第四章 その5
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ガルダは、その見た目通りいかにも爽やかな、からりとした性格の青年で、仲よくなるのは決してむずかしいことではなかった。
一時間目が終わったあと、まず話しかけてきたのはガルダのほうだった。
このクラスのなかでどうやら桐也だけ見覚えがなく、クラスメイトを忘れてしまって申し訳ないとわざわざ謝りにきたのだが、ユイが転校生だというと一転して笑顔になり、
「道理でわからないわけだ。記憶力には自信があったから、まさかとは思ったんだけれど。そうか、転校生か」
「そうなんだ、おれもいままで休学してる生徒がいるとは知らなかったし――でも、これから同じクラスなんだから、仲よくしよう」
「もちろん、こちらこそお願いするよ。ぼくはガルダ――本名は長いから、ガルダでいいよ」
「じゃ、おれのこともキリヤでいい。いろいろあって知らないことも多いんだけど、よろしく」
と握手をすれば、もう長年の友人のようになって、短い休み時間が終わるころにはお互いなんの違和感もなく名前で呼び合っているくらいだった。
しかしさすがに短い休み時間で話せることもすくなく、放課後、桐也は衝撃の事実を知ることになる。
「え、が、ガルダってこの国の王子なの!?」
「王子っていっても第三王子だよ、そんなに大したものじゃない」
ガルダは笑って言うが、もちろん大したものではないはずがなかった。
いくら第三王子でも正当な王族であり、この国の重要人物にちがいないのだ。
言われてみると、たしかに王子といわれても違和感がないくらい気品がある姿ではある。
しかし本物の王子だとは夢にも思わず、何気なく校舎の外を歩きながら話をしていたのだが、桐也は思わず不審者はいないかとあたりを見回した。
不審者は一応いなかったが、そばの花壇の陰にはリリスが隠れていて、桐也がそちらに目を向けると花壇の上からぴょこんと出た耳がびくりとふるえた。
「正真正銘の王子がこの学校に通ってるなんて知らなかったよ」
「一応、この学校の最大の出資者はうち、つまり王家だからね。過去にも魔砲師の才能がある王族はみんなこの学校へ通ってたんだ。最近ではぼくがすこし才能がある程度だけどね」
「へえ、そりゃすごい――じゃあ、リリスは? リリスも王族なのか?」
「彼女は召使だよ。ぼくのフィギュアでもある。使用人のなかで唯一、魔砲師の才能があったんだ。それでぼくといっしょに入学したんだけど、ご覧のとおり人見知りでね――そういえば、キリヤはユイのフィギュアなんだって? ユイになかなかフィギュアが現れないのは知ってたから、なんだか安心したよ」
「いや、おれなんかがフィギュアでよかったのかはわからないけどさ」
「それに話を聞けば、きみの妹は妖精王を召喚したって? まったく、すごい兄妹だな、きみたちは」
「玲亜はともかく、おれは平凡だよ。魔砲師としての才能はないし。剣は、まあ、ちょっとは自信あるけど」
「また今度、その剣の腕前も見せてよ。なかなか時間がむずかしいかもしれないけど――そうだ、王宮にも遊びにくるといい。ぼくは寮住まいじゃないから」
「王宮に遊びにいくなんて、玲亜が聞いたら歓喜しそうだな。あいつ、そういうの好きだから」
「はは、それじゃあ妹さんといっしょにくるといいよ。なんならユイも連れて、みんなできてもいいし」
話せば話すだけ、なるほどなあ、これが王子か、という気持ちになる。
王族というとそう気軽に会話できる存在ではない気もしたが、しかしこういう人柄だからこそまわりに人間が集まってくるのだろうし、ある意味ガルダは理想の王族のあり方に限りなく近いのかもしれない。
それに、話を聞けばただ王族というだけで遊びまわっているわけではなく、休学していたのも王族としての仕事があったからで、今回の復学はそれがすこし落ち着いたおかげで実現できたらしい。
「光紀400年記念祭も近づいてきて、この半年は本当に忙しかったよ。ほとんどこの町にもいなかったし」
「どこへ行ってたんだ?」
「ほとんどはよその国だね。よその国っていっても、同盟国だけど――国王はそう簡単には動けないから、光紀400年記念祭への正式な招待とかはどうしてもほかの王族、つまりぼくたち王子やその近い親戚が行かなくちゃいけなくてね。どこへ行ってもしきたりに従った歓迎式に食事会ばかりで、正直息が詰まりそうだったよ。まあ、それが王族のいちばん大事な仕事ではあるんだけど」
