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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第四章
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第四章 その2

  2


「ほん――っとに申し訳ありませんでした!」


 アカネは机にばんと手をつくと、そこに額をぶつけんばかりの勢いで頭を下げ、実際額がごんとぶつかって、大丈夫ですか、と逆に心配され、赤くなった額を隠しながら大丈夫ですと首を振る。


「と、とにかく、ほんとに、なんとお詫びしてよいやら、その、生徒が勝手にしでかしたこととはいえ、その責任は引率の教官であるわたしにありまして、その、あの、煮て食うなり焼いて食うなり好きにしてくださいっ!」

「煮ても焼いても食べませんが」

「う、そ、そうですよね、わたし、別においしい食材とかじゃないですもんね」

「うわ、先生、めっちゃまじめに返されてるやん。恥ずかし」

「あ、あなたたちは黙ってなさい――とにかく、あの、ほんとに、この騒動は全面的にわたしたちが悪いものですから、あの」

「まあ、お座りください」

「は、はあ、あの、失礼します」


 応接セットのソファにちょこんと腰を下ろすが、もちろん落ち着かないことこの上ない。

 むしろソファの後ろで一列に並んで立っている生徒たち、ギンガ、ミオン、カナタの三人のほうが堂々としているくらいだった――まあ、ミオンとカナタに関しては、その外見に若干の問題があったが。


 ミオンは長い髪を茶色く染めていたが、その髪の半分ほどが焦げたようにちりちりになっている。

 カナタはといえば、かけている丸メガネの片方のレンズにひびが入っていた。

 どちらも校舎内で王立フィラール魔砲師学校の生徒と一戦交えたこと名残であり、唯一見た目には無傷のギンガもすこし不満そうな顔をしていた。


 そんな生徒たちを背負ったアカネは、とにかく相手の機嫌を損ねてはまずいと物理的に低い姿勢を心がける。

 王立フィラール魔砲師学校の校長、ヨルバ・ディスレイル・セレスタは大きな窓を背負う位置に座り、アカネをじっと眺め、それから視線を血気盛んな若者たちに向けた。


「ふむ――今回の問題は、たしかに重大な問題ではあります」

「う――」

「門番を昏倒させ、校内に侵入するなど前代未聞――おまけにわが校の生徒と魔砲を使って戦ったとか。一歩間違えば死者が出ていてもおかしくない事態です」

「うっ、そ、それはまったくそのとおりで――」

「言わせてもらうけど、おばあさん、オレらはだれも殺すつもりなんかなかったし、うっかり殺してまうほど未熟でもない」

「ぎ、ギンガ! あなたはもう本当にすこし黙って――」

「死者、というのは、われわれ側ではない、あなたたちの側に出ていた可能性もある、ということです」

「それならなおさら、そんな心配はいらんで。オレらはそれほど弱くないからな」


 ヨルバに見つめられてなおギンガはそう言って不敵に笑った。

 なるほど、というようにヨルバも苦笑いし、アカネに視線を戻す。


「ああああの校長先生、ほんと、この子たちにはあとで厳しく言っておきますから――」

「そもそも先生が迷子になって遅刻するからあかんねん」


 とギンガの舌は止まらない。


「ほんまやったらもう会いに行かなあかん時間やのに、先生が全然こーへんから。それやったらおれらだけで挨拶に行こうと思ったら、門番が先生がおらな通せへんっていうし。おれらが田舎町のちっちゃい学校やから舐められてるんやと思って、そりゃあ、ひとつ校長室まで力づくで侵入して挨拶したろってことにもなるやろ」

「ふつうはそこまでならへんと思うけどなあ」


 カナタが小声で言った。

 アカネは、今度こそヨルバが怒り出して大変なことになるのではないかと戦々恐々だったが、そんな心配をよそにヨルバは穏やかな表情でギンガを見ている。


「なるほど、そういう事情があったのですね。門番の対応は、あとでこちらからも叱っておきます。しかし魔砲師同士の争いはほんのちょっとしたことで命に関わるのですから、決して軽い気持ちで行ってはなりません。そんなことをしていては、たとえ優秀な魔砲師であっても、だれもあなたたちを認めなくなってしまいます」

「ふん、力づくで認めさせるからええわ」

「力づく他人を認めさせることはむずかしいですよ――頭のいいあなたなら、百人の力より、ときにひとりの笑顔がひとびとの心を納得させるということがわかるでしょう」


 ギンガは痛いところを突かれたというように顔を背け、ふんと鼻を鳴らした。


「とにかく、大した怪我もなく済んでよかった――それで、今回はどうしてわが校に?」

「そ、そうです、まずはその話をすべきだったんですけど――その、実は、ある許可をもらいたいと思って、訪ねさせていただいた次第で」

「許可?」

「来月、この町で光紀400年記念祭が行われるはずです。町ではもう準備がはじまっていましたけど――今年の全国魔砲師試験は、それに合わせて行われるんですよね?」

「ええ、その予定になっています。開催校はわが校ですから、そろそろ準備をはじめなければと思っていたところですが」

「それで、ですね、あの、いまのところのうちの学校――西の果ての、ソラリアというちいさな港町にある学校なんですが、うちはその、魔砲師連盟に加盟していなくてですね、なにしろ生徒数が十人にも満たないので。でも、こうして優秀な魔砲師も育ってきましたし、彼らに今年の試験を受けさせてあげたくて、ぜひ開催校である王立フィラール魔砲師学校さまのほうからその許可をいただければと」

