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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第四章
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第四章 その7

  7


 それにしても広い学校やな、とギンガは呆れたように呟いた。


「なんの必要があってこんなでかいもん作ったんや?」

「どっちか言うたら、自然とでかくなったんかもしれん」


 答えたのは桐也でもガルダでもなくカナタで、彼は興味津々と目を輝かせて敷地内の至るところを眺めていた。

 たとえばいま案内している水の広場では、その中央に立てられた巨大な噴水の彫刻をしげしげと観察し、なにやら手帳に書き込んでさえいる。


「自然とでかくなったって、どういう意味や」

「最初に町があり、この学校が作られたわけやなくて、最初にここにあったんは学校やったんや。ギンガも習ったやろ、歴史は」

「そんなん覚えてるか。オレは魔砲に関すること以外なんにも覚えてへんぞ」

「自慢して言うことか――ヴィクトリアス王国の成り立ちや。もともとヴィクトリアス王国は、ヴィリア王国って名前やった。ま、そのころはめちゃくちゃな時代でな、ちいさい国がいくらでもあって、殺し合ったり合体したり、また分かれて殺し合ったり、ともかく建国から十年も続かん国がいくらでもあった。そういうなかで出てきたヴィリア王国も、最初はまあちっちゃい国でな。でも、そこには魔砲師学校があったんや。そこで学んだ魔砲師たちはみんな優秀で、優秀な魔砲師をいっぱい抱え込んだヴィリア王国はあっちゅー間にまわりの国を取り込んでいったわけや。で、その中心やったんがここ、王立フィラール魔砲師学校で、学校に付随する形で町ができたわけやから、町よりこっちのほうが優先されるんは当然っちゃ当然やな」

「……そういう歴史があったのか、ガルダ」

「まあ、概ねそのとおりだ。今年はそのヴィリア王国がヴィクトリアス王国に改名し、それに合わせてそれまで使われていた年号を影紀、新しく使う年号を光紀と定めてから四百年目ってことだね」

「ここはヴィリア王国時代から使われとったわけやから、四百年以上前のもんも残ってるはずや」

「この噴水がか?」

「これはちゃうやろ。最近できたやつやからな、これは。でもこういう新しいもんの下には古いもんが埋まっとるわけで、ぼくはそっちが気になるな」

「歴史マニアの言うことはようわからへんわ」


 ミオンはいかにも退屈そうに言ってあくびを洩らした。

 ともすればいますぐにでもガルダを連れてどこかに遊びに行きたがっているようだったが、ガルダがいまは案内中だからとそれを断っていて、ミオンの不満にも拍車がかかっているらしい。


 一方、ソラリアの魔砲師三人に桐也とガルダを合わせた五人のほかに、常にそのあとをついてきている人影がある。

 といっても露骨につきまとっているのではなく、壁の陰からだったり、花壇の陰からだったり、ひとの背中に隠れていたりするのだが、ともかく、リリスもこの一団と行動を共にしていた。


 一度、桐也がいっしょにこっちへきたらどうかと誘ったのだが、そのときは猛烈な勢いで拒否された。

 曰く、


「に、にに、人間がふたり以上いるところには出られないんですっ!」


 ということだった。

 では一対一ならいいのだろうかと思い、それはむしろ人見知りではないのではないかと思ったが、リリスの基準はよくわからない。


「さあ、次はどこ案内してくれるんや? もうあらかた回ったか」

「まだ行ってない演習所がふたつくらいあるけど、行ってみるかい?」

「そやな、一応見とくか。敵情視察や」

「ううむ、やっぱり案内してるのは失敗な気がするなあ……」


 しかしいまさら打ち切るわけにもいかないし、と桐也たちは水の広場から出て北へ進む。

 そのあとをリリスが、物陰から物陰へとすばやく移動しながらついていく。

 案外肉弾戦が得意そうな身のこなしではあった。


「そういえば、あんたら」


 とカナタが片方のレンズにヒビが入った丸メガネをくいと上げる。


「ずっとこの学校におるんやろ? うわさ、聞いたことないか?」

「うわさ? なんの。幽霊が出るとか?」

「はは、幽霊も出るかもしれんけど、そうやなくて――この敷地の下に、はるか昔の古代遺跡が眠ってるってうわさや。ぼく、本で読んだことあるんやけど、ここに住んでる人間にはあんまり知られてない話なんかな?」

