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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第四章
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第四章 その4

  4


「聞いたか、昨日の話」

「あの警報だろ? ほかの学校のやつが乱入してきたとか」

「そうそう、なんかどんぱちやったらしいぜ」

「で、そいつらは?」

「来月の試験まで学校まで残るんだとか。どんぱちは誤解だったとか聞いたけど」

「ふうん、でも強そうなやつらなら試験も受かるかもな」

「わからんぜ、なんせ今年は光紀400年記念祭といっしょにやるから、参加校も普段より断然多いからな。世界中から優秀なやつらが集まってくるんだ、そいつらも簡単じゃないだろ」

「うちの先輩たちはどうなんだろ」

「ま、うちの先輩は大丈夫だろ。なにしろ王立フィラール魔砲師学校の六年だぜ。そんじょそこらの学校には負けねえよ」

「だよなあ」


 ――などとクラスメイトが話し合っているのを聞きながら桐也は自分の席に腰を下ろす。

 そのそばではフィアナが話題をかっさらわれて悔しそうにしていたが、もはやそれさえいつもの風景であり、桐也はそれよりも気になることがあって、となりに座ったユイに聞いた。


「なあ、つかぬことを聞くんだけど、来月の試験ってなに? また進級試験みたいなのがあるのか?」

「ちがいますよ、進級試験は年に一度ですから。まあ、来月の試験というのも年に一度なんですけど――それは進級よりももっと大事な試験です。正確には全国魔砲師試験っていうんですけど」

「全国、魔砲師?」

「要するに、それに合格すれば魔砲師になれるってこと」


 フィアナが言って、ふんと鼻を鳴らす。


「あんた、そんなことも知らないの?」

「いや、まったく……じゃあ、合格できなきゃ魔砲師じゃないのか? 魔砲は使えるのに?」

「わたしたちの立場はあくまで魔砲師見習いです。魔砲師と同じことができても、資格がありませんから」

「う、資格があるのか、魔砲師にも。なんかリアルでやだなあ」


 リアルもリアル、これがこの世界の現実なのだからシビアなのも当たり前だと桐也はひとりでうなずく。


「でも、その資格がなくても魔砲は使えるだろ? 現にユイたちは使ってるわけだし」

「わたしたちが魔砲を使えるのは学校内や学校が許可した一部の場所だけです。たとえ魔砲師学校の学生でも、それ以外の場所で勝手に魔砲を使うのは法律違反になって逮捕されてしまうんですよ。魔砲師の資格を持っていれば、どんな場所で魔砲を使っても平気なんですけど」

「ふーん、なるほど。理解できた気がする。大変なんだな、魔砲師になるのも。じゃあこの学校の生徒は、みんなその試験に向けて勉強するわけ?」

「四年、五年、六年の三学年は、そうです。わたしたちはまだ三年だから、試験は受けませんけど。でも試験は厳しくて、ほとんどは六年生になるまでかかっちゃうんです」

「ま、私は四年で試験に合格して魔砲師になるつもりだけどね」


 とフィアナが胸を張る。

 フィアナのフィギュアであるギイはその後ろでぼそりと、


「フィアナ、気持ちだけは天才。ある意味大事なこと」

「気持ちだけじゃないわよっ。実際に私は天才魔砲師なのよ、そしてこれだけの美貌を持ち合わせ、なおかつ貴族であり、実家はとてつもなく広――」

「ユイ、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「あ、あんたら、私は完全に無視するとはいい度胸ね」