「なるほど、それでわざわざ――ソラリアからでは遠かったでしょう。たしかに、あの町に魔砲師学校があるとは知りませんでした」

「ほんとに、なんにもない田舎町ですから。魚介類がおいしいくらいで――それで、その、許可はいただけるんでしょうか?」

「もちろん、どんな学校に対しても、どんな個人に対しても魔砲師の門は開かれています。試験に参加することはなんの問題もありませんよ」

「そ、そうですか、よかったあ……」

「しかし試験まではまだ一月ほどあります。一度ソラリアに戻られますか?」

「いえ、試験までは町にいようかと。まだ宿も決まっていないんですけど」

「それなら、わが校に滞在されては? 二人部屋でよければ寮の部屋もふたつ空いていますし」

「わ、いいんですか? ありがとうございます、じゃあ、ご厚意に甘えさせていただいて――ほら、あなたたちもちゃんとお礼を言いなさい」

「ありがとーございまーす」


 といかにもやる気のない生徒たちの声だった。

 アカネははあとため息をつき、ともかくもう一度礼を言って、先に生徒たちには校舎の外へ出ているように指示をして、自分はそのまま校長室に残った。


「本当に、あの、しつけができていない子たちで」

「子どもというのはああいうものですよ。無理に押さえつけて従わせても意味はありません。彼らが自分で理解し、自分で納得しなければ、たとえどんなことをさせても彼らのためにはならないでしょう――でも先生は、すこしあの子たちから変わった慕われ方をされているようですね」

「あはは、あれは慕われてるんでしょうか……ばかにされてるというか、舐められてるというか……で、でも、ちゃんと教師としての責任は果たします。お世話になっているあいだは、なにも問題を起こさないようにしっかり監視して指導しますから」

「それほど肩肘張らなくても大丈夫ですよ。うちの生徒たちも、それほど厳しく教育しているわけではありません。長旅でお疲れでしょう、今日はゆっくり休んでください」

「ありがとうございます、では、あの、今日はほんとに失礼しました」


 最後にもう一度頭を下げ、校長室を出て、アカネはふうと息をついた。

 生徒たちが勝手に学校内へ乱入し、しかもここの生徒相手に暴れているらしいと聞いたときは失神するかと思ったが、ともかく、ちゃんと試験の参加許可も取れたし、騒動のお許しももらったことだし、結果的にはよかったらしい。


 それにしてもうちの生徒は血の気が多いなあ、と思いつつ、アカネは廊下を進んだ。

 どうやらもう授業は終わったようで、校舎の外にはこの学校の生徒たちが大勢行き交っている。

 その表情はどれも利発そうで、なんとなくうちの生徒とはちがうような気がしつつ、いやそんなことはないはずだと思い直して、アカネは校舎の外へ出た。


 三人の生徒、ギンガ、ミオン、カナタは、さすがに今回はおとなしく待っていた。

 ギンガはなんとなく不満そうに、ミオンはあたりを見回しながら――きっと行き交う生徒のなかからかっこいい男子生徒を探しているにちがいない――、カナタは本を読みながらアカネを待っていて、合流したところでこの学校の教員がやってきて寮まで案内してくれた。


 王立フィラール魔砲師学校は広い。

 普段アカネたちが学校と呼んでいるのは、昔漁に使う網や縄を保管していた小屋のような建物だったから、それに比べると王立フィラール魔砲師学校はまるでひとつの町だった。


 こういう光景がきっとギンガの負けん気に火をつけたんだろうな、とアカネは思う。

 田舎から出てきたまったく無名の魔砲師学校だからこそ、世界一有名な王立フィラール魔砲師学校に負けるわけにはいかない、と。

 その気持ちはわからないではないが、それにしても侵入はやりすぎだった。


「まったく、本当に全員怪我がなくてよかったですね」

「ま、怪我するほどの相手でもなかったってことや」


 ギンガはそう言ったあと、腕を組んだ。


「でもあいつ、変な魔砲師やったなあ。魔砲師のくせに一切魔砲は使わへんし、なんか魔砲を打ち消す剣とか持ってるし。なんなんや、あの剣。妖精王とかなんとか言ってたけど、ほんまかな」

「あ、それ、ほんまやと思うよ、たぶん」


 とミオンが焦げた髪を気にしながら言う。


「こっち側におったもん、それっぽいの。なんかふよふよ浮いた、めっちゃ美人なやつ。裸やったけど。カナタなんかそれに見とれて一撃食らってるし」

「ちゃ、ちゃうよ、別に見とれたわけやなくて、つまりその、妖精王って存在が非常に興味深くてやな、ぼくはあくまで学術的見地からそれを観察しようとしてただけで」

「ほんまの妖精王やったんか? 妖精王なんか、作り話やろ。英雄の夢に出てくるとかなんとか」

「ほんまかどうかはわからんけど、でも、なんかすごそうな感じではあったで。本人は一切攻撃も防御もせんかったけど」

「ふうん……ここには妖精王までおるんか。なんか、やっぱり、気に食わんよな」

「それはギンガだけやろ。ぼくは結構、この町、興味深いけどな。なにしろ歴史がたっぷり詰まってるからなあ。たぶんこの学校にもいろいろ昔から受け継がれた秘密があるはずや。図書館とか、見てみたいなあ」

「はじまったな、カナタの歴史マニア――ま、一ヶ月もおるんやったらいろいろ見てまわる暇もあるやろ」

「ちょっと、あなたたち、いいですか、この一ヶ月はあくまで客としているんですからね、今日みたいな問題は絶対に起こさないように。わかってますか?」

「わかってるって、先生」

「それならいいですけ――」

「今度はばれへんようにやるし」

「ぜんぜんわかってない!」


 はあ、とアカネはため息をつく。

 本当にこれで大丈夫なのだろうか――せめてあのひとがくるまで、学校を追い出されるようなことにならなければよいのだが。

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