「ははあ、おれには別世界の話みたいに聞こえるよ。肝心の光紀400年記念祭には出席しないのか?」
「一応、王族として出席するよ。でもそこでは国王がメインで、ぼくたち王子はあんまりやることがないんだ。要するにぼくたちの仕事は事前の準備だからね。それが一段落して、こうやって学校にもこられるようになった。キリヤ、きみは、祭りはどうするんだい?」
「一応おれも遊びにいくつもりではいるけど。いろんな店が出るんだろ? 楽しみだなあ」
「そりゃあ、百年に一度のお祭りだからね、いくらでも楽しめるものはあると思うよ」
ガルダが自らの国の祭りを誇るように言ったとき、その明るさをかき消すような無粋な声が響いた。
「そんなに浮かれとってもええんかな。ま、余裕なんかもしれんけど、あんまり調子に乗っとったら足元すくわれることもあるからなあ」
「む、このしゃべり方は――」
桐也があたりを見回すと、案の定、すこし離れた広場の芝生に昨日学校に乱入して戦うはめになった小柄な男が座り込んでいた。
見ればほかのふたりも揃っていて、引率の教師の姿だけが見えない。
ガルダはすこしふしぎそうに男たちを見たあと、桐也を振り返って、
「この学校の生徒かい?」
「まさか。オレらはソラリア魔砲師学校の生徒や」
「ソラリア? あの、港町の? あの町に魔砲師学校があるとは聞いたことがなかったけれど――どうして他校の生徒がこんなところに」
「そうだ。おまえら、まだ帰ってなかったのかよ」
「ふん、あいにく、ちゃんと許可をもらってここにおるんや。来月の試験までここにおってもええってあんたらの校長が言うてくれたからな」
「む、そうなのか――また校長も心が広いっていうか、なんていうか。でも、もしなんかする気ならいつでも受けて立つぜ」
「お、なんや、昨日の続き、やるか?」
小柄な男はにっと笑って立ち上がると首を鳴らした。
桐也もガルダを守るように一歩前へ出て、いつも持ち歩いている妖精王の剣の柄に手をかける。
一瞬、緊張した空気が走った。
しかし、
「ちょっと、ギンガ、先生から騒動起こすなって言われてるやろ」
と丸メガネの男が止めに入れば、ガルダも桐也の肩をぽんと叩き、
「争う前に話し合うこともできそうだ。争うのは、それ以外のすべての手段が消滅してからでも遅くない」
「――ふん、ま、ええわ」
小柄な男がすっと構えを解くのを待ち、桐也も柄から手を離す。
しかし最低限の警戒は続けたまま、王立フィラール魔砲師学校の生徒とソラリア魔砲師学校の生徒はしばらく睨み合った。
その均衡を崩したのは明るい少女の声である。
「わっ、超イケメン! ねえねえあんた名前は?」
茶髪の少女は、それまで男同士の会話には興味がないとばかりに芝生に寝転んでいたのだが、薄目を開けてガルダを見た瞬間、まるでバネでも仕込まれたように飛び上がり、一瞬にしてガルダとの距離を詰めたのだった。
その素早い動きにガルダは一瞬身を引き、花壇の陰に隠れているリリスの耳もぴくんと動く。
「ぼ、ぼくはガルダ――きみは?」
「あたし? うふふ、あたしの名前、知りたい? あたしはね、ミオンっていうの。気軽に呼び捨てしてくれてもええよ。あー、ほんまイケメンやなあ。この学校で見たなかでいちばんや」
「そ、そうかい、それはどうも……」
ガルダはちらりと助けを求めるように小柄な男を見た。
男は肩をすくめて、
「そいつはスイッチが入ったらあかんねん。ま、諦めてくれや。しかしミオンのやつ、ほんまに男前やったら敵でも味方でもお構いなしやな。ある意味すごいけども」
「別にええやん、この学校の生徒や言うても、敵でも味方でもないんやし」
「ふん、敵やと思っといたほうが楽やけどな――ま、でも、たしかにいま面倒起こして叩きだされるんは困るから、ここは仲良うしとくか。おい、そこの平凡な顔のほう」
「……実に失礼だが、おれのことか?」
「そう、剣士さんや。とりあえず、仲直りしようや。お互い昨日のことは水に流して」
「むう、どうも納得いかんというか、軽く悪口を言われてるような気はするけど……ま、そっちがそう言うなら」
とふたりは手を差し出し、握手を交わす――なんとなく、その握力はお互いに強いような気はしたが。
それからメガネの男とも握手をして、残すは茶髪の少女だけだったが、こちらはガルダに夢中なようで握手どころではなかった。