「フィアナ、わりと無視されがち。それでこそフィアナ」

「だまらっしゃいっ!」

「光紀400年記念祭って、なに?」


 この桐也の素朴な質問に、フィアナは信じられないように目を見開いた。


「あ、あんた、それ本気で言ってるの? 冗談だとしたらまったくおもしろくないけど」

「いや、本気だけど……これ、知ってなきゃおかしいやつ?」

「ふつうに生きてれば絶対知ってるわよ。あんたいったいどこで育ったの? どんな田舎なら知らずに生きてこられるのよ」

「いやあ、そんな田舎でもないんだけどな」


 どうやらこの世界で生きている者にとってはごく常識的なことらしかった。

 フィアナやギイは、桐也がほかの世界からやってきたということを知らない。

 だからこその疑問だったのだろうが、それを知っているユイには桐也の疑問がよくわかって、


「光紀400年記念祭っていうのは、今年開かれる大きなお祭りのことです。今年、このヴィクトリア王国ができてからちょうど四百年目なんです。それを記念した大きなお祭りで、来月、このヴァナハマで行われるんですけど、今年の全国魔砲師試験はそれに合わせて行う日程になっていて」

「ははあ、なるほど、それで普段よりも大勢くるって言ってたわけだな。その祭りって、どれくらいでかいの?」

「それはもう、首都全体、国全体をあげたお祭りですから、きっとすごいと思いますよ。百年前の300年祭のときは、お祭りが丸一年続いたとか」

「ま、丸一年? すげえな、それ。へえ、おれも楽しみになってきた。祭りがはじまったらいっしょに回ろうぜ。おれたちは試験、参加しないんだろ?」

「そうですね――いろんなお店も出ると思いますから、きっと楽しいですよ」


 ユイはにこにことうれしそうに笑う。

 桐也はそれを、単純に祭りが楽しみなんだろうなあ、と思うが、フィアナとギイは小声で、


「あいつはばかなの? それとも逆に、ああやってユイを焦らして弄んでんの? どっちにせよろくでもないけど」

「たぶん、ばか。きっと、ばか。キリヤ、気づいてないと思う」

「はあ、まったく、変なとこで鈍いやつよね。そのくせ、変なとこで鋭いし」

「なにこそこそしゃべってるんだよ、ふたりとも」

「別に、なんにも。でもま、たしかにお祭りは楽しみよね。王族の方々もみんな出席されるらしいし、世界中から貴族が集まってくるのよ。もちろん、私のお父様やお母様も――」

「どんな店が出るんだろうな。リンゴ飴とか売ってんのかな?」

「リンゴ飴?」

「こう、丸々リンゴ一個分の飴でな。いやそもそもリンゴがわかんないか。こっちで言うとこのアピアみたいな果物なんだけど」

「へえ、おいしそうですね。そういうものは出るかなあ。でも、似たような食べ物はあると思います。本当に世界中からいろんなものが集まってきますから。ひとも、ものも」

「あんたら、ほんとに覚えてなさいよ。あとでひどい目に遭うんだからね」

「フィアナ、涙目。かわいい――でも、王族っていえば、うわさ、聞いた?」

「うわさって?」

「今日、ガルダとリリスが復学するんだって」

「え、ふたりが?」


 と驚くフィアナに、桐也は首をかしげて、


「だれ、それ?」

「ガルダとリリスは同じ三年生のクラスメイトなんですけど、ちょっと理由があって休学してて――復学するって本当なんですか、ギイさん?」

「うん。先生たちが話してるの、偶然聞いた」

「へえ、そうなんですか――」


 ガルダとリリスなる人物について詳しく聞く間もなく、授業開始を告げるチャイムが鳴った。

 生徒たちがばたばたと自分の席へ戻っていくと同時に教室の扉が開き、いつものようにリクが入ってくる。


「やあ、おはよう、みんな。昨日はいろいろ大変だったねえ。ま、もう問題は解決したから、心配しないように――ところで、実は今日、みんなにいい知らせを持ってきた。なかにはもう知っているひともいるかもしれないけど――とにかく、入ってよ」


 リクがそう言うと、開けたままになっていた扉からさっと人影が入ってきた。

 桐也はその瞬間、教室全体が明るくなったように感じられた――それはその人物のまばゆい金髪のせいではなく、全身から発散される前向きで活動的な雰囲気がそうさせたのだった。