「古代遺跡? さあ――別の場所でなら、そういうの、見たことあるけどな。学校内では聞いたことないなあ」


 この下にもあんな巨大なものが埋まっているんだろうか、と思わず桐也は足元を見る。

 たしかに、可能性だけなら否定はできない。

 あのときも、森の下にあれだけ巨大な空間が眠っているとは予想もしていなかった。


「そういえば、うわさだけは聞いたことがあるよ」


 ガルダはすこし考える仕草を見せたあと、そう言った。


「古代遺跡といっていいのかどうかわからないけど、大昔、王宮とこの学校を結んでいる地下通路があったらしい。真偽はわからないし、もし実在していたとしてもいまじゃもう存在していないと思うけど、そういうものがあったってうわさがあるのは本当だね」

「やっぱり! ぼくも、絶対この地下にはなんかあると思ってんねん。なにしろヴィリア王国時代からの土地やからな。あの時代は乱世で、いつなにが起こってもおかしくなかった。避難用の通路とか、それかもっと古い時代の、いわゆる暗黒時代前後の遺跡なんかがそのまま利用されててもおかしくないやろ。やっぱりええよなあ、歴史があるとこは。なあ、ぼくにこのへんの発掘許可くれへん? っていうか、学校か、王宮のえらいひとに知り合いがおったら言うてみてや」

「王宮のえらいひと、ねえ」


 桐也はちらりとガルダを見る。

 ソラリアの魔砲師たちは、まだガルラが王族だとは知らないのだ。

 ガルダも苦笑いし、そんな許可はだれも出せないと思うけどね、と答えた。


「ここは学校の土地でもあるし、王族が管理する土地でもある。そのどちらもが了承しないと遺跡の発掘許可なんて下りないよ。それにいまのところ、学校にも王族にもここにあるかどうかもわからない遺跡を発掘する理由がない。とくに光紀400年記念祭と試験を来月に控えてるいまはね」

「まあ、たしかにそうか。残念やなあ。とりあえず掘ってみたら、あるかどうかってことがわかるのになあ」


 がっくりと肩を落とし、いかにもカナタは残念そうだった。

 まあ、こればっかりは仕方ないと桐也たちは気にせず歩いていくが、桐也はふと、ギンガがカナタの耳になにかを囁いたことに気づいた。


 言葉までは聞き取れない。

 しかし絶対にろくでもないことにちがいない。


 ギンガは桐也の視線に気づくとにいっと笑い、カナタの背中を叩き、離れる。


「なに話してたんだよ?」

「なんにも? ちょっとした男同士の猥談や。あんたも参加するか?」

「猥談、ねえ……」

「さあ、ここが第二演習所だよ。ここでは基本的に規模のちいさい魔砲の練習をする」

「はあ、魔砲の規模ごとに演習所があるんか。こっちなんか、どんな魔砲でもとりあえず海に向かって打つけどな」

「それはそれである意味豪華なやり方ではあるけどね。このあたりには海はないから、こうやって区分けしていくしかないんだ――さて、案内はだいたいこんなところかな」


 もうそろそろ日も傾いている。

 お開きにはちょうどいい時間で、成り行きではじまった校内の案内だったが、気づけばかなりの時間をソラリアの魔砲師たちといっしょに過ごしたことになっていた。

 昨日、命の取り合いというほどではないせよ、本気で戦った相手とは思えない――おそらく向こうもそう思っているのだろう、ギンガは案内ご苦労とえらそうに言って、後腐れなく引き上げていった。

 まあ、ミオンだけは最後までガルダに対して名残惜しそうではあったが。


「さて、ぼくもそろそろ王宮に戻らないと――リリス、帰ろうか」

「は、はいっ」


 と草場の陰から返答。

 桐也は、もしガルダがまったく障害物がない野原なんかに行くときはどうなるんだろうとちらりと思ったが、その疑問は飲み込み、代わりに言った。


「ガルダ、ちょっと話があるんだけど、もう何分かだけいいか?」

「ん、どうしたんだい?」

「あいつらのことだ。さっきはまあ、もう敵じゃないみたいなこと言ってたけど、どうも怪しい――とくにギンガが。ほかのふたりは、案外裏表はなさそうだけど、ギンガだけはなにを考えてるのかよくわからん。それに、さっき、ギンガがカナタになにか耳打ちしてるのを聞いたんだ。もしかしたらなにか企んでるのかもしれない」

「ふむ――たしか彼らは昨日も無理やり門番を倒して学校内に侵入してるんだったね。あまりひとを疑いたくは、ないけれど」


 ガルダはきゅっと眉をひそめる。


「でも、なにか企んでいるとしたら、なにをするつもりなんだろう? この学校でなにかしでかすつもりでいるとしても、その目的がわからないな。生徒や教師を傷つけるわけじゃ、ないだろうし。そんなことをしても彼らにはなんの得もない。彼らがこの学校のことを深く憎んでいるとしたら話は別だけど」