ガルダもすこし困りながらも迷惑そうにせず、真摯に対応しているところは実にえらい。さすが王子、と桐也は心のなかで拍手を送る。
「――で」
と桐也はふたりの男に向き直り、
「とりあえず、自己紹介でもするか」
「ふん、ええやろ――オレはギンガ」
「はじめまして。ぼくはカナタ――ギンガみたいに敵対心は持ってへんから、よろしく」
「ああ、それはどうも――おれはキリヤだ。で、向こうの子は、ミオンだっけ?」
「そう。ま、あんまり気にせんほうがええ。基本的に男前にしか興味ないやつやから、あんたには興味持たんやろ」
「……あれ、もしかしていま悪口言われた?」
「気づくん遅いなあ。剣の腕は認めるが、頭のほうはちょっとあれやな」
「あれって言うな、あれって!」
「まあまあ、ふたりとも――ほんま相性悪いな、あんたら。前世はひとつの餌を取り合いでもしとったんか」
「いや、取り合ったらオレの圧勝やろ」
「なに言ってんだ、おれが勝つに決まってる」
「ほほう、言うな。そしたらもう一回やってみるか?」
「いいぜ、別に。おれはいつでも」
「はあ、もうええわ、勝手にやっといてや。ぼく、本読んでるから」
カナタはため息をつき、ケンカの仲裁やらなんやらは全部自分の仕事なんだもんなあ、とつくづく自分の不運を呪った。
せめてもうひとり、こちら側の人間がいてくれれば楽なのだが、肝心なミオンはあの調子だし、教師はもっと頼りないし。
「まったく、知的やない人間の相手は大変やな……みんなどうせアホなんやからしずかに歴史の勉強でもすればええのに。せっかくこんだけ歴史の深い町におるのに、もったいないことや」
「……なんか、さり気なくおまえがいちばんひどいこと言ってるな」
「気づいたか、キリヤ。こいつはこう見えていちばん短気やからな。試しに怒らしてみ、あのメガネ自分で地面に叩きつけてキレるからな」
「マジか、こええ」
「勝手なこと言うな! 仲悪いんかええんかはっきりさせえよ!」
「ほらな、キレた。怖いわあ」
「ほんと、こわいこわい」
「く、腹立つ……めんどくさいやつがひとり増えた気分や、まったく。そもそもぼくは、この町に暮らしてる人間の気が知れん。なんでこんなに興味深いもんが溢れてるのに、ろくに調査もせんと暮らしてるんや。この国の学者はなにをやっとるんや」
「学者もがんばってはいるんだけどな」
とガルダが詰め寄ってくるミオンをそれとなく遠ざけつつ言った。
「なにしろここは昔もいまもひとが住む町だ。調査するといっても、住民を立ち退かせるわけにはいかない。歴史が深いからこそ、できるところからやっていくしかないんだよ」
「ふむ、まあ、それもそうか。でもこの学校のなかだけでも調査できるとこはあると思うけどな」
「学校のなかは一種の特別区のようになってるんだ。許可を得ていないものは学者でもなんでも立ち入ることができない。校内の調査許可は、たぶんまだどんな学者にも下りたことがないんじゃないかな。この敷地は昔から学校の敷地で、きっと魔砲に関するいろんなものが眠っている可能性があるからだろうけど」
「そしたらなおさら調査せなあかんやろ。せっかく昔のひとが残したもんや。そのまま失わせるんは後世の人間の罪やで」
「しかし魔砲に関することはよくも悪くも重大だからね。そう簡単にだれでも掘り出せるようになると悪用する者も出てくるかもしれない。魔砲師からはできるだけ犯罪者を出しちゃいけない――いや、本当は、ひとりの犯罪者も出しちゃいけないんだ。そうじゃないと魔砲師はただ危険な力を持った一部の特殊な人間になってしまう。それは力を持っていない人間にとっても、ぼくたち魔砲師にとっても不幸なことだ」
「まあ、それはそうやけど――それにしてもこれだけ広いんやから、調査したらいろんなもんがわんさか出ると思うんやけどなあ」
「そうそう、そもそもこれだけ広いんがおかしいんや。オレらを迷わせようと思って嫌がらせしてるとしか思えん」
「そんなわけあるか。でもまあ、たしかにおれも最初ここにきたときはだいぶ迷ったけど――仕方ねえな、どうせこのあと暇だし、適当に学校のなか案内してやるよ。ガルダはどうする?」
「ぼくも付き合うよ。まだ時間はあるし」
「お、それはありがたいな。ギンガ、案内してもらおうや。先生みたいに迷子なるんはごめんやで」
「ふん、ま、そうやな。案内してもらうか」
ギンガもうなずき、それで案内することが正式に決まった。




