばらと落ち、残った土はまるで粘土のようになめらかに歪んだ。
土が、まるで意思を持ったように曲がりくねり、すこし離れたところまで芋虫のように移動して、また無機質な土の塊に戻る。
それは薄闇で見るとなんとなく不気味で、桐也は魔砲師の異質さを改めて感じたような気がした。
「よし、これでええやろ」
「さすが、土の魔砲師には発掘作業くらいお手のものやな」
「ほんまはこういう使い方するもんやないけどな――」
ギンガとカナタが大きく空いた穴のそばに立ち、なかをペンライトで照らした。
思わず桐也とユイも近づいて、穴を覗き込む。
半径二メートルほどに及ぶ巨大な穴である。
深さは五メートル近くもあり、まわりには掘り返されたばかりの黒々とした土が散らばっている。
ちいさなペンライトの光が穴の底を照らしていたが、それだけの光ではよく見えなかった。
しかしなにか、土のなかに、石の一片のようなものが見えている。
「なんかあるな、あそこ。どうする、降りてみる?」
「そりゃ、降りるやろ」
とカナタは答える前にもう穴のなかへ滑り降りようとしている。
「ここまできて見て終わりってのはさすがにないで」
「相変わらずこういうことに関しては前向きやなあ、おまえは――ま、そうやな、とりあえず降りてみるか」
ギンガも、崖のようになった土をすべり、穴の奥へ降りていった。
ミオンは服が汚れるだのどうのとぶつぶつ言いつつ、しかしひとり地上に残る気はないらしく、それに続いていく。
「……おれたちはどうする?」
桐也とユイは思わず顔を見合わせた。
下に降りなければたしかめることはできないが、でも下に降りればソラリアの魔砲師たちと仲間みたいになるしなあ、と迷っているうちに、穴のなかから興奮したようなカナタの声が聞こえてきた。
「やった、遺跡や! すごいな、まだしっかり残ってる――ギンガ、ここ、なかに入れるで。土に埋もれてない」
「おいおい、ほんまに王宮までつながってるんちゃうやろな――奥に行けそうか?」
「大丈夫、壁も天井も作りはしっかりしてる。崩れてるんはこのへんだけや。ペンライトしかないけど、行ってみるか?」
「そやな――おーい、穴の上のおふたりさん。降りてこーへんのか? なんかすごい発見があるかもしれんで」
「むう……なんか、相手の策に乗ってるみたいで嫌なんだよな。ユイ、どうする? もしあれだったら、おれだけでも下に降りてみるけど」
「それなら、いっしょにいきます」
ユイは桐也の目を見てこくりとうなずく。
「暗闇なら、わたしの炎でなんとかできるかもしれませんし」
「そっか――じゃ、先におれが降りるから、合図したら滑り降りてくれ。下でおれが受け止める」
「は、はい、わかりました」
それにしても深い穴だった。
人力で掘ろうと思うなら丸一日くらいはかかるかもしれない――それを魔砲師は、たった一瞬でやってのけるのである。
魔砲師の力は、やはり強大だ。
味方にすれは心強いが、悪用する者がいれば、それを止められるのは同じ魔砲師しかいない。
なんの力も持っていない人間には、これほどの力を持つ魔砲師を止めることなどできそうになかった。
桐也は土の斜面を滑り降りる。
穴の底までは深かったが、思いのほか傾斜はなだらかで、それほど危険はなさそうだった。
「ユイ、大丈夫そうだ。降りてきてもいいぞ」
「は、はい、じゃあ――うう、ちょっと怖いなあ――お、降りますね!」
えい、という掛け声とともにユイも土の斜面をすべった。
それが思いのほか勢いがつき、危なく底で転びそうになったところを桐也が抱きとめる。
ユイはほっとした顔のあと、わっと顔を赤くして桐也から離れた。
それを眺めていたギンガはにやにやと笑いながら、
「ええなあ、若いおふたりさん、青春やなあ」
「う、うるさいな、ほっとけ――で、遺跡ってのはどれだよ?
「こっちや」
穴の向かって右側に、石でできた通路のようなものがあった。
ちょうどこの穴は通路の天井が崩れたところをえぐって開けられていたようで――あるいは土を退けた拍子に天井が崩れたのかもしれないが――向かって右側にはしっかりとした通路が続き、その奥でカナタがペンライトを振っている。
壁や天井は石造りで、通路はさらに奥へ続いているようだった。
しかしそれ以上奥には月明かりも到達せず、本当の暗闇が広がっている。
ちいさなペンライト三つは、その暗闇を晴らすにはあまりにも微力だった。
「……しょうがない。ユイ、炎で明るくしてくれるか?」
「はい、わかりました――それじゃあ」
それほど時間もかからず、ユイの手のひらにぽんとちいさな炎が現れる。
蝋燭をすこし大きくした程度の炎だったが、ペンライトよりもはるかに強い光を放ち、それなら通路を進むにも不便はなさそうだった。
「じゃ、行くか」
ソラリアの魔砲師三人はペンライトを消し、ユイの炎を中心として、五人は通路の奥へ進んでいった。
そして、五人が通路へ消えてから数分後。
ひとりの男がカナタの空けた大穴を覗き込み、その奥に向かって軽い跳躍で飛び込んだ。