「おれも、あいつらがなにをするつもりなのかはわからない」


 生徒や教師を傷つけるわけではないだろうとガルダの推測には桐也も同感だった。

 昨日もギンガは、生徒を殺すためにきたわけではない、と言っていた。

 それが本当だとすれば、彼らの目的は別にある。


 表向き、彼らは来月の試験に参加する許可をもらいにきたらしい。

 それはそれでいい。

 そのためだけにやってきたというならなにも敵対する必要はない。


 ただ、ギンガの場合、どうもそれだけではない雰囲気があった。

 個人的になにか企んでいるのか、彼らが組織的になにかをしようとしているのかはわからないが――ただ、なにかしでかすにしてもそれほど大きなことではないだろうという気もする。


 もしこの学校を壊滅させるような大きな組織的作戦があるなら、その部隊として送り込まれるにしては、あの三人はどうにものんきすぎる。

 引率している教師も、なにもないところで転ぶくらいの人間だし、軍隊のように厳密な動きを命令されているわけではないだろう。


 だとすれば、考えられるのはギンガが個人的になにかするつもりだ、という可能性。


「……ま、あいつのことだから、おれたちになにかちょっとした嫌がらせをするだけなのかもしれないけど。一応、気にしといたほうがいいかもしれないな。おれはともかく。おまえは王子なわけだし」

「それで言うなら、ぼくは夜のうちは王宮から出られないから、彼らがなにをするつもりでも安全といえば安全だけれど、その代わり彼らがなにをしても止められないともいえる――先生に言ったほうがいいかな?」

「いや、ま、おれの気のせいかもしれないしな。おれ、個人的にあいつ、嫌いだし」

「はは、そうかな、案外仲よくなれそうな気はしたけど」

「勘弁してくれよ、ほんとに――でもま、なにかありそうならおれのほうで先生に言っとくし、それほどのことじゃないならそれでいいし」

「そうだね、そのあたりは任せるよ。なにか大きなことが起これば王宮にも連絡がくるはずだ――それじゃ、キリヤ、また明日」

「ああ、じゃあな」


 どうやら王宮へは正門以外の場所を通っても行けるらしく、ガルダは正門とはちがう方向へ歩いていった。

 それに合わせ、リリスも物陰からそっと現れてあとを追ったが、桐也が見送っていることに気づくとちょっと動きを止め、いかにも恥ずかしそうに振り返り、ぺこりと礼をした。そしてすぐガルダを追っていく。


 桐也はリリスの律儀さにすこし笑いながら、自分も寮へ戻るために踵を返した。

 とにかく、今夜、なにも起こらなければ、あいつらがなにも起こさなければいいのだが――。



  *



 王立フィラール魔砲師学校の正門前で、アカネはじっとある人物を待っていた。

 予定では今日の夕方の汽車で着くはずだったが、なかなか姿が見えない。


 まさか自分のように町のなかで迷子になっているのでは、すでに光紀400年記念祭の準備もはじまっていて町のなかは騒がしくなっているし、と思い、いやまさかそんなはずはないか、と思い直したころ、夕闇に身を潜めるようにしてひとりの男が正門に向かって近づいてきた。

 門番が制止しようとするのを、関係者だと説明し、校内に招き入れる。


「すこし遅かったんですね。もしかしたら迷子になってるのかもと思ったんですけど」

「町のなかをすこし見ていた」


 男、ユーキリスはいつものスリーピース姿で、長い髪の下からしずかに言った。


「活気がある町だ。さすが、首都だけはある。そしてここは本来魔砲師の町だった――サルバドールからすれば、人間の味方をする裏切り者たちの町だ。魔砲師でなくてもその素質を持つ者が大勢いる」

「……そのひとたちは敵ですか、味方ですか?」

「いまのところはどちらでもない。私の邪魔をしないかぎり、敵ではない。それで、例の少年は」

「はい、見つけました。ヌノシマ・キリヤ。彼が鍵なんですね」

「鍵であり、宝そのものだ」


 ユーキリスは立ち止まり、人気のない広場を見回した。

 生徒たちはもうみな寮に戻っているのだろう。

 そうでなくてもこの学校は敷地が広く、それほど人間が密集するということがない。


「では、行くか」


 ユーキリスは言った。

 アカネはこくりとうなずいた。

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