 入ってきたのは青年である。

 年は桐也たちとそう変わらず、金髪で、目鼻立ちが整った上品な顔をしている。


 青年はどことなく気品がある笑みでクラスを見回し、口を開いた。


「久しぶり、みんな。しばらくのあいだ休学してたけど、無事今日から復学することになった。またよろしく頼む」


 それまでざわついていたクラスがぴたりと静かになったと思うと、すぐさま拍手と歓声が飛んだ。


「うおお、ガルダ、久しぶりだなあ」

「ああ、久しぶり――半年ぶりくらいかな?」

「おかえり、ガルダ! 相変わらず見るからに王子だな!」

「ははは、そうかな――ただいま。みんなも変わってないみたいで安心したよ」


 どうやらその金髪の青年がガルダらしい。

 見るからにひとに好かれそうな青年で、実際好かれているらしいのはその反応を見ればわかる。

 ただ、まあ、


「くそ、ほんとに帰ってきたのね。あいつが帰ってきたら私の影が薄くなるじゃないの」


 とぶつぶつ言っている人間もいなくはなかったが、それはそれとして。

 桐也はその爽やかな雰囲気をまとった青年より、さらに気になるものがあった。


 なにやらさっきから教室の扉の陰に見え隠れしているものがあるのだ。

 はじめ、黒髪かと思ったが、どうもちがう。


 耳である。

 黒い耳が、教室の扉の陰からちょこんと覗き、それがなにかに怯えているようにぴくぴくと動いている。


 あれはなんだろう、猫でもいるのかな、と桐也は首をかしげ、ふと気づいてユイを見た。


「ああ、そっか――」

「はい?」

「いや、ちょっと、こっちの話」


 ふしぎそうに首をかしげるユイの頭でも、猫のような耳がぴくりと動く。

 あの、耳だ。

 同じ耳が教室の扉から生えている。

 と、いうことは。


「――と、リリス」


 ひとしきりクラスメイトと久闊を叙したあと、ガルダはくるりと扉のほうを振り返った。

 それに合わせてクラスメイトの視線がそこに集中すると、扉の陰から、


「ひいいいっ」


 と怪物に襲われたような悲鳴が上がった。


「リリス、いつまでそこに隠れてるんだい。クラスメイトなんだから、出てきたって平気だよ」

「でででですがガルダさま、わ、わわ、わたくしは、わたくしは――」


 恐る恐る、というように、扉の陰から顔が出てきた。

 存外に大人びた、少女と呼んでいいのかもわからない女性の顔だった。

 しかしその女性の瞳が慌ただしく動き、教室内を見回したと思うと、また引っ込む。


「あああにに人間の顔があんなにも! むむ無理です! わたくしには無理です!」

「……なんだ、あのひと?」


 つい、素直な感想が口から洩れた。

 しかしクラスメイトはその奇行を別段怪しむ様子でもなく、むしろああ懐かしいなあとほほえむ空気さえある。


「彼女、リリスさんは、極度の人見知りなんですよ」


 ユイが苦笑いしながら言った。


「だから、教室ではいつもああやってどこかに隠れてて。悪いひとではないんですけど」

「人見知り、ねえ」


 あれはそういうレベルだろうか、と思うが、教室の陰から頑なに出てこないことを考えれば人見知りというほかのないのかもしれない。

 ガルダもちいさくため息をついて、


「ご覧のとおりリリスも変わらず元気だから、またこれからよろしく頼むよ」

「うん、よし、それじゃあガルダは席に着いて……リリスは、まあ、できたら席に着いて。できなかったら別にそこでもいいけど」

「こここここにいます」


 手だけが扉の陰から出てくる。

 たしかに悪いひとではなさそうだった。


「じゃ、リリスはそこで。とにかく久しぶりに三年も全員揃ったことだから、今日も張り切って授業をがんばろう――それじゃあさっそく座学、歴史をはじめるよ」


 生徒たちはごそごそと教科書を取り出す。

 金髪の青年ガルダは桐也からはすこし離れた席に座ったが、そのとき、ちらりと桐也のほうを見て、ほんのすこしだけふしぎそうな顔をした。


 しかし、ともかく、半年ぶりに復学したガルダとリリスをふくめ、ようやく三年生は全員が揃ったのである。

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